No | 116149 | |
著者(漢字) | 石田,康博 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イシダ,ヤスヒロ | |
標題(和) | タンパク質と合成ペプチドの分子認識と触媒作用 | |
標題(洋) | Proteins and Synthetic Peptides for Molecular Recognition and Catalysis | |
報告番号 | 116149 | |
報告番号 | 甲16149 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第4986号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 天然タンパクの示す基質捕捉・物質変換・自己組織化を、非天然の系で実現することは、科学の長年の目標の一つである。その高い選択性と効率の鍵を握るのは、複数の非共有結合性相互作用点の適切な配置であるが、従来の合成化学的な手法でこれを目指しても、十分な性能を示す例は限られている。本研究では、相互作用点の配置がよく分かっているタンパク質・合成ペプチドを土台に、基質捕捉・物質変換・自己組織化において特異な機能を示す分子の開拓を行った。 分子認識・物質変換に適したポリペプチドとして、ヘムタンパク由来のアポタンパクに注目した。アポタンパクは、空間特異的に配置された複数の官能基が共同的に働くことにより、ヘムの配向を特定の方向に規定している。タンパクが、ヘムを除去した後でも類似のコンフォメーションを保つことができる場合は、ヘムの入っていた空孔は、まさにヘムを鋳型とする三次元的反応場として利用できる可能性がある(Scheme 1)。このような対称性の低い空間は合成分子では構築することが難しい。このような観点から、本研究では、(1)構造が明確(4αヘリックスバンドル構造)で熱安定性が高いアポシトクロムb562、(2)最も手に入りやすいアポタンパクの一つであるアポミオグロビンを用いた。 アポタンパクのホストとしての機能を調べるに当たり、元来この空孔には、ポルフィリン鉄錯体が取り込まれていたことを考慮し、アポシトクロムb562とポルフィリン金属錯体との複合化(再構成反応)を調べた。アポシトクロムb562はゲストの構造を高度に認識し、不斉なストラップポルフィリン亜鉛錯体(1)の捕捉において高い不斉選択性を示すことが明らかとなった。例えば、ラセミ体の1とアポシトクロムb562との反応([racemic1]0:[apoprotein]0=2:1)から再構成タンパクを調製し、その複合体から取り込まれた1を回収したところ、光学的に純粋な(R)-1と全く同一の強度を有する円偏光二色性スペクトルが観察された(Figure 1)。以上のように、1ポッドの処理により、1の完全な光学分割が達成され、「キラルなホスト」としてのアポシトクロムb562の高いポテンシャルが示された。 アポシトクロムb562の空孔が疎水性の基質(ポルフィリン)と金属イオンを同時に取り込む可能性があることに着目し、アポシトクロムb562を触媒とするポルフィリンへの金属イオン挿入反応を検討した。その結果、反応が著しく促進されることが分かった。例えば、触媒がない条件でのプロトポルフィリンIX(2)の銅イオン挿入反応は、60分かけてもほとんど進行しないが、ここにアポシトクロムb562を共存させたところ、反応がわずか30分で完結した。この反応をミカエリス-メンテン型の速度論に従って解析したところ、反応速度定数はアポシトクロムb562が存在しない条件の290倍であった。この触媒作用は、ポルフィリンを捕捉する疎水性アミノ酸、メタルイオンを捕捉する配位性アミノ酸、ポルフィリンのプロトンを引き抜く塩基性、アミノ酸が共同的に働くことにより、達成されていることが判った。 骨格置換基の異なる種々のポルフィリンを基質として同様の反応を行ったところ、興味深いことに、本来のゲストであるプロトヘムのフリーベース(2)が最も効率的に反応した。詳しい検討から、2は空孔に最も効率よく取り込まれ、かつ、取り込まれた後の反応性も高いことが明らかになった(Figure 2)。即ち、アポシトクロムb562の空孔が「本来の鋳型の構造を記憶」しているために、鋳型と同じ基本骨格を有する基質ほど、触媒作用を効率よく受けたものと解釈される。これはアポタンパクの鋳型触媒作用を実現したはじめての例である。 上記で示されたアポシトクロムb562の不斉識別能と触媒反応とをつなげられないかと考え、不斉なN置換ポルフィリン(3)のメタル化反応を行った。アポシトクロムb562の存在下、3のメタル化反応は不斉選択的に進行し、アポシトクロムb562が「不斉認識能と触媒能を併せ持つホスト」として働くことが示された。例えば、3の亜鉛イオン挿入反応において、(R)-3の反応速度は(S)-3に比べて3.0倍大きかった(Figure 3)。この反応速度の差は、3の速度論的光学分割に応用可能であり、例えば、ラセミ体の3をアポシトクロムb562存在下で亜鉛イオンと反応させ、変換率が68%になった時点で回収したところ、未反応物としてS体過剰の3((R):(S)=33:67)を得ることができた。以上のように、アポシトクロムb562が基質の不斉を識別しながら反応を触媒することがが明らかとなり、天然酵素に近い系を実現することに成功した。次に、この概念をより一般的な物質変換反応へ展開できないかと考えた。アポタンパクの空孔にイミダゾール残基が存在する事に着目し、アミノ酸エステルの加水分解反応を検討したところ、アポミオグロビンが反応を著しく加速し、さらにその際、高い不斉選択性を発現することを見出した。例えば、フェニルアラニンエステル(4)のラセミ体の加水分解をアポミオグロビン存在下で行い、変換率が60%の時点で反応を停止したところ、未反応の基質として、97% eeのD-4が回収され、アミノ酸の速度論的光学分割が極めて効率良く達成された。 この反応をミカエリス-メンテン型の速度論で解析したところ、4のそれぞれのエナンチオマーは、同程度の効率でアポミオグロビンに取り込まれるが、取り込まれた後の反応性において、L-4はD-4に比べ、16倍有利であることが分かった。 自発的に構造を作る系のコンポーネントとして、環状ジペプチドを選んだ。環状ジペプチドは、アミド部位が水素結合を介して一次元テープ状に会合しやすいという特徴を有する。また、古くから単量体自身の構造に関する研究が行われており、一定のコンフォメーションを取ることが知られている(Scheme 2)。単量体体の分子設計が容易、かつ会合様式が一義的であるという特徴は、結合点の配置をチューニングし、それを会合体の構造に反映させるのに適した性質と言える。ここでは、環状ジペプチドをリンカーで連結することにより、環状ジペプチド二量体を合成し、その自己集合における組織化を検討した。 環状ジペプチドとこれに隣接する芳香環とは、アミドπ電子と芳香環π電子との相互作用により、重なり合ったコンフォメーションを取る。このことを利用し、4つの水素結合点を二次元的に配置することを目指し、環状ジペプチドをp-キシリレンで架橋した5を設計・合成した。その構造をX線結晶構造解析により調べたところ、個々の分子がS字型のコンフォメーションを取っており、また、分子間の位置関係に注目すると、S字型の分子がカラム状に重なった構造を取っており、その際、4点の水素結合が協同的に働いていることが明らかになった(Figure 4)。1H NMRのケミカルシフト値から、溶液中においても、5がS字型のコンフォメーションを取っていることが示唆された。多点水素結合の協同作用に関しては、ドナー/アクセプターの一次元的な配列について議論した報告例があるにすぎないが、ここでは、「二次元平面上での水素結合点の配置」を達成することができた。 上記で合成した5は、ほとんどの有機溶媒に対し不溶であった。そこで、結晶構造解析で観察されるS字型カラムー本と同等の構造を溶液中で形成させること(超分子ポリマー)を目指し、4本のオクタデシル基を導入した6を合成した。非プロトン性溶媒中において6が安定な会合体を形成していることが、NMRおよびGPCから明らかになった。水素結合点を2つしか持たない分子では、このような会合体が観察されないことから、4つの水素結合点が協同的に働くことで「一次元カラム状の超分子ポリマー」が形成されていることが示された。 上記の結果より、6の2つのエナンチオマーについて、ヘテロキラルな会合を考えた場合、4つの水素結合点の二次元的な配置が異なるため、これらが共同的に働き得ないことが予想される。実際、L-6とD-6とが共存する場合、興味深いことにホモキラルな会合が優先することが示唆された。6のクロロホルム溶液について、光学純度の異なるものを調製し、GPCで解析したところ、光学純度に依存して会合体のサイズが変化し、会合が不斉選択的に進行することが分かった。L-6、D-6の非等量混合物(L-6:D-6=76:24)は二山のGPCチャートを与え、これを分画して個々の光学純度を調べたところ、保持時間の短い部分において、光学的な偏りが増幅していた(L-6:D-6=97:3)。 以上より、単量体のキラリティーが会合様式に大きく影響することが分かったが、次にこれをマクロなレベルに増幅することを目指した。5と同様の骨格に2本のウンデシル基を導入した7、8を合成し、その固体状態での組織を観察したところ、7が巨大ならせん構造を形成することを見出した。即ち、7をトリフルオロ酢酸/酢酸より再沈することにより、白色の不溶物が得られ、これを電子顕微鏡で観察したところ、ピッチが10μMで太さが2〜3μMのらせん構造が観察された。これとは対照的に、7の2つの不斉炭素の立体配置を反転させた8では、直線テープ状の会合体のみが観察され、「不斉炭素のキラリティーにより集合体の形状を制御」できることが分かった。 Scheme 1 Figure1. Circular dichroism spectrum(CHCI3) of 1 extIacted from cytochrome b562 rconstituted with racemic 1 (1exrtacted, solid curve), and those of (R)- and (S)-1 (dotted curves) as optically pure authentic references. Figure 2. Metalation of porphyrins(1.0μM) with Cu(OAc)2(200μM) in the presence of apocytochrome b562: Association constants of the Michaelis complexes (Km-1) and acceleration factors (Kcat/Kuncat). Figure 3. Reacttions of (R)-(●) and (S)-3 (○)(3.4μM) with Zn(OAc)2(100μM) in the presence of apocytochrome b562 (13.6μM). Schwme 2 Figure 4. X-rey structure of 5 viewed along the (a) b-axis and (a) a-axis, Non-amide hydrogen atoms and incorporated molecules are omittde for clarity. Figure 4. Scanning electron microscopy image of 7 (x3000). | |
審査要旨 | 天然タンパクの示す基質捕捉・物質変換・自己組織化を、非天然の系で実現することは、科学の永年の目標の一つである。その高い選択性と効率の鍵を握るのは、複数の非共有結合性相互作用点の適切な配置であり、合成化学的な手法でこれを目指すアプローチが、これまでに精力的に研究されている。本論文では、相互作用点の配置がよく分かっているタンパク質・合成ペプチドを土台に、基質捕捉・物質変換・自己組織化において特異な機能を示す一連の分子の開拓を行っている。 分子認識・物質変換に適したポリペプチドとして、へムタンパクからヘムを除くことによって得られる「アポタンパク」に注目している。アポタンパクは、空間特異的に配置された複数の官能基が協同的に働くことにより、ヘムの配向を特定の方向に規定している。タンパクが、ヘムを除去した後でも類似のコンフォメーションを保つことができる場合は、ヘムの入っていた空孔は、まさにヘムを鋳型とする三次元的反応場として利用できる可能性がある。このような対称性の低い空間は合成分子では構築することが難しい。このような観点から、本論文ではでは、(1)構造が明確(4αヘリックスバンドル構造)で熱安定性が高いアポシトクロムb562、(2)最も手に入りやすいアポタンパクの一つであるアポミオグロビンを用いている。 これとは別に、自発的に構造を作る系のコンポーネントとして、環状ジペプチドを選んでいる。環状ジペプチドは、アミド部位が水素結合を介して一次元テープ状に会合しやすいという特徴を有する。また、古くから単量体自身の構造に関する研究が行われており、一定のコンフォメーションを取ることが知られている。単量体の分子設計が容易、かつ会合様式が一義的であるという特徴は、結合点の配置をチューニングし、それを会合体の構造に反映させるのに適した性質と言える。ここでは、環状ジペプチドをリンカーで連結することにより、環状ジペプチド二量体を合成し、その自己集合における組織化を検討している。 General Introductionでは、基質捕捉・物質変換・自己組織化能をもつ過去の研究例を、エンド(=内向きの)認識、エキソ(=外向きの)認識に大別してまとめ、本研究の背景と意義について述べている。 第一章では、アポシトクロムb562のホスト分子としての機能を検討している。元来この空孔には、ポルフィリン鉄錯体が取り込まれていたことを考慮し、ポルフィリン金属錯体との複合化(再構成反応)を調べたところ、アポシトクロムb562はゲストの構造を高度に認識し、不斉なストラップポルフィリン亜鉛錯体の捕捉において高い不斉選択性を示すことが明らかとなっている。不斉選択能は極めて高く、ワンポッドの処理により光学的にほぼ純粋な片方の異性体を単離することも可能であり、ホスト分子としてのアポシトクロムb562の高いポテンシャルが示されている。 第二章では、アポシトクロムb562の空孔が疎水性の基質(ポルフィリン)と金属イオンを同時に取り込む可能性があることに着目し、アポシトクロムb562を触媒とするポルフィリンへの金属イオン挿入反応を検討している。その結果、この空孔内ではポルフィリンへの金属挿入反応が著しく加速されることが示されている。速度論的な検討により、アポシトクロムb562の空孔が「本来の鋳型の構造を記憶」していることが、反応の加速に関しても、基質の選択性においても鍵となっていることが明らかになっている。これはアポタンパクの鋳型触媒作用を実現したはじめての例である。さらに、第一章で示されたアポシトクロムb562の不斉認識能が、この触媒作用においても生かされ、アポシトクロムb562存在下では、キラルポルフィリンへの不斉選択的な金属イオン挿入が実現されている。 第三章では、この概念をより一般的な物質変換反応へと展開している。アポタンパクの空孔にイミダゾール残基が存在することに着目し、アミノ酸エステルの加水分解反応を検討したところ、アポミオグロビンが反応を著しく加速し、さらにその際、高い不斉選択性を発現することを見出している。この反応は、アミノ酸エステルの速度論的光学分割に応用可能であり、フェニルアラニンエステルの加水分解においてほぼ完全な光学分割が達成された例が示されている。また、速度論的な解析により、高い不斉選択性の起源が明らかにされている。 第四章では、環状ジペプチドを二量化することにより、水素結合点の配置を高度に制御した自己組織化分子を設計・合成している。一分子あたり、8個の水素結合点を有し、これが適切に配置されている結果、この分子は希薄な溶液中においても一次元テープ状の会合体(超分子ポリマー)を形成する。さらに、この超分子ポリマーの連結部位において、水素結合点がキラルな配向をとっていることに注目し、ラセミ体の自己組織化について検討している。その結果、自然分晶と類似の現象が、均一系の超分子重合においても起こることが明らかとなり、超分子ポリマーの新たな展開が提示されている。 第五章では、第四章で明らかとなった、環状ジペプチド二量体の自己組織化における自己・非自己の認識を、メゾスケールの構造体形成に応用することを検討している。環状ジペプチド二量体骨格を有しながら、らせん状繊維を形成するユニット、平面テープ状繊維を形成するユニットの二種類を設計・合成している。これらを混合して会合体形成を行った場合、共結晶性繊維が形成される場合と、らせん・テープ状繊維に分離する場合の二通りが考えられるが、ここでは、第四章で明らかになったホモキラル・ヘテロキラル認識のルールを利用した、会合体の構造制御が実現されている。 以上のように、本論文は、エンド認識とエキソ認識において、それぞれヘムタンパクのアポタンパク、環状ジペプチドが有効なレセプターであることを示している。これらの物質の新たな可能性を示すと同時に、制限されたコンフォメーションをとる分子を土台にレセプターを開発していくアプローチの重用性を示し、今後の研究に貴重な知見を提供している。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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