No | 116325 | |
著者(漢字) | 賈,慶梅 | |
著者(英字) | Jia,Qingmei | |
著者(カナ) | ジャ,チィンメイ | |
標題(和) | ポリオウイルス種特異性に関する研究 | |
標題(洋) | Host Range Determination of Poliovirus | |
報告番号 | 116325 | |
報告番号 | 甲16325 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1720号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 病因・病理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ポリオウイルスは、霊長類のみに感染する。マウスなど霊長類以外の動物には感染は成立しない。ポリオウイルスの種特異性を決定しているのはポリオウイルス受容体(poliovirus receptor,PVR)の存否であると考えられている。事実、ヒトPVR遺伝子を持つトランスジェニック(Tg)マウスはポリオウイルスに感受性である。ポリオウイルス粒子は、60コピーづつの4種類のカプシド蛋白質(VP1、VP2、VP3、およびVP4)からなり、直径約30nmの正20面体構造である。本研究では、ポリオウイルスの種特異性を担うウイルス側要因を分子レベルで解明することを目的とした。 マウス脊髄適応変異株SAの分離種特異性の異なるポリオウイルス変異株を分離するために、光感受性ポリオウイルス1型Mahoney株をマウスの脳内に接種した。通常感染は成立しないが、大量にウイルスを接種すると、稀にマヒが観察される。麻痺を起したマウスの脊髄から、ウイルスを回収し、SA株と命名した。SA株はMahoney株より、培養細胞で小さなプラークをつくる。SA株のマウスに対する神経毒性試験を行った結果、SA株は脊髄内接種した時のみ、マウスにマヒを生じさせ、LD50は1.25×103 plaque forming unit(PFU)であった。興味深いことに、107PFUのSA株を脳内に接種しても神経毒性は発現しなかった。実際にSA変異株はマウスの脳内では増殖しないことも明らかにした。この結果は、脳内接種したポリオウイルスの脊髄への伝播には、脳内で増殖することが必要条件である可能性を示している。Tgマウスに対するSA株の神経毒性は、どの接種法によっても観察された。一方、SA株はnon-Tgマウスの脊髄内では増殖し、ウイルスの抗原も検出された。その分布はTgマウスにMahoney株を接種した場合同様、神経細胞特異的であった。以上の結果から、SA株の形質はウイルスのゲノム上に起こった変異によって、獲得したものであり、マウス脊髄の神経細胞表面分子をレセプターとして利用できるようになったと予想された。この分子はマウスの脳内では発現していないことが示唆された。 SA変異株の形質を決定している変異 SA変異株の形質を決定している変異を明らかにする目的で、SA株ゲノムの全一次構造を決定した。Mahoney株ゲノムの全一次構造と比較したところ、9箇所に点突然変異が存在することが明らかになった。これらの変異部位はP1カプシド蛋白質領域に3箇所存在し、P2およびP3領域にも3箇所ずつ存在した。点突然変異のうち、3箇所はアミノ酸変化を伴うものであり、それらはウイルスカプシド蛋白質VP4,VP1,および非カプシド蛋白質2Cのアミノ酸配列の中にそれぞれ1箇所ずつ存在していた。どの変異がSA変異株の形質獲得に重要な変異であるかを調べるため、Mahoney株とSA株の感染性cDNAクローンを利用し作製した両株間の組換え体ウイルスのマウスにおける神経毒性試験を行った。その結果、塩基番号928のA→Gの変異のみによって、SA株の形質が決定されていることが明らかになった。この塩基の変異の結果、VP4上の62番目のアミノ酸残基(VP4062)IleがMetへと置換していると考えられた。以上の結果により、VP4062のアミノ酸変化はマウスの脊髄内神経細胞の表面分子をレセプターとして認識する重要な変異であることが明らかとなった。VP4062は、PVR結合部位からは離れた位置にあり、粒子内部に存在するアミノ酸残基である。 ポリオウイルスのPVR認識に関する解析 ポリオウイルスのPVR認識に関するメカニズムをさらに解析するために、VP4062のみに変異を持つウイルス(Mah/SA-VP4)を培養細胞系で継代し、その中からプラークサイズを指標として、復帰変異株(large plaque revertant)を分離した。14個の復帰変異分離株のうち、11個株は、塩基番号928がMahoney型にback mutationを起しており、マウスに対する神経毒性を示さなかった。残りの3個の株(LP8、LP9およびLP14)の塩基番号928の塩基はSA型のままであったが、脊髄内接種による、マウス神経毒性を示さなかった。そこで、LP8,LP9,およびLP14のゲノム−次構造を決定し、さらに、Mah/SA-VP4との組換え体ウイルスのプラークサイズ測定およびマウス神経毒性試験により、復帰変異株の形質を決定する重要な変異を同定した。それらはLP8ではVP3上のアミノ酸番号231(I1e→Thr)、P9ではVP1上のアミノ酸番号107(Va1→Leu)、およびLP14ではVP2上のアミノ酸番号33(Val→I1e)の変化であった。これらのアミノ酸残基の粒子立体構造上での位置は様々であった。以上の結果により、これらのアミノ酸残基がVP4062のアミノ酸残基とPVR認識機能上で相互作用を持つことが明らかになった。すなわち、PVR認識には、ポリオウイルスの4種類のカプシド蛋白質で形成される粒子立体構造全体が重要に機能していることを示す結果である。 | |
審査要旨 | ポリオウイルスは、霊長類のみに感染する。マウスなど霊長類以外の動物には感染は成立しない。ポリオウイルスの種特異性を決定しているのはポリオウイルス受容体(poliovirus receptor,PVR)の存否であると考えられている。事実、ヒトPVR遺伝子を持つトランスジェニック(Tg)マウスはポリオウイルスに感受性である。本研究では、ポリオウイルスの種特異性を担うウイルス側要因を分子レベルで解明することを目的として、下記の結果を得ている。 マウス脊髄適応変異株SAの分離 種特異性の異なるポリオウイルス変異株を分離するために、光感受性ポリオウイルス1型Mahoney株をマウスの脳内に接種した。通常感染は成立しないが、大量にウイルスを接種すると、稀にマヒが観察される。麻痺を起したマウスの脊髄から、ウイルスを回収し、SA株と命名した。SA株はMahoney株より、培養細胞で小さなプラークをつくる。SA株のマウスに対する神経毒性試験を行った結果、SA株は脊髄内接種した時のみ、マウスにマヒを生じさせ、LD50は1.25×103 plaque forming unit(PFU)であった。興味深いことに、107PFUのSA株を脳内に接種しても神経毒性は発現しなかった。実際にSA変異株はマウスの脳内では増殖しないことも明らかにした。この結果は、脳内接種したポリオウイルスの脊髄への伝播には、脳内で増殖することが必要条件である可能性を示している。Tgマウスに対するSA株の神経毒性は、どの接種法によっても観察された。一方、SA株はnon-Tgマウスの脊髄内では増殖し、ウイルスの抗原も検出された。その分布はTgマウスにMahoney株を接種した場合同様、神経細胞特異的であった。以上の結果から、SA株の形質はウイルスのゲノム上に起こった変異によって、獲得したものであり、マウス脊髄の神経細胞表面分子をレセプターとして利用できるようになったと予想された。この分子はマウスの脳内では発現していないことが示唆された。 SA変異株の形質を決定している変異 SA変異株の形質を決定している変異を明らかにする目的で、SA株ゲノムの全一次構造を決定した。Mahoney株ゲノムの全一次構造と比較したところ、9箇所に点突然変異が存在することが明らかになった。これらの変異部位はP1カプシド蛋白質領域に3箇所存在し、P2およびP3領域にも3箇所ずつ存在した。点突然変異のうち、3箇所はアミノ酸変化を伴うものであり、それらはウイルスカプシド蛋白質VP4、VP1、および非カプシド蛋白質2Cのアミノ酸配列の中にそれぞれ1箇所ずつ存在していた。どの変異がSA変異株の形質獲得に重要な変異であるかを調べるため、Mahoney株とSA株の感染性cDNAクローンを利用し作製した両株間の組換え体ウイルスのマウスにおける神経毒性試験を行った。その結果、塩基番号928のA→Gの変異のみによって、SA株の形質が決定されていることが明らかになった。この塩基の変異の結果、VP4上の62番目のアミノ酸残基(VP4062)IleがMetへと置換していると考えられた。以上の結果により、VP4062のアミノ酸変化はマウスの脊髄内神経細胞の表面分子をレセプターとして認識する重要な変異であることが明らかとなった。VP4062は、PVR結合部位からは離れた位置にあり、粒子内部に存在するアミノ酸残基である。 ポリオウイルスのPVR認識に関する解析 ポリオウイルスのPVR認識に関するメカニズムをさらに解析するために、VP4062のみに変異を持つウイルス(Mah/SA-VP4)を培養系細胞で継代し、その中からプラークサイズを指標として、復帰変異株(large plaque revertant)を分離した。14個の復帰変異分離株のうち、11個株は、塩基番号928がMahoney型にback mutationを起しており、マウスに対する神経毒性を示さなかった。残りの3個の株(LP8、LP9およびLP14)の塩基番号928の塩基はSA型のままであったが、脊髄内接種による、マウス神経毒性を示さなかった。そこで、LP8、LP9、およびLP14のゲノム−次構造を決定し、さらに、Mah/SA-VP4との組換え体ウイルスのプラークサイズ測定およびマウス神経毒性試験により、復帰変異株の形質を決定する重要な変異を同定した。それらはLP8ではVP3上のアミノ酸番号231(I1e→Thr)、P9ではVP1上のアミノ酸番号107(Va1→Leu)、およびLP14ではVP2上のアミノ酸番号33(Va1→I1e)の変化であった。これらのアミノ酸残基の粒子立体構造上での位置は様々であった。以上の結果により、これらのアミノ酸残基がVP4062のアミノ酸残基とPVR認識機能上で相互作用を持つことが明らかになった。すなわち、PVR認識には、ポリオウイルスの4種類のカプシド蛋白質で形成される粒子立体構造全体が重要に機能していることを示す結果である。 以上、本研究は典型的な分子遺伝学的解析により、ポリオウイルスの種特異性、すなわち受容体認識に関する分子メカニズムを解明に大きな貢献となっている。また、この研究は、脳と脊髄の神経細胞の表面分子には違いがあることを証明するものでもある。ウイルスと生体分子レベルの相互作用に関する質の高い優れた研究であり、博士(医学)の学位を授与するに十分値する論文である。 | |
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