学位論文要旨



No 116448
著者(漢字) 古川,文子
著者(英字)
著者(カナ) フルカワ,フミコ
標題(和) 壮年期女性職業従事者への個人別対応による速歩運動とその客観的・主観的指標に及ぼす影響に関する介入研究
標題(洋)
報告番号 116448
報告番号 甲16448
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1843号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 高本,眞一
 東京大学 助教授 川久保,清
 東京大学 助教授 福岡,秀興
 東京大学 講師 河,正子
内容要旨 要旨を表示する

[緒言]

 女性の動脈硬化の進展には閉経による性ホルモンの減退と脂質や糖の代謝機能低下に加え、この時期での運動量減少が大きく影響する。日本の壮年期女性の定期的運動実施率は低く、この状態に勤労での役割変化にかかる身体活動量の減少が重なる場合、動脈硬化の進展は早まる。女性職業集団の中でも、運動習慣のない状態で壮年期に管理的役割を担い、勤務での身体活動量が減少する看護中間管理者は、身体活動に関する動脈硬化のリスクを有する集団となる。しかし、こういった集団の運動実態、運動支援方法の運動量への影響、その効果などは確認されていない。本研究は、壮年期女性看護中間管理者を対象に、

1.日常での身体活動を中心とした運動の客観的測定により普段の運動量の実態を把握する

2.個人別対応による速歩運動を用いた運動介入が運動量に及ぼす影響について、対照群を設定して比較し、介入の効果を明らかにする

3.個人別対応による速歩運動を用いた運動介入が血液特性、血圧、BMI(Body Mass Index)、および主観的健康度に及ぼす影響を介入群と対照群について比較し、介入の効果を明らかにする、という研究目的を設定し、検討した。

 [方法]

研究目的1:一総合病院に勤務する壮年期女性看護中間管理者(婦長・主任)を対象に、歩行を中心とした身体活動量を運動量として、多メモリー加速度計測装置付歩数計を用いて測定した。測定期間は1週間、1日の測定時間は日常での活動時間帯とした。歩数計に記憶されたデータをコンピュータに入力し、所定のプログラムを用い、身体活動による運動量(kcal),歩数、および歩行スピード別での特徴を分析した。

研究目的2、3:目的1の対象者のうち、同意の得られた52名を無作為に割付けた(介入群26名、対照群26名)。介入群には所定のプロトコールに基づき12週間の個人別対応による運動介入を適用した。「組み合わせ速歩」及び「目標運動量5kcal/kg/日」の指定以外、具体的実施方法に関しては本人主導で行われた。対照群には「普段の生活」の継続を依頼した。12週間の運動測定は目的1と同じ方法を採用し、目的1の運動データを介入研究の初期値として用いた。介入の効果指標を、運動量、血液特性(脂質、糖、フィビリノーゲンの代謝)、血圧値、:BMI、及び主観的健康度とした。主観的健康度は包括的健康度をShort-Form36-item Health Survey(以下、SF-36)で、活動特性健康度を新たに開発した元気度尺度(Vivified State Score)で測定した。血液特性、血圧値、BMI、及び主観的健康度は介入前・後で測定された。解析方法は、対象の一般背景の比較にt検定とχ2検定のいずれかを行った。各効果指標の変化量の平均値の2群間比較には対応のないt検定を用い、さらに、各群内の血液特性の前・後差の比較には対応のあるt検定を用いた。2群の前値BMIに有意差を認め、これと前値血液特性を共変量とした共分散分析も行った。検定は両側検定で有意水準をp<0.05とした。

[結果]

目的1:対象と運動の実態:対象者は54名で、平均年齢は42.0±6.2歳であった。平均運動量は3.6±1.1kcal/kg/日、平均歩数は7943±2160/日となり、そのほとんどが勤務での「ゆっくり歩行」と「普通歩行」で占められていた。15〜20分/1回の集中歩行を2〜3回/1週間行っている対象者は5名(9.3%)で、この集中歩行は「普通歩行」スピードのため運動強度としては弱く、定期的運動実施者も5名(9.3%)であった。

目的2, 3:対象:介入群24名(脱落2名)、対照群25名(脱落1名)となり・平均年齢は介入群が40.8±5.1歳、対照群が42.1±6.9歳、開始時点における2群の比較のうち、BMIのみが介入群で24.5±4.9、対照群で21.8±2.3と有意な差を示した(p=0.02)。

<介入の効果>

1)運動量:2群間の初期値運動量に有意な差はなかった。期間中の介入群の変化量は1.17±0.98kcal/kg/日、対照群は0.46±0.68kcal/kg/日と有意差を示し(p=0.01)、介入群で増加、組み合わせ速歩の実施率も介入群で有意に増加した(表1)。2群とも第9週目の季節行事の休暇中に運動量が減少したが、介入群の減少率は対照群より少なかった。

2)血圧およびBMI:変化量の平均値は、いずれも有意な差を示さなかった。

3)血液特性:各群の全対象数を用いた変化量の平均値に関して、インスリンが介入群で-4.0±7.2μU/ml、対照群で-0.6±4.2μU/mlと傾向差を示し(p=0.051)、介入群でより減少を認めた。閉経者及び一時的療養を要した対象者を除いた2群間比較の変化量の平均値では、インスリンが有意差を示し(p=0.046)、High Density Lipoprotein Cholesterol(以下、HDL-C)は、介入群での変化量が1.8±8.3mg/dl、対照群で-2.9±7.0mg/dlと傾向差を示し(p=0.051)、介入群で増加を認めた(表2)。しかし、介入群のHDL-Cの前・後差比較では有意とはならず、変化量1.8mg/dlの増加率は前値から3%(95%信頼区間:-3% to 9%)に留まった。血液特性の各前値と前値BMIを調整した共分散分析では、インスリン(F,6.9;p=0.03)とHDL-C(F,5.0;p=0,01)に有意な差が示され、介入群での改善を認めた。グルコース/インスリン比に関して、各群毎の前・後差比較では両群ともに有意差を示したが(表3)、群間の変化量の平均値および前値を調整した共分散分析においては有意差を示さなかった(表4)。

4)主観的健康度:SF-36の8因子のうち、「体の痛み」で、変化量の平均値が介入群で6.8±22.7、対照群で-7.5±19.4と有意差を示した(p=0.03)。しかし、2群の前値を調整した共分散分析では群間に有意差はなく(p=0.06)、介入群での増加は確認できなかった。元気度尺度の4因子のうち、「心身の予備力や余裕感」でのみ、介入群の変化量が4.2±7.8、対照群が-0.7±8.0と有意差を示し(p=0.04)、介入群で得点が増加した。

[考察]

 勤務上での役割変化にかかる身体活動量の減少を有する壮年期女性看護中間管理者を対象に運動の実態を調査し、勤務に依存した身体活動量と低い運動実施者率が確認された。この結果に基づき本人主導を基本とする個人別対応での組み合わせ速歩を用いた運動介入を行った。介入群の運動量及び組み合わせ速歩の実施者が増え、介入の効果が示された。これには、「組み合わせ速歩」と「目標運動量5kcal/kg/日」を適用し、具体的実施方法において対象者個人の工夫を導入したことが考えられる。今回の介入方法は一定の運動量の確保を可能にし、定期的な運動実施率が低く、壮年期にかかる役割変化で身体活動量が減少する女性に対して、有効な支援方法になると考える。

 運動介入によって2群間比較によるHDL-Cで効果が示されたが、介入群の前・後差には有意な増加を認めず、この3%の増加率は先行研究が示した下限値に留まった。HDL-C変化量は運動継続の時間経過によって影響を受け、その増加は9週目前後で顕著に発現するが、今回は9週目の季節休暇による運動量減少にともない、HDL-C増加も少量に留まった可能性が考えられる。さらに、介入群のHDL-Cが、その前・後差比較で有意な差を示さなかった理由にも、この9週目の運動量減少の影響が考えられる。増加量は少ないが、動脈硬化の予防に必要なHDL-Cは60mg/dl以上と言われており、日本の閉経前女性の多くが60mg/dl前後であることから、閉経後に減少するHDL-Cに対して予防的レベルの維持を可能にする量として評価できる。

 運動によりインスリンが減少することから、介入群でのこの減少も運動介入の効果と考えられる。グルコース/インスリン比でみた群内の前・後差比較では両群ともに増加を示したが、2群間の比較では介入の効果は確認されなかった。インスリンやグルコースの変動は大きく、近時の運動状態に影響されやすいことから、今回の結果は、対照群での11〜12週目の僅かな運動量増加によってもたらされた可能性も考えられる。

 運動量が増加した介入群の「心身の予備力や余裕感」に有意差を認めたが、検定の多重性を考慮すると有意とは言えない。主観的健康度で効果が発現しなかった理由に、採用した速歩の運動強度、観察期間の短さ、尺度の限界などの影響が考えられる。

 結果の一般化には一施設集団による対象者の代表性の低さや、標本数の少なさなどの限界はあるが、身体活動での動脈硬化進展のリスクを有する対象者において、個人別対応による予防的運動介入の効果が確認された研究であり、医療・保健に携わる壮年期女性層の運動による健康管理に関心を向けた意義深い研究といえる。今後、今回の対象者に対する縦断的研究と他のハイリスク集団に対する運動介入の検証が課題となる。

Table 1 Mean of Change in Exercise Energy / kg /day and Change of Pattern of Brisk Walking in Intervention and Control Group

Table 2 Mean of Change in Blood Profile from Baseline to End in Intervention and Control Group

Table 3 Means of Glucose/Insulin Ratio at Baseline and End by Each Group

Table 4 Mean of Change in Glucose/Insulin Ratio from Baseline to End in 2 Groups

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、身体活動量の低下が動脈硬化進展のリスクとなる壮年期女性看護中間管理職の身体活動量の実態把握と、それに基づく運動介入の効果を明らかにすることを目的とした。関西圏にある1総合病院に勤務する看護中間管理者52名を対象とし、介入群(26名)と対照群(26名)に無作為に割付け、介入群には本人主導を基本とする12週間の個人別対応による組み合わせ速歩の介入を、対照群には普段の生活行動の継続を依頼したものである。介入の効果指標として、客観的測定による運動量、血液特性、血圧、BMI(Body Mass Index)、および主観的健康度を取り上げた統計的分析を行い、下記の結果を得ている。

1. 身体活動量の実態に関して、定期的運動実施者率は低く、運動量は主に勤務中に取られる歩行に依存した傾向が示された。

2. 運動量においては、2群間の変化量の平均値に有意な差を示し、介入群で運動量の増加を認めた。組み合わせ速歩の実施者率でも有意な介入の効果が見出された。

3. 血液特性に関して、全対象数による2群間の変化量の平均値ではインスリンに傾向差を示し、閉経者と一時的療養を要した対象を除いた比較では、インスリンに有意差を、HDL-Cに傾向差を示した。しかし、各群毎にみたHDL-Cの前後差比較の検定では、介入群で有意な増加は示されなかった。2群間の前値BMIに有意な差を認めたことから、これと前値血液特性を調整した共分散分析を行った所、インスリンとHDL-Cにおいて有意な介入の効果が見出された。

4. 血圧およびBMIにおいて、2群間の変化量の平均値に有意差は認められなかった。

5. 主観的健康度において、下位因子の一部で2群間の変化量の平均値に有意な差を認めたが、前値を調整した共分散分析では有意な介入効果は確認されなかった。

 以上、本論文では、国内における壮年期女性看護中間管理者の歩行を中心とした身体活動量の実態把握と、その実態に基づく運動介入の効果を統計的分析により検証した。運動量や組み合わせ速歩の実施者率では介入の効果が示され、一部ではあるが動脈硬化進展の予防に有効とされている血液特性でも効果が示唆された。

 本研究は、壮年期にある女性職業従事者に対する閉経前での運動継続支援方法の検討が不十分な現状で、対照群を設定して介入の効果を確認した研究であり、さらに、介入方法において、本人主導を基本とする実施可能な組み合わせ速歩を用いた個人別対応を導入した点で独創性があり、予防的運動の必要性は高いが運動継続が困難な壮年期女性職業従事者の健康管理に関して、運動支援での具体的な示唆を提供したという意味から、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク