学位論文要旨



No 116458
著者(漢字) 平林,亮治
著者(英字)
著者(カナ) ヒラバヤシ,リョウジ
標題(和) ホモアリルアミンおよびピペリジンアルカロイドの効率的合成法の開発
標題(洋)
報告番号 116458
報告番号 甲16458
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第932号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
 東京大学 講師 眞鍋,敬
内容要旨 要旨を表示する

 含窒素化合物には生理活性を有するものが多く知られ、その効率的合成法の開発は、近年の有機合成化学における重要な課題の一つとなっている。そこで筆者は、含窒素化合物の中でも特にホモアリルアミンおよびピペリジンアルカロイドに着目し、その新しい効率的な合成法の開発に関して検討を行った。

1. ホモアリルアミンの新規立体選択的合成法の開発

 ホモアリルアミンは、含窒素化合物の合成中間体として有用な化合物である。イミンへのアリル金属試薬の求核付加反応は、ホモアリルアミンの最も直接的な合成法と考えられるが、副反応等の問題から必ずしも有効な方法ではなかった。また、従来、イミンやヒドラゾンに対するクロチル金属化合物の求核付加反応ではsyn、anti体の作り分けが困難であった。

 一方当研究室では、アリルトリクロロシランがDMF中、触媒を用いずにアルデヒドと反応し高収率で対応するホモアリルアルコールを与えることを既に見出している。このとき、末端に置換基を持つアリルトリクロロシランを用いると、その幾何異性に応じてsynやantiのホモアリルアルコールが立体特異的に得られる。本反応は溶媒として用いるDMF以外の活性化剤を必要とせず、またアリル化剤として有害な金属を用いずにケイ素化合物を利用する点、さらに、高収率、高選択性が実現できる点など魅力的な反応である。そこで、アルデヒドに替えてイミンがこの反応に適用できれば、立体選択的なホモアリルアミンの合成法になると考え、検討を開始した。

 種々条件検討の結果、イミンのアリルトリクロロシランに対する反応性は低いことがわかった。そこで、イミンに代わる窒素求電子剤の検討を行った結果、ベンゾイルヒドラゾンを用いた場合に対応するホモアリルベンゾイルヒドラジンが収率良く得られることを見出した。ベンゾイルヒドラゾンは、アルデヒドから容易に合成可能であり、脂肪族アルデヒド由来のものでも安定に単離が可能で、ほとんどが結晶性の固体であるため取り扱いが容易である。また、付加体のヒドラジンは、後述するように容易に一級アミンに変換できるため、イミン等価体として用いることができる。

 初めに、ベンズアルデヒド由来のベンゾイルヒドラゾン1aを用いた場合について、溶媒効果を検討した(Table l)。DMF、HMPAを用いた場合には良好な収率で反応が進行する一方、塩化メチレンやアセトニトリルなどを用いた場合には収率は低かった。

 次に溶媒をDMFとし、他のアルデヒド由来のベンゾイルヒドラゾンや置換基を持つアリルトリクロロシランを用いて同様な反応を行った(Table 2)。芳香族アルデヒド由来のベンゾイルヒドラゾンに限らず、α,β-不飽和アルデヒドや脂肪族アルデヒド由来のベンゾイルヒドラゾンを用いても良好な収率をもって目的の付加体が得られた(runs 4、8)。なお、α,β-不飽和アルデヒド由来のヒドラゾンである1bに対する反応は、1,2-付加が選択的に進行した。1a、1b、1cに対するクロチル化に関しては、(Z)-クロチルトリクロロシランを用いた場合には、anti付加体が選択的に得られ、(E)-クロチルトリクロロシランを用いた場合には、synの付加体が優先して得られた。また、ピバルアルデヒドといった嵩高いアルデヒド由来のベンゾイルドラゾンを用いた場合にも良好な収率で目的物が得られた(runs 18、19)。α位に酸素官能基や窒素官能基を有するキラルなベンゾイルヒドラゾンを用いたアリル化反応においては、ともにanti体の生成物が高いジアステレオ選択性をもって得られることがわかった(Scheme 1)。生成物は、ヨウ化サマリウム(II)を用いて、エピメリ化を伴わず収率良く一級アミンへと変換可能であり(Scheme 2)、ホモアリルアミンの新しい立体選択的な合成法を開発することができた。本反応は、Figure 1に示した遷移状態を経由して進行しているものと考えられる。すなわち、窒素の非共有電子対およびベンゾイル基のカルボニル酸素がケイ素原子に配位したいす型6員環遷移状態である。ヒドラゾンは立体的な要因によりEの幾何配置をとるため、置換基Rはaxial位に位置することになり、(Z)-クロチルトリクロロシランからはanti、(E)-クロチルトリクロロシランからはsynの付加体が選択的に得られるものと考えられる。

2. アシルヒドラゾンとアルケンとのLewis酸触媒による[3+2]環化付加反応を利用したピラゾリジン合成

 イミン等価体としての利用法に加えて、アシルヒドラゾンのさらなる活用法について検討した。その結果、ベンゾイルヒドラゾンに対してLewis酸存在下、シクロペンタジエンを作用させたところ、[3+2]環化付加反応が円滑に進行し、対応するピラゾリジンが得られることを見出した(Scheme 3)。このとき、Lewis酸としてジルコニウムトリフラートを用いると、反応は触媒的に進行した。また、基質としてエンインが適用できることを明らかにした。ヒドラゾンとアルケンとの[3+2]環化付加によるピラゾリジン合成は、従来プロトン触媒によるか熱的な条件において行われていたが、Lewis酸を用いることにより穏やかな条件下でも環化付加反応が進行することが明らかになり、また本反応の不斉触媒化への可能性を示すことができた。

3. Febrifugine類の固相合成

 Febrifugineは、漢方薬「常山」の原料ジョウザンアジサイの根部から得られたアルカロイドであり、抗マラリア活性を示すことが知られている。しかしながら、嘔吐性などの副作用を伴うため、その誘導体化などにより、より副作用の少ない化合物の開発が必要である。当研究室ではすでにfebrifugineの最初の不斉全合成を達成し、またピペリジン環への求核置換反応を鍵段階とする別の合成経路も開発している。後者は、Lewis酸を触媒としたN-アシルイミニウムイオン中間体へのエノラートの付加を経由する経路であり、その前駆体となるN-アシル-2-アセトキシピペリジンは様々なエノラートとの求核置換反応に用いることができる。一般に、N-アシルイミニウムイオンを用いる炭素骨格形成は含窒素化合物の合成に汎用されている方法であり、その前駆体を高分子に固定化できればfebrifugineやその誘導体の効率的な合成法となるだけではなく、2-置換ピペリジンの一般的かつ効率的合成法になると考え、検討を行った。

 まず、N-アシルイミニウムイオン前駆体となる基質の合成を行った(Scheme 4)。テレフタルアルデヒド酸を3段階で炭酸エステル5に導き、ラクタムを導入し6を得た。6のアリルエステルをカルボン酸へと変換し、エステル結合を介して高分子上に固定化し8を得た。8をリチウムトリエチルボロヒドリドにより還元し、生じた水酸基をアセチル化することにより、目的とする高分子固定化2-アセトキシピペリジン誘導体10を得た。10に対して、Lewis酸存在下、キナゾロン誘導体であるケトン11のシリルエノールエーテルを作用させた後、高分子担体からの切り出しと脱保護を行うことにより、febrifugineとその異性体であるisofebrifugineが得られた(Scheme 5)。液相反応の場合と同様に、高いジアステレオ選択性は発現しなかったものの、isofebrifugineは容易にfebrifugineへと変換可能であることが知られている。本方法は、他の求核剤の適用により、2-置換ピペリジンのライブラリー構築に利用可能な方法であると考えられる。

4. セミ環状N,O-アセタールの開環アリル化反応

 当研究室では、より多様なピペリジンアルカロイドの誘導体合成を可能にするため、その新たな合成法として、Lewis酸存在下における、環外に窒素原子を有するセミ環状N,O-アセタールに対するエノラートによる開環反応を開発している。生成物は、閉環によってピペリジン誘導体へと変換可能である。そこで、本手法を応用し、3位に置換基を有するセミ環状N,O-アセタールに対する開環アリル化反応を検討した。

 検討の結果、12に対し、触媒量の四塩化ケイ素と過塩素酸銀から調製されるLewis酸の存在下、アリルトリメチルシランを作用させたところ、syn体の開環アリル化体13が良好な収率、およびジアステレオ選択性をもって得られた。現在、13のfebrifugine類への変換に向けた検討を行っているところである。

Table 1. Effect of Solvent

Table 2. Stereoselective Reactions of Benzoylhydrazones with Allyltrichlorosilanes

Scheme 2

Scheme l

Figure 1

Scheme 3

Scheme 4

Scheme 5

審査要旨 要旨を表示する

 窒素原子を含む有機化合物には生理活性を有するものが多く知られており、その効率的合成法の開発は近年の有機合成化学における重要な課題の一つとなっている。本論文はこの問題に取り組み、特にホモアリルアミンおよびピペリジンアルカロイドに着目し、その新しい効率的な合成法の開発を行った結果について述べたものである。

 ホモアリルアミンは、含窒素化合物の合成中間体として有用な化合物である。その合成法としては、イミンへのアリル金属試薬の求核付加反応が最も直接的であると考えられるが、従来法は化学収率、選択収率とも十分な結果を与えていなかった。本論文ではまず第一章でこの問題に取り組み、イミン自体は反応性が低いもののベンゾイルヒドラゾンを用いた場合に、対応するホモアリルベンゾイルヒドラジンが収率良く得られることを見出している。ベンゾイルヒドラゾンは、アルデヒドから容易に合成可能であり、イミンとは異なり脂肪族アルデヒド由来のものでも単離が可能で、ほとんどが結晶性の固体であるため取り扱いが容易である。まず、ベンズアルデヒド由来のベンゾイルヒドラゾンを用いた場合について、溶媒効果について検討し、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、ヘキサメチルホスホルアミド(HMPA)を用いた場合には良好な収率で反応が進行する一方、塩化メチレンやアセトニトリルなどを用いた場合には収率は低いことを見出している。次に溶媒をDMFとし、他のアルデヒド由来のベンゾイルヒドラゾンや置換基を有するアリルトリクロロシランを用いて同様な反応を行い、芳香族アルデヒド由来のベンゾイルヒドラゾンに限らず、α,β-不飽和アルデヒドや脂肪族アルデヒド由来のベンゾイルヒドラゾンを用いても良好な収率をもって目的の付加体が得られることを明らかにしている。ここで、α,β-不飽和アルデヒド由来のヒドラゾンに対する反応は、1,2-付加が選択的に進行すること、また、クロチル化においては、(Z)-クロチルトリクロロシランを用いた場合にはantiの付加体が、(E)-クロチルトリクロロシランを用いた場合にはsynの付加体がそれぞれ優先して得られることを見出している。さらに反応の遷移状態についても考察し、窒素の非共有電子対およびベンゾイル基のカルボニル酸素がケイ素原子に配位した、いす型6員環遷移状態を想定している。ヒドラゾンは立体的な要因によりEの幾何配置をとるため、ヒドラゾンの置換基はアキシャル位に位置することになり、通常のアルデヒドの反応とは逆の選択性が得られることを説明している。また、α位に酸素官能基や窒素官能基を有するキラルなベンゾイルヒドラゾンを用いたアリル化反応においては、ともにanti体の生成物が高いジアステレオ選択性をもって得られることも明らかにしている。生成物は、ヨウ化サマリウム(II)を用いて、エピメリ化を伴わず収率良く一級アミンへと変換可能であり、ホモアリルアミンの新しい立体選択的な合成法となることを実証している。

 以上のように、アシルヒドラゾンがイミン等価体として有用であることを明らかにしたが、続いて第二章では、アシルヒドラゾンのさらなる活用法について検討し、ベンゾイルヒドラゾンに対してジルコニウムトリフラートなどのLewis酸存在下、ジエンを作用させることにより[3+2]環化付加反応が円滑に進行し、対応するピラゾリジン誘導体が収率よく得られることを見出している。同タイプの環化付加反応は、従来プロトン触媒を用いる強酸性条件あるいは熱的な条件において行われていたが、Lewis酸を用いることにより穏やかな条件下での反応が実現された。

 さて、Febrifugineは、漢方薬「常山」の原料ジョウザンアジサイの根部から得られたアルカロイドであり、抗マラリア活性を示すことが知られている。しかしながら、嘔吐性などの副作用を伴うため、その誘導体化などにより、より副作用の少ない化合物の開発が必要である。すでに当研究室ではfebrifugineの最初の不斉全合成を達成し、またピペリジン環への求核置換反応を鍵段階とする新たな合成法も開発している。本論文第三章では、コンビナトリアル・ケミストリーへの展開も視野に入れた固相上でのFebrifugineの合成について述べている。まず、N-アシルイミニウムイオン前駆体となる基質の合成を行い、これをエステル結合を介して高分子上に固定化している。その後、目的とする高分子固定化2-アセトキシピペリジン誘導体へ導き、Lewis酸存在下、キナゾロン誘導体のシリルエノールエーテルを作用させた後、高分子担体からの切り出しと脱保護を行うことにより、febrifugineとその異性体であるisofebrifugineを得ている。本手法は、febrifugineやその誘導体の効率的な合成法となるだけではなく、2-置換ピペリジンの一般的かつ効率的合成法としても有用である。

 第四章では、より多様なピペリジンアルカロイドの誘導体合成を可能にするため、新たな合成法として、Lewis酸存在下における環外に窒素原子を有するセミ環状N,O-アセタールに対する開環アリル化反応を開発している。

 以上、本論文は窒素原子を含む有機化合物であるホモアリルアミンおよびピペリジンアルカロイドに着目し、その新しい効率的な合成法を開発したもので、有機合成化学、医薬品化学の分野に貢献するところ大である。よって博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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