学位論文要旨



No 116463
著者(漢字) 荒木,保弘
著者(英字)
著者(カナ) アラキ,ヤスヒロ
標題(和) 出芽酵母のmRNA分解制御に介在するGTP結合蛋白質Ski7の構造と機能
標題(洋)
報告番号 116463
報告番号 甲16463
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第937号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 助教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 鈴木,利治
内容要旨 要旨を表示する

 真核生物の遺伝子発現は、転写、mRNAのプロセッシング、核からの移行、さらに翻訳と複数の段階から成るが、これにmRNAの分解が加わる。mRNAの分解は、他の段階が正の制御であるのに対して唯一の負の制御であることから、遺伝子発現制御において極めて重要な段階であるといえる。

 酵母において、mRNAの分解は主に細胞質で進行するが、始めにpoly(A)尾部がA10残基程度にまで短縮され、この後5'→3'、3'→5'の二方向から分解される。片方ずつを欠損しても酵母は成育するが、両経路とも不活化すると致死になることから、mRNAの分解制御は成育に必須である。5'→3'分解経路はpoly(A)尾部の短縮に引き続き、5'-キャップ構造が外れ、5'→3'エキソヌクレアーゼにより分解される。この過程に関わる因子は既に同定され、そのメカニズムまで大きく理解が進んでいる。しかし、一方の3'→5'分解経路は、関与する因子群が遺伝学的に単離されてはいるものの、その分子機構は不明のままであった。

 本研究において私は、3'→5'mRNA分解経路に新規のG蛋白質が介在することを示し、さらにこのG蛋白質とこれまでに遺伝学的手法により単離されていた因子群との相互作用を検証することによって、mRNA分解経路の新たな分子機構を明らかにした。

1. 翻訳終結因子eRF3/GSPTに相同な機能未知因子の同定

 G蛋白質は、一般的にGTPの結合で活性化され、GTPが加水分解されてGDPになると不活性化する分子スイッチとして各反応系で機能している。G蛋白質はスーパーファミリーを形成しており、その一つに翻訳過程に関わるG蛋白質群がある。このファミリーは、tRNAもしくはtRNAに類似の高次構造をもつ蛋白質とEF1α様ドメインで結合して、翻訳の伸長あるいは終結に関わる。翻訳終結因子eRF3/GSPTはこのファミリーに属するが、N末端側が長いという点で他にはない特徴を有している。これまでに当研究室ではeRF3が特有のNドメインを介してpoly(A)結合因子と相互作用することを示し、eRF3が翻訳終結のみならず、mRNAの安定性や翻訳開始にも影響を与えて、遺伝子発現の調節に広範にわたって関与するという、既存のG蛋白質とは異なる機能様式を有することを見出している。以上を踏まえて、私は出芽酵母ゲノムデータベースからeRF3と高い相同性を有し、かつ長いNドメインをもつ機能未知因子を同定した(Fig.1)。この因子も遺伝子発現調節に多岐にわたって関与することが期待される。そのEF1α様ドメインはeRF3と一次構造上高い相同性を有するものの、Nドメインでは全く相同性がないことから、eRF3と類似の様式で作用するが、全く異なる機能を備えていることが考えられた。

2. Ski7はmRNAの3'→5'分解経路に関与する

 上記の機能未知のG蛋白質は、時期を同じくして他のグループにより、酵母二重鎖RNAウイルスの遺伝子発現を誘発する変異体の原因遺伝子として単離され、SK17と名付けられた。同じ指標で単離されたSKI遺伝子群の多くは、細胞質でのmRNA分解段階に関与するので、Ski7もmRNAの分解段階に関与することが予想された。そこで、酵母においてmRNAの分解に対するski7遺伝子破壊の影響を、MFA2遺伝子にpoly(G)を挿入した転写産物の分解から検討した(Fig. 2)。このノーザンブロットにおいては、poly(G)の特性によってmRNAの分解中間産物を検出することができ、その動態から分解方向を決定できる。野生株、ski7破壊株の両者で5'→3'分解には相違がなかったのに対して、ski破壊株でのみpoly(G)→3'の断片が蓄積しており、その分解中間産物がスメアーとして検出された。この結果はski7破壊株では3'→5'方向の分解経路に異常をきたしていることを意味しており、Ski7が3'→5'方向のmRNAの分解に関与することが示唆された。

3. mRNA3'→5'分解経路の異常はSki7のNドメインのみで相補される

 次にmRNA分解におけるSki7の機能ドメインを限定することを目的に、ski7欠損による3'→5'方向の分解の異常がSki7の各種欠失変異体で相補されるか否かを検討した。その結果、ski7破壊株の表現型はSki7Nドメインだけを発現することにより相補されたが、EF1α様ドメインでは相補できなかった(Fig.3)。すなわち、mRNA分解にはNドメインが必要十分であり、EF1α様ドメインは必要でないことを示している。eRF3はそのNドメインでpoIy(A)結合因子と相互作用し、EF1α様ドメインで翻訳終結を担うという2つのドメインで異なる機能を有したが、Ski7のNドメインのみがmRNA分解に関与するという上記の知見は、これと非常によい整合性がある。

4. Ski7はexosome、Ski複合体と相互作用する

 Ski7はそのNドメインでmRNAの分解に介在することが示されたが、どの様な機序で関与するのであろうか。Ski7のNドメインには一次構造上、既知の機能モチーフがなく、また他の因子とも相同性が見られないことから、RNA分解に必要な活性、例えばRNA分解活性やRNA結合活性はないと考えられた。したがって、上記の様な活性をもつ蛋白質との相互作用が予想された。これまでに、3'→5'方向のmRNA分解に関わる因子群が遺伝学的に単離されている。それは10種のRNaseから成るexosomeと、Ski2(RNAヘリカーゼ),ski3,ski8から成るski複合体である。そこで、Ski7が2つの複合体と相互作用するか否かを免疫沈降法で検定したところ、両複合体ともSki7のNドメインに相互作用することを見出した(Fig.4)。これは遺伝学的にその関与が示唆されていたexosomeとSki複合体を初めて生化学的に結びつけた重要な知見である。

5. Ski7Nドメインの機能発現にはexosome及びSki複合体との結合が必要である

 Ski7NドメインのmRNA分解への寄与はexosome、Ski複合体のどちらとの相互作用によるのか、または両相互作用とも必要なのだろうか。まず、両複合体の相互作用部位をSki7Nドメイン上に限局し、exosomeとSki複合体との相互作用にSki7の異なる部位を用いていることを明らかにした(Fig.5)。さらに、両複合体の結合部位を含む欠失変異体が、ski7欠損によるmRNAの分解異常を相補するかを検討したが、どの変異体でも相補することができなかった。しかし、野生株に、両複合体に対する結合領域のみを各々強発現すると、mRNAの分解異常を誘発することが判明した(Fig.5)。以上から、Ski7Nドメインは、exosome、Ski複合体のどちらとも機能的に相互作用することにより、mRNA分解に貢献することが示された。

6. Ski7はexosome、Ski複合体と個別に異なる複合体を形成する

 Ski7はexosome、Ski複合体と相互作用することが示されたが、実際にはどの様な複合体を形成しているのかを明らかにするために、ゲル濾過カラムで各複合体の挙動を検討した。両複合体ともSki7と同じ挙動をするが、Ski7とexosomeは存在するもののSki複合体を含まない画分があった。これは、Ski複合体を含まないSki7-exosome複合体が存在することを意味する。さらに、exosomeの免疫沈降を行ったところ、共沈画分にSki複合体が全く存在しなかった。以上により、Ski7はexosome、Ski複合体の各々と異なる複合体を形成することが明らかとなった(Fig.6)。大腸菌やミトコンドリアでのmRNAの3'→5'分解においてはRNaseとRNAヘリカーゼが同一複合体として機能することを考えると、酵母における以上の結果は真核生物でのmRNA分解の機序を探る上で非常に興味深い。

総括

 本研究において私は、eRF3/GSPTに相同な機能未知のG蛋白質Ski7が、mRNAの3'→5'分解経路に関与することを遺伝学的に初めて明らかにした。さらにski7欠損株の表現型を相補することを指標に、Ski7がmRNAの分解に寄与するにはNドメインのみで必要十分であること、また同領域にRNA分解酵素から成るexosome、RNAヘリカーゼを含むSki複合体が相互作用することを示した。さらに、Ski7はexosome、Ski複合体とそれぞれ独立して異なる複合体を形成することを見出した(Fig.6)。RNAヘリカーゼ及びRNaseとSki7が異なる領域を介して別個に複合体を形成するという今回の知見は、原核生物とは異なる極めて特徴的な性状であり、真核生物のmRNA分解の作用機序を考える上で意義深いものである。

Fig.1 Comparison of Ski7 with homologous proteins

Fig.2 ski7Δ stabilizes the degradation of MFA2pG-mRNA intermediates

Fig.3 Ski7 N domain restores the degradation of 3'-trimmed RNA fragments

Fig.4 Ski7 N domain interacts with exosome and Ski complex physically

Fig.5 The entire Ski7 N domain is required for 3'→5' mRNA decay

Fig.6 Ski complex & exosome participating in 3'→5' degradation of yeast mRNAs separately associate with different regions of Ski7 N domain

審査要旨 要旨を表示する

 真核生物の遺伝子発現においては,転写の制御に加えて,mRNAの分解は負の制御機構として極めて重要である。酵母におけるmRNAの分解は主に細胞質で進行するが,はじめにmRNAの3'側poly(A)尾部が短縮され,その後mRNA本体は5'→3'及び3'→5'の二方向から分解される。両経路とも不活化すると酵母は致死となることから,mRNAの分解制御は成育に必須と考えられる。5'→3'分解経路では,poly(A)尾部の切断後,5'-キャップ構造が外れて5'→3'エキソヌクレアーゼにより分解されるが,この過程に関わる因子はすでに同定され,その機構の大略が明らかにされている。しかしながら,3'→5'分解経路の分子機構については不明の点が多い。

 「出芽酵母のmRNA分解に介在するGTP結合タンパク質Ski7の構造と機能」と題する本論文においては,3'→5'mRNA分解経路に新規のG蛋白質Ski7が介在し,さらにこのG蛋白質がこれまで遺伝学的手法により単離されていた因子群と相互作用することを見出し,3'→5'mRNA分解経路の新たな分子機構を提唱している。

 1. 翻訳終結因子eRF3/GSPTに相同な機能未知因子Ski7の同定

 翻訳終結因子eRF3/GSPTには,一次構造上,伸長因子EF1αに相同性を有するC末端側のGドメインに加えて,N末端側に長い領域が存在するが,そのNドメインは,mRNAの安定性や翻訳開始にも影響を与えるpoly(A)結合因子と相互作用することが先に示されている。そこで,各種ゲノムデータベースからEF1α様ドメインを有しかつ長いNドメインをもつ機能未知のG蛋白質群が探索され,新規のG蛋白質が同定された。このG蛋白質は,時期を同じくして,他のグループにより酵母二重鎖RNAウイルスの遺伝子発現を誘発する変異体の原因遺伝子として単離されたSKI7遺伝子産物と同一であった。

 2. mRNAの3'→5'分解経路に介在するSki7のNドメイン

 SKI遺伝子群の多くは,細胞質でのmRNA分解段階に関与するので,Ski7もmRNAの分解段階に介在すると予想された。そこで,酵母においてmRNAの分解に対するSKI7遺伝子破壊の影響が検討された。野生株とSKI7破壊株とで5'→3',分解には差異は認められなかったが,SKI7破壊株では3'→5'方向の分解経路が特異的に抑制されていた。したがって,Ski7は3'→5'方向のmRNAの分解に関与することが示唆された。

 さらにmRNA分解におけるSki7機能ドメインの限定を目的に,SKi7遺伝子破壊による3'→5'方向の分解異常がSki7の各種欠失変異体で相補されるか否かが検討された。その結果,SKI7破壊株の表現型はSki7Nドメインのみを発現することによって相補され,mRNA分解にはNドメインが必要十分であり,EF1α様ドメインは必要でないことが明らかにされた。Ski7のNドメインのみがmRNA分解に関与するというこの知見は,eRF3の場合と類似しており,両G蛋白質間で共通性がある。

3. Ski7のNドメインを介したexosome及びSki複合体との結合と生理的意義これまでに,3'→5'方向へのmRNA分解に関わる因子群として,10種のRNaseから成るexosomeとSki2(RNAヘリカーゼ),Ski3,Ski8から成るSki複合体が遺伝学的に単離されている。そこで,Ski7が2つの複合体と相互作用する可能性が免疫沈降法で検定された。その結果,両複合体ともSki7Nドメインに相互作用することが見出された。これは,exosomeとSki複合体を生化学的に初めて結びつけた重要な知見である。

 次に,Ski7と両複合体との相互作用部位が解析され,Ski7は異なる部位を介してexosomeとSki複合体と相互作用することが明らかにされた。さらに,SKI7遺伝子破壊によるmRNAの分解抑制を救済するには,Ski7Nドメイン全体が必要であること,また,野生株に両複合体に対する結合領域のみを各々強発現すると,mRNAの分解抑制を誘発することが見出された。すなわち,Ski7Nドメインは,exosome,Ski複合体の両者と機能的に相互作用して,mRNA分解に寄与することが示された。

4. Ski複合体を含まないSki7-exosome複合体の存在

 Ski7はexosome,Ski複合体と相互作用することが示されたが,実際にはどの様な複合体を形成しているのかを解明するために,exosomeの免疫沈降が行われた。その結果,共沈画分にSki7は存在するものの,Ski複合体は全く存在しなかった。この結果は,Ski7はexosome,Ski複合体の各々と異なる複合体を形成する可能性を示唆している。

 以上を要するに,本研究は,eRF3/GSPTに相同な機能未知のG蛋白質Ski7が,mRNAの3'→5'分解経路に介在することを遺伝学的に初めて明らかにしている。さらにSKI7遺伝子破壊株の表現型を相補する解析から,mRNAの分解にはSki7のNドメインのみで必要十分であること,また同領域には,RNA分解酵素から成るexosomeとRNAヘリカーゼを含むSki複合体が,それぞれ異なる部位を介して機能的に相互作用することが示されている。以上の知見は,真核生物のmRNA分解の作用機序を考える上で意義深いものであり,博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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