学位論文要旨



No 116474
著者(漢字) 竹内,英之
著者(英字)
著者(カナ) タケウチ,ヒデアキ
標題(和) ムチン型糖鎖の生合成の制御機構と糖鎖認識分子との相互作用に関する研究
標題(洋)
報告番号 116474
報告番号 甲16474
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第948号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 助教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 鈴木,利治
内容要旨 要旨を表示する

序論

 ムチンはO-結合型糖鎖の付加したセリンやスレオニン含量の高いペプチド鎖の繰り返し構造(タンデムリピート)を含む特徴をもつ糖蛋白質である。糖鎖を細胞外に提示することを分子機能として、生物によって進化の過程でデザインされた分子であると思われる。組織の保護、潤滑はもとより、感染、炎症、組織形成、癌の悪性化などにおける細胞間の認識との関連が注目される。しかし、構造的な多様性と個々の構造に対応する機能が明らかにされているわけではなかった。

 ムチンコア蛋白質をコードする遺伝子とこれに糖を付加する遺伝子が多数明らかにされているが、最終産物の“かたち”がいかに構築され、それらの多様性がいかにして認識されるかは不明であった。そこで私はムチンの最も小さな単位のモデルとして、3個の連続するスレオニン残基に、N-アセチルガラクトサミン(GalNAc)が付加したものの生合成の制御機構を明らかにすることを主目的として研究を行った。生合成が厳密に制御されていることが明らかになったので、その結果生成される構造および類似の構造が、糖鎖認識分子によっていかに見分けられるかを解析した。

1. O-結合型糖鎖生合成の最初の段階における法則性:UDP-GalNAc:ポリペプチドN-アセチルガラクトサミン転移酵素の連続するスレオニン残基を含むペプチドに対する受容基質特異性

1-1. 連続するスレオニン残基を含むペプチド(PTTTPLK)へのGalNAcの取り込み

 連続する3つのThr残基へのO-グリコシレーションの制御機構の解明を目的とし、MUC2ムチンタンデムリピートの一部の配列に相当するP1T2T3T4P5L6-K7ペプチドを受容基質として、これらの基質に対するUDP-GalNAc:polypeptide N-acetylgalactosaminyltransferase(pp-GalNAc-T)1、2、3、および4の作用を調べた。Fmoc固相法によって合成したペプチドのN末端のα-アミノ基をFITC標識し、受容基質とした。pp-GalNAc-Tsは膜貫通ドメインを欠失させたリコンビナント体を用いた。反応産物を逆相HPLCにおいて分画し、MALDI-TOF MSにて分子量(糖の付加数)を解析し、プロテインシークエンサーにて付加した糖の位置を決定した。

 pp-GalNAc-T1は、最大2個をThr-2、4に、T2は、最大1個をThr-2に、T3は、最大3個をThr-4、3、2の順に付加することが判明した。T4は最大3個を付加したが、Thr-2に1個付加したものも最終産物として得られた(Fig.1)。O-グリコシレーションの法則性が、アイソザイムの種類により異なることが判明した。

1-2. N-アセチルガラクトサミンの付加を一部受けたPTTTPLKへのGalNAcの取り込み

 次にペプチドへのGalNAcの部分的な付加が、その後のpp-GalNAc-Tsの作用を変化させる可能性について検討した。

 合成ペプチドのN末端のα-アミノ基をFITC標識し、受容基質とした。pp-Ga1NAc-T1、あるいは、T3を用いて、このペプチドの4種類の異なるGalNAc付加体を合成し(Table 1)、pp-GalNAc-Tsの作用を調べた。一定時間反応後の反応産物の相対量により活性を比較した(Fig.2)。

 pp-Ga1NAc-T1は、GalNAcをThr-2に導入する傾向があるが、Ga1NAc-ThrのN末端側の隣(-1)であると付加しにくくなった(-1 negative effect)。PP-GalNAc-T2は、GalNAcの付加により、劇的に特異性が変化した。すなわち、PTTTPLKのThr-3には付加しないが、PTTT*PLK(T*:Thr-GalNAc)を基質とすると、PTT*T*PLKを生成したので、GalNAc-Thrの-1 positive effectがあると考えられた。pp-GalNAc-T3は、部分的にGalNAcが付加したものを基質としたときにも、Thr-4、3、2の順に付加しやすく、GalNAc-Thrに-1 positive effectがあることが分かった。pp-GalNAc-T4にも、pp-GalNAc-T2、T3と同様に、-1positiv eeffectがみられた。各酵素の特異性をFig,3にまとめた。

1-3. N-アセチルガラクトサミンにガラクトース(Gal)が付加することによる影響

 Galβ1-3GalNAcα-を付加させたPTTTPLKに対するpp-GalNAc-TSの作用を調べた。Thr-2に糖が付加していると、その糖がGa1NAcであれ、Galβ1-3GalNAcであれ、Thr-3またはThr-4へのGa1NAcの取り込みは、いずれのPP-GalNAc-Tsでもほとんどみられなかった。Thr-4に糖が付加している場合は、糖の種類によってpp-GalNAc-Tsの活性に差異がみられた。pp-GalNAc-Tlは、いずれの場合にも、基質に対してさらに1つのGalNAcを付加した。これに対して、T2、T3、T4は、PTTT*PLKを基質としたときに残りの2箇所のThr残基にGalNAcを付加したが、この作用はガラクトースの付加によって抑制された。このように、連続するThr残基へのO-グリコシレーションにおいては、ペプチドへのGalNAcの付加とGalNAcへのさらなる糖の付加とが拮抗することが、糖鎖付加部位の配置を決定する要因のひとつであることが示唆された。

2. 近傍に複数のO-結合型糖鎖を含む構造に対する糖鎖認識分子の特異性

 第1章で明らかとなったように、ムチンのアミノ酸配列にしばしばみられる連続するスレオニン残基のO-グリコシレーションの配置は、生合成の中間体やその後の伸長の仕方を含めて極めて厳密に制御されている。そこで、糖ペプチドが糖鎖認識分子によって認識される際に、糖鎖の配置の違いがその親和性に影響するかどうか植物レクチンおよびモノクローナル抗体を用いて調べた。

2-1. 植物レクチンの特異性

 糖鎖単独ではGalNAc(Tn抗原)に特異的とされているVicia villosa agglutinin(VVA)、および、Galβ1-3GalNAc(TF抗原)に特異的とされているピーナッツアグルチニン(PNA)の結合性について検討を加えた。方法としては、今回作成したFITC標識糖ペプチドとこれらのレクチンとの結合性を蛍光偏光度測定法(BEACON 2000,TaKaRa)により解析した。VVAは、Tn抗原に結合性を示し、2つのTn抗原がThr-2と4に付加している糖ペプチドに対して、Thr-3と4に結合しているものより高い結合性を示した(Fig.4,A)。PNAは、TF抗原に結合性を示したが、2つのTF抗原がThr-2と4に付加している糖ペプチドに対して、3つのTF抗原が付加している糖ペプチドに対するよりもはるかに高い結合性を示した(Fig,4,B)。PNAが高い結合性を示すには、2つの糖鎖の間に少なくともアミノ酸ひとつ分のスペースが必要であることが示唆された。これらのことから、少なくとも連続する3個のスレオニン残基が足場(scaffold)として、TnあるいはTF抗原が構築された場合、糖鎖の配置がレクチンとの親和性に大きな影響を及ぼすことが示された。

2-2. 抗MUC1ムチン抗体MY.1E12の特異性

 O-グリコシレーションがムチンとその認識分子との相互作用に強い影響をもつ例として抗体によるMUC1ムチンの認識がよく知られている。健常人乳汁膜画分から粗精製したヒト乳脂肪膜を免疫原として、当研究室で作製された抗MUC1ムチンモノクローナル抗体MY.IE12の詳細なエピトープの解析を試みた。MUC1ムチンタンデムリピート(GSTAPPAHGVTSAPDTRPAP)およびその部分配列上において糖鎖の逐次的付加反応を行った。

 細胞を用いた予備的な実験から、結合における、α2-3結合したシアル酸の重要性が示唆されたので、数および付加位置の異なるシアリルTF抗原が付加した糖ペプチドを作製した。合成糖ペプチドと本抗体との結合を蛍光偏光度測定法により解析した。

 その結果、この抗体が、Thr-11にシアリルTF抗原の付加している糖ペプチドに対して高い結合性を示すことを見出した。別の位置にシアリルTF抗原が付加していても結合性の上昇はみられなかったことから、この位置のThr残基にシアリルTF抗原が付加していることが本抗体の結合性を有意に上昇させるものと考えられた(Fig.5)。

結語

 本研究により、ムチンタンデムリピートへのO-結合型糖鎖の付加の順序と最大数が、酵素の受容基質特異性に基づいて厳密に制御されていることが示された。今後は細胞に発現したpp-GalNAc-Tの種類とムチンのO-グリコシレーションとの間に相関があるかを解明する必要がある。糖ペプチドに対するレクチンの親和性が糖鎖付加部位の配置に影響を受けることが明らかとなった意義は大きい。本酵素アイソザイムはムチンの糖鎖付加のパターンを決定することを通して細胞間の認識に影響する可能性が高い。したがって、感染、炎症、組織形成、癌の悪性化などに関わる細胞において、本酵素アイソザイムの発現に変動がみられるかどうかは興味深い問題である。

参考文献

1. Iida, S., Takeuchi, H., Hassan, H., Clausen, H., and Irimura, T. (1999) FEBS Lett. 449, 230-234.

2. Iida, S., Takeuchi, H., Kato, K., Yamamoto, K., and Irimura, T. (2000) Biochem. J. 347,535-542.

3. Takeuchi, H., Kato, K., Hassan, H., Clausen, H., and Irimura, T. submitted.

4. Takeuchi, H., Kato, K., Denda-Nagai, K. and Irimura, T. in preparation.

Fig.1 GaINAc(s)-attached glycopeptides produced by the action of each pp-GaINAc-T when PTTTPLK peptide was used as a substrate.

Table 1 Substrates used in these experiments

Fig.2 Elution profiles of products separated by reverse-phase HPLC after incubation of PTTTPLK peptide or its glycosylated derivatives with recombinant pp-GaINAc-T1, T2, T3, or T4 for 16 h.

Fig.3 Extent of product formation by pp-GalNAc-Ts using PTTTPLK peptide or its glycosylated derivatives as sustratesTransferred GalNAc residues were shown by open symbols.

Fig.4:Fluorescence polarization of FITC-labeled glycopeptides (10nM) after incubation with lectins. (A) VVA. (B)PNA. T* and T*° indicates GaINAc-Thr and Galβ1-3GalNAc-Thr, respectively.

Fig.5 Effect of sialylation on the binding of MY.1E12 antibody to GSTAPPAHGVT*°SAPDTK peptide T*° indicates GaIb1-3GaINAc.Thr.

審査要旨 要旨を表示する

 「ムチン型糖鎖の生合成の制御機構と糖鎖認識分子との相互作用に関する研究」と題する本論文は、上皮の産生する粘液の主成分であり、また上皮に特徴的な細胞表面分子である「ムチン」に糖鎖が付加する際の制御機構と、結果として生じる糖鎖を含むペプチドの構造的なモティーフが特異的に認識される仕組みを明らかにしたものである。ムチンは上皮組織の保護や潤滑がその主な分子機能とされ、糖鎖はそのような物性に必要な構造を保つための部分品である考えられて来た。そのため従来は、ペプチド上での糖鎖の配置などを含む構造の多様性に生物学的な意味があると考えられたことはなかった。しかし最近、ムチンの遺伝子構造が明らかにされた結果、この分子は糖鎖を細胞外に提示することを分子機能として、生物によって進化の過程でデザインされた分子であると考えられるようになった。さらに、ムチンコアペプチドに糖鎖を付加する酵素であるUDP-GalNAc:polypeptide-N-acetyl galactosaminyltransferase(pp-GalNAc-T)が遺伝子レベルでも構造と機能のレベルでも予想外の多様性を示す事もわかって来た。そのような背景から、本研究は「細胞外に運び出される蛋白質に含まれるセリンやスレオニンの全てが、どのような順序でどこまでO-グリコシレーションを受けるか或いは受けないかは、ポリペプチドの配列と産生細胞に発現しているpp-GalNAc-Tの組み合わせによって特異的に決定されている」という仮説に基づき、連続するスレオニンを含むペプチドを対象に生合成過程の特異性を解析したものである。ムチンやムチン様レセプターに含まれるスレオニン(及びセリン)が連続する配列は、糖とペプチドの組み合わせによって無限に近い多様なモティーフを形成し、発生分化と組織形成、炎症と免疫、感染とその防御、癌の進行と転移などにおける細胞間の認識における多様性の分子的な基盤として機能している可能性が高い。しかし今までは、多様な構造の生合成が厳密に制御されていることが示されていなかったので、生物学的な特異性を議論出来なかった。ペプチドと糖鎖のコンビネーションによるモティーフ形成がpp-GalNAc-Tの特異性によって厳密に制御されていることだけでなく、多様なモティーフが糖鎖認識分子によって見分けられる事が、本研究によって初めて明らかにされた。

 本論文は大きく二つの部分に分けられている。ムチン2(MUC2)の配列の一部をモデルとして用いたO-グリコシレーションの法則性に関する研究と、ムチン1(MUC1)及びMUC2の配列に基づくムチンモティーフのレクチン及びモノクロナル抗体による認識に関する研究である。

 まず、連続するスレオニン残基を含むペプチドであるPTTTPLKへのGalNAcの取り込み(O-グリコシレーションの最初のステップ)が研究対象とされた。合成したペプチドのN末端のアミノ基にFITCで蛍光標識し、膜貫通ドメインを欠失させたリコンビナント体pp-GalNAc-T1、2、3、または4とUDP-GalNAcによってGalNAcを取り込ませた。反応産物を逆相HPLCで分画し、MALDI-TOF MSにて分子量(糖の付加数)を、プロテインシークエンサーにて付加した糖の位置を決定した。O-グリコシレーションの法則性(付加位置、順序、最大数)が、アイソザイムの種類により異なることが判明した。このペプチドの4種類の部分的なGalNAc付加体を合成し、各pp-GalNAc-Tと一定時間反応後の産物を同様なストラテジーで分析した。その結果、pp-GalNAc-T2、3、及び4ではC末端側のスレオニンにGalNAcが取り込まれると、そのN末端側のスレオニンへのGalNAcの取り込みが亢進することが明らかになった。この効果は、このGalNAcにガラクトース(Gal)が付加することによって失われることも証明した。従って、ペプチドへのGalNAcの付加とGalNAcへのさらなる糖の付加とが拮抗し、最終産物のモチーフを決定することが示された。

 本論文の後半では、糖ペプチドが糖鎖認識分子によって認識される際に、糖鎖の配置の違いがその親和性に影響するかどうかを、論文の前半で扱ったMUC2由来の各種ペプチドと植物レクチン及びMUC1の一部のペプチドとMUC1特異的なモノクローナル抗体の相互作用について解析した結果が示されている。方法は、構造を確かめた蛍光標識糖ペプチドのレクチンや抗体と結合を蛍光偏光解消法によって測定している。糖鎖単独ではGa1NAc(Tn抗原)に特異的とされているVicia villosa agglutinin(VVA)、および、Galβ1-3GalNAc(TF抗原)に特異的とされているピーナッツアグルチニン(PNA)の結合性について、糖鎖とペプチドが複合することによって生じるムチンモチーフに対する認識特異性を明らかにした。VVAは、2と4番目のスレオニンにTn抗原が付加している糖ペプチドの方が、3と4番目のスレオニンに結合しているものより高い結合性を示した。PNAは、2と4番目のスレオニンに2つのTF抗原が付加している糖ペプチドの方が、3つのTF抗原が付加している糖ペプチドに対するよりもはるかに高い結合性を示した。これらのことから、少なくとも連続する3個のスレオニン残基が足場として、TnあるいはTF抗原が構築された場合、糖鎖の配置がレクチンとの親和性に大きな影響を及ぼすことが示された。さらに、抗MUC1モノクローナル抗体のひとつであるMY.1E12の詳細なエピトープの解析を試みた結果も述べられている。MUC1タンデムリピート(GSTAPPAHGVTSAPDTRPAP)の11番目のスレオニンにシアリルTF抗原の付加している糖ペプチドに対して高い結合性を示すことを、ペプチド合成と抗体との親和性測定から証明した。

 以上のように、本研究によってムチンタンデムリピートに最も典型的な配列である連続するスレオニンへのO-結合型糖鎖の付加の順序と最大数が、酵素の受容基質特異性に基づいて厳密に制御されていることがはじめて示された。さらに、糖ペプチドに対する糖鎖認識分子の親和性が、糖鎖付加部位の配置に大きな影響を受けることを、本研究が示した。PP-GalNAc-Tアイソザイムはムチンの糖鎖付加のパターンを決定することを通して細胞間の認識に影響する可能性が高い。以上のような内容を含む本研究成果は、O-結合型糖鎖の生物学における重要な一里塚として後世に残る意義深いものである。糖鎖生物学、分子細胞生物学に大きく貢献することは言うまでもない。よって、本研究を行った竹内英之は博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。

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