学位論文要旨



No 116486
著者(漢字) 笠岡,敏
著者(英字)
著者(カナ) カサオカ,サトシ
標題(和) 骨髄抑制軽減療法を目的としたG-CSF結合型PEG-リポソームの開発
標題(洋)
報告番号 116486
報告番号 甲16486
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第960号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊賀,立二
 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 助教授 山田,安彦
 東京大学 講師 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

[序論]

 現在、癌化学療法は癌治療において重要な手段の一つである。しかし、その治療効果が殺細胞的であるため、癌以外の正常組織、特に骨髄の血液幹細胞を傷害し、好中球減少などの副作用を伴う。そこで、抗癌剤の骨髄細胞毒性を中和できる薬剤を骨髄に選択的に送達することや、P-糖タンパク質をコードするMDR-1遺伝子を骨髄で発現させることによって、骨髄抑制を軽減できると考えられる。しかし、単に薬剤を全身投与するだけでは、骨髄選択的な送達は不可能である。そのため本研究ではリポソームの表面にPEG(polyethylene glycol)を修飾し、良好な血中滞留性を獲得させた後に、そのPEGの先端にG-CSFを結合させた新規リポソームを開発した。このリポソームを用いて受容体介在性エンドサイトーシス(receptor-mediated endocytosis)によって、骨髄細胞内に選択的に封入物を送達できるか否かを検討した。その後、実際に抗癌剤を併用し、骨髄抑制軽減ができるか否かを検討した。

[研究内容]

1.G-CSF結合型PEG-リポソームの調製

Distearoyl phosphatidylchoineとcholesterolを1:1とした構成脂質に対して5 mol%のPEG(M.W.=2000)-phosphatidylethanolamineと末端にmaleimidyl基を持った1 mol%のPEG(M.W.=3400)phosphatidylethanolamineを有機相(CHC13:iso-propylether=1:1,v/v)に溶解し、水相(100mM MES buffer:pH6.5)を加えた後に、プローブ型ソニケーターで良好なエマルジョンを形成し、直ちに60℃の温浴中で窒素を用いて有機相を飛ばし、リポソームを得た。その後、エキストルーダーで100 nmにサイジングを行い、遺伝子組換え型ヒトG-CSFと4℃で12時間インキュベートして、G-CSF結合型PEG-リポソームを調製した。なお、結合しなかったG-CSFはゲル濾過によって除去した。このリポソームはリンの定量、G-CSFのELISA定量及び動的光散乱法による粒径の測定から、1ベシクルあたり10.3±1.9個のG-CSFが結合していることが明らかとなった。

2.G-CSF結合型PEG-リポソームの体内分布

 静脈内投与後のG-CSF結合型PEG-リポソームの分布を調べるために、3H-inulinを内封したリポソームをddy系雄性マウスに投与し、任意の時間に各臓器を摘出しSoluvable(R)を加え溶解した後、放射活性を測定した。一般にリポソームは骨髄内の網内系に取り込まれやすい性質を持っている。そこで、骨髄細胞に標的化されたリポソーム量を測定するために、塩化ガドリニウム前処置群では、リポソーム投与の1日前、2日前に7mg/kg塩化ガドリニウムを尾静注して、網内皮系を飽和させた後に同様な実験を行った(Fig.2)。リポソーム投与後4hでG-CSF結合型PEG-リポソームは非結合型と比較して2.2倍の有意な骨髄集積性が認められ、また他の組織と比較しても、有意に高い集積性が認められた。また、血中滞留性では24時間後においても、G-CSF結合型は非結合型と同程度の20%以上の滞留性が確認され、G-CSFを結合することによる滞留性の低下は見られなかった。

以上の結果から、G-CSF結合型PEG-リポソームは骨髄選択的に集積できる長期滞留型の担体であることが示された。

3.G-CSF結合型PEG一リポソームの細胞内取り込み

In vitroにおいて、G-CSF結合型PEG-リポソームがG-CSFレセプターを介して、細胞内に送達されるか否かをG-CSFレセプターが発現しているヒト急性前骨髄球性白血病細胞HL-60を用いて確認した。HL-60細胞とリポソームを0℃で4hプレインキュベーションし、その後37℃でインキュベーションして、時間経過による内在化量と表面結合量を測定した(Fig.3)。内在化量及び表面結合量はacid wash法を用いて区別した。

 G-CSF非結合型では0℃のプレインキュベーションでの表面結合はほとんど見られず、結合型においてのみ確認された。なお、この表面結合は過剰のG-CSFを前処理することによって、著明に減少した。また、G-CSFレセプターが発現していないK-562細胞では表面結合が見られなかった。リポソームのHL-60細胞表面結合量は経時的に減少し、一方では15minをピークとした内在化が確認された。

 以上のことから、G-CSF結合型PEGリポソームはG-CSFレセプターを介して、細胞内に取り込まれることが示唆された。

4.In vitroにおけるオキシプリノール封入G-CSF結合型PEG-リポソームによる5-FU毒性軽減効果

5-FUの拮抗物質であるオキシプリノールを封入したG-CSF結合型PEG一リポソーム及び5-FUの存在下でG-CSFレセプターが発現しているHL-60,KG-1a細胞を培養し、その細胞数の変化を測定した(Fig.4)。また、オキシプリノール単独群及び、過剰量のG-CSFを前処理した各細胞におけるリポソームの効果についても検討した。

 リポソーム併用群ではHL-60,KG-1a細胞いずれも、5-FU単独群よりも有意に細胞の増殖率が上昇しており、また過剰のG-CSFを前処理することによって、増殖率は有意に低下した。また、G-CSFレセプターを発現していないK-562細胞では、併用群において増殖率の上昇は見られなかった。

5.in vivoにおけるオキシプリノール封入G-CSF結合型PEG-リポソームによる5-FU毒性軽

 減効果

 オキシプリノール封入G-CSF結合型PEG-リポソーム、empty G-CSFリポソーム、PEGリポソーム及び生食をddy系雄生マウスにそれぞれi.v.投与し、2時間後に5-FU(30mg/kg/day)をそれぞれ投与した。その後、白血球数を経時的に測定した(Fig.5)。G-CSF結合型リポソームを併用することによって、有意に白血球数の減少を抑制できることが明らかとなった。

[まとめ]

 本研究でG-CSFレセプターを介して骨髄細胞に選択的に送達できるリポソームを開発することに成功し、これを用いて抗ガン剤の毒性中和物質をデリバリーすることにより、in vitro,in vivo条件下で抗ガン剤の毒性を軽減することができた。本担体は今後、様々な抗ガン剤の拮抗薬及びmdr-1遺伝子などの骨髄細胞への送達システムとしての応用が期待される。

Fig.1. G-CSF conjugated PEG-liposome

Fig.2. Biodistribution of DSPC/CH-liposomes,PEG-Liposomes and G-CSF-Liposomesin mice at4h.Each value represents the mean±SEM(n=5).

Fig.3. Binding and internalization of G-CSF conjugatedPEG.liposomes in the presence(○)and absence(●)of excess G-CSF,and PEG-liposomes(□)to the HL-60 cells,expressed as percentage ofliposome-incorporated 3H-inulin associated with the cells.Each value represents the mean±S.D.(n=5).

Fig.4. Effects of oxipurinol-entrapped G-CSF conjugated PEG-liposomesandfreeoxipurinolon5-FU-induced growth inhibition in HL-60 and KG-1a cells at 72h.(★★P<0.01)

Eachvalue-representsthemean±S.D.(n=5).

Fig.5. Effectss of oxipurinol-entrapped G-CSF-conjugated PEG-liposomes(●),oxipurinol-entrapped PEG-liposomes(□),empty G-CSFconjugated PEG-liposomes(○) and saline(×)on5-FU-inducedleucocyte toxicity in mice.★P<0.05vs.saline treatment.Each value represents the mean±SEM(n=4-5).

審査要旨 要旨を表示する

 癌化学療法は癌治療において重要な手段の一つであるが、その治療効果が殺細胞的であるため、癌以外の正常組織、特に骨髄の血液幹細胞を傷害し、好中球減少などの副作用を伴う。そこで、抗腫瘍薬の骨髄細胞毒性を軽減できる薬剤を骨髄に選択的に送達することや、P-糖タンパク質をコードするMDR-1遺伝子を骨髄で発現させることによって、骨髄抑制を軽減できると考えられる。しかし、単に薬剤を全身投与するだけでは、骨髄選択的な送達は不可能であり、この目的に適した送達システムを構築する必要がある。本研究は、リポソームの表面にPEG(polyethyleneglyco1)を修飾し、良好な血中滞留性を獲得させた後に、そのPEGの先端に骨髄細胞へ標的性があるG-CSFを結合させたG-CSF結合型PEG-リポソーム(GPL)を開発し、このリポソームに抗腫瘍薬の毒性を軽減する物質を封入し、その評価を行ったものである。

1.GPLの調整

 Distearoyl phosphatidylcholineとcholestero1を1:1とした構成脂質に対して5mo1%のPEG(M.W.=2000)-phosphatidylethanolamineと末端にmaleimidyl基を持った1mo1%のPEG(M.W.=3400)-phosphatidylethanolamineを有機相(CHCl3、:iso-propylether=1:1,v/v)に溶解し、水相(100mM MES buffer:pH6.5)を加えた後に、逆相蒸発法でリポソームを調製した。その後、エキストルーダーで100nmにサイジングを行い、rhG-CSFと4℃で12時間インキュベートして、GPLを調製した。なお、結合しなかったrhG-CSFはゲル濾過によって除去した。このリポソームはリンの定量、rhG-CSFのELISA定量及び動的光散乱法による粒径の測定から、1ベシクルあたり10.3±1.9個のG-CSFが結合していることが明らかとなった。

2.GPLの体内分布

 静脈内投与後のGPLの分布を調べるために、3H-inulinを内封したリポソームをマウスに投与し、任意の時間に各臓器を摘出し、放射活性を測定した。また、骨髄細胞に標的化されたリポソーム量を測定するために、塩化ガドリニウム前処置群では、リポソーム投与の1日前、2日前に7mg/kg塩化ガドリニウムを尾静注して・網内皮系を飽和させた後に同様な実験を行った。リポソーム投与後4hでGPLは非結合型と比較して2.2倍の有意な骨髄集積性が認められ、また他の組織と比較しても、有意に高い集積性が認められた。また、血中滞留性では24時間後においても、G-CSF結合型は非結合型と同程度の20%以上の滞留性が確認され、G-CSFを結合することによる滞留性の低下は見られなかった。

 以上の結果から、GPLは骨髄選択的に集積できる長期滞留型の担体であることが示された。

3.GPLの細胞内取り込み

 In vitroにおいて、GPLがG-CSFレセプターを介して、細胞内に送達されるか否かをG-CSFレセプターが発現しているヒト急性前骨髄球性白血病細胞HL-60を用いて検討した。

 G-CSF非結合型では0℃のプレインキュベーションでの表面結合はほとんど見られず、結合型においてのみ確認された。なお、この表面結合は過剰のG-CSFを前処理することによって、著明に減少した。また、G-CSFレセプターが発現していないK-562細胞では表面結合が見られなかった。リポソームのHL-60細胞表面結合量は経時的に減少し、一方では15minをピークとした内在化が確認された。また、内在化はモネンシン存在下で減少した。

 以上のことから、GPLはG-CSFレセプターを介して、細胞内に取り込まれることが示唆された。

4.In vitroにおけるオキシプリノール封入 GPLによる5-FU毒性軽減効果

 5-FUの拮抗物質であるオキシプリノールを封入したGPL及び5-FUの存在下でG-CSFレセプターが発現しているHL-60,KG-1a細胞を培養し、その細胞数の変化を測定した。また、オキシプリノール単独群及び、過剰量のG-CSFを前処理した各細胞におけるリポソームの効果についても検討した。

 リポソーム併用群ではHL-60,KG-1a細胞いずれも、5-FU単独群よりも有意に細胞の増殖率が上昇しており、また過剰のG-CSFを前処理することによって、増殖率は有意に低下した。また、G-CSFレセプターを発現していないK-562細胞では、併用群において増殖率の上昇は見られなかった。

5. in vivoにおけるオキシプリノール封入GPLによる5-FU毒性軽減効果

 オキシプリノール封入GPL、オキシプリノール未封入GPL、PEG-リポソーム及び生食を正常マウス及びcolon26担癌マウスにそれぞれi.v.投与し、2時間後に5-FU(10-50mg/kg/day)をそれぞれ投与した。その後、白血球数を経時的に測定した。GPLを併用することによって、有意に白血球数の減少を抑制できることが明らかとなり、一方で抗腫瘍効果には影響を及ぼさないことが示された。

 本研究でG-CSFレセプターを介して骨髄細胞に選択的に送達できるリポソームを開発することに成功し、これを用いて5-FUの毒性軽減物質であるオキシプリノールをデリバリーすることにより、in vitro, in vivo条件下で5-FUの毒性を軽減することができた。本担体は今後、様々な抗腫瘍薬の毒性軽減物質及びMDR-1遺伝子などの骨髄細胞への送達システムとしての応用が期待される。

 以上、本研究は、PEGを修飾することにより血液滞留性を獲得させたリポソームに、骨髄細胞への標的性があるG-CSFを結合させることにより、癌化学療法における抗腫瘍薬の骨髄細胞毒性を軽減する薬剤の送達システムを構築し、in vitro, in vivo実験系においてその有用性を明らかにし、臨床応用への道を開くものとして、癌化学療法の適正化に寄与するところ大であり、よって博士(薬学)の学位に十分値するものである。

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