学位論文要旨



No 116498
著者(漢字)
著者(英字) Oikonomides, Catherine
著者(カナ) イコノミデス,キャサリン
標題(和) PL-葉層に対するGodbillon-Vey巡回コサイクル
標題(洋) The Godbillon-Vey cyclic cocycle for PL-foliations
報告番号 116498
報告番号 甲16498
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第169号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 教授 落合,卓四郎
 東京大学 教授 松本,幸夫
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 教授 河東,泰之
 慶應義塾大学 助教授 森吉,仁志
内容要旨 要旨を表示する

Jean-Michel Bonyは,超関数についての講義“Couse d'analyse”(於 Ecole Polytechnique, 1993)の中で,次のように書いている:

 局所的に積分可能な関数fに対する,超関数の意味の微分と通常の意味の微分(それが存在するとして)との関係は極めて複雑である.この二つの概念が明らかに同一なのは,C1-関数に対してだけである...二つの概念が衝突しているとき,“本当の”微分―fの変動を完全に記述できるもの―は,超関数の意味の微分の方であることを知っていなければならない.区分的C1関数に対して,通常の微分はほとんどいたるところで定義されているが,本質的な変動―ジャンプ―を捉えていない

 円周S1={z∈C,|z|=1}上の区分的C1関数

を考える.つまり,有限のp個の点xi∈S1があって,

かつ,fの各閉区間[xi,xi+1]への制限fxi,xi+1]がCl-級の関数である.点xiにおいて,fの微分は右極限と左極限を持つがwell-definedではない.実際,fは点xiにおいて,連続でないこともある.しかしながら,fは各xiにおいて右極限f(xi+)と左極限f(xi-)を持つ.

さて,fの超関数の意味の微分をdf,またS1-{x1,...,xp}上定義される通常の意味での微分をf'と書くことにすると,

である.ここで,D(x)はx∈31におけるDirac測度である.

 もし,f:S1→Rが階段関数であるとき,fの微分は0であると言いたくなるかもしれない.しかし,fのグラフを見ればすぐ分かるように,fは‘変動’している.このミステリーに対する答えが上の議論である:本当の微分,すなわち超関数の意味の微分はDirac測度の有限和なのである.

 この事を理解しているのなら(そんなに難しいことではない),あなたはただちにこの本を閉じてよい,この事こそがこの学位論文に含まれている唯一の哲学的着想であるからけれども,この哲学はひろく知られていることでもあるから,もう少し説明が必要である.

 この論文中,S1の向きを保つ同相写像の成す群をHomeo(S1)と書き,C∞微分同相写像からなる部分群をDiff∞(S1)と書く.また,PL同相写像一定義より高々有限個の折れ点を持つ一のなす部分群をPL(S1)と書く.

 Mを有向閉2次元多様体とする.表現ρ:π1(M)→Homeo(S1)は,ファイバーに横断的な葉層構造7を持つ,M上のS1-束Vを引き起こす.このような対象を葉層S1-束と呼ぶ.葉層Fは葉(leaf)方向になめらかである.しかし,その横断構造は全ホロノミー群(totalholonomy group)Γ=Imρ⊂Homeo(S1)で決定される.Γ⊂Diff∞(S1)であるとき.Fをなめらかな葉層と呼び,Γ⊂PL(S1)であるときPL-葉層と呼ぶ.

 まずなめらかな葉層の場合を考える.3次元多様体V上のなめらかな葉層Fに対して,Godbillon-Vey類がH3(V)のあるde Rhamコホモロジー類としてGodbillonとVeyにより定義された.この類をV上積分することにより,Godbillon-Vey不変量gv(F)が得られる.

 BottとThurstonは,このコサイクルを表す新しい手法,すなわち,Diff∞(S1)上の群コホモロジーの2-コサイクルとして表す方法を与えた.より正確には,g∈Diff∞(S1)に対して,gの微分g'はなめらかな写像S1→]0,+∞[である.従って,我々は

と定義することができる.このとき,Bott-Thurstonコサイクルが,

で定義され,これが次の意味でGodbillon-Vey類に対応する:M上のS1-束に対して,

ここで,[M]∈H2(Γ,Z)はMの基本類である.

 全ホロノミー群Γ⊂ Diff∞(S1)を持つM上の葉層S1-束(V;F)に対し,ConnesはGodbillon-Vey類を葉層のC*代数の2-トレースτとして再定義した.葉層のC*代数は接合積(crossed product)C(S1)〓Γの商に森田同値であることが知られている:

巡回コホモロジーの双対がK-理論であるから,巡回2-コサイクルは常にその定義域のKo群からCへのK-理論写像を定義する.2-トレースはある種類の連続性を満たす,稠密に定義された巡回2-コサイクルであって,対応するK-理論写像は大域的K-理論写像に拡張する(Connes):

Godbillon-Vey巡回コサイクルτは,Bott-Thurstonコサイクルωを含むような公式で定義されており,Connesの指数定理によるGodbillon-Vey類と関係している.またConnesの指数定理は,最も簡単な場合には次のように述べることができる:あるK-理論類IndD∈Ko(C*(V;F))があって,

である.実は,IndDはV上のロンジチューディナルDirac作用素の指数になる.

 さて,PL葉層の場合を考えよう.PL葉層に対してGodbillon-Vey不変量を定義することは可能であろうか?g∈PL(S1)に対して,gの右微分g'dはwell-definedな階段関数S1→]0,+∞[である.従って,我々は

と定義できる.

 今,l(g)は階段関数である.l(g)の通常の微分dl(g)を考えたとしても得られる結果はゼロである.GhysとSergiescuは、我々が必要とする群コホモロジーのコサイクルがBott-Thurstonのコサイクルに対するものと同じ公式で与えられることを指摘している.ただし,ここではdl(g)は超関数の意味の微分と思う.つまり,g∈PL(S1)とgの折れ点x∈S1に対し,Δl(g)(x)=l(g)(x+)-l(g)(x-)と書くことにすれば,

である.ωはPL(S1)上の群コホモロジーの2コサイクルである.M上の全ホロノミー群Γ⊂PL(S1)を持つようなPL葉層S1-束(V,F)に対して,

とおく.[M]∈H2(Γ,Z)はMの基本類である.この不変量は実際に意味を持っていて,PL葉層の分類にも役立つ.我々はこれをGhys-Sergiescuの離散Godbillon-Vey不変量と呼ぶ. この論文の目的は次の二つの問いに肯定的に答えることである:

問1: Ghys-Sergiescuの離散Godbillon-Vey不変量に対応するような興味深い巡回コサイクルは存在するか?

問2: もし上のものがあるとして,そのコサイクルがConnesの指数定理のタイプの公式で,PL-Godbillon-Vey不変量gvと結び付けられるような具体例があるだろうか?

 我々は,第一の質問に,PL(S1)とωに対してだけでなく,Diff∞(S1)やPL(S1)を含むようなHomeo(S1)のかなり大きな部分群-すなわち,クラスPの同相写像のなす部分群-と坪井による一般化されたGodbillon-Veyコサイクルに対して,肯定的に答える.我々は,Connesの定義と手法に基づいて,次を示す:

定理.Γを向きを保つクラスPの同相写像によってS1に作用する離散群とする.このとき,Godbillon-Vey巡回コサイクルを一般化するC(S1)1〓Γ上の2-トレースが存在する.とくに,もしΓ⊂PL(S1)ならば,C(S1)〓Γ上の2-トレーステでGhysとSergiescuによって定義された離散Godbillon-Vey類に対応するものが得られる.我々はこれをPL-Godbillon-Vey巡回コサイクルと呼ぶ.

 第二の問に答えるために,我々ははじめにT3上の二つの簡単なReeb葉層―なめらかなReeb葉層FとPL-Reeb葉層F―を研究する.それらは,Co-同値である.これらの葉層はホロノミーがZ2であるようなコンパクト葉をただ一つ持っている.また、

が知られている.我々は次を示す:

定理. 1-(T3,F)をなめらかなReeb葉層,τをConnesによって定義されたGodbinon-Vey巡回コサイクルとする.このとき,τに誘導されるK-理論写像Ko(C*(T3,F))=Z〓Z→Cは自明である.

 2-(T3,F)をPL-Reeb葉層,τをPL-Godbillon-Vey巡回コサイクル,またeを〓の非自明な生成元とする.このとき,

 ここで,gv(F)はGhys-Sergiescuの離散Godbillon-Vey不変量とする.

 PL葉層の更なる例として,我々はS1上のPL-Z2作用ーPL(s1)のZ2に同型な部分群を生成する二つの可換な同相写像ψ,ψ∈PL(S1)の作用ーからくる葉層S1-束を考える.我々は,このような作用は二つのカテゴリーに分類されることを示す:

命題.ψ,ψをS1上のPL-Z2-作用とし,Fを結果としてできるT3上のPL-葉層とする.このとき次の二つの場合が起る:

 1-作用が周期点(periodic point)を持つとき,Fは有限個のReeb成分からなるT3の葉層である.FをPL-Reeb葉層と呼ぶ.離散Godbillon-Vey不変量gv(F)は一般には0でない.

 2-作用が周期点を持たないとき,T3の平面葉からなる葉層(fbliation by planes),またgv(F)=0である.このような葉層は皆川の不変量 − the half total derivativeΣωψ{=Σωψーと,ψとψの回転数によって,PL-共役に関して分類できる.

 第二のカテゴリーの葉層は,3次元の非可換トーラスにCo-同値であり,PimsnerとVoiculescuの結果により,次を得る:

 第一のカテゴリーに対し,我々はC*(T3,F)のK-理論を計算する.これは,T2のReeb葉層のK-理論についてのTorpeの結果を拡張する.

 [1],[e]を,それぞれT2上の自明な1次元複素束と非自明な1次元複素束が表す類―〓の生成元―とする.[u]をK1(C(S1))=Zの生成元ー回転数が1であるようなunitary x〓e2iπx − とする.

 我々は,二つの連続して現れるT3上のReeb成分が互いにparallelでないとき,それらは“分離されている(separated)”と言うことにする.

定理.ψ,ψをS1上の固定点を持つPL-Z2-作用,(T3,F)を対応するT3のPL-Reeb葉層とする.NをホロノミーZ2を持つコンパクト葉の数,Mを分離されているReeb成分の数とする.このとき,

である.さらに,p〓Nを非自明なホロノミーを持つコンパクト葉の数とし,jk(k∈{1,...,p})をk番目の葉のC*-代数からC*(T3,F)への包含写像とする.このとき,Koの生成元は[1]とホロノミ-Z2を持つ葉に対応するk∈{1,...,p}に対するj*k([e]-[1])たちである.K1の生成元は基本類とk番目のコンパクト葉が属する分離されているReeb成分の“方向”を与えるS1に対応するunitary j*k(u)たちである.

 さらに,多くのlayerを持つあるPL-Reeb葉層に対して,PL-Godbillon-Veyを計算することにより,前述べた定理の一般化を得る:

定理.(T3,F)をホロノミーZ2を持つN枚のコンパクト葉を含むT3上のPL-Reeb葉層,τをPL-Godbillon-Vey巡回コサイクル,またeを基本Ko類,すなわち,〓の非自明な生成元の和とする.このとき,

ここで,gv(F)はGhys-Sergiescuの離散Godbillon-Vey不変量である.

審査要旨 要旨を表示する

 多様体上の葉層構造に対して、それに付随する関数環は非常に興味のある対象である。コンヌにより、滑らかな葉層構造に対して、C*代数が定義され、葉層の特性類は、C*代数の巡回コホモロジーとして解釈されること、巡回コホモロジーが解析的に良い性質を持てば、C*代数のK群の指数元とのペアリングにより、葉層の特性数が得られるという指数定理などが示され、このようなα代数についてたくさんの研究が行われている。実際の葉層構造については、葉層の特性類自体の計算も容易ではなく、トルプ、リーフェル、高井、夏目、森吉、キャンデル等による葉層に付随するK群の計算、森吉-夏目によるゴドビヨン-ベイ巡回コサイクルの計算がこれまでの主な結果であった。

 一方、葉層構造の代表的な特性類であるゴドビヨン-ベイ類については、ジス-セルジエスクにより定義された区分線形葉層の離散ゴドビヨン-ベイ類を用いて、グリーンバーグ、坪井、橋口、皆川等により研究され、葉層構造の位相と特性類の関係等が次第に明らかにされている。区分線形葉層の離散ゴドビヨン-ベイ類の計算は、特性類がいくつかの葉の上のコンパクト集合に局所化されるため、比較的容易になることがわかってきた。

 論文提出者Oikinomides,Catherineは本論文において、滑らかな葉層構造に伴うゴドビヨン-ベイ類が葉層構造のC*代数上の巡回コサイクルとして解釈できることを示したコンヌの構成と同様の構成を、区分線形葉層に伴うジス-セルジエスクの離散ゴドビヨン-ベイ類について行い、対応する離散ゴドビヨン-ベイ巡回コサイクルを得ている。また、2次元トーラス上の区分線形な葉層円周束の分類を行い、これらのC*代数のK群を具体的に計算している。さらに、これらの葉層に対する離散ゴドビヨン-ベイ巡回コサイクルの計算、K群の元とのペアリングの計算をを具体的に行い次のことを示している。

 区分線形葉層構造のC*代数のK群と離散ゴドビヨン-ベイ巡回コサイクルのペアリングにより、もとの区分線形葉層構造の離散ゴドビヨン-ベイ数が得られることが、2次元トーラス上の区分線形な葉層円周束に対して成立する。

 これは葉層構造のC*代数のK群とゴドビヨン-ベイ巡回コサイクルのペアリングにより、もとの葉層構造のゴドビヨン-ベイ数が得られるというコンヌの指数定理の区分線形葉層に対する類似である。

 論文提出者の2次元トーラス上の区分線形な葉層円周束に付随するC*代数のK群の具体的な計算は、Koがホロノミー群のランクが2となるコンパクト葉の数、K1が非コンパクト葉の成分の方向同値類の数を表現することを示している。

 論文提出者の計算した2次元卜ーラス上の区分線形な葉層円周束の離散ゴドビヨン-ベイ数は自明でない。2次元トーラス上の区分線形な葉層円周束に対しては、微分構造を換えることにより、滑らかな葉層円周束の構造を導入することが出来るが、2次元トーラス上の滑らかな葉層円周束のゴドビヨン-ベイ数は自明であることが知られているので、葉層構造のC*代数のゴドビヨン-ベイ巡回コサイクル、離散ゴドビヨン-ベイ巡回コサイクルは異なる微分構造を反映していると考えられる。

 このように、これらの論文提出者の結果は、葉層構造の特性類の幾何学的性質を解明する上で大きな意義をもつものである。以上の理由から、本論文提出者Oikino-mides,Catherineは博士(数理科学)の学位を授与されるに十分な資格があるものと認める。

UTokyo Repositoryリンク