学位論文要旨



No 116501
著者(漢字) 井古田,亮
著者(英字)
著者(カナ) イコタ,リョウ
標題(和) 閾値をもつ競合系ダイナミクス
標題(洋) Threshold Competition Dynamics
報告番号 116501
報告番号 甲16501
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第172号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 稲葉,寿
 東京大学 教授 薩摩,順吉
 東京大学 教授 山田,道夫
 東京大学 教授 時弘,哲治
 東京大学 助教授 石岡,圭一
 広島大学 教授 三村,昌泰
内容要旨 要旨を表示する

 本研究の目的は,競争関係にある生物種の棲み分け現象に対して,新たにモデルThreshold Competition Dynamics(TCD)を提案し,それと競合-拡散系モデルとの関連を調べることである.このTCDには,生物種の棲み分け境界が鮮明に現れるという特徴があり,棲み分けパターンの研究に有効であることが期待される.本論文では特に,競争種の種数が2の場合を中心に扱った.

 数理生態学では,競争生物種の空間的棲み分け現象のモデルの1つとして,競合-拡散系が用いられてきた.変数μi,(t,x)を時刻t>0,位置x∈Ω(ΩはRNの有界領域)におけるi番目の競争種Ui(i=1,2,...,n)の個体群密度とすると,競合-拡散系は以下のように表される:

ここでdiは拡散係数riは成長率,aiiは種内競争係数,そしてaij(i≠j)はUiとUjの間の種間競争係数である.これらの定数はすべて正であるとし,次の初期・境界条件を課す:

ここでvは∂Ωの外向き単位法線,ui0は非負値関数である.それぞれの個体群は拡散によって移動する.

 生態学的見地から,競争種Ui(i=1,2,...,n)の空間的棲み分けの振る舞いを理解することは重要である.このとき,種間競争係数aij(i≠j)は比較的大きい値をとると考えるのが自然である.そこでパラメータkを導入して,(1)を以下のように書き換える:

 式(4)においてkを大きくして行くと,uiのグラフの形は定性的に保たれたまま,各Uiの棲み分け境界が鮮明になって行くことが,数値計算によりわかる.よって,何らかの意味でk↑∞の極限を考えれば,(4)の解の棲み分け境界面を定めることができるという期待がもてる.

 以上を考慮して,Threshold Competition Dynamicsの方法を提案する:

(Threshold Competition Dynamics)

Step1: 変数x∈Ωの関数μi(t,.)が時刻tにおいて与えられたものとしてこれを初期値とし,以下のvi(s,x)(i=1,2,..,n)についての初期-境界値問題を計算する:

 ここでτは任意の正定数である.方程式(5)はそれぞれvi(i=1,2,...,n)の独立した方程式であり,Fisher方程式と呼ばれる.

Step2: 変数変換θ=ktを施し,Step1で得られたui(r,x)〓0(i=1,2,...,n)を初期値として,以下のzi(θ;x)(i=1,2,...,n)についての初期値問題を各点z∈Ωにおいて計算する:

Step3: Ui(t+τ,x)=zi∞(x)(i=1,2,...,n)と代入する.

以上のStep1,2,及び3を繰り返すことにより,ui(t+jτ,x)(j=1,2,...)が順次求まる.

 この方法の特徴はStep2にある:パラメータkが十分大きいとき,時間変数tで見ると,解zi(θ;x)=zi(kt;x)は瞬間的に極限zi∞(x)に漸近する.従って,複雑な操作をすることなく棲み分け境界を定めることができ,パターンダイナミクスを捉える上で有効である.

 TCDによって棲み分け界面を定められることを,2変数の場合を例として見てみよう.方程式(8)は

となる.その結果,極限は次の3通りに分類される:

よってz1∞(x)とz2∞(x),すなわちui(t+τ,x)とu2(t+τ,x)は完全に空間排他的に棲み分けることがわかる.

 他方,2変数の場合には,特異極限を用いて棲み分け境界を定めることもできる.このことを以下に見てみよう.方程式(4)は,適当に変数変換を行うことにより,αを正定数として,

と書き換えられる.また,次の方程式を導入する:

ここで

である.方程式(14)-(16)の解をwとおき,方程式(10)-(13)の解を(u(k),v(k))とおいて,k↑∞の極限をとると,u(k)→[w]+,v(k)→α[w]-となることが知られている(ここで,[w]+=max{w,0},[w]-=max{-w,0}である).すなわち,関数wの零等高線を棲み分け境界とすることができるのである.

 方程式(14)-(16)の弱解は以下のようにして定義される:

定義.初期値w0はL∞(Ω)に属するとする.また,QT=Ω×(0,T)とおく任意の試験関数φ∈C1(QT)に対し,関数wが

を満たすとき,wを弱解とよぶ.

 ここで,主要結果を述べるための準備として,いくつかの記号を導入する.方程式(10),(11)を,初期条件u(0,x)=u0(x),v(0,x)=v0(x)の下で解いたものをそれぞれHu(t)u0,Hv(t)v0と書くことにする.

定義.非負実数tに対し,作用素K(t)を定義する.

TCDをu0〓0,v0〓0に対し(但し,Ω上ほとんど至るところu0v0=0)適用すると,それぞれ,[K(τ)(u0-v0/α)]+,α[K(τ)(u0-v0/α)]-となることに注意する.すなわち,K(t)はTCDを表現したものと言える.次に,関数w0はL∞(Ω)∩H1(Ω)の元であるとし,

と定義する.ここでw(n)∈0([0,T];L2(Ω))となることに注意する.

 本論文で次の結果を得た.

定理A.関数w(n)はn→∞のとき,方程式(14)-(16)の弱解にC([0,T];L2(Ω))において収束する.

定理B.関数w0はL∞(Ω)の元とする.関数u0,v0をu0=[w0]+,v0=α[w0]-とおく.関数w(t)を(14)-(16)の弱解とする.[w0]+,[w0]-に対して,ある条件を満たすような関数の近似列が存在するものとする.

 もしd1=d2であるならば,nに依存しない正定数が存在して

となる.

定理C.定理Bと同じ条件が成り立つものとする.このときnに無関係な正定数C'が存在して

が成立する.

すなわち,TCDは(14)-(16)に収束する.競合-拡散系が(14)-(16)によって近似されることから,TCDもまた競合-拡散系を近似すると言える.

 本論文では2変数の場合に限って,さらに,

1.十分大きなκに対する競合-拡散系

2.自由境界問題(14)-(16)

3.Threshold Competition Dynamics

のそれぞれに対して,数値計算を行い比較した.その結果,k↑∞の極限問題によって定義される界面を数値的に捉えるには,これらのうちでTCDが最も効率のよい方法であることが明らかとなった.

審査要旨 要旨を表示する

 同じ環境的地位にある2種の競合個体群の時空間変化を記述するモデル方程式として拡散-競合方程式系がある。種間競争が非常に強い状況下では2種の空間棲み分けを示す内部遷移層が現れ、その境界を記述する発展方程式として2相ステファン型の自由境界問題が導出されている。この問題は棲み分け境界の時間変化を知るという長所があるが、空間高次元問題において、その解析および数値計算が困難であるという短所がある。本申請論文はこの短所を除くために特異極限解析の視点から、本来の拡散-競合方程式から新しいタイプの方程式を導出したのである。この方程式は反応拡散系とセルオートマトン系を交互にハブリッド的に適用するという時間離散系である。この系は、空間棲み分け境界を表現出来るという性質を持ちながら、空間次元によらず数値計算が簡単にでき、かつ計算速度が短縮できるという、応用上極めて有効な特徴を持っている。論文提出者は、導出したハイブリッド法の解は、離散刻み幅を零にするとき、自由境界問題に収束することを示すと同時に、その方法の有効性を本来の自由境界問題の数値解法と比較検討することから明らかにした。

 本申請論文で得られた結果は、反応拡散系理論において興味深いものであると同時に、応用上、数値解析学のみならず、数理生態学においても重要な貢献をするものである。よって論文提出者井古田亮氏は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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