学位論文要旨



No 116561
著者(漢字) 藤井,康広
著者(英字)
著者(カナ) フジイ,ヤスヒロ
標題(和) 一次元量子スピン模型の厳密な解析
標題(洋) Exact Analysis of One-dimensional Quantum Spin Models
報告番号 116561
報告番号 甲16561
学位授与日 2001.06.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4048号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,實
 東京大学 教授 神保,道夫
 東京大学 教授 藤森,淳
 東京大学 教授 高山,一
 東京大学 教授 宮下,精二
内容要旨 要旨を表示する

 本論文ではスピン1/2の一次元量子スピン模型,特にXXZスピン模型について考察し,絶対零度における相関関数の計算が「リーマン・ヒルベルト問題」と呼ばれるある古典逆散乱問題に帰着することを示す.XXZ模型とはz軸方向に異方性を持つハイゼンベルグ模型で,z軸方向の異方性に応じてさらに強磁性領域,臨界領域,反強磁性領域の3つに区分される.中でも臨界領域は,固有エネルギが縮退している物理的に興味深い状態である.本論文では臨界領域におけるXXZ模型の相関関数を,場の理論への移行なしに厳密に考察する.

 サイトの数をLとしたときスピン1/2の一次元ハイゼンベルグ模型のハミルトニアンは2L×2L行列で表され,その大きさはLに関して指数関数的に増大するので,物理的に意味のある無限チェーンL→∞の解析は,何らかの近似に頼らない限り,一般には不可能である.しかし,厳密にハミルトニアンが対角化できるスピン模型もいくつか存在する.例えば,z軸方向への異方性を持たないXY模型は,自由フェルミオンを用いれば厳密に対角化でき,相関関数も計算できる.このような手法はXY模型に特化したものであるが,XXZ模型の場合,代わりにベーテ仮説と呼ばれる手法により厳密に対角化できることが,古くから知られている.ベーテ仮説とは,固有状態として平面波の組合せを仮定し,これをハミルトニアンに作用させて,余分な項が消えるように波数(スペクトルパラメータ)を決定して,固有状態を得る,といった手法である.このときスペクトルパラメータは,ペーテ仮説方程式と呼ばれる超越方程式に従わなければならない.無限チェーンL→∞の極限でこれはある積分方程式に帰着し,XY模型と比べてはるかに複雑ではあるが,基底状態が解析できる.

 XY模型に関しては,前述のように,フェルミオンを用いれば相関関数も厳密に計算できて,一般に行列式で表される.XXZ模型の場合も,例えばノルムなどといった簡単な量は,同様に行列式で表される.しかし,一般には,基底状態の構造の複雑さを反映して,XXZ模型の相関関数を簡単な量で表すことはできない.これに関しては神保・三輪らによる多重積分表示が知られており,最近,全く同じ表式がマイエらによってベーテ仮説法から再現された.一方,もしある特殊な交換関係を持つ量子場を仮定して,それを含む行列を考えれば,XXZ模型の相関関数もXY模型同様,行列式で記述できることが,コレピンらによって見出された.このような量子場は一次元ボーズガスの相関関数の計算に初めて応用されたもので,彼らはこれをもとのボゾン場の双対的な量と見なし,双対場と呼んだ.彼らのアプローチにより,XXZの相関関数の生成汎関数は,四種類の双対場を含む行列式の,真空期待値で表される.無限チェーンL→∞の極限でこの行列式はフレッドホルム行列式となる.かようにして,ハイゼンベルグ模型の相関関数の計算は,コレピンらのアプローチを採択すれば,対応するフレッドホルム行列式の解析に帰着する.本論ではこのフレッドホルム行列式を解析する.

 フレッドホルム行列式は通常の行列式の無限和で書けるが,この展開を用いて評価するのは困難である.ハイゼンベルグ模型に現れる行列式の核はある特殊な形をしているのだが,それに着目して,XY模型の相関関数のフレッドホルム行列式がパンルヴェ方程式と関係することが,神保・三輪らによって示された.パンルヴェ方程式とは動く特異点を持たない,非自明な二階の非線形常微分方程式である.それを皮切りに,古典可積分系の立場からフレッドホルム行列式が研究され,一般にこのようなフレッドホルム行列式はリーマン・ヒルベルト問題と関係することが,イッツらによって明らかにされた.リーマン・ヒルベルト問題とはリーマンによって研究され,20世紀初頭提唱されたヒルベルトの23の問題の中の一つで,複素平面上,分岐とその飛びの値が与えられたとき,逆にそのような分岐と飛びをもつ関数が構成できるかといった,古典逆散乱問題の一種である.リーマン・ヒルベルト問題の解の漸近形についてはすでに多くの研究があるので,対応するフレッドホルム行列式,すなわち相関関数の漸近解析が可能となる.すでに一次元ボーズガスの相関関数が,2×2行列のリーマン・ヒルベルト問題を用いて解析されている.

 XXZ模型の場合も,相関関数の生成汎関数はフレッドホルム行列式で表される.しかし,その表式は,ボーズガスの場合と較べて複雑なため,イッツらの方法ではリーマン・ヒルベルト問題は定式化できない.代わりにこれまで,様々な極限のもとでのフレッドホルム行列式が,古典可積分系の立場で解析されてきた.まず,臨界領域におけるXXZ模型の強磁場極限が考察された.このとき模型はXY模型に近似され,前述のパンルヴェ方程式との関係を援用して,相関関数の漸近形が求められる.また,ある極限で,生成汎関数それ自身が,EFPと呼ばれる,特殊な量を与えることが知られている.これはm個の隣り合うスピンが同時に同じ方向を向いている確率を与えるもので,当然mが大きくなるに従い減衰する.EFPへの極限で,生成汎関数は簡明なフレッドホルム行列式表示をとるので,対応するリーマン・ヒルベルト問題がイッツらの方法で定式化できる.

 本論の主要な結果は,XXZ模型の相関関数の生成汎関数を,上のような極限をとらず,一般的に考察し,付随する4×4行列のリーマン・ヒルベルト問題を定式化したことである.上で用いられたイッツらの方法をもとにするが,彼らの方法は逆行列の具体的な表式を用いるので,それをそのまま4×4行列に適用するのは賢明ではない.具体的には,まず,フレッドホルム行列式の核の逆に相当するレゾルベントと呼ばれる量をベクトルの内積で表し,そのベクトルが従う微分差分方程式を導出して,その解をリーマン・ヒルベルト問題を通じて構築する,ゆえにフレッドホルム行列式はリーマン・ヒルベルト問題から解析される,といった手順を踏むのであるが,微分差分方程式を記述するために,ある行列を導入し,その逆行列の具体形を用いるので,4×4行列でそれを行うのが困難なのである.本論では,逆行列に相当する補助的な量を新たに導入して,行列の具体形を用いずに微分差分方程式を導く.それをもとに4×4行列のリーマン・ヒルベルト問題を定式化する.かくしてXXZ模型の相関関数は,リーマン・ヒルベルト問題を通じて扱えるようになった.

 本論文は以下のように構成される.第一章は序説にあてられる.第二章でコレピンらの相関関数の計算のレビューを行う.まずベーテ仮説法について簡単に述べ,相関関数の生成汎関数を定義する.これはスピンチェーンを二つに切るといった巧妙な手法で計算され,双対場を含むフレッドホルム行列式で表される.この表式をもとに,第三章で,臨界領域上のXXZ模型に対する4×4行列のリーマン・ヒルベルト問題を定式化する.このリーマン・ヒルベルト問題から具体的にXXZ模型の相関関数を解析するのは今後の課題である.第四章で,XY模型のリーマン・ヒルベルト問題を解析する.XY模型の場合,フレッドホルム行列式が単純なため,実はリーマン・ヒルベルト問題によらずとも相関関数が厳密に計算できてしまう.初めに,そうして得られた相関関数が,既存の,フェルミオンを用いて得られた厳密な結果に一致することを示す.次に,対応するリーマン・ヒルベルト問題を定式化して,上の結果を再現する.まず,デイフトらによって確立された漸近解析の手法を用いて,相関関数の漸近形を計算する.これは上の厳密な結果から予想される漸近形に合致する.次に,リーマン・ヒルベルト問題を,漸近的ではない,独自の手法で直接解析し,その結果から相関関数を厳密に計算する.リーマン・ヒルベルト問題で課される条件から,実は解はある多項式の積分で書け,線形連立方程式を解く事でその多項式が決定できる.こうして得られた相関関数は,上で得られた厳密な表示に完全に一致する.我々のリーマン・ヒルベルト問題は,XY模型において既存の結果を再現できることが明らかとなった.最後に,第五章で,以上の解析のXXZ模型への拡張に関して述べる.

 我々のリーマン・ヒルベルト問題は,ハイゼンベルグ模型の相関関数に対する,新しい解析方法を与えるものである.このリーマン・ヒルベルト問題を通じて,共形場理論などといった従来の近似的処方では得られなかった,スピン模型の相関関数に関するより深い物理的性質が解明されることを願う.また,前述のように,すでにXXZ模型の相関関数が厳密に計算されており,その積分表示が知られているのだが,我々の結果はこの積分を解析するひとつの足掛かりになるであろう.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文ではスピン1/2の一次元量子スピン模型,XXZ模型についての2点相関関数を研究している。ハミルトニアンは〓であらわされる。△は+∞から−∞の値をとりうるが△=0の場合はXX0模型、△=1の場合はXXX模型と呼ばれる。

 第2章では代数的ベーテ仮説法のレヴューを行っている。また相関関数の母関数として〓を考え、これから1点関数、2点関数、emptiness formation probability 〓等を計算することができる。

ここで△mは格子ラプラシアンであり次式で定義される。

 第3章ではこのQ(α,m)がベーテ波動関数で計算できることのレヴューを行っている。代数的ベーテ仮説法によれば、down spinの数がNのベーテ状態の波動関数のノルムはN行N列の行列Nの行列式であらわされることが古くから知られている。Essler達はQ(α,m)をベーテ状態について計算すると〓であらわされることを示した。ここで〓はdual fieldと呼ばれる4個のボーズ場を含むN行N列の行列である。N,L→∞の熱力学極限ではこれの分子と分母はフレドホルム行列式と呼ばれる積分核に対する行列式で書き表すことができる。Frahm, Its, Korepinはαが−∞の極限をとり、P(m)に対する方程式を得た。またこれは2行2列の演算子に対するリーマン・ヒルベルト問題になることを示した。論文提出者はα=0の場合には1点関数や2点関数が計算できることに着目して、この問題が4行4列の演算子に対するリーマン・ヒルベルト問題に帰着することを示した。

 実際にこの4行4列の演算子に対するリーマン・ヒルベルト問題を解くことは一般の△について行うことは大変困難な問題である。論文提出者は4章では△=0の場合については厳密に扱うことができることを示した。この場合dual fieldは消去されて〓という形で単純な積分核Uに対するフレドホルム行列式で書き表すことができる。論文提出者はこの計算を行うことができて、〓等の結果を得た。ここでkFはフェルミ運動量である。これはXX0模型に対する既知の結果と一致する。また3章で定式化したリーマン・ヒルベルト問題もこの場合は厳密に解くことができた。

 以上のように、論文提出者はXXZ模型の相関関数という可積分系の分野では昔から難問とされて来た問題に意欲的に取り組んで来た。この論文では物理的に新しい発見があったとは言えないが、4行4列の演算子に対するリーマン・ヒルベルト問題を定式化したことは新しい試みであり、将来役に立つ可能性がある。本研究の内容は数理物理的に興味深いだけでなく、実際の量子一次元系の物理としても重要なものを含んでいる。また一貫して厳密な手法で問題を扱っているばかりでなく、相関長の具体的な計算も行っている。論文提出者はこの分野で少なからぬ寄与をしたと評価でき、博士論文として、十分合格と判断される。なお本研究は指導教官の和達三樹氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行なったもので論文提出者の寄与が大きいものと認められる。従って、審査員一同、論文提出者は博士(理学)の学位にふさわしいと判定した。

UTokyo Repositoryリンク