学位論文要旨



No 116564
著者(漢字) 川村,史朗
著者(英字)
著者(カナ) カワムラ,フミオ
標題(和) Flux法における酸化物単結晶のHabit制御
標題(洋)
報告番号 116564
報告番号 甲16564
学位授与日 2001.07.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5024号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安井,至
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 助教授 宮山,勝
 東京大学 助教授 水野,哲孝
 東京大学 助教授 下山,淳一
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

 現在、セラミックス焼結体は単に高強度材料としての役割のみならず、スパッタリングにおけるターゲット等にも広く用いられるようになっている。スパッタリングで作成した薄膜の性能がターゲットの性質に大きく左右されるように、高い導電性、透明性等を有する高機能性セラミックスの合成を目的としたとき、出発物質である原料粉末の特性を無視することはできない。原料物質の特性には純度、結晶性、形状等が挙げられるが、中でも原料粉末の形状は焼結体の配向性、焼結密度、強度を決める重要なファクターである。我々は「形状制御された酸化物原料粉末の合成にフラックス法を利用する」という試みに着手した。さらに単結晶の形状制御を科学的に追及した際に行きつくところである「酸化物単結晶の結晶成長メカニズムの解明」を試みることに研究重点をシフトさせて基礎研究を行った。特に酸化物単結晶は高温溶媒(Flux)中で成長しやすいため、これまで困難とされていた高温溶液中での結晶成長メカニズムを明らかにする事を目的として、育成される結晶形状との相関を研究した。

1.SnO2単結晶粉末の形状制御

1-1実験

 導電性、透光性を有する酸化物であるSnO2粉末をCu2Oフラックス中で合成した。SnO2-Cu2O融液をPt坩堝中で冷却固化し、SnO2単結晶を合成した後、Cu2Oはconc.HClで溶解し、SnO2単結晶を取り出した。得られたSnO2単結晶はSEMによってサイズ、形状を確認し、育成条件と形状との関係を調査した。

1-2育成条件と結晶形状の関係

 育成される結晶の形状を決める際の重要なファクターである共存微量不純物の影響(不純物効果)を調査した。不純物効果は主に水溶液中で研究されており、ppmオーダーの不純物が育成される結晶の形状を劇的に変化させる例なども報告されている。しかし、フラックス中で育成される結晶形状についての不純物効果の研究例は非常に少ない。また、一概に不純物効果と言ってもそのメカニズムは多岐にわたっており、未解明の部分も非常に多いのが現状である。実験は、不純物を添加しない系において多面体が得られる温度、過飽和条件下で、試行錯誤的に不純物を添加することによりFlux中での不純物効果を確かめた。その結果、不純物として微量のカチオンを添加した時、時折得られる結晶形状が大きく変化することが分かった。結果はFig.1において、横軸に添加した不純物カチオンの価数、縦軸にイオン半径をとりプロットした。Fig.1は不純物効果が確認できたカチオンを丸で示している。これより、Sn4+にイオン半径の近い3価カチオン(Fe3+, Al3+, In3+, Ga3+, Cr3+)を添加したときのみ不純物効果が確認されることが分かる。具体的な変化としては、丸で示したカチオンをSnO2に対し、数mol%程度添加すると、得られる結晶はサイズが非常に小さくなり、多面体からWhiskerへと移行する(Fig.2)。この不純物効果のイオン半径−価数依存性は未報告の現象である。以降、この現象の解明を目的として研究を行った。

2.SnO2単結晶育成における不純物効果の解明

2-1 SnO2単結晶の形状変化の原因

 3価カチオン添加によってWhiskerへと形状変化した結晶(Fig.3右)の先端の拡大写真をFig.3に示す。Fig.3から3価カチオンを添加した時に得られる結晶は、先端が丸みを帯びていることが分かる。これは成長中の結晶がステップによるLayer成長から付着成長へと変化したことを示している。溶液中で成長する結晶が付着成長に切り替わることは、育成中の結晶表面が原子的尺度で荒れるRoughening Transitionの発生を意味する。また、Whisker結晶の側面は平らなままであることから、側面は不純物を添加してもLayer成長していることが分かる。これらの結果から、Roughening Transitionは特定面のみで起こったことが分かる。

TEMによる制限視野回折及び面のなす角度測定からWhisker及び多面体結晶の構成面はFig.4のようであることが分かった。つまり結晶側面を構成している(110)は3価カチオンの影響を受けず、(111)のみがRoughening Transitionを起こしている。

 ここで、育成中の結晶がRoughening Transitionを引き起こす原因として(1)温度:Thermal Roughening, (2)過飽和度:Kinetic Rougheningが知られている。しかし、Thermal RougheningはIsingモデルによって統計学的に既に導かれているように、育成する結晶構造によってRoughening Transition Temperatureが決まっている。また、Kinetic Rougheningについても数mol%の酸化物添加ではTransitionが発生するほどの過飽和度の変化を引き起こすことはあり得ない。つまり、Fig.4における右のような多面体結晶から左のようなWhiskerへの変化は、これまでに知られていない「不純物による新たなRoughening Transition」がSnO2(111)で発生したことを意味する。ここで、不純物添加量とAspect Ratioの関係をFig.5に示す。Fig.5から、不純物添加量の増加と共にAspect Ratioは大きくなっていることが分かる。Aspect RatioはRougheningの程度と比例関係にあると予想されるので、SnO2(111)のRougheningは既知のThermal RougheningやKinetic Rougheningとは異なり、段階的に進んでいることが分かる。

 ここまでに分かったことをまとめると以下のようである。

(1)SnO2をCu2Oフラックス中で育成すると、SnO2はRoughening Transitionを発生する。これは、これまでに知られていない「不純物によって引き起こされるRoughening」である。

(2) Roughening Transitionが発生する面はSnO2(111)のみであり、(110)はLayer成長を続ける。

(3) Roughening Transitionを引き起こす不純物はSn4+にイオン半径の近い3価のカチオンのみである。

(4) Roughening Transitionは不純物添加量と共に段階的に進行する。

これらから、不純物添加によるRoughening Transitionの発生は、「吸着等温式に従って添加量と共にSn4+siteに吸着した3価のカチオンがSnO2(111)表面構造を変化させたことによるもの」と推測される。具体的な原子の挙動については以下のようにモデル化することを試みた。

1.3価の不純物カチオンは、ラングミュアの吸着等温式に従ってSnO2(111)に吸着する。

2.4価のSnのサイトに3価カチオンが入ることで酸素が脱離する。

3.酸素の脱離によって表面エネルギーが上昇し、Roughening Transition温度が低下する。

3.TiO2単結晶育成によるモデルの検証

3-1 TiO2単結晶の形状変化

 SnO2-Cu2O系でSnO2を成長させたとき、3価カチオンの添加によってSnO2(111)はRoughening Transitionを起こす。また、モデルとしてSnサイトに3価カチオンが吸着することにより酸素が脱離するという仮説を立てた。このモデルを検証するために、SnO2と同じルチル構造を持つTiO2をNa2B4O7で成長させ、同じ現象が起こるかどうかを確認した。添加した不純物はSnO2-Cu2O系でRougheningを起こす効果の確認されているFe3+, Al3+, Cr3+, In3+, Ga3+の5種類である。結果はFig.6に示す通り、SnO2の時と同様にTiO2(111)は3価のカチオン添加によってRougheningを起こしていることが確かめられた。

3-2 LPE成長によるTiO2の成長メカニズム調査

 TiO2は高品質の単結晶基板が市販されていることから、LPE成長法を用いた実験が可能である。Na2B4O7フラックス中でTiO2単結晶基板をホモエピタキシャル成長させることで、表面モフォロジー変化を調査した。

 結果はFig.7に示すように、4.4mol%のFe3+を不純物として添加すると、無添加でははっきりと見えていたステップ、成長丘共に見えなくなっていくことが分かった。これはTiO2(111)のRoughening Transitionの結果起こった現象である。また、TiO2-Na2B4O7系でもSnO2-Cu2O系の時と同様に3価カチオンの効果が確かめられたことから、「Snサイトに3価カチオンが吸着することにより成長表面の酸素が脱離し、Roughening Transition Temperatureが低下する」という仮説の信憑性を確かめることができた。

Fig.1 Ionic radii and valences of impurities that have an effect on change in habit

Fig.2 SEM photographs of SnO2 single crystals grown in system with (left) no addition, (right) In2O3 as a representative of tri-valent cations.

Fig.3 Elongated photograph of tip portion of whisker grown with In3+ as impurity.

Fig.4 Face configuration of (left) whisker and (right) polyhedron.

Fig.5 Relationship between amount of tri-valent impurities added to the flux system and aspect ratio of grown crystals.

Fig.6 Differential Interference Microscope (DIM) photographs of TiO2 single crystals grown in system with (left) no addition, (right) Ga2O3 as a representative of tri-valent cations.

Fig.7 Surface morphological change in TiO2 (111) (Right) by addition of tri-valent cation, Fe3+ 4.4 (mol%), which is effective reagent to cause Roughening Transition. (Left) additive free.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「フラックス法における酸化物単結晶のHabit制御」というテーマに対して、これまでの水溶液中での結晶成長メカニズム解明のための実験手法を、新たに高温液相に拡張するという試みを行っている。

 第一章は序論であり、研究の背景、理論、方法論について述べている。

 第二章においては、予備実験的に(1)Cu2Oフラックスの性質調査、(2)実験装置の改造、改良、(3)SnO2-Cu2O系で作成した時のSnO2単結晶のとりやすい形状とその考察、について記述されている。

 第三章において、試行錯誤的実験によって「SnO2-Cu2O系でSnO2単結晶を育成する時、Sn4+にイオン半径の近い3価カチオンまたは5価カチオンを酸化物として添加することで、育成されるSnO2単結晶形状が変化する」ことが明らかにし、特に新たな結果として、(1)価数−イオン半径依存性を有するタイプの不純物効果が存在していること、(2)価数−イオン半径依存性を有する不純物効果は成長結晶特定方位の成長速度を加速させる、ということを報告している。また、原子レベルのモデルとして、「4価のSnサイトに3価カチオンが吸着することによってSnO2(111)表面の二配位酸素は不安定となり脱離する。その結果、SnO2(111)表面が原子的にRoughになるためLateral growthから付着成長へと変化する」との仮説的モデルを提案している。

 第四章では、上述のモデルの妥当性を「微量の3価カチオンの存在によってSnO2の<111>方向の成長速度が加速されていることを実験的に確かめる」という試みを行っている。また、不純物無添加時に析出するもう一つの面であるSnO2(110)に対する不純物効果についてもDipping法を用いて調査している。

 その結果、高温フラックス系(SnO2-Cu2O系)において、過飽和度を測定しながら不純物効果を成長速度から表すことに初めて成功し、(1)3価カチオンはSnO2<111>の成長速度を大きく加速させること、(2)SnO2<110>の成長速度を抑制すること、が実験的に確かめられた。これは「高温溶液中で正確な溶解度曲線を作成する」といった高温反応であるが故の多くの困難を乗り越えることで初めて可能となったものであることを指摘している。

 さらに、SnO2とCu2Oの濡れが悪いという性質を利用することで、フラックス系ではこれまで観察困難とされていたas-grownの表面モフォロジー観察することができた。この表面観察によって、3価カチオンがSnO2<111>の成長速度を抑制するのは、「Kink siteに3価カチオンが吸着することで成長の活性点が減少することによる効果である」ことを明らかにしている。

 第五章では、「SnO2と同じ界面構造を持つTiO2で効果の有無を調査する」ことによって第三章で提案したモデルを確かめるため、さらなる研究を進めている。SnO2と同じ構造を持つTiO2でも同じ現象が確認されれば、Rougheningの発生はルチル構造(111)界面特有のものであることが確認されると考え、TiO2単結晶上で、これまでになかったLPE成長法によって「as-grownの結晶表面の観察」「LPE成長膜の観察」を行っている。

 単結晶基板上にセットしたフラックス液滴中でTiO2単結晶を育成することで、無容器により育成した単結晶を、フラックスを除去することなく、表面モフォロジー観察することが可能であることを新たに見出している。これはSnO2-Cu2O系でのLPE成長においては、SnO2とCu2Oの濡れ性が悪いことを利用して表面観察を行ったのに対して、この方法ではNa2B4O7フラックスの透明性を利用して表面観察を行ったものである。その結果、「SnO2-Cu2O系でのSnO2(110)成長と同様に、3価カチオン添加によってTiO2(110)の成長も抑制されるものの、その原因はSnO2(110)の場合とは異なりTiO2(110)上でのpinning効果によるものである」ことを明らかにしている。

 さらに(111)上では、SnO2-Cu2O系とTiO2-Na2B4O7系で同様の不純物効果を示すことが明らかとなったことから、不純物によるRougheningの発生は「ルチル構造(111)表面の酸素脱離によるRough interfaceへの転化モデル」が妥当であると結論している。

 このように、本論文は、「水溶液中での結晶成長メカニズム研究手法を高温液相中の結晶成長に応用することで、新たな知見を得る」という目的に対して、(1)電気炉の改造、(2)新たな実験方法の開発、(3)フラックス特性の利用、といった様々な工夫を行うことによって現象を解明したものである。さらに、本論文の成果は、新しい形状を有する粉体合成といった工学的目的にも拡張可能であるという提案を行っている。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク