学位論文要旨



No 116587
著者(漢字) 張,紅
著者(英字)
著者(カナ) ザン,ホン
標題(和) 高等植物におけるトリテルペンの生合成研究
標題(洋)
報告番号 116587
報告番号 甲16587
学位授与日 2001.09.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第969号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 助教授 折原,裕
 東京大学 助教授 渋谷,雅明
内容要旨 要旨を表示する

 植物において、β−シトステロールなどの植物ステロールは細胞膜の構成成分やホルモンの前駆体として極めて重要な化合物である。一方、植物にはステロールの他に、共通の前駆体オキシドスクアレンより生合成されるβ−アミリン、α−アミリン、ルペオール等の多様な骨格をもったトリテルペンが二次代謝産物として存在しており、これまで、80種以上のトリテルペン骨格が知られている。これらの骨格はすべてオキシドスクアレン閉環酵素により形成される。そこで、トリテルペン骨格多様性の起因を解明し、合理的なデザインによる新規トリテルペン骨格を持つ非天然型天然化合物の創出を目指し(1)シラカンバ培養細胞由来オキシドスクアレン閉環酵素のcDNAクローニング、(2)オキシドスクアレン閉環酵素の分子進化の解析、(3)オキシドスクアレン閉環酵素の活性部位の標識を検討した。

1.シラカンバ培養細胞由来オキシドスクアレン閉環酵素のcDNAクローニング

 シラカンバ(Betula platyphylla var. japonica)の葉には主にダンマラン骨格を持ったベチュラフォリエントリオール(Betulafolienetriol)、樹皮にはルパン骨格を持ったベチュリン(Betulin)とオレアナン骨格を持ったオレアノール酸(oleanolic acid)などのトリテルペンが存在することが知られている。このように一つの植物中に見いだされるトリテルペン骨格は複数個あるものの、これまで一つの植物から生成物特異性の異なる複数個のトリテルペン合成酵素がクローニングされた例はない。そこで、同一植物中に存在する複数個のトリテルペン骨格は複数個のトリテルペン合成酵素の共存によりもたらされている事を証明するために、シラカンバ培養細胞よりトリテルペン合成酵素のクローニングを行った。NAA(1μM)、及びN-(2-chloro-4-pyridyl)-N'-phenylurea(1μM)を添加したMS培地を用いて、シラカンバ葉柄からカルスを誘導した。誘導したカルスを、上記組成の液体培地中、25℃、100rpm、暗所で培養し懸濁培養細胞を作成した。当研究室では、ラノステロール及びサイクロアルテノール合成酵素間で比較的よく保存されている領域4ヶ所をもとに縮重入りプライマーをデザインし、RT-PCR法により、いくつかのオキシドスクアレン閉環酵素のクローニングに成功している。そこで、同様の手法を用いて、シラカンバの培養細胞より、オキシドスクアレン閉環酵素のクローニングを試みた。培養30日目のシラカンバの培養細胞からRNAを抽出し、逆転写によりcDNAを得た。これを鋳型として、PCRを行ったところ、4種類のDNA断片を得、BPX1、BPX2、BPW、BPYと命名した。これら4種類のDNA断片の塩基配列において、それぞれに特異的なプライマーをデザインし、3'−及び5'-RACEを行い、全長の塩基の配列を決定した。これら4種類クローン間の相同性は、BPX1とBPX2は79%と、比較的高い値を示すものの、60%程度であった。BPX1とBPX2はエンドウ由来サイクロアルテノール合成酵素と高い相同性を持っており、シラカンバのサイクロアルテノール合成酵素をコードしていると推測された。一方、BPWはオリーブ由来ルペオール合成酵素と、BPYは薬用ニンジン由来β−アミリン合成酵素と比較的高い相同性をもっており、BPWとBPYは何らかのトリテルペン合成酵素をコードしているものと推定された。

 ついで、それぞれ全長を含むクローンをPCRで得、酵母の発現ベクターpYES2のGAL1プロモーター下流に正方向に組み込んだ。これらのプラスミドを用いて、ラノステロール合成酵素が欠損している酵母GIL77株を形質転換した。これらの形質転換酵母を培養し、ガラクトースで誘導後、リン酸緩衝液中で一日インキュベートした。菌体をアルカリ処理した後、ヘキサンで生成物を抽出し、TLCで分離した。その結果、BPWのクローンを導入した酵母において、ルペオールの生産が確認(HPLC、LC/MS)され、このクローンはシラカンバのルペオール合成酵素をコードしていることが明らかとなった。同様の手法により、BPWの他の3種類のクローンを酵母の発現系により機能を同定したところ、BPX1とBPX2がサイクロアルテノール合成酵素を、BPYがβ−アミリン合成酵素をコードしていることが判明した。また、プライマーを変え、同様の手法により5番目のクローンBPDを得たが、未だ機能の同定には至っていない。

2.分子進化の解析

 今回得られた5個のクローンを含め、これまで得られたオキシドスクアレン閉環酵素と機能未同定の閉環酵素の配列に対して、国立遺伝研が提供している系統樹作成プログラムCLUSTALWを用いてこれらのクローン間の相同性を計算し、系統樹を作成した。

 植物において、ステロールは必須の成分であることから考えると、サイクロアルテノール合成酵素が最初に誕生して、ここから、トリテルペン合成酵素が分化したと考えられる。

 ククルビタジエノールの生成は、サイクロアルテノール生成と同様にchair-boat-chairのコンフオメーションで反応が進行し、ラノステリルカチオンの生成まで全く同じ機構で反応が進み、ククルビタジエノール合成酵素とサイクロアルテノール合成酵素の反応機構は非常に類似している。このことから考えると、ククビタジエノール合成酵素がかなり初期に分化したことは妥当であると思われる。

 系統樹において、ルペオール及びβ−アミリン合成酵素がそれぞれ分枝を形成し、ククビタジエノール合成酵素より進化した位置を占めている。いずれの酵素もオキシドスクアレンをオールチェアーのコンフォメーションに固定して反応し、基質のコンフォメーションの固定という点において、サイクロアルテノール合成酵素やククルビタジエノール合成酵素と大きく異なっている。ルペオール及びβ−アミリンの生成においては、まず、4環性のダンマレニルカチオン中間体が生成する。このカチオンに水が付加し反応が停止するとダンマレンジオールが生成する。ダンマレニルカチオンから、さらに、環拡大、5番目の環の生成がおき、ルペニルカチオンが生成する。その後、メチル基からプロトンが脱離するとルペオールが生成し、さらに環拡大、一連の水素の転位が生じ、β−アミリンが生成する。このように、ダンマレンジオール合成酵素よりもルペオール合成酵素が、ルペオール合成酵素よりもβ−アミリン合成酵素のほうがより多機能性酵素であると言え、これらの機能の獲得が分子進化によって説明されるのは非常に興味深く思われる。

 系統樹において、ククルビタジエノール合成酵素とルペオール合成酵素の間に位置する薬用ニンジンなどの植物より得られているいくつかのクローンは、未だ酵素機能の同定がなされていないが、以上のような反応機構と分子進化の関連を考慮すれば、薬用ニンジン由来のクローンなどは系統樹においてククルビタジエノール合成酵素とルペオール合成酵素の間に位置しており、ダンマレンジオール合成酵素をコードしているものと考えられる。

 以上のように、幾つかの未同定のクローンがあるが、起源植物が異なっていても酵素機能が同一のものは一つのブランチを形成していることが明らかとなった。このように、同一の機能をもったクローンが一つの分枝を形成するのは他のモノテルペン、ジテルペン、セスキテルペン閉環酵素においては見られず、トリテルペン合成酵素において特徴的である。

3.オキシドスクアレン閉環酵素の活性部位の検討

 これまでオキシドスクアレン閉環酵素のX線結晶解析はなされておらず、活性部位の構造は明らかになっていない。今後、酵素機能の改変を行うには活性部位の同定が必須であり、基質類縁体の酵素活性部位への結合による活性部位の同定を試みることにした。β−アミリンとルペオールを含めて、すべての五環性トリテルペンの生成ではオキシドスクアレンがオールチェアーのコンフォメーションをとり、ルペニルカチオンの生成まで全く同じ機構で進む。基質類縁体である24−メチル基をビニル基に置換した24−メチリデンオキシドスクアレン(24-MOS)を反応させると、これらの酵素の活性部位に取り込まれ本来の基質と同様の反応が進行し、ルペニルカチオンに対応するアリルカチオン中間体が生成し、これが活性中心近傍に存在する求核性アミノ酸残基の求核攻撃を受け、共有結合を形成し酵素反応を阻害するものと予想した。そこで、24-MOSの、シラカンバ培養細胞由来のルペオール合成酵素BPW、β−アミリン合成酵素BPY、サイクロアルテノール合成酵素BPX及びシロイヌナズナ由来ルペオール合成酵素LUP1に対する阻害活性を検討したところ、サイクロアルテノール合成酵素には全く阻害活性を示さなかったが、ルペオール合成酵素、β−アミリン合成酵素に対しては、強い阻害活性が見られた。サイクロアルテノールの生成では5番目の環が生成することがないために阻害活性がみられないと推測され、また、ルペオール合成酵素、β−アミリン合成酵素に対しては、24-MOSが予想どおりに反応し、阻害活性をもたらしたものと、推測される。シラカンバ由来ルペオール合成酵素BPW及びβ−アミリン合成酵素BPYの阻害活性のプリインキュベートに対する時間依存性を調べたところ、阻害活性が時間依存的に増強され、24-MOSが活性部位の求核性アミノ酸残基と結合することにより阻害している可能性が示唆された。

 また、トリチウム標識した24-MOSを用いてルペオール合成酵素への結合を調べた。ルペオール合成酵素とサイクロアルテノール合成酵素の粗酵素画分とトリチウム標識した24-MOSをインキュベートし、トリクロロ酢酸でタンパクを沈殿させた。遠心分離により沈殿を回収し、沈殿部の放射活性を測定した。ルペオール合成酵素に由来するタンパク画分に、サイクロアルテノール合成酵素のものよりも多くの放射活性が検出され、トリチウム標識した24-MOSが酵素タンパクへ共有結合していることが強く示唆された。

 以上、シラカンバ培養細胞より、5種のサイクロアルテノール合成酵素と、β−アミリン合成酵素、ルペオール合成酵素、機能不明のオキシドスクアレン閉環酵素の計5個のクローンのcDNAを得た。この結果により同一植物中に生成物特異性の異なる複数のトリテルペン合成酵素が共存していることを証明した。系統樹作成によるオキシドスクアレン閉環酵素の分子進化の解析を行い、反応機構と分子進化に相関関係を見いだし、今後の分子生物学手法による非天然型トリテルペン骨格の創出への大きな手がかりを得たものと考えている。また、24-MOSのルペオール合成酵素とβ−アミリン合成酵素に対する選択的な阻害活性を見いだし、活性部位との共有結合の可能性を示唆する結果を得た。今後、標識されたアミノ酸残基の同定を行い、活性部位の構造を明らかにしたいと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

 植物において、β−シトステロールなどの植物ステロールは細胞膜の構成成分やホルモンの前駆体として極めて重要な化合物である。一方、植物にはステロールの他に、共通の前駆体オキシドスクアレンより生合成されるβ−アミリン、α−アミリン、ルペオール等の多様な骨格をもったトリテルペンが二次代謝産物として存在しており、これまで、80種以上のトリテルペン骨格が知られている。これらの骨格はすべてオキシドスクアレン閉環酵素により形成される。本論文はトリテルペン骨格多様性の起因を解明し、合理的なデザインによる新規トリテルペン骨格を持つ非天然型天然化合物の創出を目指し、(1)シラカンバ培養細胞由来オキシドスクアレン閉環酵素のcDNAクローニング、(2)オキシドスクアレン閉環酵素の分子進化の解析、(3)オキシドスクアレン閉環酵素の活性部位の標識の検討、を行ったものである。

1.シラカンバ培養細胞由来オキシドスクアレン閉環酵素のcDNAクローニング

 シラカンバ(Betula platyphylla var. japonica)の葉には主にダンマラン骨格を持ったベチュラフォリエントリオール(Betul af olienetriol)、樹皮にはルパン骨格を持ったベチュリン(Betulin)とオレアナン骨格を持ったオレアノール酸(oleanolic acid)などのトリテルペンが存在することが知られている。このように一つの植物中に見いだされるトリテルペン骨格は複数個あるものの、これまで一つの植物から生成物特異性の異なる複数個のトリテルペン合成酵素がクローニングされた例はない。そこで、同一植物中に存在する複数個のトリテルペン骨格は複数個のトリテルペン合成酵素の共存によりもたらされている事を証明するために、シラカンバ培養細胞よりトリテルペン合成酵素のクローニングを行った。その結果、4種類のクローンを得、酵母での発現による機能解析を行ったところ、それらは、2種のサイクロアルテノール合成酵素(BPX1、BPX2)、ルペオール合成酵素(BPW)、β−アミリン合成酵素(BPY)であることが判明した。以上の結果から、シラカンバではルペオールとβ−アミリンはそれぞれ固有の酵素により生成することが明らかになった。また、1種の植物から2種のサイクロアルテノール合成酵素をクローニングしたのは最初の例であり、それぞれが植物内で異なった役割をもっている可能性が示唆された。

2.分子進化の解析

 今回得られた4個のクローンを含め、これまで得られたオキシドスクアレン閉環酵素と機能未同定の閉環酵素の配列に対して、これらのクローン間の相同性を計算し、系統樹を作成した。

 その結果、幾つかの未同定のクローンがあるが、起源植物が異なっていても酵素機能が同一のものは一つの分枝を形成していることが明らかとなった。同一の機能をもったクローンが一つの分枝を形成するのは他のモノテルペン、ジテルペン、セスキテルペン閉環酵素においては見られず、トリテルペン合成酵素において特徴的である。また、分子進化と酵素機能の間に相関を見いだし、新規トリテルペン骨格創出への手がかりを得たものと考えられる。

3.オキシドスクアレン閉環酵素の活性部位の検討

 これまでオキシドスクアレン閉環酵素のX線結晶解析はなされておらず、活性部位の構造は明らかになっていない。今後、酵素機能の改変を行うには活性部位の同定が必須であり、基質類縁体の酵素活性部位への結合による活性部位の同定を試みることにした。基質類縁体である24−メチル基をビニル基に置換した24−メチリデンオキシドスクアレン(24-MOS)をデザイン合成した。このリガンドが、5環性トリテルペン合成酵素の活性部位に取り込まれ、本来の基質と同様に反応が進行すると、ルペニルカチオンに対応するアリルカチオン中間体が生成し、これが活性中心近傍に存在する求核性アミノ酸残基の求核攻撃を受け、共有結合を形成し酵素反応を阻害するものと予想した。各酵素に対する阻害活性を検討したところ、サイクロアルテノール合成酵素には全く阻害活性を示さなかったが、ルペオール合成酵素、β−アミリン合成酵素に対しては、強い阻害活性が見られた。サイクロアルテノールの生成では末端二重結合は閉環反応に関与しないため阻害活性がみられないと推測され、また、ルペオール合成酵素、β−アミリン合成酵素に対しては、24-MOSが予想どおりに反応し、阻害活性をもたらしたものと、推測される。また、ルペオール合成酵素、β−アミリン合成酵素の阻害活性のプリインキュベーションに対する時間依存性を調べたところ、阻害活性が時間依存的に増強され、24-MOSが活性部位の求核性アミノ酸残基と結合することにより阻害している可能性が示唆された。さらに、トリチウム標識した24-MOSを用いた解析より、24-MOSがルペオール合成酵素タンパクへ共有結合していることが強く示唆された。

 以上、シラカンバ培養細胞より、4種のオキシドスクアレン閉環酵素のcDNAクローニングに成功した。この結果により同一植物中に生成物特異性の異なる複数のトリテルペン合成酵素が共存していることを証明した。系統樹作成によるオキシドスクアレン閉環酵素の分子進化の解析を行い、反応機構と分子進化に相関関係を見いだし、今後の分子生物学手法による非天然型トリテルペン骨格の創出への大きな手がかりを得た。また、24-MOSのルペオール合成酵素とβ−アミリン合成酵素に対する選択的な阻害活性を見いだし、活性部位との共有結合の可能性を示唆する結果を得た。本研究により見出された高等植物におけるトリテルペン生合成機構についての新知見は、天然物化学、薬用植物学の発展に大きく寄与するものであり、本論文は、博士(薬学)の学位論文として十分価値あるものと認定した。

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