学位論文要旨



No 116663
著者(漢字) 趙,仲熙
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,ジュンヒ
標題(和) 高濃度ゾルゲル法によるBaTiO3セラミックスの低温合成と電気光学特性
標題(洋) Low Temperature Synthesis of BaTiO3 Ceramics by Sol-Gel Process and Their Electric and Optic Properties
報告番号 116663
報告番号 甲16663
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5075号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 助教授 小田,克郎
 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 講師 宮澤,薫一
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

 ペロブスカイト構造を持つ強誘電体材料は強誘電性、圧電性、焦電性、非線型電気光学特性など多くの有用な電気光学物性を持っている。その中でチタン酸バリウム(BaTiO3)結晶は、非常に高い非線形特性を有しており、強いホトリフラクティブ効果(Photorefractive effect)を持っているのが知られている。強誘電性物質のもつ電気光学的性質は、古くから種々の単結晶体について知られており、多結晶体についてもその性質が期待されている。しかし、多結晶体は従来光学的に不透明なものと考えられ、多結晶体のもつ安定性、強誘電性などの優れた性質と、光学的性質とが結びついた研究はあまり多くない。

 ゾルゲル法は、金属アルコキシドなどを出発原料としたセラミックスの化学合成法の一つとして、粉体固相反応法に比べ、低温合成と構造を化学的に制御できる可能性を有している。本研究室では高濃度ゾルゲル法を用いることにより、チタン酸バリウム(BaTiO3)系において、可視光に対して透明な結晶性モノリシックゲルを室温で得ることが出来た。また、透明な結晶性モノリシックゲルを1100℃の酸素雰囲気で焼成することにより透光性チタン酸バリウム(BaTiO3)セラミックスの作製にも成功している。しかし、その透明化機構については、まだほとんど解明されていない。従って、透明BaTiO3セラミックスの合成プロセスが確立できれば、これまで主にコンデンサーや圧電材料としてしか用いられなかったBaTiO3セラミックスに、光学デバイスとしての新たな用途が期待できるだけではなく、組織を高度に制御した高機能性セラミックス全般の合成法として、高濃度ゾルゲル法を応用できる可能性があると言える。

 そこで本研究では、高濃度ゾルゲル法による透明BaTiO3モノリシックゲルの合成法と、透明BaTiO3セラミックスの最適合成プロセスを確立することを目的とし、その低温合成法の確立を目指す。まず、透明BaTiO3モノリシックゲルの結晶化過程において、透光性を保持するための必要条件と結晶化過程での微細構造の変化を対応させ、透明化プロセスの基礎を明らかにした。また、組織制御により得られた透光性セラミックスの強誘電特性及び非線型光学特性などの新規物性の測定を行った。

【実験方法】

 6×10-3molのBa(OC2H5)2とTi(OiCH(CH3)2)4をメタノールと2−メトキシエタノールの混合溶媒3ml(体積比3:2)に溶解し、1.1Mの高濃度前駆体溶液を得た。この前駆体溶液に水蒸気と窒素の混合ガスを導入して、0℃で加水量(rw)を2.5から7.0までそれぞれ加水分解した。加水分解して得たゾル溶液をガラス瓶に取り分け、0℃(1日間)、30℃(1日間)、その後10℃/日の速度で50℃まで温度を上げて、50℃(4日間)エージングを行うことにより透明な湿潤ゲルを作製した。得られた湿潤ゲルを酸素雰囲気中、90℃で1日間乾燥して透明なモノリシック乾燥ゲルを得た。上記の各試料に対して、窒素吸着脱離等温線測定(比表面積、細孔容積、細孔径分布)、熱重量分析、粉末X線回折分析、SEM及びTEM観察を行った。得られた乾燥ゲルの熱処理による透光性の変化を高温加熱顕微鏡で1100℃まで加熱しながら観察した(酸素雰囲気、昇温速度10℃/分)。また、得られた乾燥ゲルを500℃から1400℃まで様々な温度で1時間熱処理した試料の各々に対して、細孔径分布、密度、微細構造の変化を調べた。その結果から透光性BaTiO3セラミックスを得るための必要な条件を調べた。得られた透光性BaTiO3セラミックスの強誘電特性(誘電率、損失、ヒステリシス)及び電気光学特性(サンプルに電場印加による光透過率の変化)を測定した。

【結果及び考察】

1.透明BaTiO3モノリシックゲルの特性に及ぼす加水量の影響

 Figure 1に加水量と乾燥ゲルの比表面積(surface area)及び細孔容積(pore volume)との関係を示す。図から分かるように乾燥ゲルの比表面積と細孔容積が加水量によって大きく変わることが分かる。その理由は以下のように考えられる。まず、I段階では、非晶質ゲルから微結晶の析出が起こる段階で、比表面積及び細孔容積が増加する。II段階では、ゲルの骨格から微結晶が成長すると共にゲルから離液収縮が起こり、比表面積及び細孔容積が減少する。III段階では、結晶粒子同士結合が起こって、離液分離と共に気泡が成長する。そのため比表面積は減少するが、細孔容積はさらに増加する。

 Figure 2は加水量と乾燥ゲルの結晶子サイズ(crystallite size)及び平均細孔径(average pore volume)との関係を示す。加水量の増加とともに結晶子サイズはある最大値を向かって大きくなるが、平均細孔径はII段階まではほとんど成長していない。しかし、III段階では急激に大きくなるのが分かる。II段階までは結晶子の成長とともに離液収縮が進むことで平均細孔径は大きくならないが、III段階では、結晶子同士凝集が起こって離液分離に伴う収縮率が小さくなると思われる。これは、加水分解時間が長いほど、ゲルの内部に生成する微結晶の大きさが増加しているというX線測定とTEM観察の結果とよく一致している。以上の結果から、加水量が多いほど乾燥ゲルでの結晶化度が高くなることと、ゲルの微細構造が加水量によって大きく変わることがわかった。

2.透明BaTiO3モノリシックゲルの焼結過程での微細構造の変化

 Figure 3に加水量5.0(A)と5.7(B)で得た乾燥ゲルの熱処理による相対密度及び平均細孔径の変化を示す。Aの乾燥ゲルは低い温度で高い密度を示しており、気孔も700℃までは少し大きくなるが、700℃以上では更に小さくなる。この理由は、乾燥ゲルの状態で析出している結晶粒子が強固な二次粒子を作らないため、熱処理段階での結晶粒子の再配置が起こり安い構造を持っているためと考えられる。Bの乾燥ゲルは700℃まで密度はあまり上がらないが、気孔は熱処理温度の上昇にともない大きくなることが分かる。この理由は、乾燥ゲルの状態で析出している結晶粒子がAの乾燥ゲルより強固な二次粒子を作るため、熱処理にともない凝集している結晶粒子の再配置が起こり難い構造を持っているためと考えられる。Figure 4はAとBとの乾燥ゲルを1100℃の酸素雰囲気で焼成したものの電子顕微鏡写真である。Aの場合、結晶成長して気孔がない緻密な組織が見られているが、Bはポーラスな組織になっていることがわかる。

3.透光性BaTiO3セラミックスの作製

 加水量5.0で得た乾燥ゲルは、ゲルの段階ですでに高い結晶化度を持っているが、強固な二次粒子をつくらないことで、細孔容積と平均細孔径が小さくなることがわかった。この乾燥ゲルを1100℃の酸素雰囲気で1時間熱処理することによって、97%の高い密度をもつ透光性BaTiO3セラミックス(粒子サイズ:0.5μm)を作製することに成功した。Figure 5に示すように、800nmの波長で32%の光透過率(厚さ:0.2mm)を持っている。

4.透光性BaTiO3セラミックスの電気光学特性

 得られた透光性BaTiO3セラミックスの誘電率と損失はそれぞれ、1500と0.018であり、強誘電体のキューリ温度(Tc)以上における比誘電率の場合と同様のキューリ・ワイス(Curie-Weiss)の法則を満足していることがわかった。この透光性セラミックスの両面に透明電極をつけて電界を印加するとき、電極の垂直方向から入る光の透過率変化の測定結果をFig.6に示す。図からわかるように、印加電界が高くなると光透過率が減少することがわかる。これは、電界を印加すると透光性セラミックスの中に複屈折率現象(photorefractive effect)が起こって、通る光が散乱されるためと考えられる。

【総括】

 焼結体の微細構造はゲルの状態に大きな影響を受けている。本研究では、ゲルの組織が加水量によって大きく変化することから加水量による乾燥ゲルの微細構造変化と熱処理による焼結挙動を詳しく調べ、透光性BaTiO3セラミックスを得るための必要条件を明らかにした。透明BaTiO3セラミックスを作るためには、透明乾燥ゲルの状態で(1)結晶子同士凝集して二次粒子をつくらないこと、(2)細孔径が小さく、かつ細孔容積が小さいことが望ましい。これらの条件を満足する加水量5.0で得た乾燥ゲルは、低温(1100℃)で透光性BaTiO3セラミックスになるのが本研究から確認できた。

Fig. 1. Changes of surface area and pore volume for the xerogels plotted against hydrolysis water content rw.

Fig. 2. Changes of crystallite size and average pore size for the xerogels plotted against hydrolysis water content rw.

Fig. 3. Changes of average pore size and relative density for xerogel A(●,■)and B(○,□)as a function of sintering temperature.

Fig. 4. FE-SEM photographs of BaTiO3 ceramics heat-treated at 1100℃ for 1h in O2.

Hydrolysis water content rw=(a)5.0, (b)5.7. Bars=5μm.

Fig. 5. Optical transm ission spectrum of a translucent BaTiO3 ceramic sintered at 1100℃ for 1h in O2 flow.

The inserted photograph shows that a background mesh can be clearly seen through the ceramic.

Fig. 6. Change of transmittance for the translucent BaTiO3 ceramic as a function of the applied electric field at different wavelength. (−▲−:450nm, −■−:532nm, and −●−:700nm)

審査要旨 要旨を表示する

 チタン酸バリウム(BaTiO3)は、コンデンサを始め、サーミスタや圧電体など様々な電子セラミックス材料の主要な成分として用いられている代表的な強誘電体である。BaTiO3はまた、大きな電気光学定数をもつことから電気光学材料としての応用も期待されているが、大きなサイズの単結晶を低コストで得ることは難しく、高品質透明セラミックスの合成法の確立が要望されている。本論文は、高濃度の金属アルコキシド溶液を用いたゾルゲル法(以下、高濃度ゾルゲル法)による透明BaTiO3セラミックスの合成を目的として、透明BaTiO3モノリシックゲルの合成とその微細構造、ゲルの焼成過程におけるセラミックス組織の変化と透明化機構、さらに得られた透光性BaTiO3セラミックスの電気光学特性についての研究を纏めたものであり、全6章よりなる。

 第1章は序論である。セラミックス材料の合成法としてのゾルゲル法の概要、及びその特長と問題点を述べた後、一般的に用いられているゾルゲル法と本実験で用いた高濃度ゾルゲル法の相違点及び透明セラミックスを得るための要点について述べた。また、BaTiO3結晶の持つ電気光学効果とその応用例などを含め、本研究の背景と目的について述べている。

 第2章では、Ba(OC2H5)2とTi(O-i-C3H7)4の1:1組成をCH3OH/CH3OC2H4OH混合溶媒に溶解した高濃度アルコキシド溶液(1.1mol/L)を用い、その水蒸気加水分解による透明BaTiO3モノリシックゲルの合成条件(加水分解温度、添加水量、エージング及び乾燥温度)と得られるゲルの微細構造(ポア体積、平均細孔径及び結晶子サイズ)について、N2ガス吸着細孔分布測定及びX線回折測定により検討した結果を述べている。系統的に行った予備実験から、加水分解温度(0℃)、エージング条件(30〜50℃で一定時間)及び乾燥温度(90℃)を固定し、添加水量(rw=H2O/Ba;モル比)を2.5〜7.0の範囲で変えた実験を行い、得られる乾燥ゲルの状態(亀裂発生の有無)及び微細構造に及ぼす添加水量の効果を定量的に明らかにしている。これらの実験結果から、透光性BaTiO3セラミックスの合成に適したゲルは、亀裂発生、残留有機物の量、細孔径などの点から、rw=5.0〜5.7の狭い領域でのみ得られることを見出している。

 第3章では、rw=5.0及び5.7の条件で得られた透明BaTiO3モノリシックゲル(厚さ1mmで光透過率>70%)の焼成過程におけるセラミックスの微細構造(細孔体積、細孔サイズ分布、粒子径及び焼結密度)の変化について調べた結果を述べている。酸素気流中、1100℃までの焼成過程において、rw=5.0のゲル(以下、ゲルA)は大きな易焼結性を示し、その焼結密度は500℃で既に80%を超え1100℃で97%に達した。一方、rw=5.7のゲル(ゲルB)の焼結密度は700℃までほとんど変化せず1100℃においても僅か83%に留まり、その焼結性は非常に低いことが判明し、これらのゲルの焼結挙動における相違を、自ら提案したゲルの微細構造変化のモデルにより説明している。具体的には、これらのゲル中(調製直後)に存在する細孔は共にほとんど5nm以下であるが、その形状はゲルAではシリンダー型でゲルBではインクボトル型であり、その焼成過程において、ゲルA中の細孔サイズは700℃まで粒成長(50nm以下)と共に上昇した(15nm以下)後、700℃以上で減少に転じ消滅する方向に向かうが、ゲルB中の細孔は粒成長と共に合体して体積を増し、結果として粒成長を阻害し焼結性を低下させていると説明した。この結果に基づき、ゲル中に存在するポアのサイズと形状がその焼結性に決定的に重要な役割を果たすことを明らかにしている。

 第4章は、透光性BaTiO3セラミックスの作製とそのセラミックスの組織について述べたものである。透光性BaTiO3セラミックス(厚さ0.1mmで光透過率>40%)は、ゲルA及びゲルBのいずれのゲルからも作製可能であるが、ゲルAは1100℃の焼成で透光性セラミックスになるのに対し、ゲルBでは異常粒成長を起こす1400℃での焼成が必要であることが判明した。これらのセラミックスにおける透明化機構の違いを、加熱顕微鏡装置を用いた焼結過程のその場観察及びFE−SEMによる粒子組織の観察結果に基づいて考察している。即ち、ゲルAから得られたセラミックス(粒径<1μm)が、透光体としては高い気孔率(3%)を持つにも拘らず透光性となったのは、その細孔サイズが光散乱の大きな要因にならないほど小さいためであり、また、ゲルBから得られた透光性セラミックス(粒径=50〜100μm)については、光散乱の要因となる粒界数が非常に少ないためと説明している。

 第5章は、作製された透光性BaTiO3セラミックスの光透過率、誘電率−温度特性、D−Eヒステレシス特性及び電気光学効果を測定した結果である。ゲルAから得られた透光性BaTiO3セラミックス(厚さ0.2mm、光透過率=30%(波長700nm))は室温で約1500の誘電率を示し、また2μC/cm2と5kV/cmの残留分極と抗電界を持つ強誘電体であることが確認され、ゲルBから得られた透光性セラミックス(厚さ0.1mm、光透過率=45%(波長600nm))も約2000の室温誘電率を示し、6μC/cm2と2.3kV/cmの残留分極と抗電界を持つ強誘電体であることが確認された。また、これらの透光性BaTiO3セラミックスに対して電気光学効果の1つである光透過率の電界依存性を測定し、共に明確な電気光学効果を示すことを明らかにした。

 第6章は本論文の総括である。

 以上のように、本論文は、高濃度ゾルゲル法による透明BaTiO3モノリシックゲルの合成及びそのゲルの焼成による透光性BaTiO3セラミックスの作製条件とその透明化機構を明らかにしており、電子セラミックス材料における合成プロセスの進展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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