学位論文要旨



No 116671
著者(漢字) 梁,興国
著者(英字)
著者(カナ) リョ,コウコク
標題(和) DNA二重鎖および三重鎖形成の光制御に関する研究
標題(洋) Studies on the Photo-Regulation of DNA Duplex and Triplex Formation
報告番号 116671
報告番号 甲16671
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5083号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 教授 渡辺,正
 東京大学 教授 北森,武彦
 東京大学 助教授 浅沼,浩之
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

 外部刺激によって核酸機能を人工的に制御することは、バイオテクノロジーの更なる発展のみならず、生命現象の基礎的解析から医療への応用といった広範な分野への適用が可能な極めて重要な技術である。しかし、外部環境に敏感な生体系に対する可逆的な制御は困難な課題であり、これまで様々な方法が提案されているものの、未だに不十分である。また、温度やpH、イオン強度など影響を与えやすい条件を変化させると、制御を通り越して細胞系の機能が損なわれてしまうこともある。本研究では、外部刺激としてもっとも扱いやすく反応系を汚染しない「光」に注目し、核酸機能の可逆的な光制御を目指した。光照射により極性と立体構造が大きく変化する光応答性分子のアゾベンゼン(Scheme 1)をDNAオリゴヌクレオチドに導入し、DNA二重鎖および三重鎖の形成と解離の光制御に、世界で初めて成功した。さらに、NMR解析によりアゾベンゼンを導入した修飾DNA二重鎖の構造を決定した。また、円二色性(CD)、紫外吸収(UV)スペクトルおよび熱力学分析の結果に基づき、光制御の機構を明らかにした。

2.アゾベンゼンのcis-trans光異性化によるDNA二重鎖の形成と解離の光制御

 様々な形で、アゾベンゼンをオリゴヌクレオチドに組み込んだ。まず、3炭素リンカーとする光応答性分子XpC3(Scheme 2)を使用し、DNA二重鎖形成と解離の光制御を検討した。修飾DNAの5'-CGAXPC3GTC-3'と相補鎖DNA(3'-GCTCAG-5')との融解曲線を図1に示す。

 UV光照射前のアゾベンゼンは、ほとんど(>90%)がtrans体として存在し、二重鎖のTmは37.1℃であった。(同じ配列の天然DNA二重鎖5'-CGAGTC-3'/3'-GCTCAG-5'のTmは30.1℃である。)これにUV光(300nm<λ<400nm)を照射すると、アゾベンゼンがcis体に異性化すると共に、二重鎖のTmは10.0℃に下がった(図1)。つまり、cis-trans異性化によるTmの変化(ΔTm)は27.1℃にも達した。上記の変化は可逆的であり、可視光(λ>400nm)を照射することにより再びtrans体に戻った。次にtrans体とcis体のTmの中間温度に保ちつつ、光照射(UV光或いは可視光)をすると、二重鎖の形成と解離に基づく260nmの吸光度の可逆的な変化が観察された。即ち、これらの事実から、温度、pH、イオン強度等の要因を一切変化させずに、特定波長の光照射のみで二重鎖の形成と解離を可逆的に制御できることが明らかとなった(図2)。DNA二重鎖の形成と解離を制御する際に、温度、イオン強度など生化学反応に影響を与えやすいパラメーターを変化させなければならない従来法と比べ、この方法は極めて簡便である。

 次に、アゾベンゼンを様々なDNA配列に導入し、trans体とcis体のそれぞれの二重鎖のTmを測定した。その結果、すべての配列に対し、(1) trans体のTmはcis-体より5〜27℃高い;(2)アゾベンゼンをピリミジン塩基間(例:…TXC…)に導入する場合の方が、プリン塩基間(例:…AXG…)に導入するより、ΔTmが大きいということが分かった。

3.NMR等による二重鎖形成の光制御機構の解明

 アゾベンゼンを導入したDNAの構造を解明するために、二重鎖5'-CGAXPC3GTC-3'/3'-GACXPC3TCG-3'のNOESY、COSY、およびHOHAHAの測定を行った。その結果、XPC3と隣接する塩基対のイミノプロトンのシグナルとtrans-XpC3のシグナルとの間に強いNOEが観察され、二重鎖形成によりtrans-アゾベンゼンは隣接する塩基対の間にインターカレートしていることが分かった。NMR解析に加え、UV、CD、熱力学パラメターの測定およびInsight II/Discover 98による二重鎖構造のSimulationを行い、光制御の機構を解明した。平面構造を持つtrans-アゾベンゼンは、DNA塩基対の間にインターカレートし、スタッキングにより二重鎖を安定化する。一方、cis-アゾベンゼンは、非平面の構造を持つので、立体障害により二重鎖を不安定化する。従って、温度一定の条件下でUV光を照射すると、DNA二重鎖は解離し、再び可視光を照射すると、二重鎖は形成する。

4.より効率的な光制御を目指した光応答性DNAの設計

 本章では、3章の知見をもとに、さらに優れた光応答性を示す修飾DNAを設計した。合成した新規の光応答性DNAの構造をScheme 3に示す。

 今までの設計では、アゾベンゼンをインターカレーターとしてDNAに導入したため、修飾DNAが相補鎖より一塩基分長い。例えば、修飾DNAの5'-CCGAXPC3GTCG-3' (9mer)は、相補鎖の3'-CGACACGG-5'(8mer)より長い。そこで、より短いリンカーのグリセリン酸を介し、XPC2(Scheme 3)をDNAに導入した。その光制御能を調べた結果、XPC2はXPC3と比べ、光異性化によるΔTmが4〜12℃増大し、より効率的な光制御が実現した。

 厳密に光制御するためには、アゾベンゼンのcis→trans熱異性化を抑制する必要がある。そこで、meta-アミノアゾベンゼン(XmC3, Scheme 3)をpara-アミノアゾベンゼン(XpC3)の代わりにDNAに導入した。その結果、cis-XpC3の熱異性化の半減期(37℃)が1時間であったのに対し、cis-XmC3の半減期は64時間となり、熱異性化を顕著に抑えることに成功した。しかし、Tmを測定した結果、XmC3の光制御能は、XpC3より若干低くなった。キラルなトレオニノールリンカーとカルボクシルアゾベンゼン(YpC3, Scheme 3)を使用することによって、熱に安定で(37℃で、cis体の半減期は約30時間)、しかも、光制御効率の良い光応答性DNAの合成に成功した。

5.RNA/DNA二重鎖の形成と解離の光制御

 Antisense法による遺伝子発現の光制御を目指し、アゾベンゼンを導入した光応答性DNAとnativeのRNAを用いて、RNA/DNA二重鎖の光制御を行った。その結果、二重鎖:5'-TT XPC3TTTTT-3'/rA8の場合は、アゾベンゼンのcis→trans光異性化により最大21.6℃のΔTmが得られた。即ち、RNA/DNA二重鎖の形成と解離の光制御にも成功した。また、RNA/DNA二重鎖の場合、修飾DNAの光制御能は、DNA二重鎖の場合と比べ、配列に大きく依存することも分かった。

6.DNA三重鎖形成と解離の光制御

 アゾベンゼンをDNA三重鎖のthird strandに導入し、その三重鎖形成の光制御能を調べた。修飾DNAとDuplex targetの配列を図3に示す。trans体のm-アゾベンゼンを含む三重鎖XmC3T13/a/tのTmは30.2℃であるに対し、cis体のTmは10.7℃であった(nativeの三重鎖T13/a/tのTmは22.5℃である。)。アゾベンゼンのcis-trans光異性化による三重鎖のTm変化(ΔTm)は、19.5℃であった(図3)。このように、可逆的なDNA三重鎖の形成と解離の光制御にも成功した。

 より効率的な光制御(より大きいΔTm)のために、種々の検討を行った。パラアゾベンゼン(XpC3)の場合は、導入位置がDNA配列の5'から遠くなる程、ΔTmが大きくなった。即ち、アゾベンゼンをDNA配列の真中に導入する場合(例:T6XpC3T7/a/t)、ΔTmは30℃を越え、最も大きくなった。また、二つアゾベンゼンを導入したXpC3T6XpC3T7/a/t三重鎖のΔTmは約50℃もあった。さらに、アゾベンゼンの代わりに、フェニルアゾナフタレンを使用することで、ほぼ完全な三重鎖の形成と解離の光制御に成功した。最後に、三重鎖形成の光制御の機構およびXpC3、XmC3、XnC3などの光制御能の違いの原因についても検討した。

7.結論

 アゾベンゼンなどを導入した光応答性核酸を用いて、cis-trans光異性化により二重鎖あるいは三重鎖の形成と解離を光照射のみで制御することに成功した。また、trans体アゾベンゼンはStackingにより二重鎖(三重鎖)を安定化し、cis体は立体障害により二重鎖(三重鎖)を不安定化するという光制御機構をNMR、CD、UVなどの解析により解明した。また既に、この現象を利用することで、ポリメラーゼ反応の光制御にも成功している。

Scheme 1. Photo-isomerization of azobenzene.

Trans-azobenzene is planar, while cis-azobenzene is non-planar.

Figure 1. Tm curves of duplex 5'-CGAXPC3GTC-3'/3'-GCTCAG-5'.

(trans-form : black line, Tm, trans=37.1℃; cis-form : gray line, Tm, cis=10.0℃.) DNA 50μM, NaCl 1 M, pH 7.0

Figure 2. Schematic illustration of the photoregulation of duplex formation by using cis-trans photoisomerization of azobenzene moiety

Scheme 3. Structures of the azobenzene units in modified oligonucleotides.

Figure 3. Sequeces of duplex target and some modified oligonucleotides (Left) and the melting curves of triplex trans-XmC3T13/a/t(−)and cis-XmC3T13/a/t(…)(Right).

2.0μM DNA, 0.2M MgCl2, pH7.0(10mM HEPES). Tm(s) of trans-XmT13/a/t and cis-XmT13/a/t are 30.2℃ and 10.7℃, respectively(ΔTm=19.5℃).

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、光応答性DNAによるDNA二重鎖および三重鎖の形成と解離の光制御に関するものである。この研究は、アゾベンゼンをDNAの側鎖に導入するという新しい方法に基づき、光照射によるDNA二重鎖(あるいは三重鎖)の形成と解離の光制御に、世界で初めて成功している。本手法では、DNA構造の可逆的な変化が可能なので、単なる基礎研究にとどまらず、さまざまな生化学反応の制御、さらには生体機能の制御への応用が可能であると期待される。

 第1章は序論であり、DNAの構造と機能、antisense法とantigene法による遺伝子発現の制御および外部刺激によるDNA機能の制御などをまとめ、本研究の背景と各章の目的について述べている。

 第2章では、DNAに導入したアゾベンゼンのシス−トランス異性化によるDNA二重鎖の形成と解離の光制御について述べている。DNAの溶液にUV光(300<λ<400nm)を照射すると、アゾベンゼンはシス体に異性化し、二重鎖は解離する。それに対し、可視光(λ>400nm)を照射することtrans体に戻り、DNA二重鎖は再形成する。この制御は可逆的であり、温度、pH、イオン強度等の要因を一切変化させずに、特定波長の光照射のみで実現している。更に、修飾DNAの光制御能の配列依存性、アゾベンゼンの導入形態およびジアステレオマーの光制御能の違いなどを詳細に検討し、光制御の最適化が行なわれている。

 第3章では、アゾベンゼンを導入したDNA二重鎖の構造を、NOESY、COSY、およびHOHAHA等のNMR測定により決定している。また、紫外可視、CDスペクトルによる分析およびコンピューターのシミュレーションを行ない、DNA二重鎖の形成と解離の光制御の機構を解明した。平面構造を持つトランス−アゾベンゼンは、DNA塩基対の間にインターカレートし、スタッキングにより二重鎖を安定化する。一方、シス−アゾベンゼンは、非平面の構造を持つので、立体障害により二重鎖を不安定化することを明らかにしている。従って、温度一定の条件下でUV光を照射すると、DNA二重鎖は解離し、再び可視光を照射で、二重鎖が再形成される。

 第4章では、3章の知見をもとに、さらに優れた光応答性DNAを設計している。1)meta-アミドアゾベンゼンをpara-アミドアゾベンゼンの代わりにDNAに導入することで、シス体アゾベンゼンの熱異性化を顕著に抑えることに成功している。2)二炭素リンカーを三炭素リンカーの代わりに使用することで、シス−トランス異性化によるTmの変化は大きくなり、より効率的な光制御を実現している。3)更に、トレオニノールリンカー(CH2(OH)CH(NH2)CH(CH3)OH)を使用することにより、熱に安定で(シス体アゾベンゼン)、しかも光制御効率の良い光応答性DNAの合成に成功している。また、2)と3)の光応答性DNAは、キラルなリンカーを用いているので、エナンチオ選択的にアゾベンゼンを導入することが可能となる。

 第5章では、antisense法による遺伝子発現の光制御を目的とし、アゾベンゼンを含む光応答性DNAとnativeのRNAを用い、RNA/DNA二重鎖の形成と解離の光制御について述べている。また、紫外可視、CDスペクトルによる分析およびコンピューターモデリングにより、その光制御の機構も明らかにしている。

 第6章では、アゾベンゼンを導入した光応答性DNAによる三重鎖の形成と解離の光制御について述べている。光制御のDuplex target配列への依存性とアゾベンゼンのDNA中の導入位置の影響などが詳細に検討されている。para-アミドアゾベンゼンを配列の中央部に導入する場合、Tmの変化(ΔTm)は30℃以上になり、効率的な光制御に成功している。また、二つのアゾベンゼンの導入により、ΔTmは50℃を越える。同様に、UV、CDおよびコンピューターシミュレーションにより、DNA三重鎖形成の光制御の機構を解析し、それぞれの光応答性DNAの光制御能の違いについても明らかにしている。

 第7章では、アゾベンゼンの代わりに、フェニルアゾナフタレンをDNAに導入し、ほぼ完全な三重鎖の形成と解離の光制御の実現について述べている。

 第8章では、本論文により得られた結論とその意義を述べ、ポリメラーゼ反応の光制御など、DNAに関する様々な生体反応の光制御への展開について述べている。

 以上の様に、本論文はDNA二重鎖あるいは三重鎖の形成と解離の光制御に成功し、審査会で高い評価を得た。特に、核酸機能の可逆的な光制御が実現できれば、遺伝子治療、遺伝子操作などの技術が特定波長の光照射のみで、自由にコントロールすることが可能となる。さらに、分子レベルで細胞中の生化学反応が簡易に制御できれば、様々な生命活動の機構をより詳細に調べるための有用なツールとなりうる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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