学位論文要旨



No 116734
著者(漢字) 橋本,将
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,マサシ
標題(和) 特異な宇宙論的インスタントンの研究
標題(洋) Study of singular Cosmological Instantons
報告番号 116734
報告番号 甲16734
学位授与日 2002.01.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4077号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 専任講師 和田,純夫
 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 助教授 筒井,泉
 東京大学 教授 江口,徹
 東京大学 教授 柳田,勉
内容要旨 要旨を表示する

 量子論的な宇宙の創生の理論では、従来、スカラー場が特別な形のポテンシャルと初期値をもっている必要があった。しかし、ホーキングHawkingとテュロックTurokは、スカラー場のポテンシャルが必ずしも極小を持たない一般的な形の場合にも、ある特別な種類の特異なインスタントン解の族が存在して、量子論的に開いた(または閉じた)宇宙がつくられうることを示した。ホーキング−テュロック・タイプのインスタントンでは、スカラー曲率とスカラー場が発散するが、それらの発散の作用への寄与は相殺されて全作用は有限に留まる。また、この特異性は緩やかで、特異点の近傍での理論の振る舞いがよいことも示せる。これらの理由から、ホーキングとテュロックはこの特異なインスタントン解を用いることは妥当であると考えた。

 一方で、ヴィレンキンVilenkinは、ホーキング−テュロック・インスタントンとは異なる境界条件をもつが同じ種類の特異性をもつインスタントン解を発見した。それらは漸近的平坦であり、平坦な時空が「無」に崩壊する過程を表すインスタントン解だと解釈された。平坦な時空は安定であると思われるので、ヴィレンキンはホーキング−テュロックの特異性をもつインスタントンを使用することは妥当ではないと主張した。我々はヴィレンキンの結果を拡張し、任意次元での漸近的平坦な特異的インスタントン解の表式を導いた。後にテュロックは、masslessスカラー粒子とアインシュタイン重力の系の漸近的平坦な特異的インスタントン(狭義のヴィレンキン・インスタントン)については、拘束条件を入れるとnegative modeが現れないことを示し、それゆえヴィレンキン・インスタントンはtunneling processを表さないのでヴィレンキンの批判は当たらないとした。

 さて、このようなアインシュタイン重力を含む系の作用は、作用がメトリックの2回微分を含むので、境界項(表面項)の不定性がある。特に、解が特異点をもつ場合には、境界条件の取り方について様々な方法が考えられる。ホーキング−テュロックの特異性をもつインスタントンの作用を求めるとき、例えば、特異点近傍をインスタントンから取り除き、そうしてできたインスタントンの境界面のギボンズ−ホーキング境界項の値を計算して、取り除いた領域のサイズをゼロにする極限をとるという方法がしばしば採用されている。しかし、上で述べたように作用には不定性があり、この方法の有効性は必ずしも明らかではない。例えば、ユークリッド化されたシュヴァルツシルト解を考えてみると、この解は特異性をもたず、また真空解であるので作用の体積項は0であり、無限遠の境界項からしか作用への寄与はない。しかし仮に、動径座標γが2MGである部分多様体近傍を取り除き、そうしてできた境界面のギボンズ−ホーキング境界項の極限値を計算してみると、その値は0にはならずに有限の値をもってしまう。この場合、問題の部分多様体が2次元の固定点の集合fixed point set(ボルトboltと呼ばれる)であるという点で特別なためにこのようなことが生じる。この場合取り除いた領域側でのギボンズ−ホーキング境界項の極限値(シュヴァルツシルト時空側での極限値とちょうど相殺する)も作用に含める必要があるのである。このことから、我々はホーキング−テュロック・タイプの特異性に対しても同じようなことが起こらないかどうか研究を行った。すなわち、取り除いた領域側のギボンズ−ホーキング境界項の値も計算し、それとインスタントン側のギボンズ−ホーキング境界項の値の和を、ホーキング−テュロックの特異性の作用への寄与と見なすことを考えた。その結果、カルーツァークライン的に重力場とスカラー場を5次元時空の重力場で記述することをホーキング−テュロックの特異性をもつインスタントンに適用すると、特異点は5次元時空における3次元の固定点(5次元時空におけるボルト)になることを一般的な議論で我々は示すことができた。また、この議論を任意次元に拡張した。そして我々は、d次元時空のホーキング−テュロックの特異点を(d+1)次元時空のボルトと見ることにより、ユークリッド化されたシュヴァルツシルト時空の場合と同じようにして、ホーキング−テュロックの特異性がもつギボンズ−ホーキング境界項の値を求めることができた。結果として、特異点を除いたインスタントンのギボンズ−ホーキング境界項を求めた場合と異なり、我々は、その値の(d−1)分の1の値を得た。この値は、ホーキング−テュロックの特異性を、メンブレーンを導入して特異的でないインスタントンの極限として表したガリガGarrigaの(4次元の)結果と一致する。一方で、テュロックたちのように、拘束条件をいれたインスタントンの極限としてホーキング−テュロックの特異性が現れるとした場合の結果とは一致しないが、このことは、拘束の入れ方によってホーキング−テュロックの特異性を持つインスタントンの性質がかなり異なることを示している。実際、カルーツァ−クライン式に高次元を用いて特異点をregularにしたインスタントン解はnegative modeを一つ持ち、テュロックたちの考えた拘束条件をいれてregularにしたインスタントン解はnegative modeをもたないことが4次元の場合に示されている。このことから、我々のインスタントンの扱い方はVilenkinのtunneling wave functionの境界条件に適し、テュロックらのインスタントンの扱い方はHartle-Hawkingのwave functionの境界条件に適している可能性がある。

 我々の得た結果の場合、面白い性質として、ホーキング−テュロック特異性をもつインスタントンも、コンパクトで特異性を持たないインスタントンと同じく、作用を(例えば4次元時空の場合)S=-const.・∫dσb(σ)という極めてシンプルな表式にまとめることができる。ここで、σは虚時間の座標であり、b(σ)はスケール・ファクターである。ギボンズ−ホーキング境界項に1/(d−1)がかからなかった場合にはこのような簡単な表式にはまとまらない。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は7章および1つの補遺からなる。

 第1章は背景説明であり、宇宙創世の文脈の中でのインスタントンの役割、および、Hawking、Turok、Vilenkinなどが考察した、特異点があるインスタントンについての議論を簡単に解説する。

 第2章は、この論文の対象であるHawking-Turokインスタントンの解説である。このインスタントンは、計量場とスカラー場があるときのO(4)不変なユークリッド解である。このモデルでは特殊なケースを除き、必然的に特異点をもってしまうのが特徴だが、各場の発散は相殺して全作用は有限になる。またVilenkinは同じような、ただし境界条件が異なる解を導いているが、論文提出者(橋本)はその任意次元への一般化をこの章で求めている。

 このようなタイプのインスタントンの特徴は、作用の計算法が一意的ではないことである。これは特異点があること、およびアインシュタイン重力の作用が二階微分を含むことから生じる。一つの計算法は、特異点を含む微少部分を取り除き、最後に取り除いた部分の体積をゼロにすることだが、取り除いたときに出る境界の効果をどう扱うかが問題になる。たとえば境界に対する通常の作用であるGibbons-Hawking作用を使うことが考えられるが、この手法では、当然ゼロになるべき寄与がゼロにならなくなってしまう例が知られている(取り除いた部分にboltと呼ばれる固定点がある場合)。取り除いた部分の作用が、体積ゼロの極限でもゼロにならない(境界項のため)からである。

 論文提出者はHawking-Turokインスタントンを、5次元時空の計量のdimensional red uctionとして見ることによってこの問題を調べることを考えた。まず、5次元で考えるとこのインスタントンの特異点が、bolt(3次元の固定点)になることが示せた。そのように見るとそこはもはや特異点ではなくなるので、作用への寄与を曖昧さなく計算することができる。つまり切り放した(4次元の)特異点の部分を(5次元の)boltとみなし、その部分の作用を5次元の境界項(Gibbons-Hawking作用)を含めて計算する。この作用は境界項のためゼロにならない(第5章)。4次元で特異点の作用への寄与を、ナイーブに境界項なしで計算したとき、体積ゼロの極限でゼロになってしまうのとの違いが特徴的である。

 論文提出者によるこの結果は、4次元で特異点を別の方法で正則化して計算したGarrigaの結果と一致しているのも興味深い。また論文提出者による計算を純粋に4次元の計算として見ると、特異点を除去したインスタントンの作用を、Gibbons-Hawking作用の3分の1を適用して計算することに対応している(第5章、第7章)。これは特異点のある状況では解答が決まる問題ではなく、正則化の方法を指定して初めて答えが求まる問題である。

 最後に第6章では、この論文でHawking-Turokインスタントンに関して求めた全作用が、特異点のないコンパクトなインスタントンの作用と同じ形をしていることも示された。

 また以上の結果は、論文提出者個人による研究の成果である。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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