学位論文要旨



No 116758
著者(漢字) 朴,成基
著者(英字)
著者(カナ) バク,ソンギ
標題(和) 電荷整列不安定性を伴う鉄酸化物における電子構造と特性
標題(洋) Electronic Structures and Properties of Iron Oxides with Charge-Ordering Instability
報告番号 116758
報告番号 甲16758
学位授与日 2002.03.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4080号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 溝川,貴司
 東京大学 助教授 廣井,善二
 東京大学 教授 末元,徹
 東京大学 講師 木村,剛
 東京大学 教授 樽茶,清悟
内容要旨 要旨を表示する

 本論文では、強い電子間相互作用を持つ3d遷移金属酸化物の電子物性研究のため、ペロブスカイト型鉄(Fe)酸化物を研究対象とし、粒界散乱の問題を避けるために、FZ法により良質な試料を作成し、その電子物性を研究した。特に電子物性の系統的な研究のために、種々の電子論的パラメーター(バンドフィリング、1電子バンド幅など)を精密に変化させた一連の結晶試料を作成し、諭送現象、磁性、分光実験を行った。以下にその結果を示す。

 図1にペロブスカイト型LaFeO3にSrを置換(バンドフィリング)させたLa1-xSrxFeO3(x=0−0.9)における電気抵抗率と磁性の実験結果を示した。抵抗率の温度依存性からx〜2/3で抵抗率の大きな異常(〜198K)が現れ、この抵抗率の異常は温度ヒステリシス(〜3K)を持つことから一次構造相転移であることを示している。また抵抗率の異常と同時に磁気相転移も起こしている(△は磁気相転移点TNを示す)。この構造相転移について、従来の研究で電荷分裂(Fe4+→Fe3++Fe5+)及び、分裂したFe3+とFe5+イオンがペロブスカイト構造のz方向([111]方向)に3倍周期(…Fe3+Fe3+Fe5+…)で配列する電荷整列相転移である事が予想されていた。我々の電子線回折実験でも電荷整列よると思われる超格子ピークが点移転以下で確認され、この系での電荷整列相転移現象の存在を明らかにした。これらの結果から我々は、この系において電子論的物性パラメータを導入することによって電荷整列相転移を詳しく調べることにした。

 La1-xSrxFeO3(x=2/3)系において、Laとイオン半径が異なる希土類イオン(R)に変化させたR1/3Sr2/3FeO3(R=La, Pr, Nd, Sm, Gd)系では、R-サイトをイオン半径が大きいLaからイオン半径が小さいGdまで変化させることによって一電子バンド幅(W)の制御が可能となり、これに伴う電子構造の変化及び電荷整列相転移の振舞いを調べた。図2にはR1/3Sr2/3FeO3(R=La, Pr, Nd, Sm, Gd)系における電気抵抗率の温度依存性を示した。R−サイトをLa→Gdに変えることによって格子歪の増加に伴うWの低下により抵抗率は系統的に増加する。そして電荷整列相転移による抵抗率の異常(TCO)は低温側に移り、しかも弱くなって行く(R=Sm, Gdでは抵抗率の異常は見られない)。また、R=La-Nd系での電荷整列現象はスピン整列と同時(TCO=TN)に起こり、TNと共に低下する。このことはR-サイトをイオン半径が大きいLaからイオン半径が小さいGdまで変化させると格子(全試料はRhombohedral structure)の歪み(∠Fe-O-Fe)は大きくなり、それにつれてO2p軌道どFe3d軌道との混成の低下、またはWが狭くなる。このWの減少は隣り合う軌道間に働く超交互相好作用(JAF)を弱め、磁気転移点(TN)を低温側に移動させると考えられる。もっとWを狭くさせたR=Sm、Gdの場合、抵抗率の異常が現れないことから電荷整列は消失してしまうと思われる。これはWの減少によるJAFの減少が電荷整列を起り難くすると考えられる。次に我々は格子歪の導入及びWの制御に伴う電荷整列現象の振舞いを光学スペクトルで調べ、電荷整列相転移に起因する電荷ギャップ(△)の生成と活性化されたフォノンモードを確認した。図3に示したのはR=Pr-Gdにおける低エネルギー側での光学伝導度スペクトル(赤外活性フォノンモードによる応答)の温度依存性である。これらのスペクトルには室温で3本の光学フォノンによるピーク構造が存在し、各々0.02eV付近のexternal mode、0.003eV付近のbending mode、そして0.073eV付近のstretching modeによる応答である。全試料はcubic-perovskite構造から少し歪んだrhombohedral-perovskite構造を持ち、また歪みの程度は少ないため室温ではフォノンモードの分裂は見られずほぼcubic-perovskite構造と同様なスペクトルを示している。温度を下げて行くと、R=Pr-Ndの場合、TCO以下でbending modeとstretching modeにおいて急激なスペクトルの移動及び分裂が現れる。即ち、電荷整列相ではp-d混成及び結晶場によりエネルギー的に得するようなFeO6八面体のbreathing型歪みが起こったと考えられる。特に▲で示した0.083eV付近のAピークピークはTCO以下で振動子強度の急激な発達が見られる(しかし、R=Sm、Gdでは変化がほとんど見えない)。このようなはstretching modeの移動及び分裂は周期的charge modulationまたは格子歪み(rhombohedral構造のz方向)によるFe-O stretching modeのバンド分散におけるブリルアンゾーンの折り返しが起こったと考えられる。また、このAピークにおける振動子強度の変化は電荷変造によるFe-O結合の歪みの大きさを反映していると考えられる。このことから我々はこのAピークにおいてDrudeとLorentz curve fittingにより振動子強度(SA)を求め、図4に示した。このSAの値はR=La-Ndの場合TCO付近で急激に増大し、約130K以下ではほぼ飽和している。このようなTCOでのSAの急激な増大は電荷整列相転移が一次構造相転移であることを示唆している。また注目すべきことは最低温(10K)でのSA値がイオン半径の減少により系統的に減少して行くことであり、このことは電荷整列相転移のorder parameterの低下を意味していると考えられる。一方、R=Sm、GdではSAの温度依存性がほぼ見られず、これらの系においては電荷整列相が存在しないことを示唆している。

 以上、ペロブスカイト型Fe酸化物における電子論的物性パラメータ(及び一電子バンド幅)制御による物性変化を調べた結果、バンドフィリング制御系La1-xSrxFeO3(x=0-0.9)ではx=2/3付近で電荷整列による抵抗率の異常(一次構造相転移)が現れる。また電荷整列相転移は磁気相転移と同時(TCO=TN)に起こっていることがわかった。x=2/3における電荷整列相転移において一電子バンド幅を制御したR1/3Sr2/3FeO3(R=La, Pr, Nd, Sm, Gd)系ではイオン半径の減少に伴い格子歪み(∠Fe-O-Fe)が大きくなり、それに伴うO2p軌道どFe3d軌道との混成の低下、またはWが狭くなる。このWの減少は隣り合う軌道間に働く超交互相好作用(JAF)を弱め、磁気転移点(TN)を低温側に移動させると考えられる。しかし、バンド幅の増加が電荷整列相に得することは考えにくいが、もし電荷整列相での5+という普段考えにくい高い価数を持つFeイオンの存在を考慮すると、S=2/3の高い価電子状態はブリージングモードの凍結のような構造転移のみならず強いp-d混成が与えたp-hole性質を持つFe5+サイトを安定化させることも考えられる。従って格子歪みの増加によるp-d混成及びバンド幅の減少は電荷整列相を不安定化させ、TCOの低温側への移動及び消滅を示していると思われる。

Fig.1:Temperature dependence of resistivity ρ for La1-xSrxFeO3(x=0.1−0.9).

Open triangles indicate TN. The x=0.1(640K) and 0.2(534K) samples show higher TN than 500K.

Fig.2:temperature dependence of resistivity for R1/3Sr2/3FeO3 system in a cooling process.

Open triangles indicate the critical temperature (TN) for the antiferromagnetic phase transition. The TN for R=La, Pr, and Nd coincides with the transition temperature (TCO) for the charge ordering.

Fig.3:Temperature dependence of the optical conductivity spectra in the optical phonon region below 0.1 eV for the R1/3Sr2/3FeO3(R=Pr-Gd) system.

Filled triangles indicate the new optical phonon mode (referred to as the A peak) of the Fe-O stretching which is utilized for estimate of the CO-induced lattice deformation.

Fig.4:Temperature dependence of the oscillator strength (SA) of the activated A peak (see the Fig. 3) for the R1/3Sr2/3FeO3(R=La-Gd) system.

Dashed lines are merely the guides to the eyes.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、ペロブスカイト型鉄酸化物R1-xSrxFeO3(R=La, Pr, Nd, Sm, Gd)、およびマグネタイトFe3O4の単結晶試料をフローティングゾーン(FZ)法によって作成し、その電子物性を系統的に研究している。特に、良質の単結晶試料を用いることによってより精密な光学スペクトルの測定が可能となり、La1/3Sr2/3FeO3での電荷整列に伴う電子状態の変化を光学測定よって明らかにしている。さらに、バンドフィリングおよび1電子バンド幅というパラメーターを制御することによって、電荷整列の転移温度がこれらのパラメーターにどのように依存するのかを調べている。

 第1章で当研究の背景を説明した後、第2章では、FZ法による単結晶育成、光学測定および電子線回折測定の原理と方法が簡潔に記述されている。第3章では、La1-xSrxFeO3のバンドフィリングを変化させた場合の電子物性の変化を、電気抵抗等の測定によって調べている。良質の単結晶を用いることによって、La1/3Sr2/3FeO3では磁気相転移および電荷整列が同じ温度で生じることを示し、電荷整列によって電気抵抗が急激に変化してヒステリシスを示す様子を観測している。

 第4章では、La1/3Sr2/3FeO3の電荷整列による電子状態変化を、光学スペクトルの測定と解析によって詳細に調べている。特に、電荷整列温度以下で光学フォノンによる新しい構造が光学スペクトルに出現することを見出し、この構造の出現は電荷整列による(111)軸方向の3倍周期出現に由来すると考察している。さらに、この構造の強度は電荷整列温度で急激に増加し、電荷整列転移が1次転移的であることを示している。一方、光学ギャップは電荷整列温度以下で序々に増加し、2次転移的な挙動を示す。これらの観測結果に基づき、光学ギャップは転移温度以下でも序々に成長する磁気秩序によって与えられると推論している。つまり、電荷整列に伴う格子変化は1次転移的であるが、磁気秩序およびバンドギャップの発達は2次転移的挙動を示す。

 第5章では、R1/2Sr2/3FeO3においてRイオンを変えることによって、バンド幅を変化させた場合の電子物性が系統的に調べられている。Rイオンのイオン半径が小さくなるにつれてrhombohedralの歪みが大きくなり、磁気相転移点および電荷整列温度が低温側に移動することを示した。これは、rhombohedralの歪みによってバンド幅が減少すると、酸素2p軌道とFe3d軌道との混成が小さくなり、その結果として電荷整列が抑えられることを示唆している。酸素2p軌道とFe3d軌道との混成が小さくなれば、酸素2p軌道を介した磁気的な相互作用は減少する。つまり、R1/2Sr2/3FeO3の電荷整列においては、電子・格子相互作用だけでなく、電子間クーロン相互作用に由来する磁気的相互作用が重要であることを当研究は示しており、当研究は電荷・格子・スピンの協力現象の一例として重要な研究である。

 本研究は、論文提出者が主体となって単結晶試料の作成、電気抵抗、帯磁率の測定、光学スペクトルの測定および解析、電子線回折測定を行ったものであり、論文提出者の寄与は十分である。

 本論文は、ペロブスカイト型鉄酸化物の電荷整列とそれに伴う電子状態の変化を明らかにしており、遷移金属酸化物に広く見られる電荷整列現象の理解に重要な貢献をしており、論文提出者に博士(理学)の学位を授与できることを認める。

UTokyo Repositoryリンク