学位論文要旨



No 116825
著者(漢字) 永尾,敬一
著者(英字)
著者(カナ) ナガオ,ケイイチ
標題(和) 格子ゲージ理論におけるボルテックスフェルミオン
標題(洋) Vortex fermion on the lattice
報告番号 116825
報告番号 甲16825
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第383号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤川,和男
 東京大学 助教授 加藤,晃史
 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 講師 和田,純夫
 東京大学 助教授 加藤,光裕
内容要旨 要旨を表示する

 格子ゲージ理論はゲージ不変性を持ち、非摂動論的に定義された理論なので、カイラルゲージ理論を構成することができれば、ゲージ理論のダイナミクスを調べる上で、有力である。しかし、fermionの格子化は、以前から難問であった。カイラル不変性を保ちながらfermionを格子上で定式化を行うと、doubling speciesが現れるからである。このことはNielsen-Ninomiyaの定理により証明されている。ところが最近これを解決し得ると思われる方法が提唱され大きく発展した。その鍵は、4+x次元のscalar backgroundとして導入されたmass defectを持つ理論において、chiral fermionのzero modeが4次元の低エネルギー有効理論として得られるというメカニズムである。Kaplanは、x=1の場合、domain wall fermionを格子上で構成することに成功した。Neubergerは、そのvector-likeなmodelから余分のmassive modeを差し引くことで、Ginsparg-Wilson関係式を満たすoverlap Dirac operatorを得た。Luscherはこれを使ってカイラル対称性とindex定理を格子上で定義し、さらに、abelianの場合にchiral gauge theoryを有限体積格子で構成することに成功した。

 以上の状況下で、本論文では、x=2の場合、vortex fermionを格子上で構成する。これは、domain wall fermionの高次元への拡張である。

 第一の動機は、5次元のdomain wall fermionを6次元のvortex fermionに拡張すること自体が興味深いということである。domain wall fermionの最も重要な性質は、vector-likeなmodelからmassive modeを差し引いて得られるoverlap Dirac operatorがG-W relationを満たすことであるが、なぜ余次元とくりこみ群という2つの違ったideaを起源とする両者が結び付くのかということは、まだよくわかっていない。このことを解明するためにも、6次元のvector-like vortex fermionからそれに対応するDirac operatorを導き、G-W relationを満たしているかどうかを確かめることは重要である。さらに、もしそうであれば、我々は格子上でのchiral fermionの別の定式化方法を得たことになる。本論文では、chiralな定式化しか行わないが、以上の仕事を進める上での第一歩になるものである。

 第二の動機としては、4次元でのgauge anomalyは6次元の物理と密接に関係しており、4、5、6の各次元におけるある特徴的な量がdescent equationで関連しているという事実がある。よって、gauge anomalyの各次元全体の構造を理解するためには、6次元のmodelは5次元のものと同程度に重要である。さらに、Luscherはnon-abelianのchiral gauge theoryを4次元のG-W fermionを使って議論した際、2次元の連続parameterを導入し、4+2次元のgauge空間を内挿することを考えた。Kikukawaは同じことを5次元のdomain wall fermionを使って5+1次元において行い、1次元が連続parameterであった。私は、同じことを6次元のvortex fermionに拡張し、全てのparameterを離散的にして調べることを提唱する。

 以上の動機のもとで、4+2次元から4次元に落とすことで、vortex fermionを格子上で構成する。その際、通常のsquare(cubic)格子は、離散的並進対称性を持っているが回転対称性を持っていないため、余分の2次元空間において回転対称性が重要な役割を果たしているvortex fermionには適していない。そこで、極座標を格子化することで、図0.1のように離散的回転対称性をもった格子正則化、"蜘の巣"格子を新たに構成し、提唱する。これは本論文の特色の一つである。余分の2次元空間においては"蜘の巣"格子、4次元空間においては通常のsquare格子を利用する。"蜘の巣"格子が、本論文で議論するvortex model以外にも、回転対称性が重要な役割を果たしているような様々なmodelに広く一般に適用されることを期待する。

 さて、vortex fermionのactionを"蜘の巣"格子上で記述したものは任意の値を取れる自由なparameterを含んでいる。zero mode解を出すためにはこのparameterをうまく調節しなければならない。我々は、一つのconstraintを適用し、このphase ambiguityを消去した。そして、naiveに格子化すると、doubling speciesが現れるのだが、その数はdomain wall fermionの約半分であることがわかった。これを消去するためにWilson termを使うのだが、definite chiralityを取り出すのに重要なeiTφfactorを保つように新たに拡張する。これを用いて、stringに局在したnormalizableなzero mode解が現れることを、便宜的に2つのmodelで示した。さらに、連続理論において存在する、stringから離れたところに局在する角運動量を持ったzero mode解は、格子上では存在しないということも明らかにした。このことは、上で導入したconstraintがうまく機能していることを示している。なお、別のparameter fixingを行った場合についてもappendixで議論した。また、我々のmodelはたくさんのmassive modeも含んでいるわけだが、これらを差し引いて4次元の低エネルギー有効理論を得るための処方と、vector-likeなvortex fermion modelを構成した時のG-W relationとの関係も考察した。最後に、vortex fermionを使ったnon-abelianのchiral gauge theoryの構成についても議論した。

図0.1:新しい格子正則化、"蜘の巣"格子の図

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5つの章からなっており、まず第一章では簡単な導入が与えられている。

 第2章では、4次元Euclid空間を格子化した理論を考察し、この格子上で素朴に定義したDirac方程式は種の倍増(species doubling)という現象を示すことを説明している。すなわち、4次元空間の各座標軸方向に2個のフェルミ粒子が現れ、1個のフェルミ粒子を記述するように定義された理論が結果として16個のフェルミ粒子を記述するという現象である。K.G.Wilsonはこの問題を解決するために、Wilson項と呼ばれる余分な項をDirac方程式に加えた。この項は余分なフェルミ粒子を除去するが、同時に質量0のフェルミ粒子が持つ基本的な対称性であるカイラル対称性を壊すことになる。この現象は格子理論では避けることができないと考えられてきた。

 第3章では、D.KaplanによるDomain wallフェルミ粒子と呼ばれるカイラルなフェルミ粒子の構成法の詳細が議論されている。すなわち、5次元の時空間を考えフェルミ粒子の質量項が5次元方向にステップ関数的な形(kink解)をしているときには、その場所に4次元空間から見たときには質量0のカイラルなフェルミ粒子が現れるという現象である。この構成法では一般に多くの非常に大きな質量を持つフェルミ粒子が付随して現れるが、これらの余分な重い粒子を取り除いたのが、最近話題になったoverlapフェルミ粒子と呼ばれる構成法である。こうして構成されたoverlapフェルミ粒子に対しては、連続理論で知られていた指数定理が証明され、カイラル量子異常およびそれに関連した位相的な性質が格子理論でも実現される。またカイラルなゲージ場と相互作用する理論も考察され、摂動展開の範囲内では全てを有限に正則化した理論が定義できることが知られている。しかし、非アーベル的なカイラルなゲージ理論の摂動理論を越えた取り扱いはまだ与えられていない。このような非アーベル的な理論の摂動を超えた扱いは、一般には連続的な2次元を4次元の格子空間に加えた仮想的な6次元空間の理論の考察に基づいて議論されている。

 本論分の中心をなす第4章では、overlapフェルミ粒子の6次元的な扱いを直接6次元の格子化した理論で取り扱うことを提案し、その具体的な構成を議論している。まず格子化された6次元空間の2次元部分を「くもの巣」型の格子で定義することを提案した。このくもの巣型の格子は回転対称性を持っており、この回転対称性を用いて、原点の回りにボルテックス解を定義した。(これは5次元の場合のkink解の一般化である。)このボルテックス解に結合したフェルミ粒子で角運動量に対応するパラメターkを0においた解は、4次元空間から見た場合には質量が0のカイラルなフェルミ粒子を定義する。また余分な種の倍増に対応するフェルミ粒子の成分はWilson項を一般化した処方で除去できることが示された。このように6次元の格子上でボルテックス解に結合した質量0のカイラルなフェルミ粒子の定義は本論文で初めて与えられたものである。また6次元の連続理論にかえって考えるとき、これまで知られていなかったパラメターk≠0の質量0のフェルミ粒子解の存在を本論分提出者が始めて指摘し、同時にくもの巣型の格子ではこれらの質量0のフェルミ粒子解が現れないことを示し、その基本的なメカニズムも説明した。

 最後の章では、この新しい質量0のカイラルなフェルミ粒子が具体的に4次元空間でのカイラル量子異常を正しく出すか否かのチェック等の今後に残された課題を議論している。このように本論文ではこれまでに知られていなかった興味ある物理的な結果が与えられている。

 したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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