学位論文要旨



No 116901
著者(漢字) 水谷,宏光
著者(英字)
著者(カナ) ミズタニ,ヒロミツ
標題(和) グリッドに一致しない不連続面のある媒質における効率の良い高精度理論波形計算手法の開発
標題(洋) Accurate and efficient methods for calculating synthetic seismograms when elastic discontinuities do not coincide with the numerical grid
報告番号 116901
報告番号 甲16901
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4164号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 纐纈,一起
 東京大学 教授 小柳,義夫
 東京大学 教授 川勝,均
 東京大学 教授 ゲラー,ロバート
 東京大学 助教授 古村,孝志
内容要旨 要旨を表示する

 本研究の目的は、任意不均質構造(不連続面を含む)をもつ媒質に対する高精度かつ効率的な理論波形計算手法の導出である。これまでに不連続面がグリッドに一致する場合においては、高精度の離散化手法が導出されている(Geller and Takeuchi, 1998, GJI, Takeuchi and Geller, 2000, PEPI)。しかし、地球内部の不連続面(例えば沈み込むスラブ形状や410km, 660km不連続面、CMBなど)は一定間隔のグリッドとは必ずしも一致しないため、これまで導出されてきた高精度離散化手法では十分な精度を得ることができない。そこで本研究では、Geller and Takeuchi(1995)の高精度演算子の満たすべき条件を出発点とし、不連続面がグリッドと一致しない場合(Figure 1)においても高精度な理論波形を計算するための演算子の導出を行った。

 Geller and Takeuchi(1995)によれば、高精度理論波形計算手法の演算子が満たすべき条件は以下のように書ける。

 ここで、ωmはm番目の自由振動モードの固有周波数、δTmm、δHmmはそれぞれ、Mass matrix, Stiffness matrixの離散化誤差を固有モード基底で評価したものである。本研究では、グリッド間に不連続面のある要素に対して、式(1)をO(Δx2)の精度まで満たすように演算子T, Hを導出した。グリッド間に不連続面のある場合、変位の1階微分などは不連続であるため、通常のTaylor展開を使った演算子の導出は出来ない。そのため、不連続面における境界条件(変位連続、トラクション連続、運動方程式)を満たすような特殊なTaylor展開を用いる必要がある。

 このようにして導出された不連続を含む要素における演算子と、それ以外の領域では既存の最適な演算子をオーバーラップさせることで、グリッド間に不連続面がある場合にもO(Δx2)の最適な精度を得ることができる(Figure 2)。

 本研究による導出法を用いて、2次元SH問題における演算子を導出し、その精度を確認した(Figure 3)。この導出法は極めて系統的であり、2次元P-SV問題や3次元系への拡張もstraightforwardである。

参考文献

 Geller, R. J., Takeuchi, N., 1995. A new method for computing highly accurate DSM synthetic seismograms, GJI, 123, 449-470.

 Geller, R. J., Takeuchi, N., 1998. Optimally accurate time domain second-order finite difference scheme for the elastic equation of motion : 1-D case, GJI, 135, 48-62.

 Takeuchi, N., Geller, R. J., 2000. Optimaly accurate second order time-domain finite difference scheme for computing synthetic seisomograms in 2-D and 3-D media, PEPI, 119, 99-131.

Figure 1.1次元計算例に用いたグリッドに一致しない密度・弾性定数構造の不連続がある媒質。

Figure 2.1次元問題の場合における計算手法の精度の比較。

横軸はグリッド数、縦軸は数値解の精度。(a)不連続面がグリッドに一致している場合は既存のoptimally accurateな計算手法が、広く用いられているconventionalな手法に比べ精度が良い。どちらもO(Δx2)の精度を持っている。(b)不連続面がグリッドに一致しない場合、既存のoptimally accurateな計算手法を用いると、O(Δx)の誤差が卓越してしまう。本研究で導出した演算子と、既存のoptimally accurateな計算手法を組み合わせることにより、最適なO(Δx2)の数値解を得ることができる。

Figure 3.2次元SH問題の計算例。

(左)本研究の手法により計算した波動場のスナップショット。白実線がグリッドに一致していない不連続面を表している。上層の地震波速度は速く、下層が遅い。(右)AA'のラインに沿ったprofile。上2つのトレースはそれぞれ、従来の手法で計算した波形とreference solutionからの残差。Reference solutionは非常に小さいグリッド幅で計算された結果を用いた。中2つのトレースは本研究による手法で計算した波形とその残差。数値分散に起因する振動が押えられているのがわかる。下のトレースはreference solution。

審査要旨 要旨を表示する

 不連続面を含む複雑な地球内部構造において、高精度かつ効率的に理論地震波形を計算することは、地震学のみならず地震探査結果を用いる固体地球科学全般にとって重要なことである。現実的な地球内部構造をモデル化するには、構造全体を離散化する差分法・有限要素法など領域法的手法を取らざるを得ない。こうした離散化手法における高精度計算に関してはこれまでも研究例があるが、地球内部構造で特に重要なマントル不連続面、核−マントル境界など不連続面を考慮した高精度計算手法は地震波理論における課題のひとつとなっていた。本研究はこの課題に取り組み、不連続・不均質地球における新しい地震波形計算手法の開発を行ったものである。

 本論文は「Accurate and efficient methods for calculating synthetic seismograms when elastic discontinuities do not coincide with the numerical grid(グリッドに一致しない不連続面のある媒質における効率の良い高精度理論波形計算手法の開発)」と題し、全5章で以下のように構成されている。

 第1章では地震波形計算の理論や計算手法を概観し、既存の手法の弱点、特に離散化スキームにおける問題点を指摘している。こうした問題点に関しては、固有値解析の立場から離散化誤差を最小にする演算子の研究が進められてきたが、媒質中に不連続面が含まれている場合の離散化誤差や離散化演算子の研究はこれまで行われることがなかった。このような現状を踏まえ、離散化グリッドに一致しない不連続面を持った媒質において、効率的でかつ高精度の理論波形計算手法を開発するという、本論文の目的と方向性が示されている。

 その後まず第2章では、本論文の理論的背景となる、固有値解析に基づいた離散化誤差の評価について、重み付き残差法およびTaylor展開(一種の有限要素法)を前提とした説明がなされている。また、この誤差評価に基づき、不連続面を含まない媒質において最適な離散化演算子を導出する研究についてレビューを行い、その中では離散化領域の端部の問題や、高次の離散化についての議論も行われている。

 続いて第3章では、第2章で述べられた理論的背景に基づき、媒質内部の不連続面付近における最適な離散化演算子が定式化された。不連続面が離散化グリッドの格子点に一致しないで存在する場合、不連続面を含むグリッドセルでは導関数に不連続が生じ、第2章で用いられたTaylor展開が成り立たなくなる。そこで本論文では不連続面における境界条件を満足するようなTaylor展開、特に変位やトラクションの連続だけでなく、運動方程式から導かれる第三の境界条件をも満足するようなTaylor展開を新たに定義した。このTaylor展開を重み付き残差法による固有関数展開に適用して、まず一次元問題における離散化演算子が導出され、引き続いて二次元SH問題の離散化演算子への拡張が論述されている。さらには、二次元P-SV問題や三次元問題における離散化演算子への拡張について、導出の概略が示された。

 提案された離散化演算子は、連続媒質の最適演算子とオーバーラップさせながら組み合わせることにより、不連続面を含んだ媒質の理論地震波形計算に用いることができる。この手法は第4章においていくつの媒質モデルに適用され、その性能が検証された。まず一次元問題に適用され、この場合、解析解が得られるので、数値解をこの解析解と比較することにより性能が評価された。その結果、本論文の手法による数値解は、不連続面を気にせず連続媒質の最適演算子を適用した場合に比べ、離散化間隔が短くなるに従い、オーダーを越える精度が得られることが示された。また、斜めの不連続面や山谷のある不連続面を持った二次元SH問題にも適用して、非常に細かいグリッドで計算された従来の演算子での結果と比較し、本論文の手法が高い精度を実現していることを確認した。

 最後に第5章では今後の課題が議論され、不規則な自由表面への適用や、速度勾配のある媒質への適用、あるいは不均質グリッドでの定式化などが検討されている。

 以上のように本論文は、不連続面を含む複雑な地球内部構造において、高精度の地震波形を効率的に計算するのに不可欠な数値計算理論、およびそれに基づく計算手法を求め、それらを適用した計算例からその妥当性を検証した。また、より現実的な地球内部構造への拡張の方向性も示し、地球惑星科学にもたらす意義は大きい。

 なお、本論文第3、4章はゲラー・ロバード氏および竹内希氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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