学位論文要旨



No 116915
著者(漢字) 花輪,雅史
著者(英字)
著者(カナ) ハナワ,マサフミ
標題(和) パイロクロア型遷移金属酸化物における金属絶縁体転移および超伝導
標題(洋) Metal-Insulator Transition and Superconductivity in Pyrochlore-Type Transition Metal Oxides
報告番号 116915
報告番号 甲16915
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4178号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上田,寛
 東京大学 教授 太田,俊明
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 斉木,幸一朗
 東京大学 助教授 田島,裕之
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】近年、物性物理において遷移金属酸化物中の遍歴性・局在性電子の性質が注目され研究がなされてきた。その結果、高温超伝導・金属絶縁体転移・巨大磁気抵抗・電荷/軌道/スピン整列などのさまざまな興味深い物性が発見されている。これらの研究のほとんどは銅・マンガンを含むペロブスカイト型化合物によってなされており、また酸化物の超伝導体は基本構造がスピネル・ペロブスカイト・岩塩型の化合物においてのみ報告されていた。

 遷移金属酸化物においてパイロクロア型酸化物はスピネル・ペロブスカイトと並ぶ大きな化合物群を形成する。一般的な組成式はA2B2O7で結晶構造はFig.1のようになっており、AサイトおよびBサイトはFig.2のような頂点を共有した正四面体型ネットワークを形作る。このような正三角形を基本とするネットワークを形成した磁性金属が反強磁性的相互作用を持つ場合Fig.3のように単純な基底状態が考えられない幾何学的なスピンフラストレーションを生じる、そのため電子相関や量子揺らぎの効果が本質的役割を担うと考えられる固体物性の新しい舞台として期待されている。

 パイロクロア型酸化物におけるこれまでの物性物理の研究は、前述したような理由からスピン間の相互作用に着目したスピングラス・スピンアイスといったものが主であった。本研究ではいままでにあまり研究例のないパイロクロア型酸化物の伝導性に着目し、物質探索をおこなった。

【Cd2Os2O7における金属絶縁体転移】Cd2Os2O7はBサイトがOs5+(5d3)の状態で、5dのt2g軌道がちょうど半分占有された電子構造を持ったパイロクロア型酸化物である。同化合物はこれまでの研究で理想的なパイロクロア型の結晶構造を持っていること、TMI=226Kで構造変化を伴わない金属絶縁体(Metal-Insulator)転移をおこすことが知られていた。これまでに無機固体化合物で報告のあるMI転移はすべて構造変化を伴っており、その起源が構造的なものか電子相関によるものかのをはっきり論じることができなかった。したがってCd2Os2O7におけるMI転移は純粋な電子相関のみによるものとして注目され、その機構についてはこれまでバンド幅の変化によるMott-Hubbard型・伝導バンドのnestingによるSlater型の転移などが提案されている。本研究ではCd2Os2O7におけるMI転移機構の詳細を明らかにするためにCd2Os2O7およびその置換体の合成・物性測定を行った。

 Cd2Os2O7はCdO/OsO2を等mol比で混合し、真空封入した石英管中800℃で72時間焼成することによって粉末試料として得られる。得られた試料を用いて、電気抵抗率・磁化率・比熱の測定を行った。Fig.4に測定結果を示す。Cd2Os2O7はT>TMIで非常に良い金属的伝導を示す。またその磁化率はCurie-Weiss則に良く一致しWeiss constant θが約-500となり、非常に強い反強磁性的相互作用が示唆される。これらの性質はパイロクロア型酸化物としては珍しい。T<TMIでは抵抗率が急激に増大しているが、150K程度で飽和し、完全な絶縁体にはなっていないと考えられる。磁化率はTMIより低温側で反強磁性的秩序を示唆する振る舞いを見せるが、その際磁場中冷却(FC)とゼロ磁場冷却(ZFC)に差が見られ、秩序化がおきているとしてもスピンは完全に反平行になっていないと思われる。比熱の測定結果はTMIにおいて二次的な相転移に関連するλ型のピークが測定された。また低温粉末X線回折によってもとめたCd2Os2O7の格子定数の温度変化をFig.5(白丸)に示す。やはりTMI付近に異常は見られず構造変化は無いと考えられる。

 次に転移の詳細を明らかにするためにOsの電子数を変化させた置換固溶体による実験を行った。対象とする系はCdサイトへのY置換によりOsの電子数を5d3→5d2と変化させる。なおY2Os2O7の伝導性については、室温で金属的であるという報告がなされている。合成は原料のCdOを必要量だけY2O3にすることでおこない、格子定数(Fig.6 inset)から完全固溶していることを確認した。帯磁率の測定結果(Fig.6)からY量が増えるとTMI以下の温度領域での反強磁性的振る舞いはY量x=0.5程度で消え、全体的に常時性的になる。電気抵抗率(Fig.7)はやはりx=0.5まで転移にかかわる抵抗率の折れ曲がりが見られるが、変化率はx=0.0と比べ非常に小さい。以上から転移の痕跡はx=0.5まで残存しているが、x=0.1程度からMI転移は急激に抑制されているといえる。比熱の測定結果(Fig.8)もx=0.1でTMIに見られたλ型のピークが消失し、同様の結論を与える。また、低温比熱から求めた電子比熱係数(Sommerfeld coefficient)γはY量に関して単調増加して金属的傾向が増しており、銅酸化物高温超伝導体関連物質でのMott-Hubbard型MI転移とはまったく逆の傾向を示している。

【Cd2Re2O7における超伝導および構造相転移】Cd2Re2O7はBサイトがRe5+(5d4)の状態でCd2Os2O7と比べるとBサイトの電子が一つ多い化合物である。同化合物に関するこれまでの報告は室温での構造が理想的なパイロクロア型であること、4K以上の電気伝導度がパイロクロア型化合物には珍しい非常に良い金属であることなどがある。そこで単結晶を合成しさらに詳細な物性を測定した。

 Cd2Re2O7単結晶は真空封入石英管中800℃・72時間の条件、反応式2CdO+5/3ReO3+1/3Re→Cd2Re2O7で生成する。Fig.9に単結晶を用いて測定した帯磁率・抵抗率・比熱の結果を示す。低温の約1Kで電気抵抗においてゼロ抵抗転移(Fig.10)がみられ、パイロクロア型酸化物で初めての超伝導体であることがわかった。この超伝導についてさらに磁場中比熱(Fig.11)を測定し、超伝導パラメーター(Table 1)を決定した。Tcが低いので比熱が低温側に向かってどのように減少していくか考えるにはデータが不足しているが、超伝導転移におけるエントロピーバランスを考慮するとBCS理論で説明されるs波の超伝導であると考えられる。高温側の物性の挙動についてはTs=200Kにすべて何らかの異常が認められる。帯磁率はTs以上で320Kを頂点とした緩い弧を描き、Ts以下では急激に減少し最低温で65%程度まで値が減少する。電気抵抗もTs以上ではほとんど温度依存性が無く金属性はあまり良くないがTs以下で急激に減少し良い金属になる。これらのデータからTs=200Kにおいて何らかの転移があると思われるが、比熱からは二次転移を示唆するλ型ピークが観測される。またFig.5に示されているとおり格子定数の温度依存性においてもTsで異常が見られている。この結果からTsにおいて何らかの構造変化がおきていると考えられるので、さらに単結晶を用いて測定をおこなったところ室温での構造の空間群Fd3mの消滅則に反する反射が観測された。この結果から考えうる低温側の空間群はF43mであり、その場合ReがつくるBサイトのネットワークはFig.13のように正四面体が一つおきに伸び縮みしたようになる。

Fig.1 パイロクロア型酸化物の構造

Fig.2 パイロクロア型酸化物における金属原子ネットワーク

Fig.3 三つの原子にスピンを反強磁性的に矛盾なく配置できない(幾何学的フラストレーション)

Fig.4 Cd2Os2O7の帯磁率(左軸)・抵抗率(右軸)・比熱(inset)

Fig.5 Cd2Os2O7およびCd2Re2O7の格子定数(立方晶)の温度変化

Fig.6 (Cd1-xYx)2Os2O7の帯磁率および格子定数(inset)

Fig.7 (Cd1-xYx)2Os2O7の電気抵抗率

Fig.8 (Cd1-xYx)2Os2O7の比熱および低温比熱から求めたγ

Fig.9 Cd2Re2O7の帯磁率(右軸)・抵抗率(左軸)・200K近傍の比熱(inset)

Fig.10 Cd2Re2O7のゼロ抵抗転移

Fig.11 Cd2Re2O7のTc付近での比熱の磁場依存性

Fig.12 空間群Fd3mの消滅則に反する反射の強度(Cd2Re2O7)

Fig.13 Cd2Re2O7低温構造のBサイトネットワークのモデル

Table 1 Cd2Re2O7の超伝導パラメーター

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5d遷移金属であるレニウム及びオスミウムを含む電気伝導性パイロクロア酸化物の合成を行い、その構造、物性を調べたものである。前者のCd2Re2O7においては、パイロクロア型酸化物、また、レニウム酸化物として初めての超伝導転移(転移温度1K)を発見し、その超伝導特性、特異な構造と物性の相関を報告している。後者のCd2Os2O7では、古くから知られていた金属絶縁体転移(転移温度230K)を確認し、その機構を調べるために各種の元素置換を試み、それによる物性の変化を詳細に調べている。パイロクロア型酸化物は、最近の遷移金属酸化物に関する研究の中で、特にその格子の高い対称性から新規な物性が期待されている系であり、本論文の結果は重要な意味を持つと考えられる。

 本論文は全5章からなる。第1章では、最近の遷移金属酸化物研究の流れを概観し、特に強相関電子系としての重要性が記されている。その中でパイロクロア型酸化物の特徴を整理し、特にその格子が磁気的フラストレーションを有することに着目している。また、金属絶縁体転移や超伝導の物理について概説している。

 第2章では、本研究で用いられた各種の実験手法について述べられている。

 第3章では、Cd2Re2O7における超伝導と構造相転移について述べられている。試料は封管法によって作った単結晶を用い、ヘリウム3冷凍機を使用して最低温度0.4Kまで、電気抵抗、比熱を測定し、1Kで超伝導転移が起こることを明確に示した。比熱の温度変化や磁場中での転移の振る舞いから、この超伝導が弱結合のBCS理論に従うものであることを見出している。一方、高温の200Kにおいて電気抵抗や磁化率の温度変化に異常を見つけ、構造を調べた結果、そこで2次の構造相転移があることを報告している。低温の構造は完全に解かれていないが、X線回折実験における禁制反射の出現や、低温相の結晶系が立方晶に見えることから、低温相の空間群を類推している。それによると高温で等価だったレニウム原子の作る四面体が低温で一つ置きに伸び縮みして非等価になり、一種のブリージングモードが凍結しているように見えるとしている。この構造変化は物性の大きな変化と結びついており、パイロクロア型酸化物の面白い物理の一端が現れているとしている。超伝導もこの僅かに歪んだパイロクロア構造で起こっているので、その起源とも関連があることを論じている。

 第4章では、Cd2Os2O7における金属絶縁体転移が報告されている。合成にはOsO4の毒性を避けるためOsO2を出発原料として用い、多結晶試料を得ている。また、CdサイトへのY、Ca置換を広い組成範囲にわたって行っている。Y置換では系に電子ドープを行っており、その結果として金属絶縁体転移が急速に押さえられて金属化することを報告している。一方、Ca置換では化学的圧力の結果として転移温度が下降することを示している。

 第5章では以上の結果を総括し、その意義と今後に残された問題点を述べている。

 以上、本論文は、論文提出者が作製したレニウム及びオスミウムを含む電気伝導性パイロクロア型酸化物を用いた系統的かつ広範な構造、物性測定により、超伝導や特異な構造とそれを舞台とした興味深い電子物性等を見出し、強相関電子系物質の開発研究におおきなインパクトを与えたオリジナルな研究として評価できる。

 なお、本論文第3章は、村岡、山浦、坂井、広井との共同研究であるが、論文提出者が主体となって合成、分析及び検証を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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