学位論文要旨



No 116956
著者(漢字) 梶田,恵理
著者(英字)
著者(カナ) カジタ,エリ
標題(和) アフリカツメガエル初期胚におけるアルドラーゼA,B,C遺伝子発現の解析
標題(洋) Analyses of Aldolase A, B, C gene expressions in early Xenopus embryos
報告番号 116956
報告番号 甲16956
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4219号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 神谷,律
 東京大学 教授 武田,洋幸
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 助教授 松田,良一
内容要旨 要旨を表示する

 アルドラーゼは解糖系の鍵となる酵素で、高等動物ではA(筋型)、B(肝型)、C(脳型)の3種の遺伝子が存在する。アルドラーゼは多くの脊椎動物でA, B, C 3種のアイソザイム型が存在するが(円口類のヤツメウナギでは2種しか存在しない)、A, B, C全てのcDNAクローニングがなされている生物は、ヒトとラットのみであった。これら3つはそれぞれ異なる遺伝子にコードされており、組織特異的に発現することが知られていた。私は、このアルドラーゼA、B、Cという同様の機能を持つ3つの遺伝子を材料にし、この3者が各々どのような調節を受けて、組織及び発生時期に特異的な発現をしているかを調べることは遺伝子発現調節のユニークなモデル系となると考え、この研究を行った。

アフリカツメガエルのアルドラーゼcDNAはA、C型が既にクローニングされ発現研究の報告がなされていたが、B型についてはまだ報告がなかった。私はまず2種類の肝臓cDNAライブラリーから2つのB型cDNA(XALDB1; 2447bp及びXALDB2; 1490bp)をクローニングし、その構造を明らかにした。XALDB1及びXALDB2はORF内にアミノ酸配列に影響を及ぼさない塩基置換が2ケ所、conservativeなアミノ酸置換を引き起こす塩基置換が1ケ所あるのみで、UTR部分においても非常に良く似ているが、XALDB1はPoly-A tailの前にXALDB2より余分な3'-UTRを1kb持っている。サザンプロット解析により、この長いUTR部分は、ライブラリー作成の際に別のRNAが結合してしまったものであると示唆された。XALDBはラットアルドラーゼBと比較してアミノ酸配列にして73.4%のアイデンティティーを、ツメガエルアルドラーゼA及びCと比較して各々70.0%及び70.9%のアイデンティティーを持っている。系統樹からは、他の生物種でも指摘されてきた通り、BとA及びCが分岐した後に、この2者が分岐しことが、ツメガエルアルドラーゼにおいても示唆された。

ここで得られたcDNAをプローブとし、ツメガエル成体組織・卵細胞・初期胚のmRNAでノザンブロット解析を行った。成体組織では、アルドラーゼB型mRNAは腎臓、肝臓、胃、腸において非常に強い発現、皮膚でも比較的強い発現が見られ、筋肉や脳(A・C型の主要な発現部位)を含む他の臓器ではあまり発現が見られなかった。腎臓、肝臓、胃、腸における発現はこれまで哺乳動物においても報告されているが、皮膚での発現は哺乳類では見られない。最近サケにおいても皮膚におけるB型アルドラーゼmRNA発現が報告されているので、下等脊椎動物の特徴である可能性がある。卵細胞及び初期胚から抽出したRNAで行ったノザンブロット解析からは、XALDBのmRNAは卵巣、卵細胞、卵割期までの初期胚においては発現していないことがわかった。このことはA及びCアルドラーゼが卵形成の間活発に転写され、母性mRNAとして卵に貯えられていることとは大きく異なっている。A及びC型は嚢胚期までに母性mRNA量が一旦減少し、神経胚期からzygoticな発現量が増えはじめることが既に報告されていたが、B型は嚢胚期以降に、A, C型と共に、zygoticに発現しはじめることがわかった。

 更にcDNAをin vitro転写したものをスタンダードにし、卵細胞・初期胚及び成体組織のmRNA発現の絶対量を測定した。この結果、A、C型mRNAは受精卵一個当たり約50pgの発現があり、この後嚢胚期までに徐々に減少し、神経胚期から再び発現量が増加する。B型は受精卵には殆ど発現しておらず(5pg以下)、神経胚期から初めて発現量が増え始めることが分かった(図1a)。この時の発現量の変化ををA:B:Cの比で表すと、受精卵…56:1.5:42.5、嚢胚期…54:10:36、神経胚…71:14.5:14.5、おたまじゃくし…73:20:7となる(図1b)。成体組織では、B遺伝子は肝臓、腎臓において約90%・胃や腸において60%〜80%・皮膚において約50%の発現があることが分かった。Cは脳で約65%・心臓で約75%・卵巣で約45%、Aは筋肉で約98%・卵巣で約45%・皮膚で約50%・更に調べた全ての組織で10%以上の発現をしていることがわかった(図2)。

 更に、Whole mount in situ hybridizationにより初期胚におけるmRNAの空間的発現をA, B, C間で比較した。XALDBのmRNAは後期神経胚から発現しはじめる。その発現領域は肝臓原基、前腎、後腸領域、及び表皮であり、成体組織における発現と一致していた。C型におけるWhole mount解析はこれまで報告がなされていなかったが、神経胚後期より神経組織、心臓原基で強い発現が見られた他、前腎でわずかな発現が見られた。A型もまた前腎で発現することが既に報告されているから、前腎はA, B, Cの3種が全て発現する臓器であることが示唆され、興味深い。

 アルドラーゼはフルクトース-1, 6-2リン酸をジヒドロキシアセトンリン酸及びグリセルアルデヒド3リン酸に開裂する反応とフルクトース−1−リン酸をジヒドロキシアセトンリン酸及びグリセルアルデヒドに開裂する反応を行う酵素である。フルクトース−1, 6−2リン酸の開裂は解糖系に必須の反応であるが、フルクトース−1−リン酸の開裂は果糖を代謝する時に必要な反応である。アルドラーゼB型に比べA及びC型は、フルクトース−1, 6−2リン酸の開裂を非常に効率的に行うが、フルクトース−1−リン酸の開裂に対する効率は非常に悪い為、生理学的条件下ではフルクトース−1−リン酸の開裂はアルドラーゼBに担われている。果糖は卵黄には含まれない為、ツメガエル幼生は摂餌が可能なステージに至って、初めてフルクトース−1−リン酸の開裂を必要とする。我々は、ツメガエル卵は卵割期までは卵黄に依存して発生するため、A及びCアルドラーゼのみによって代謝をまかなうが、摂餌が始まるまでの間にBが発現しはじめ、果糖の摂取に備えるのではないかという結論に達した。この発現調節が、いかなる機構によって為されているのかの解明が、今後の研究課題である。

 これを解明する一歩として、今回私は腎形成時におけるアルドラーゼ発現の変化を調べる為、アニマルキャップにアクチビン+レチノイン酸を作用させる系を用いた解析を行ったので、これについても報告する。

図1 胚発生時におけるA, B, CアルドラーゼmRNA発現の絶対量の変化を表したグラフ。

円グラフの面積は発現量の比を表す。

図2 A, B, CアルドラーゼmRNAの発現量の比を円の面積で表したもの。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は3章からなり、第1章はツメガエルのアルドラーゼBの遺伝子のクローニングとその発現パターンと、アルドラーゼA, B, Cの3つの遺伝子の生体組織や卵・胚発生での発現の比較検討を行っている。第2章ではアルドラーゼA, B, Cの3つの遺伝子の胚発生と生体組織での定量的な発現に関する研究を行っている。第3章ではアニマルキャップにアクチビンとレチノイン酸で処理することによって、アルドラーゼの遺伝子発現について述べられている。

 アルドラーゼは解糖系の鍵となる酵素で、高等動物ではA(筋型)、B(肝型)、C(脳型)の3種の遺伝子が存在する。このアルドラーゼA、B、Cという同様の機能を持つ3つの遺伝子を材料にし、この3者が各々どのような調節を受けて、組織及び発生時期に特異的な発現をしているかを調べることは遺伝子発現調節のユニークなモデル系となると考え、この研究が行われている。

 アフリカツメガエルのアルドラーゼcDNAはA、C型が既にクローニングされ発現研究の報告がなされていたが、B型についてはまだ報告がなかった。梶田氏はまず2種類の肝臓cDNAライブラリーから2つのB型cDNA(XALDB1; 2447 bp及びALDB2; 1490 bp)をクローニングし、その構造を明らかにした。XALDB1及びXALDB2はORF内にアミノ酸配列に影響を及ぼさない塩基置換が2ケ所、conservativeなアミノ酸置換を引き起こす塩基置換が1ケ所あるのみで、UTR部分においても非常に良く似ていることが明らかになった。ここで得られたcDNAをプローブとし、ツメガエル成体組織・卵細胞・初期胚のmRNAでノザンブロット解析を行った。成体組織では、アルドラーゼB型mRNAは腎臓、肝臓、胃、腸において非常に強い発現、皮膚でも比較的強い発現が見られ、筋肉や脳(A・C型の主要な発現部位)を含む他の臓器ではあまり発現が見られなかった。

 更に、Whole mount in situ hybridizationにより初期胚におけるmRNAの空間的発現をA, B, C間で比較した。XALDBのmRNAは後期神経胚から発現しはじめる。その発現領域は肝臓原基、前腎、後腸領域、及び表皮であり、成体組織における発現と一致していた。C型におけるWhole mount解析はこれまで報告がなされていなかったが、神経胚後期より神経組織、心臓原基で強い発現が見られた他、前腎でわずかな発現が見られた。A型もまた前腎で発現することが既に報告されているから、前腎はA, B, Cの3種が全て発現する臓器であることが明らかにされた点は器官形成の上からも面白いといえる。

 梶田氏は、ツメガエル卵は卵割期までは卵黄に依存して発生するため、A及びCアルドラーゼのみによって代謝をまかなうが、摂餌が始まるまでの間にBが発現しはじめ、果糖の摂取に備えるのではないかという結論に達した。このことはアルドラーゼというアイソザイムが発生過程の中で大きな役割をお互いに分担していることを示しており、その成果の意義は大きいといえる。また、発生過程での腎形成の時の3種のアルドラーゼのA, B, Cの発現の変化を調べアルドラーゼAとCはアクチビンとレチノイン酸処理による腎形成に深く関与しているが、アルドラーゼBは腎形成の関与とあまり高くないことを明らかにした。

 このように梶田氏はツメガエルで初めてアルドラーゼBの遺伝子をクローニングし、解析したのみならず発生過程や成体の各臓器でのアルドラーゼA, B, Cの3種を定量的に比較することを行って、アルドラーゼ相互間の役割についても新しい知見をもたらした。

 尚、本論文の第1章は脇山ら9名との共同研究であるが、論文提出者が主体となって遺伝子をクローニングし解析を行っており、第2章については森脇ら6名と共同研究を行っているが論文提出者が主体となって3種のアルドラーゼの定量を行っている。また3章についてはすべて論提出者が行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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