学位論文要旨



No 117035
著者(漢字) 安藤,慶昭
著者(英字)
著者(カナ) アンドウ,ノリアキ
標題(和) ハプティックインタフェースを用いた微細作業支援システム
標題(洋) Tele-micromanipulation Systems Based on Haptic Interfaces
報告番号 117035
報告番号 甲17035
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5176号
研究科 工学系研究科
専攻 電子情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 橋本,秀紀
 東京大学 教授 中谷,一郎
 東京大学 教授 池内,克史
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
 東京大学 助教授 古関,隆章
内容要旨 要旨を表示する

1 研究の背景

 近年、バイオ分野、医療現場、マイクロマシン研究分野、電子機器製作現場などにおいて、微細作業の必要性が高まっている。これに伴い、人間の負担を軽減し、作業を効率的に行うための微細作業方法の確立が望まれている。

 これらの微細作業は、人間による高度な判断が必要とされる作業でありながら、そのスケール的な問題から作業が困難であり、熟練を必要とし、また作業者にストレスを強いる作業である。この問題は主として、人間と対象物のスケールの違いにより生じていることから、対象物は対象物でそのスケールに合ったマニピュレータ等で作業を行い、人間はスケール的に拡大された空間で作業できるようなシステムにより作業効率が高まると考えられる。

2 研究目的

 本研究の目的は、微細作業空間と人間作業空間を遠隔操作技術により結ぶことで、人間の感覚(運動感覚、力覚、視覚)を拡張する、ネットワークテレオペレーションシステムをベースとしたハプティックルーペ(図1)を提案することにある。

 独自の微細作業用マニピュレータおよび、力覚フィードバック可能なインターフェースシステム(ハプティックインターフェース1)を開発し、これらをネットワークで接続することで、微細作業空間を人間に拡大提示し、微小物体をあたかも日常接する物体のような操作感で作業できるシステムを提案した。

 本研究は、大きく以下の三つの要素技術に関する研究課題に分けられる。

 ・マイクロマニピュレータ

 − 人間の作業限界を超える微細作業の実現

 − 人間の作業スキルの微細作業への導入

 − 修練・熟練を要する微細作業からの人間の解放

 ・ハプティックインターフェース

 − 力覚を伴う自然な作業の実現

 − 人間のマニピュレーションスキルの活用

 − 自動化困難な作業、柔軟な対応(人間の作業スキルの活用)

 ・テレオペレーション

 − 作業空間の分離(クリーンルーム、Hazardous環境)

 − ネットワーク共同作業環境の実現(ラボ⇔生産現場)

 − スケーラブルなマニピュレーションの実現(力・操作の縮小・拡大)

3 研究の特色

 本研究では、微細作業を行うマニピュレータとして、剛性、精度が高く微細作業に適した、独自の機構を有するパラレルマニピュレータを用いた。また、力覚提示デバイスとして、2種類のハプティックインターフェースを用い、異構造バイラテラルテレオペレーションシステムを構成している。これは、インターネット等のネットワークを介し、様々な場所から様々な入力デバイスを用いて操作が可能であるという汎用的なネットワーク対応型微細作業用マニピュレータシステムの構築を視野に入れたものである。

 機械的なマニピュレータを用い、数十マイクロ〜数ミリメートルの物体を操作するといった研究は例が少なく、またこれを力覚提示デバイスを用い、更にはネットワークを用いた遠隔操作により行うという例はほとんど無い。そのため本研究により開発されるネットワークテレオペレーションのための基本的な方法論は、今後多くの分野のテレオペレーション応用に貢献できる成果となりうる。

4 微細作業支援システムの開発

4.1 微細作業用マニピュレータ

 マニピュレータは機構的な区分として、開ループ構造と閉ループ構造とに分類される。微細作業においては、位置決め精度や剛性が高いことが要求される。微細作業を行うマニピュレータにはパラレル機構を有するマニピュレータを用いた(図2、3)。パラレル機構は閉ループ構造のマニピュレータとして代表的な機構であり、一般に位置決め精度が高いことが知られている。工業用ロボットアーム等に広く用いられているシリアルメカニズムに比べ、パラレルメカニズムは、

 ・閉ループ構造であるため高い剛性が得られる,

 ・各リンクの重量が累積しないため高速運動が可能である,

 ・各軸の位置決め誤差が累積しないため高精度である,

 等の特徴がある。従って,マイクロ作業等の高い精度が要求される作業に適した機構である。

 新たに開発したパラレルマニピュレータについて、運動学解析、精度評価等を行いエンドエフェクタ先端においておよそ10μmの位置決め精度を達成した。また同時に、動作範囲解析を行い直径3cm程度の円柱状の動作範囲が得られたが、エンドエフェクタの姿勢の変化により大きく変動することも明らかとなった。

4.2 ハプティックインターフェース

 本システムではテレオペレーションのためのマスタデバイスとして新たに開発した6自由度を有するハプティック・デバイスを用いている。マスタデバイスは高い精度は必要としない一方、人間の動きに追従し高速かつ広範囲に動かなければならず、コンパクトなハードウエアで広いワークスペースを得るため、リニアモータを用いたシリアルリンク機構を採用した。しかし、その一方でリニアモータを直交させシリアルに接続することにより、各軸のダイナミクスが大きく異なり応答の等方性を損なうとともに、リニアモータのレールの摩擦が非常に大きく場所に依存し一定でないという問題が現れた。

 ハプティックインターフェースは、フリーモション時にはオペレータに反力を感じさせずに追従して動き、スレーブマニピュレータからの力フィードバックがある場合にはその触覚を伝えるために、幅広いダイナミクスを提示できなければならない。

 このため、デバイスの機構に依存する自由度間のダイナミクスの差異を、各自由度毎に任意のダイナミクスに追従させる、モデル規範型適応制御およびスライディングモードオブザーバ(図6)を用いることで補償した。VSS(Variable Structure System)理論に基づくスライディングモードの設計はロバスト性を備えた制御方法である。外乱および不確かさを有する実プラントは、図6のオブザーバ内の理想モデルに対する応答に一致する。

 モデル規範型適応制御および、スライディングモードオブザーバを用いてハプティックインターフェースのコントローラを構成し、振幅0.1N、周期1.6sのパルスを力入力として加えた。図7,8にそれぞれのコントローラを用いた場合のX軸、Y軸の各リニアモータの応答および理想モデルの応答を示す。

 スライディングモードオブザーバは、リニアモータに特有のレール部分に発生する非線形性の強い摩擦に対して有効であり、フリーモション性能および応答の等方性が著しく改善されたことが図からも明らかに分かる。

4.3 微細作業テレオペレーション

 スレーブデバイスとマスタデバイス間の近距離をLANにより接続し、バイラテラルテレオペレーションに関して、フリーモーション実験、環境との接触実験を行った。

 また、針状のエンドエフェクタにより、押す、つつく、刺す、撫でる、はじく等の基本作業を行い良好な操作性が得られることが確認された。

5 結言

 本研究では、微細作業空間と人間のために拡大された作業空間を遠隔操作技術により結ぶことで、人間の感覚(運動感覚、力覚、視覚)を拡張し、人間の作業スキルを微細空間への導入を可能にするハプティックルーペを提案した。

 微細作業空間において人間の作業スキルを実現するパラレル機構を有するマニピュレータを開発し、各種解析を行い微細作業の実現可能性を示した。作業者に対し微細作業空間で得られた力覚、触覚をフィードバックするためのハプティックインターフェースを新たに開発した。任意のダイナミクスの実現および、非線形摩擦要素の補償のために、スライディングモードオブザーバを導入することにより、ハプティックインターフェースの基本的性能指標であるフリーモション性能および応答の当方性が著しく改善された。

 これらを、ネットワークにより接続する事で異構造・バイラテラル・テレオペレーションシステムを構成し、力覚フィードバックを有する微細作業システムの実現可能性を示した。

図1:ハプティックルーペのコンセプト

図2:パラレルマニピュレータの機構

図3:パラレルマニピュレータ外観

図4:ハプティックマスタの機構

図5:ハプティックマスタ外観

図6:スライディングモードオブザーバによる摩擦補償

図7:モデル規範型適応制御を用いた際のシステム応答

図8:スライディングモードオブザーバを用いた際のシステム応答

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「ハプティックインターフェースを用いた微細作業支援システム」と題し全6章から構成され、微細作業を、力覚をフィードバックさせることにより、オペレータが自然な感覚で効率的に行なうことのできるシステム、これをハプティック・ルーペとして提案し、微細作業用マニピュレータ、ハプティック・インターフェースにより構成される微細作業支援システムの実現に関する研究をまとめたものである。

 第1章は「序論」として、研究の背景と目的を述べている。様々な分野における微細作業についての現状をまとめ、その作業手法確立の重要性について議論している。特に、マニピュレーションという観点から、手作業における触覚存在の重要性について指摘し、この観点から、本研究の目的である微細な手作業を自然な感覚で行なうことができる微細作業支援システム(ハプティック・ルーペ)を提案している。

 第2章は「微細作業とハプティック」と題し、システム実現において問題となる点について言及している。提案したハプティック・ルーペを実現するには、幾つかの要素技術を統合する必要があり、この要素技術として、「ハプティック・インターフェース技術」、「マイクロマニピュレーション技術」、「テレオペレーション技術」を挙げ、これらの分野に関する先行研究例を紹介している。また、これらの技術について、ハプティック・ルーペ実現の際に問題となる点を研究課題として抽出している。

 第3章は「微細作業用マニピュレータ」と題し、要素技術の一つとして挙げたマイクロマニピュレーションに関して議論している。マイクロマニピュレータの必要条件である高精度、高剛性、広動作範囲を実現するために、機械式の多自由度マニピュレータとして実現させる必要があり、位置決め精度に優れたパラレル機構を微細作業用マニピュレータとして採用している。このマニピュレータに関する逆運動学解析、可操作度解析、精度解析、動作範囲解析等を行い微細作業に適した位置決め精度を有することを明らかにしている。また、試作したマニピュレータの制御性能、位置決め精度について実験により性能評価を行い、良好な性能を実現している。本章で開発されたマニピュレータは、ハプティック・ルーペが必要とする、多自由度、コンパクト、広動作範囲、高精度といった特徴を有し、全体として微細作業に適したシステムであるという結果を得ている。

 第4章は「ハプティック・インターフェース」と題し、もう一つの要素技術であるハプティック・インターフェースについて、主にその力制御の性能向上に関する議論を行っている。ハプティック・インターフェースに必要とされる、機械的な頑強さ、広い動作範囲を備えた構造としてリニア・アクチュエータを主体としたシステムを採用し、設計・製作を行なっている。アクチュエータとして採用したリニア・アクチュエータのレールに発生する非線形摩擦がシステムの性能に悪影響を与えることが明らかとなり、フリーモーション性能および応答の等方性を向上させるために、制御器の改良を行っている。モデル規範型適応制御、さらにスライディングモードをベースとしたオブザーバを導入し、各自由度を適切なモデルに追従させることで応答の等方性の向上を試み、特にスライディングモード・オブザーバの導入により性能の著しい改善を実現した。

 第5章では「微細作業支援システム」と題し、第3章および第4章で議論してきた微細作業用マニピュレータおよびハプティック・インターフェースを、ネットワークにより接続することで異構造・バイラテラル・テレオペレーションシステムを構成し、力覚フィードバックを有する微細作業システムを実現している。基礎的な実験によりシステム全体としてのパフォーマンスを評価し、微細作業支援システムに必要な性能が得られている。また、基本タスクを設定し、2種類のハプティック・インターフェースを用いてこれらのタスクを行いこれらのタスクの実現可能性を示している。

 第6章では、「結論」として、本研究で得られた成果をまとめ、残された問題と今後の研究方向を述べている。

 以上これを要するに、本論文は力を拡大フィードバックすることにより微細作業を自然な感覚で行なうことのできる「ハプティック・ルーペ」を提案し、これを実現するシステムとしてパラレル機構を用いた微細作業用マニピュレータとハプティック・インタフェースを考案し、ネットワークで接続することで微細作業を自然に行える微細作業支援システムを実現したものであって、電子情報工学・ロボット工学に貢献すること大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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