学位論文要旨



No 117056
著者(漢字) 間島,秀明
著者(英字)
著者(カナ) マジマ,ヒデアキ
標題(和) ナノスケールMOSFETにおける量子力学的狭チャネル効果の研究
標題(洋) Quantum Mechanical Narrow Channel Effects in Nano-Scale MOSFETs
報告番号 117056
報告番号 甲17056
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5197号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 平本,俊郎
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 柴田,直
 東京大学 教授 浅田,邦博
 東京大学 助教授 藤島,実
内容要旨 要旨を表示する

 Fully-Depleted Silicon-On-Insulator (FD SOI) MOSFETは今後の高性能デバイスとして期待されている。薄層化されたFD SOI MOSFETではキャリアは極薄SOI膜に閉じ込められて縦方向の自由度を失ってしまう。そのため、諸特性は量子効果により強い影響を受けることが予想される。キャリアの閉じ込めが生じると、もっとも重要な特性である閾値電圧および移動度がSOI膜厚依存性を示す。つまり、これらのパラメータをSOI膜厚により変調することが可能であり、デバイスへの応用が期待される。しかし、FD SOI MOSFETではパラメータがSOI膜厚のみであるため、閾値電圧を最適に調整しつつ、高移動度を実現することは難しい。

 本研究ではナノスケール極狭チャネルMOSFETにおける量子力学的狭チャネル効果に注目する。極狭チャネルMOSFETとはチャネル幅もナノスケールにまで小さくした極薄FD SOI MOSFETのことを指す。極狭チャネルMOSFETではキャリアの閉じ込めがチャネルの高さ方向のみでなくチャネルの幅方向にも起こる。そのため、デバイス特性はチャネル高さ、チャネル幅、チャネルの向きの三つのパラメータに依存性する。デバイス特性がチャネルの向きにも依存するのは、シリコン中の電子および正孔の有効質量が異方性を持つためである。本研究では、このチャネル高さ、チャネル幅、チャネルの向きへの依存性を量子力学的狭チャネル効果と呼ぶことにする。極狭チャネルMOSFETではこのパラメータを適切に設計することにより閾値電圧の調整と高移動度の両立が期待される。そこで、ナノスケール極狭チャネルMOSFETにおける閾値電圧および移動度が量子力学的狭チャネル効果によりどのように変化するのかを中心に調べた。その際、デバイス設計に量子効果を有効に利用する方法に注目して議論を行なった。数値計算のみでなく、デバイスの試作および測定を行なうことにより、デバイス応用への可能性も示した。

 極薄FD SOI MOSFET、極狭チャネルMOSFETにおいて量子閉じ込め効果による閾値電圧上昇が予想される。本研究では、n型およびp型極狭チャネルMOSFETにおいて閾値電圧のチャネル幅依存生を実験および数値計算により調べ、閾値電圧がチャネル幅依存生を持つことを示した。試作したn型極狭チャネルMOSFETのデバイス構造を図1に示す。さらに、室温における閾値電圧のチャネル幅依存性および計算値との比較を図2に示す。図2に示すように両者には一致が見られ、ここで得られた閾値電圧上昇は量子力学的狭チャネル効果によるチャネル幅依存性であることが示された。また、極薄FD SOI MOSFETにおける閾値電圧のSOI膜厚依存性も実験および数値計算により示した。

 極狭チャネルMOSFETにおいて閾値電圧はSOI膜厚、チャネル幅、チャネルの向きに依存する。本研究では、これらのパラメータを最大限有効に利用して極狭チャネルMOSFETの閾値電圧調整を行なう手法を提案した。n型およびp型MOSFETにいて閾値電圧変動は同程度であることが望ましい。FD SOI MOSFETではn型MOSFETの閾値電圧上昇にくらべて、p型MOSFETの閾値電圧上昇が大きくなってしまうことが計算より予想される。これはFD SOI MOSFETに本質的なものである。一方、極狭チャネルMOSFETでは三つのパラメータを適切に選ぶことでn型MOSFETとp型MOSFETの閾値電圧上昇を同程度にすることが可能である。極狭チャネルの断面を常に正方形(ω=h)に保つスケーリング則を用いることで、n型およびp型極狭チャネルMOSFETの閾値電圧上昇を同程度にできることがわかった。特に、チャネルの方向を従来の<110>方向から、45度回転させた<100>方向にすることにより、両者の閾値電圧上昇はほぼ一致する(図3)。

 極狭チャネルにおけるキャリアの閉じ込め効果により移動度は複雑に変化する。また、シリコン中の電子および正孔は有効質量に異方性を持つ。これらの性質を最大限に利用することで、極狭チャネルMOSFETの電子および正孔移動度を高く保つことが可能であると予想される。そこで本研究では、極狭チャネル中の電子および正孔の移動度の計算を行ない、極狭チャネル中でのキャリアの移動度を求めた。移動度は音響フォノン散乱の計算から求めた。極狭チャネルMOSFETにおいて従来の<110>方向よりも45度回転させた<100>方向を選んだ方が、電子および正孔の移動度が高いことがわかった(図4)。これは、谷間内散乱の減少による本質的な移動度の上昇である。

 極狭チャネルMOSFETでは量子力学的狭チャネル効果を利用することにより適切な閾値電圧調整が可能であり、極狭チャネルMOSFETを用いることによりデバイス設計は自由度が増大することが確認された。また、チャネルの向きを従来の<110>方向から、<100>方向へと45度回転させることによって移動度を高く保つことが可能である。今後、デバイスの特性を最適化する際に量子効果の影響は無視できないと言える。

図1:試作したデバイス構造。

図2:n型極狭チャネルMOSFETにおける閾値電圧の細線幅依存性。

図3:n型およびp型MOSFETにおける閾値電圧の比較。極薄FD SOI MOSFET、<110>極狭チャネルMOSFETおよび<100>極狭チャネルMOSFETの比較が行なわれている。極狭チャネルMOSFETにおいてチャネル幅と高さを同時にスケーリングし、常にチャネル断面を正方形(ω=h)に保つスケーリング則を用いれば、n型MOSFETとp型MOSFETで同じ閾値電圧上昇が得られる。

図4:極狭チャネルにおける電子および正孔の移動度の比較。図は<100>極狭チャネルと<110>極狭チャネルにおける移動度の比のチャネル幅依存性である。<100>極狭チャネルでは<110>極狭チャネルより高い移動度が期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「Quantum Mechanical Narrow Channel Effects in Nano-Scale MOSFETs」(和訳:ナノスケールMOSFETにおける量子力学的狭チャネル効果の研究)と題し,英文で書かれている.本論文は,チャネル幅の狭いナノスケールシリコンMOSFETにおいて現れる量子力学的効果を初めて明らかにし,その有用性について述べたものであり,全6章より構成される.

 第1章は「Introduction」(序論)であり,MOSFETが微細化される理由と,ナノスケールまで微細化された場合に起こる量子効果についてまとめており,本論文の背景と目的を明確にしている.

 第2章は,「Quantum Confinement in MOSFETs」(MOSFETにおける量子閉じこめ)と題し,ナノスケールに微細化されたシリコンMOSFETにおいて量子効果が現れる理由と,量子効果がMOSFETの特性に及ぼす影響についてレビューしている.

 第3章は,「Threshold Voltage Increase in n-type MOSFETs」(n型MOSFETにおけるしきい値電圧の上昇)と題し,ナノスケール狭チャネルnMOSFETにおける量子力学的効果によるしきい値電圧上昇について述べている.電子ビームリソグラフィとドライエッチング法により,チャネル幅が10nm以下という極めて細いMOSFETの作製に成功し,室温での特性評価の結果,チャネル幅が狭くなるに従い,しきい値電圧が上昇することを見いだした.狭チャネル中での量子閉じこめ効果を考慮したシミュレーション結果と測定結果が一致することから,このしきい値電圧の上昇は量子力学的効果であることを世界で初めて明らかにした.この効果を本論文では「量子力学的狭チャネル効果」と命名した.

 第4章は,「Threshold Voltage Adjustment in n- and p-type MOSFETs」(n型およびp型MOSFETにおけるしきい値電圧の調整)と題し,量子力学的狭チャネル効果を利用したしきい値電圧の調整法について述べている.1つのデバイスでn型およびp型の両方で動作可能な特殊なMOSFETを作製し,チャネル方向も通常の<110>方向と,45度回転させた<100>方向のMOSFETを試作した.これにより,量子力学狭チャネル効果の極性依存性とチャネル方向依存性を評価した.その結果,PMOSでもしきい値電圧が量子効果により上昇することを示した.この量子力学的効果を積極的に利用して,将来困難になると予想されている微細MOSFETのしきい値電圧調整を行う新しい手法を提案した.量子効果を考慮したシミュレーションによれば,チャネル方向,チャネル幅,チャネル高さに依存して,NMOSおよびPMOSのしきい値電圧をそれぞれ制御することができる.これは量子力学的狭チャネル効果の具体的応用例の一つである.

 第5章は,「Impact of Quantum Effects on Carrier Mobility」(量子効果による移動度への影響)と題し,狭チャネルMOSFETの量子効果が移動度に与える影響について述べている.室温で支配的となる音響フォノン散乱を考慮して,狭チャネルMOSFETの移動度のチャネル幅依存性とチャネル方向依存性の計算を行った.その結果,電子,正孔ともに,<100>方向の方が,通常用いられている<110>方向より移動度が高くなることを明らかにした.シリコンバンド構造における各谷の移動度と電子占有率から,<100>方向で移動度が高くなる理由を明らかにした.この移動度上昇も,量子力学的狭チャネル効果の応用例であり,この量子効果の積極利用が将来のデバイス性能向上に極めて重要であることを示した.

 第6章は「Conclusions」(結論)であり,本論文の結論を述べている.

 以上のように本論文は,ナノスケール狭チャネルシリコンMOSFETにおいて発現する量子力学的狭チャネル効果を初めて明らかにし,その物理的起源を示すとともに,量子力学的狭チャネル効果によりしきい値電圧調整および移動度向上が可能となることを実証したものであって,電子工学上寄与するところが少なくない.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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