学位論文要旨



No 117084
著者(漢字) 伊藤,淳
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,アツシ
標題(和) 強いシアー流をもつプラズマの安定性
標題(洋) Stability of a Plasma with Strong Shear Flow
報告番号 117084
報告番号 甲17084
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5225号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,善章
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 小川,雄一
 東京大学 助教授 越塚,誠一
 東京大学 助教授 比村,治彦
 東京大学 助教授 門,信一郎
内容要旨 要旨を表示する

1 はじめに

 近年、流れをもったプラズマが注目されている。核融合プラズマ研究において、Hモードや負磁気シアー配位といった高β閉じ込め、抵抗性導体壁モードの安定化等の問題が重要になってきており、それらにおいてプラズマの流れが重要な役割を果たすことがわかってきた。また、宇宙プラズマでは様々な流れが観測されている。太陽コロナは多くの細いループからなっており、それらには流れがある。また、木星の磁気圏では、強い流れによって高βのプラズマが閉じ込められている。このような現象は超高β平衡など先進的核融合などに応用でき、プラズマ物理の新領域として様々な発展が期待される。

 このような流れをもったプラズマの平衡状態は自己組織化の理論で記述される。磁化したプラズマでは磁場はTaylor緩和状態と呼ばれるforce-free(圧力ゼロ)磁場へと向かう。しかし最近の理論では、二重Beltrami平衡[1]と呼ばれる新しい緩和状態が提唱されている。これは強い流れを駆動することにより達成される高圧のシアー流をもった平衡状態である。この理論を用いて、Hモードや太陽コロナの平衡状態がモデル化されている。

 プラズマのシアー流の安定性は、磁場とのカップリングによって複雑な性質を示す。シアー流はKelvin-Helmholtz(K-H)不安定性を引き起こし、磁場によってAlfven波が伝播する。K-H不安定性は、シアー流をもつ系の非エルミート性に起因している。本論文ではシアー流をもつプラズマの安定性解析について議論する。2章では、指数関数的な不安定性を解析する。安定性のモデル方程式はK-H不安定性とAlfven波を含んでいることを示す。この方程式を用いてBeltrami流の安定性を議論する。

 しかし、このような非エルミート系では、指数関数的な解析では安定性を完全に理解することはできない。また、揺らぎには背景流とのエネルギー交換があり、揺らぎに関するエネルギーが定義できない。3章では、運動の保存量を用いた安定性の解析を示す。

2 指数関数的不安定性

 理想MHD方程式を以下に示す。密度は一定とする。

磁場Bと流速Vをその代表値B*とV*、空間長を装置サイズL、時間tをL/V*、圧力pをρV*2によって規格化した。規格化パラメータα=V*/VAは、Alfven Mach数と呼ばれる。ただしVA=B*/〓はAlfven速度、Mはイオンの質量、nは密度(一定)である。

 非圧縮・スラブプラズマに対してz方向の一様性を仮定すると、磁場と速度は磁束関数ψと流れ関数ψを用いて以下のように表すことができる。

(1)、(2)式は以下のように書き直せる。

ただし、

はPoissonの括弧と呼ばれる。xのみに依存する平衡状態B0=(0,By,Bz0)、V0=(0,Vy,Vz0)を考え、方程式を線形化すると流れ関数の摂動量ψ1に対する安定性のモデル方程式

Ω=ω-κVyはドップラーシフトした周波数である。Vy=一定のとき、(7)式はAlfven連続スペクトルを与える方程式である[2]。Vyのx依存性によって、方程式の性質は大きく変化する。(7)式を以下のように書く。

式(8)は、磁場がない場合(1/α=0)には中性流体のRayleigh方程式であり、Rayleighの変曲点定理から系が不安定であれば〓であることが知られている(Kelvin-Helmholtz不安定性)[3]。従って、(7)式はKelvin-Helmholtz不安定性とAlfven波とのカップリングを表す式であることがわかる。この式は流れとAlfven波の連続スペクトルと不安定な点スペクトルをもつ。(7)式から得られる二次形式によって、安定性の十分条件は領域内の各点で〓であることが得られる[4]。

 二次元force-free磁場B0=(0,sin(λx+δ),cos(λx+δ))、に平行なBeltrami流V0=B0の安定性解析を行なった。境界x=0,1においてψ1=0とした。中性流体(1/α=0)の場合、変曲点における流速を位相速度c=ω/kとする中立安定な固有解[5]

(nは整数)から、位相δに関係なくλ〓πが安定性の必要十分条件である。Kelvin-Helmholtz(K-H)不安定性の成長率は、磁場を大きくしていくとκsを変えることなく減少し、1/α〓1で安定化する。図1はλ=2π,δ=0(κs=〓π)のときの結果である。これは、1/α<1を満たす磁場が存在していてもλ〓πが安定性の必要十分条件であることを示唆している。

 By=Vy(=Uとする)のとき、(8)式は

となり、中立安定な固有解が存在すればc=cs=0に対しては(10)式の左辺の最後の項は消えるので、(9)が得られる。中立安定な固有解の存在は、[3]の方法を(10)式に適用することで証明でき、κsよりわずかに小さなκにおいて、成長率ωiは、

のように表される。ただし、ωi0は1/α=0のときの成長率である。図2はκ=5.3(λ=2π,δ=0)のときの計算結果とωi=0.191(1-1/a2)の曲線(破線)を比較しており、よく一致している。以上からλ〓πまたは1/α〓1が安定性の必要十分条件である。

 磁場と流れが平行でない場合には、(8)式において磁場ByがRayleigh方程式に与える変化は複雑になる。その様子を2つのBeltrami流の線形結合で表される二重Beltrami流によって調べた。λ1=2πの渦にλ2≠λ1の渦を重ね合わせることで、(i)不安定な渦λ1の安定な渦λ2による安定化、(ii)二つの安定な渦の不安定化が起こることを示した。

 安定性のモデル方程式(7)に曲率の効果を以下のように加える。

R0は曲率を表す定数である。左辺第三項によって、キンク不安定性が現れる。Beltrami流に対する安定性解析の結果を図3、4に示す。λ=2π、R0=1.5とした。パラメータ1/αを0から大きくしていくとK-Hモードが安定化されるが、さらに大きくしていくとキンク不安定性が増大していく。キンク不安定性に対しては、シアー流は安定化に働いていることがわかる。

3 変分原理

 シアー流をもつプラズマでは、背景流とのエネルギー交換によって保存量としての揺らぎのエネルギーを定義することができず、通常のエネルギー原理を用いることができない。それに代わるものとして、揺らぎのエネルギーの代わりに運動の保存量(リアプノフ関数)を用いて安定性を議論する。

 Beltrami流を以下のように定義する

流速vはAlfven速度のμ2倍としている。摂動量B、vに対する運動の保存量は、

である。H1、H2は磁気へリシティー、クロスヘリシティーである。この保存量を用いて、B、vのノルム‖B‖、‖v‖は、

から、1-μ22-|μ1|/|λ|>0であれば上限が与えられる。この安定性の十分条件は、以下の2つを同時に満たすことを意味する。

(18)式のσはμ1>0のときのBeltrami方程式(13)の固有値を表している。安定性条件はσが|λj|(λjは自己随伴curl演算子)の最小値以下であることを意味する。(19)式の条件は流速がAlfven速度以下であることを表している。

4 まとめ

 強いシアー流をもつプラズマの安定性は、非エルミート力学の解析のための新たな理論的枠組の開発を要する。本研究では、

 ◇非圧縮流の標準形であるRayleigh方程式とAlfven波とのカップリング

 ◇エネルギーとして閉じない(ハミルトン形式で書けない)系の安定性に注目した解析を行ない、理論的基礎を作った。

参考文献

[1] S. M. Mahajan and Z. Yoshida, Phys. Rev. Lett. 81, 4863 (1998).

[2] Z. Yoshida and S. M. Mahajan, Int. J. Mod. Phys. B 9 2857 (1995).

[3] P. G. Drazin and W. H. Reid, Hydrodynamic Stability (Cambridge University Press, Cambridge, 1981).

[4] A. Miura and P. L. Pritchett, J. Geophys. Res. 87, 7431 (1982).

[5] W. Tollmien, Nachr. Wiss. Fachgruppe, Gottingen, Math.-phys. Klasse, 50 79 (1935).

図1:成長率と波数κの関係

図2:κ=5.3のときの成長率と1/aとの関係

図3:κ=0.01のときの成長率と1/aとの関係

図4:成長率と波数κの関係

審査要旨 要旨を表示する

 宇宙、天体あるいは実験室系のプラズマは、一般に流れをともなった平衡を形成している。核融合研究では、Hモードや負磁気シアー配位といった高性能閉じ込めにおいてプラズマの流れが重要な役割を果たすことが示され、流れの働きに関心が集まっている。自然現象の例では、木星の磁気圏において強い流れによって極めて圧力が高いプラズマが閉じ込められていることが知られている。しかし、流れをもつプラズマの基本的な特性は十分に理解されているとはいえない。流れをもつ平衡と安定性の理論が、それぞれ非線形性と非エルミート性による困難をともなうからである。近年、流れをもったプラズマの自己組織化理論が作られ、二重Beltrami平衡モデルが提唱されている。このモデルを用いて、Hモードや太陽コロナ、木星磁気圏などの平衡が自己組織化状態として記述できるようになった。本研究は、二重Beltrami平衡モデルに代表される強いシアー流をもつプラズマの安定性を理論的に解析したものである。論文は、以下のように構成されている。

 第1章は緒論にあてられている。流れを駆動することによって得られる新しい緩和状態である二重Beltrami平衡について解説している。次に、流れを平衡の安定性は、Kelvin-Helmholtz不安定性(K-H不安定性)と磁気応力による電磁モードであるAlfven波を基礎として理解できることを説明している。K-H不安定性については、平面平行流の渦のダイナミックスを表すRayleigh方程式を用いて、その基本的な性質を解説している。最後に、シアー流をもつプラズマでは、運動の生成作用素のエルミート性が破れることを説明している。

 第2章では、流れをもつプラズマの指数関数的な不安定性について解析している。理想MHD方程式を用い、非圧縮・1次元スラブプラズマを考え、分散関係を与える常微分方程式を導出している。この方程式は、K-H不安定性とAlfven波との結合効果を表している。平衡状態として、最初は単Beltrami平衡(無力磁場とそれに平行なBeltrami流)を考えている。数値解析によって、1)不安定性は、中性流体のK-H不安定性と同様に、有限の波数でのみおこる大域的なモードであること、2)磁場を大きくしていくと、成長率は減少し、流速がAlfven速度以下になると安定化すること、3)磁場を変えても、臨界安定な波数は不変であることを示している。また、安定条件を、磁場強度で規格化した流速および磁場と流れのシヤー強度(Beltramiパラメタ)のパラメタ空間で整理している。理論的考察によって、臨界安定な固有解の存在を示し、安定性の必要十分条件を導いている。次に、二重Beltrami流の安定性を解析している。Beltrami渦の組合せを、1)不安定な渦とより大きい構造の安定な渦、2)不安定な渦とより小さい構造の安定な渦、3)2つの安定な渦という三つの場合に分類し、それぞれについて基本的な性質を調べている。第1の場合では、流速が各点でAlfven速度以下になる組合せのとき、重ね合わせによって安定化されることが示されている。第2の場合は、成長率は重ね合わせによって大幅に減少する。第3の場合では、2つの安定な渦の重ね合わせが不安定になりうることを示している。さらに、モデル方程式に磁場の曲率の効果を加えることによって、キンク不安定性に対すると流れの効果について調べている。磁場を大きくしていくとK-Hモードの成長率は減少するが、さらに大きくしていくとキンク不安定性が増大し、キンク不安定性に対しては、シアー流は安定化に働いていることを示している。章の最後では、二流体効果の大きさについて評価し、イオンスキン長の小さい系では磁場によって成長率が小さくなるとその寄与が大きくなることを示している。

 第3章では、運動の保存量を用いた変分原理から安定性を議論している。非エルミート系では、指数関数的モードの解析では安定性を完全に理解することはできず、代数的に成長する不安定性なども起こり得る。シアー流をもつプラズマでは、平衡流と揺らぎとのエネルギー交換をポテンシャルによって表現することができないので、通常のエネルギー原理を用いることができない。それに代わるものとして、揺らぎのエネルギーの代わりに運動の保存量(リアプノフ関数)を用いて安定性を議論している。磁場と流れが平行であるBeltrami流において、磁場と流速の摂動量に対する運動の保存量は、エネルギー、磁気ヘリシティー、クロスヘリシティーを用いて表されることを示している。この保存量を用いて、摂動のノルムの上限が与える条件を示している。この安定性の十分条件は第2章で得られた条件よりも厳しいが、任意の形状とあらゆる不安定性を含む一般的条件である。

 以上を要するに、本研究は流れをもつプラズマの安定性について総合的かつ綿密に解析したものであり、さまざまな系におけるプラズマ流の安定性の判定条件を明らかにしている.この研究成果は、高速流をもつ高性能核融合プラズマ閉じ込め法の開発に応用される可能性をもつものであり、システム量子工学、とくにプラズマ理工学の発展に貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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