学位論文要旨



No 117085
著者(漢字) 岩井田,武志
著者(英字)
著者(カナ) イワイダ,タケシ
標題(和) 水溶液中イオンのセメント水和物への収着挙動
標題(洋)
報告番号 117085
報告番号 甲17085
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5226号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 山脇,道夫
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 助教授 浅井,圭介
 東京大学 助教授 長崎,晋也
内容要旨 要旨を表示する

 放射性廃棄物の埋設処分において、セメント系材料は廃棄物の固化材や処分場構造材として用いられる。地下水の流入、廃棄体の溶解に伴い放射性物質が漏えいした場合、核種は移行経路に存在する固相に対し収着・脱離を繰返しながら生物圏に到達するため、その移行は遅延されると考えられている。このような放射性物質の収着挙動や溶解度は、セメントの溶解に支配される溶液のpHやイオン濃度といった地下水の化学条件に大きく影響を受ける。従って長期的なセメントの溶解挙動およびセメント自身への放射性物質収着挙動の予測を行うことが、処分システムの安全評価にとって不可欠である。セメント系材料では、

・ セメントは様々な種類のセメント水和物により構成され、処分環境ではセメントが数千〜数万年の間地下水に接し溶解する事で、存在する水和物の種類や水和物の化学組成が経時的に変化する。

・ セメント水和物は容易にイオン種を構造内に取り込む性質を有しており、この性質は放射性物質の収着機構として大きな役割を果たす。

といった点を考慮する必要がある。またセメントの溶解と言う観点から後者の性質を捉えると、地下水中あるいはセメント原材料中に含まれるAl等の元素がセメント水和物構造内に取り込まれることで、純粋なセメント水和物と異なった溶解挙動を示す可能性が指摘される。

 本研究では、水溶液中イオンのセメント水和物への収着挙動を、イオンのセメント水和物への閉じ込めやそれに伴う固相構造変化の観点から明らかにすることを目的とした。具体的にはセメントの溶解に伴い生成すると考えられるセメント水和物[C-S-H(CaO-SiO2系水和物)、AFt(ettringite:3CaO・Al2O3・3CaSO4・32H2O)、AFm(monosulfate:CaO・Al2O3・3CaSO4・12H2O)、C3AH6(hydrogarnet:3CaO・A12O3・6H2O)]を純薬合成し、それに対する水溶液中イオンの収着実験を逐次脱離実験やイオン収着固相の構造解析と共に行なうことで、収着機構の検討を行なった。収着物質としては放射性廃棄物に含まれるアルカリ金属Cs、アルカリ土類金属Sr、陰イオンとしてIO3-、およびセメントの溶解に影響を与えるAlを対象とした。

アルカリ金属イオンの収着挙動

 アルカリ金属であるCsには放射性同位体として135Csおよび137Csが存在し、共に安全評価上重要な核種と考えられている。本章では系統的なアルカリ金属イオンの収着実験や収着固相の分析を行なうことでCsの収着機構の検討を行なった。

実験手順

 C-S-H(初期Ca/Si比=0.8、75μm<粒径<150μm)を純水および0.1M NaCl、NaOH、CsCl、CsOH溶液に液固比0.1m3/kgで1週間浸漬後ろ過した。アセトン洗浄、真空乾燥させたフィルター上の固相を、固相のXRD(X線回折)、29Si NMR(核磁気共鳴吸収)分析を行なった。なお本研究においては試料の炭酸化を防ぐため、試料調製および浸漬実験はすべて窒素雰囲気(N2純度>99.99%)のグローブボックス中で行なった。

結果と考察

 Fig.1に純水、Cs溶液、Na溶液に浸漬したC-S-HのXRD分析結果を示した。C-S-Hの基本構造はCaO層とその両側のシリカ鎖が酸素を介した複合層から成り、さらにその層間にCa、H2Oが存在している。この複合層に対応する(220)面での反射は、純水およびNa溶液に浸漬した試料に比べ、Cs溶液に浸漬した試料で強度が小さくなった。従ってCsが収着することにより、C-S-Hの層状構造が消失していくことが分かる。29Si NMR分析の結果からはCs収着試料でシリカ鎖の切断が生じていた。

 すなわち、同じアルカリ金属に属しながらNaとCsでは異なった収着機構を持つこと、CsはC-S-Hの層状構造を消失させながら収着される事が明らかとなった。

アルカリ土類金属イオンの収着挙動

 セメント中に含まれるC-S-Hや結晶性のCaO・Al2O3・CaSO4系水和物であるAFt、AFm、C3AH6ではCaが主要な構成元素となっている。90Srとして放射性廃棄物に含まれるSrの収着では、同じアルカリ土類金属であるCaとの置換が大きな役割を果たすことが予測される。本章では逐次脱離実験を提案しSrのC-S-H、AFt、AFm C3AH6への収着実験を行なった。

実験手順

 Ca/Si比0.8、1.0、1.3、1.5、1.8のC-S-HおよびAFt、AFm、C3AH6を1×10-3mol/LのSr溶液に液固比0.1m3/kgで浸漬した。20日後ろ過による固液分離後、Tablelに示す手順で逐次脱離実験を行ない、ろ液および脱離液中のSr濃度測定をICP-OES(誘導結合プラズマ発行分析)により行なった。

結果と考察

逐次脱離実験の結果をFig.2に示す。カラムのキャプションに示した数字は、Table1中のStepで割り振った数字と対応している。事前の検討により、純水やCH3COONH4溶液で洗浄したC-S-Hでは構造に変化が見られず、EDTA溶液やHNO3溶液で洗浄したC-S-Hでは構造が壊されることが確認されている。従って前者による脱離はC-S-H表面や層間に収着しているイオンに対応し、後者は層中に取込まれたSrの脱離に対応すると考えられる。

 C-S-HからのSr脱離実験結果は、高Ca/Si比のC-S-Hでは純水による脱離の割合が多く、一方低Ca/Si比のC-S-HではCH3COONH4溶液での脱離が70%以上を占めた。すなわちC-S-HへのSrの収着は、主に表面もしくは層間への収着等の幾つかの異なる機構が競合しており、その比率はCa/Si比で異なることが示唆された。またいずれのC-S-HにおいてもEDTA溶液、HNO3溶液での脱離が10〜20%見られ、SrがCaO層中に取り込まれる可能性が示された。

 AFt、AFmに関しては総脱離割合が30%程度、C3AH6では総脱離割合10%未満という小さな値となった。これら以外の脱離されないSrは、水和物の結晶構造中に取り込まれたSrに対応していると考えられる。

陰イオンの収着挙動

 放射性廃棄物処分においては、人工バリアや天然バリアに対する陰イオンの収着能の低さから、陰イオンの化学形態を取ると考えられる129Iの保持が大きな問題になっている。そこで本章ではセメント水和物の中でも陰イオン交換能を持つAFtに着目し、そこへのIO3-の収着機構を明らかにすることを目的とした。

実験手順

試料の合成:Ca(OH)2とAl2(SO4)3・18H2OをpH=13のNaOH溶液100ml中で溶解させAFtを合成した。また出発物質として、異なった量のKIO3を添加した試料を5種類合成した。2日後、生成した沈殿物をろ過し、フィルター上の固相を真空乾燥させ粉末試料を得た。

試料のキャラクタリゼーション:得られた試料のXRD測定を行ない、格子定数を決定した。また、粉末試料を1M HNO3に溶解させて固相組成の化学分析を行った。

収着実験:純粋なAFtを10-2mol/LのKIO3溶液に液固比0.1m3/kgで浸漬させ、21日後ろ過した。真空乾燥させたフィルター上の固相をXRD分析し格子定数を測定した。

結果と考察

 XRDの分析結果、出発物質にKIO3を添加した試料では(合成されるAFt 1molに対しての)IO3-の初期添加量が1.2molまでは、IO3-の添加量が増えるに従いa軸が伸び(Fig.3、黒丸)、c軸が縮むことが明らかとなった。これらはAFt中にIO3-が固溶していくことに起因すると考えられる。a軸、c軸ともに添加IO3-が1.2mol付近で伸縮が止まっており、固溶限の存在が明らかとなった。生成したAFt1molあたりの陰イオン総電荷量を検討した結果、固溶限が存在するIO3-初期添加量が1.2mol付近までは-6で変化がなかった(Fig.4)。すなわち、IO3-イオンがSO42-イオンと置換しながら固溶していることが明らかとなった。

 IO3-イオンを収着させた純粋なAFt試料でのa軸の格子定数(Fig.3、白丸)は、出発物質にKIO3を添加して合成した試料での格子定数とIO3-モル量との直線関係に良い一致を見せ、純粋なAFtに対するIO3-の収着機構は、KIO3を添加して合成した試料と同じく置換固溶であることが示唆された。

Alの収着挙動

 現在セメントの溶解はC-S-Hの溶解現象としてモデル化されている。本章ではAl-SO42-が、セメントの溶解挙動に与える影響を調べるため、A1-SO42-溶液中と純水中におけるC-S-Hの溶解挙動の比較および逐次脱離実験によるAlのC-S-H構造への収着メカニズムの検討を行なった。

実験手順

Al-SO42-溶液浸漬実験:Ca/Si比が0.6、0.8、1.0、1.3、1.5、1.8であるC-S-Hを、液固比0.1m3/kgでAl-SO42-溶液(Sl:Al[3×10-4mol/L]、SO42-[4.5×10-4mol/L])および純水(S2)に浸漬した。一週間後ろ過により固液分離を行ない、固相は真空乾燥させXRDによる分析および、ICP-OESにより液相中のCa、Si、Al、S濃度測定を行なった。

Al逐次脱離実験:Ca/Si比0.6、1.0、1.5のC-S-Hを、液固比0.1m3/kgでAl-SO42-溶液に浸漬した。1週間後ろ過により固液分離を行ない、Srの際と同様の手順で逐次脱離実験を行なった。

結果と考察

 XRD分析結果、S1に浸漬させた試料とS2に浸漬させた試料の両者で、C-S-Hの存在のみが確認された。またAl濃度はICPの測定限界(10-6mol/L)近くにまで減少し、S濃度は初期濃度とほぼ同じ値である事よりAlがC-S-Hに収着されたことが明らかとなった。一方pHやCa、Si濃度の測定結果、S1とS2で相違が見られた。Al-SO42-溶液ではCa濃度が増加しており、その増加量はCa/Si比に依存し異なりSi濃度はAl-SO42-溶液で減少する結果が得られた。

 Al-SO42-溶液に浸漬したC-S-Hの逐次脱離実験の結果をFig.5に示す。低Ca/Si比試料ではAlのほとんどがHNO3溶液により脱離されている。一方Ca/Si比が大きくなるに従いEDTA溶液での脱離が増加した。A1がC-S-H構造中に存在する場合シリカ鎖中のSiと置換する場合とCaO層もしくは層間Caと置換する、二通りの形態が報告されている。Ca/Si比によりEDTA溶液、HNO3溶液での脱離比率が異なるのは、このようなAlの存在形態の違いを反映しているものと考えられる。

 以上の研究を通じ、水溶液中イオンのセメント水和物への収着挙動を、逐次脱離実験やイオン収着固相の構造解析を行ない検討した。その結果、

・CsのC-S-Hへの収着では、C-S-H表面への静電吸着以外に層状構造の消失を伴う反応が存在した。

・SrのC-S-Hへの収着は幾つかの反応が競合しており、その割合はCa/Si比に依存した。Srの結晶性水和物への収着は結晶構造中Caとの置換固溶である事が示された。

・IO3-のAFtへの収着は、AFt構造中のSO42-との置換固溶であった。

・AlはC-S-Hに収着されることで、C-S-Hの溶解度を変化させた。収着機構としてはC-S-H構造中のCaやSiとの置換固溶が考えられるが、Ca/Si比に依存してその存在形態は異なる事がわかった。

 このように水溶液中イオンのセメント水和物への収着は、セメント水和物構成元素・イオンとの置換固溶や、水和物構造の消失を伴う収着反応を含む事が明らかとなった。

Fig.1 XRD chart of C-S-H contacted with pure water, NaCl, NaOH, CsCl and CsOH solution.

Table l Sequential desorption method

Fig.2 Sequential desorption fraction results of Sr from each cement hydrate phase.

Fig.3 Lattice constant of a axis of synthesized sulfate-iodate AFt(●)and iodate sorbed AFt(○).

Fig.4 Total charge of anions in a channel of sulfate-iodate AFt.

Fig.5 Sequential desorption of Al from C-S-H.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文では、放射性廃棄物バリア材であるセメントの主要構成水和物に対し、イオン性放射性核種がどのような機構により収着するのかに関し、セメント水和物への閉じ込めやそれに伴う固相構造変化の観点から明らかにしたものであり、全7章から構成されている。収着物質としては放射性廃棄物に含まれる代表的な陽イオンとしてアルカリ金属のCsとアルカリ土類金属のSrを、陰イオンとしてIO-3、およびIII族のAlを対象とすることで、セメントへのイオン収着挙動の総合的な解明を目指したものである。

 第1章では放射性廃棄物処分および処分分野でのセメントに関連した既往の研究を概観しつつ、本研究の背景および目的について述べている。

 第2章ではセメントの溶解に伴い生成すると考えられるセメント水和物[C-S-H(CaO-SiO2系水和物)、AFt(ettringite:3CaO・Al2O3・3CaSO4・32H2O)、AFm(monosulfate:CaO・Al2O3・3CaSO4・12H2O)、C3AH6(hydrogarnet:3CaO・Al2O3・6H2O)]を純薬合成し、その物性を測定している。特にC-S-Hの表面電位測定により、低Ca/Si比のC-S-Hは負の表面電位を有し、高Ca/Si比で正電位になることを明らかにしている。この結果から、セメントの表面電位は、ミクロには不均一な分布を持っている可能性を指摘している。

 第3章ではアルカリ金属イオンの収着挙動を調べるため、アルカリ金属イオンのC-S-Hへの収着実験やXRD、IR、29SiNMRなどを用いた収着固相の構造分析を行い、またNaおよびCsのC-S-Hへの収着等温線の作成を行っている。その結果Naを収着した固相では純水に浸漬した試料と変化がないのに対し、Cs収着固相ではシリカ鎖の切断やCaO-SiO2複合層のフラグメント化が生じていることを見い出している。様々な機器分析結果を通して、Csについては鎖中のシリカにOH-イオンと共に収着する事でシリカ鎖を切断している機構が提案されている。また切断されたシリカ鎖の部位よりCsがCa層に侵入しCaと置換する事で電荷のバランスがくずれ、CaO-SiO2層のフラグメント化が生じる可能性が示されている。収着等温線から、Naの収着等温線はLangmuirの式に良い一致を示す一方、CsはLangmuir型、Freundlich型のいずれとも異なる形状の収着等温線であることも明らかにしている。

 第4章ではアルカリ土類金属イオンの収着挙動を調べるため、セメント水和物へのSr収着実験を行い、収着メカニズムを検討するため逐次脱離実験法を提案している。この逐次脱離実験の結果、C-S-Hの核種収着機構は静電吸着以外にも弱い吸着やCaO層での置換が存在する可能性を明らかにしている。C-S-Hに関しては、高Ca/Si比のC-S-Hでは弱い表面への吸着が主要な収着メカニズムであり、低Ca/Si比のC-S-Hでは静電吸着が主な収着メカニズムであるのに対し、AFt、AFm、C3AH6では結晶中のCaとの置換反応が、Srの主要な収着機構であることを示している。AFtやAFmでは結晶表面のSO2-4サイトへの静電吸着がわずかながらも存在することが示唆されている。

 第5章では陰イオンの収着挙動を調べるため、AFtを合成する際に出発物質としてKIO3を添加した試料を作成し、XRD、ICPを用いてその結晶構造および化学組成を分析している。その結果、ヨウ素酸イオンはAFtの硫酸イオンと2:1で置換することにより収着されること、この置換に伴い結晶の格子定数が変化することを見い出している。またこの固溶現象には固溶限がAFt 1molに対してヨウ素酸イオン1.5molの濃度で固溶限が存在していることを示している。また純粋なAFtのヨウ素酸収着実験を行い、その固相分析および液相分析の結果を合成したSO2-4-IO-3型AFtでの分析結果と比較している。その結果、純粋なAFtへのヨウ素酸イオンの収着機構は合成した試料と同じく置換固溶であることを示している。一方、純粋なAFtからの収着IO-3イオンの脱離実験を行なった結果、収着したヨウ素酸の大部分が内部への固溶に相当する事を明かにしている。

 第6章ではAl-SO2-4溶液中と純水中におけるC-S-Hの溶解挙動の比較を行なった結果、AlやSO2-4イオンが固相に取り込まれ、C-S-Hに接している溶液のCaとSiの濃度やpHに変化があることを示している。AlのC-S-Hへの取り込み機構としてAlがSiO2鎖やCaO層中の元素と置換を、また脱離しないAlについては、CaO・SiO2・Al2O3・H2O系結晶の生成をその機構としている。SO2-4イオンの取り込みには閾値が見られ、SO2-4イオンを含む結晶が生成している可能性を指摘している。

 第7章では、本論文の総括と結論、ならびに今後の課題と展望が述べられている。

 以上要するに、本論文ではセメント構成主要水和物へのイオン性放射性核種の収着機構が、イオンの電荷やセメントの表面電荷といったマクロ因子とともに、固溶現象やシリカ鎖の切断などミクロ因子にも強く支配されていることが系統的に明らかにされている。これらはシステム量子工学、特に放射性廃棄物処分の安全評価に寄与するところが少なくない。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク