学位論文要旨



No 117111
著者(漢字) 山本,俊生
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,トシオ
標題(和) 微小細孔内での二酸化炭素の電気化学的還元
標題(洋) Electrochemical Reduction of Carbon Dioxide in Micropores
報告番号 117111
報告番号 甲17111
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5252号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤嶋,昭
 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 教授 水野,哲孝
 東京大学 助教授 金,幸夫
 東京大学 講師 Tata Narasinga Rao
内容要旨 要旨を表示する

緒言

二酸化炭素の電気化学的還元は、学術的な側面のみならず地球環境盛んに研究されてきた。この方法では、反応のエネルギーに電気を使い、二酸化炭素が電極から電子を受け取って還元される。反応は室温付近の穏和な条件で進行し、用いる電極材料や電極電位により生成物が異なるという特徴を持つ。

水溶液系で二酸化炭素の電気化学的還元を行うに当たっては、競争反応として水の還元による水素の生成が不可避であるため、二酸化炭素還元に関する選択性を向上させる必要がある。そこで、ナノスペース効果を適用することを検討した。

活性炭やゼオライトなどの多孔体は表面に数多くの細孔を持っている。その中でも細孔径がnmのオーダーのものは、細孔内に気体を非常に強く吸着する。そのため、細孔内に気体が濃縮され、常圧でも細孔内で気相高圧反応が進行する。これをナノスペース効果と呼んでいる。水溶液系での金属電極による高圧二酸化炭素下の電気化学的還元において、ニッケル、鉄等のVIII属金属を電極金属として用いた場合には、圧力と生成物分布に相関があることが知られている。そこで、この微小細孔による高圧効果を二酸化炭素還元に適応することにより、常圧とは異なる還元活性を示す事を期待した。

微小細孔を持つ材料としては細孔径2nm程度のスリット状の細孔を数多くもつ活性炭素繊維をとりあげた。気体に接した状態で電気化学反応を行うために、活性炭素繊維を分散させたガス拡散電極を作成し反応を行った。ガス拡散電極とは、燃料電池などに用いられる多孔質の炭素電極である。反応が気/液/電極の界面、三相界面で起こるため、反応場に充分反応ガスおよびプロトン源である水を供給することができる。この系において炭酸ガスの電気化学的還元を試みた。

実験

活性炭素繊維への触媒金属の担持は、硝酸塩水溶液からの含浸法により調製し、洗浄、乾燥の後に水素還元を行った。また、比較のため、炭素繊維(活性化処理を行っていないもの)に、同様な手法で触媒金属を担持した。電極は、導電性坦体であるカーボンブラック(以下CB)をベースに、PTFEディスパージョンおよび触媒を、ガス層はCB:PTFE=3:1、反応層はCB:PTFE:触媒=9:3:1の割合で混合して、分散、蒸発させて、粉末とした。その後2層をあわせてプレスし、350℃で焼き固め、電極を作成した。電解実験は三室構造の密閉式ガラスセルを用い、液抵抗を補正して定電位電解を行った。参照極に飽和カンコウ電極(SCE)、対極に白金線、電解質にKHCO3(0.5M)を用いた。生成物は30C通電後にガスクロマトグラフィー並びに高速液体クロマトグラフィーを用いて評価した。

結果と考察

ナノスペース効果の検証

活性炭素繊維の細孔の効果を確認するために、金属無担持の活性炭素繊維、活性炭素繊維および活性化していない炭素繊維のそれぞれにニッケル、鉄、銅およびパラジウムを担持したものを触媒として用いた。各々加えたガス拡散電極を作成し、定電位電解を行ったところ、電流効率はTable 1に示す様になった。無担持の活性炭素繊維を触媒として用いた場合には炭酸ガス還元の活性は低く、主に水の還元反応(水素発生)が進行した。また、活性化処理を行っていない炭素繊維にニッケル、鉄、パラジウムを担持した場合でも、炭酸ガス還元活性は低い。それに対し、活性炭素繊維上にニッケル、鉄、およびパラジウムを担持したものは、高い炭酸ガス還元の効率を示した。炭素繊維および活性炭素繊維上に担持された銅触媒においては、COと著しい量のメタンが生成した。メタン生成およびCO生成に対する電流効率は、Cu/CFにおいて6.6%および3.1%となった。メタン生成の電流効率は、活性炭素繊維上に担持された銅触媒では低くなったが、部分電流密度は、ほぼ同等の値を示した。

担持金属の効果

二酸化炭素還元(Figure 1a)および水素生成(Figure 1b)についてのターフェルプロットの検討を行った。水素生成に関しては、どの触媒を用いた場合もほぼ同様の挙動を示した。ターフェルスロープの値は、平板電極上のものと比較して、ほぼ2倍の値となる。これは、多孔質電極の特性として説明できる。一方、二酸化炭素還元に関して、電流値は電位にほぼ依存しない。また、どの触媒を用いた場合も主生成物はCOとなる。その点を考慮して、二酸化炭素還元の反応機構を考察すると、

CO2(ads)+e→CO2・-(ads)   (1)

CO2-(ads)+CO2(ads)→(CO2)2・-(ads)  (2)

(CO2)22-(ads)→CO+CO32- (3)と推定した。このときの律速段階は(2)であると考えられる。したがって、金属表面上の吸着状態が、反応活性に影響すると考えられる。ニッケルの場合は金属表面の格子定数と二酸化炭素二量体ラジカルの長さがよく適合するが、パラジウムの場合はあまり適合しない。そのため、ニッケルの活性が高くなっていると考えられる。銅は常圧での炭酸ガス還元活性を持つため、炭素繊維上に担持した銅電極は上記の反応機構とは異なる通常の水溶液系での反応が起こっていると考えられる。

活性炭素繊維上のニッケル触媒の最適化

異なるロットの活性炭素繊維についてニッケル担持量を測定したところ、古いものでは2.2mg程度のニッケル担持量が得られるのに対し新しいものでは1mg程度となった。これは前処理としてエタノール洗浄を行うことによって1.6mg程度までは改善した。この違いを検討するため、熱天秤による表面官能器量とニッケル担持量を比較するとFigure 2の通りとなる。水および一酸化炭素とニッケル担持量の相関はあまりないが、二酸化炭素量が増すにつれニッケル担持量が多くなっている。したがって、活性炭素表面上のカルボキシル基がニッケル担持量に影響を及ぼしていると考えられる。

大環状化合物触媒

分子径の大きい遷移金属−フタロシアニン錯体および遷移金属−ポルフィリン錯体を用いて実験を行った。また、ナノスペース効果の寄与を確認するため、同様の触媒を細孔径分布の広い従来の活性炭に担持したものについても同様の実験を行った。触媒として用いた大環状化合物錯体は、5,10,15,20-テトラキス(4-メトキシフェニル)ポルフィリナトコバルト(CoTMPP),フタロシアニン銅(PcCu)およびコバルト(PcCo),2,9,16,23-テトラt-ブチルフタロシアニン銅(t-BuPcCu)およびコバルト(t-BuPcCo)である。それぞれを活性炭素繊維上に担持した触媒を用いて電解を行ったところ、Figure 3に示すように高い炭酸ガス還元の活性を示し、最高で70%程度の電流効率で一酸化炭素を生成した。

フタロシアニン誘導体では、分子径が大きいため吸着量が少なかった。炭酸ガス還元活性も担持量が多くなるほど低くなった。

COTMPP触媒について、細孔径2nmの活性炭素繊維と、細孔径分布の広い活性炭に担持したものの比較すると、活性炭素繊維担体と活性炭素担体で炭酸ガス還元の活性はほぼ同程度である。一方、t-BuPcCuを用いた場合には、活性炭素繊維に担持したものと比べ、活性炭に担持したもの方がずっと高い活性が得られた。したがって、触媒の分子径が増すことでナノスペース効果の寄与が減少することがわかった。

結言

活性炭素繊維細孔内への触媒の担持により、微小細孔内の疑似高圧効果を電気化学反応に適用することができた。またこのときの細孔内における二酸化炭素還元の反応機構を検討し、常圧下での反応と異なることが推察された。二酸化炭素還元活性が、活性炭素繊維上の触媒量に依存すること、および触媒量の変化方法がわかったため、今後、より高い活性の触媒を実現できる可能性が示唆された。

Table 1 Current efficiencies for various GDEs fabricated from ACF and CF; potential, -1.8V vs. SCE.

Figure 1. Tafel plot for a) CO2 reduction and b) H2 evolution obtained in 0.5 M KHCO3 for GDEs fabricated from unmodified ACF(◆,◇)and ACF loaded with various metals: Fe(■,□), Ni(●,○), Cu(▲,△)and Pd(▼,▽).

Figure 3. Maximal current efficiencies for CO production with various catalyst

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は八章から構成されており、活性炭素繊維を含む電極を作製することにより実現する細孔内での二酸化炭素の電気化学的還元について述べられている。第一章では本研究の背景および方向づけについて、第二章では本研究で使用した実験系について、続く四章では具体的に検討を行った系および研究成果について記述されている。それを受けて第七章では現実系へ適用した場合の試算を行っている。第八章は全体の総括および将来の展望が語られている。

 第一章は序論であり、二酸化炭素の電気化学的還元における理論的な計算、これまでの研究のまとめなどが述べられている。二酸化炭素の固定化において電気化学的手法は温和な条件で進行すること、還元剤としての水素を必要としないことなどの利点がある。現在、二酸化炭素の電気化学的還元において問題となっているのは、主として(1)二酸化炭素の溶解度の制限により、二酸化炭素還元の部分電流密度が制限される(2)水溶媒系で電解還元を行うことにより、水の還元による水素生成が競争反応になるという点である。まず、二酸化炭素の供給の問題について、ガス拡散電極を用いることを提案している。また、二酸化炭素還元の効率向上の手段として、活性炭素繊維を用いた擬似高圧系の利用を提案している。

 第二章では活性炭素繊維への金属の担持法、二酸化炭素の電解セル、生成物の分析法等について述べられている。

 第三章では活性炭素繊維に金属を担持したものを触媒として含むガス拡散電極を作製し、その電極を用いた場合の二酸化炭素還元の活性について述べている。活性炭素繊維細孔の非常に小さい細孔径は気体を非常に強く吸着することから細孔内は高圧下類似の状態となる。その擬似高圧下を二酸化炭素還元へ応用するため、金属電極を用いた二酸化炭素高圧下での電気化学反応との比較を行っている。また、二酸化炭素還元の部分電流密度の電位依存性を確認することにより、活性炭素細孔内での二酸化炭素還元の反応機構を推察し、通常の水溶媒系とは異なり有機溶媒系での反応に類似していることが示唆された。

 第四章では、第三章で検討した触媒中でもっとも二酸化炭素還元活性の高いニッケル担持二酸化炭素について活性の向上について検討を行っている。活性炭素繊維上のニッケル量は二酸化炭素還元活性に影響を及ぼしていることが示された。昇温脱離法から活性炭素繊維表面のカルボキシル基がニッケル担持の活性点となっている可能性が示され、より多くのニッケル担持への指標が示された。電極内の活性炭素繊維量についても検討を行い、二酸化炭素還元の部分電流密度を増加させている。

 第五章では、二酸化炭素還元活性の高いことおよび分子径の大きいことが知られている大環状化合物触媒を活性炭素繊維上に担持し電解還元を行っている。大環状化合物触媒としてはコバルトを中心金属としたポルフィリン誘導体、コバルトおよび銅を中心金属としたフタロシアニンおよびフタロシアニン誘導体を用いている。ポルフィリンおよびフタロシアニン誘導体は分子径は厚みおよびサイズがほぼ等しいが、活性炭素繊維に担持したときの二酸化炭素還元活性は大きく異なる。吸着等温線の調査からポルフィリンは単層吸着をするがフタロシアニンは単層吸着を行わないことが示され、このことが活性の差違を生んでいると説明されている。また、担体として活性炭素繊維および粒状活性炭を用いたときの比較より、大環状化合物触媒は高圧類似効果を顕著に示さないことが明らかになった。

 第六章では、二酸化炭素電解系としての溶液抵抗の低減ならびに電流の向上を目指した電極面積が大きく、電極間距離の小さい平面のセルを作製し、そのセルを用いた二酸化炭素の電解還元について述べられている。陽極および陰極の電位の電流依存性からこの系での溶液抵抗が見積もられている。また、本系における二酸化炭素の電気化学的還元をエンタルピー変化に基づくエネルギー効率計算を行い、48%であることを示した。

 第七章では、二酸化炭素の電解還元を実際に行った場合のエネルギー効率を、触媒反応等の二酸化炭素還元反応と比較することにより経済的な観点からの電気化学反応の有為性について述べられている。

 第八章は本研究で得られた結果の総括および将来への展望が述べられている。この中で活性炭素繊維細孔内での電気化学反応を応用することにより、他の高圧下での電気化学反応への応用の可能性が示唆されている。

 本論文における結果は、活性炭素繊維細孔内での高圧下類似反応をはじめて電気化学反応に適用したものであり、二酸化炭素問題の解決法のみならず一般に高圧下での電気化学反応を常圧条件で行うことができる可能性を示した点で評価できるものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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