学位論文要旨



No 117205
著者(漢字) 冨重,斉生
著者(英字)
著者(カナ) トミシゲ,ナリオ
標題(和) 酵母GAS1遺伝子の関与する細胞壁生合成機構の研究
標題(洋)
報告番号 117205
報告番号 甲17205
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2401号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 助教授 中島,春紫
 東京大学 助教授 足立,博之
内容要旨 要旨を表示する

 出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeの細胞壁は細胞の最外層にあって、その形態を規定し、浸透圧変化など環境変化を緩衝する重要な役割を果たしている。この細胞壁はグルカン、キチンの糖ポリマーとマンナン蛋白質によって構成されている。グルカンは、直鎖状のポリマーで骨格となって細胞壁に剛性を与えるβ1,3-グルカンと、それから分枝したβ1,6-グルカンとで構成されている。キチンは、出芽時に出芽部位において合成量が上昇するほかは、細胞壁全体に微量存在している。グルカン、キチンは骨格の強度を保つようにクロスリンクし、マンナン蛋白質はそのグルカンーキチンネットワークの隙間を埋めるように外側を覆い、細胞壁の透過性を制限している。

 マンナン蛋白質は、細胞壁への結合様式によってPIR-CWPとGPI-CWPの2種類に分類されている。PIR-CWPがO-糖鎖を介してグルカンに直接結合するのに対し、GPI-CWPはGPI-アンカーによって細胞質膜に一時係留された後、GPI-アンカー内が切断されβ1,6-グルカンを介して細胞壁β1,3-グルカンに共有結合する。GPI-CWPの細胞壁への転移に関与する分子と機構は未だに明らかになっていないが、酵母細胞の生育に必須な過程であり、基礎研究の対象として非常に興味深い。また、人や家畜の真菌感染の際に、GPI-CWPが関与することが知られており、GPI-CWPの細胞壁転移機構は抗真菌剤の有効なターゲットとして、臨床の場においても解明が期待される。本研究は、このGPI-CWPの細胞壁への転移に関与する分子と機構を明らかにすることを目的とした。

1.GAS1遺伝子破壊と合成致死を示す変異株の単離

 出芽酵母においてgas1破壊株では、β1,6-、β1,3-グルカンの付加したGPI-CWPが培地中に漏出する。そして野生株細胞壁には1-2%しか存在しないキチンが、gas1破壊株では40%まで増加し、GPI-CWPはβ1,6-グルカンを介してこのフラクションにも共有結合するようになる。gas1破壊株はまた、KRE6の破壊により合成致死を示す。Kre6pはβ1,6-グルカン合成酵素と考えられ、その破壊株では細胞壁のβ1,6-グルカン量が50%まで減少する。そこで"gas1 kre6二重破壊株の合成致死性は、β1,3-グルカンやキチンへのGPI-CWPの結合量の極度の減少による"という仮説をたてた。この仮説に基づけば、β1,6-グルカンへのGPI-CWPの転移に働く遺伝子の変異もまたgas1破壊株と合成致死性を示すはずである。そのような遺伝子を取得することを目的とし、gas1破壊株を用いた合成致死スクリーニングを行った。

1-1.GAS1遺伝子破壊株を用いた合成致死スクリーニング

 スクリーニングには、染色体のgas1破壊遺伝子をプラスミド上のGAS1遺伝子で相補しておき、このプラスミドの脱落が許されるか否かを検定する、古典的なade2 ade3の系を用いた。EMS処理した10万コロニーから、プラスミド脱落が許されない合成致死変異株53株を単離した。変異はいずれも劣性であった。また細胞壁β1,3-グルカンのアセンブリーを阻害するCongo redに23株が感受性を示し、細胞壁生合成に関係する遺伝子に変異が入っていることが示唆された。

1-2.変異遺伝子の同定

 gas1破壊株は細胞壁に比較的重度の欠損を持つため、ade2 ade3の系では、変異を相補する遺伝子ライブラリプラスミドを選択することが困難であった。そこで、Gas1pの発現をGALプロモーターで制御することで、相補活性をグルコース培地上のコロニーの生育で判断できるようにした。

 取得した53株のうち,致死性が明らかな14株についてこの系をもちいてクローニングを行ない、9株においてこれまでに合成致死性の報告のあるKRE6、BCK1を含む8種類の変異遺伝子を同定した(Table1)。

1-3.破壊株の作製とgas1破壊との合成致死性

 上記8変異遺伝子のうち、CSG2と同じステップで機能すると考えられているSUR1、DFG5のホモログであるYKL046cを加えた、10種類の遺伝子の破壊株を作製した(うち2株は購入した)。これらをgas1破壊株とかけ合わせ、四分子解析を行ったところ、5株で合成致死性が確認された。

1-4.破壊株における細胞壁生合成の解析

 取得した遺伝子の細胞壁合成への関与を検討するため、作製した破壊株を用いて細胞壁欠損時に特徴的な表現型の有無を観察した。1. Congo redに対する感受性、2. 細胞壁のグルカン由来のグルコース、マンナン蛋白質由来のマンノース、キチン由来のグルコサミンの3種の糖組成、3. 欠損をもつ細胞壁に対して機能する補償機構の一つである細胞壁蛋白質Cwp1pの発現量増加、の3点について検討した。その結果、Congo redに対し3株が感受性を示した。また、グルコースに対するマンノースの割合(Man/Glc ratio)が野生株と比較して、高いものと低いものとに分類することが出来た。ウェスタン解析により、6株でCwp1pの発現量増加が認められ、細胞壁に何らかの欠損を生じていることが示唆された。

 2.KEX2の細胞壁合成における役割とGAS1破壊との合成致死性の解析

 取得した遺伝子のうち、KEX2はゴルジ体に局在するdi-basicな部位を認識するプロセシングプロテアーゼをコードしており、取得した変異alleleばかりでなく遺伝子破壊も合成致死を示した。また、kex2破壊株はCongo red感受性であること、Cwp1pの発現量が増加していることから細胞壁に欠損を生じていることが示唆された。そこでKEX2の細胞壁合成における役割とGAS1破壊との合成致死性を詳細に解析した。

 2-1.KEX2の細胞壁合成における役割

 "Kex2pはプロテアーゼ活性を通じて細胞壁合成に関与している。"と仮説をたて、以下の実験を行った。kex2破壊株の低温感受性のマルチコピーサプレッサーとして取得されたMkc7pはmono-basicな部位を認識するGPI-anchor型aspartyl proteaseである。そこでMkc7pがkex2破壊株のCongo red感受性をサプレスするかどうか検討した。その結果、MKC7はマルチコピーでkex2破壊株のCongo red感受性をサプレスした。これは、Kex2pが細胞壁合成に関与する基質分子をプロセシングしていることを強く示唆した。

 2-2.Kex2pの細胞壁合成に関与する基質分子の探索

 破壊株のうち、Man/Glc ratioが野生株に比べ高くなる株では、グルカンの合成量が減少している可能性が考えられた。そこでβ1,3-、β1,6-グルカンのどちらに影響が出ているのか更に検討するため、β1,6-グルカン欠損株が耐性を示すK1 killer toxinに対する感受性を観察した。その結果、kex2破壊株は耐性を示しβ1,6-グルカン合成に欠損を生じている可能性が示唆された。Kex2pはゴルジ体に局在し、ここを通過する基質蛋白質のアミノ酸配列中、KRのC末側を切断する。これらを考慮し、ゴルジ体以降に局在し、細胞壁β1,6-グルカン合成に関与すると考えられる分子について、Kex2pの基質であり、プロセシングにより活性化される可能性を検討している。

Table 1.クローニングを行なった変異株と同定した変異遺伝子

審査要旨 要旨を表示する

 出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeの細胞壁は細胞の最外層にあって、その形態を規定し、浸透圧変化などの環境変化を緩衝する重要な役割を果たしている。細胞壁はグルカン・キチンの糖ポリマーとマンナン蛋白質よりなる。グルカン・キチンは骨格の強度を保つように架橋し、マンナン蛋白質はその網目を埋めるように外側を覆って透過性を制限している。マンナン蛋白質は、O-糖鎖を介しグルカンに直接結合するPIR-CWPと、GPI-アンカーの一部とβ1,6-グルカンを介して細胞壁β1,3-グルカンに共有結合するGPI-CWPの2種類がある。GPI-CWPの細胞壁転移機構は未だに明らかでなく、生育に必須なので抗真菌剤の有効なターゲットとしても解明が期待される。本論文は、このGPI-CWPの細胞壁転移機構の解明を目的に行った研究の成果を取りまとめたもので、2章からなっている。

 序論に続く第1章では、GAS1遺伝子破壊と合成致死を示す変異株の単離と遺伝子の同定が述べられている。GAS1はβ1,3-グルカンの組換え酵素をコードし、破壊株はβ1,6-、β1,3-グルカンの付加したGPI-CWPが培地中に漏出する。また、野生株細胞壁には1-2%しか存在しないキチンが40%まで増加し、GPI-CWPはβ1,6-グルカンを介して結合するようになり、β1,6-グルカン合成酵素KRE6の破壊と合成致死を示す。β1,6-グルカンへのGPI-CWPの転移に働く遺伝子の変異もgas1破壊株と合成致死性を示すと予想し、gas1破壊株を用いた合成致死スクリーニングを行った。染色体のgas1破壊遺伝子をプラスミド上のGAS1遺伝子で相補しておき、このプラスミドの脱落をade2 ade3で検定する系を用いた。10万のEMS処理コロニーから、プラスミド脱落がない合成致死変異53株を単離した。変異はいずれも劣性であった。また細胞壁β1,3-グルカンのアセンブリーを阻害するCongo redに23株が高感受性を示した。

 Gas1pの発現をGALプロモーターで制御することで、相補活性をグルコース培地上のコロニーの生育で判断できるようにした。致死性が明らかな14株について8種類の変異遺伝子(BCK1, BIG1, CSG2, DFG5, IPT1, KEX2, KRE6, WSC1)を同定した。CSG2と同じステップで機能すると考えられているSUR1、DFG5のホモログであるYKL046cを加えた、10種類の遺伝子の破壊株について検討した。gas1破壊株とかけ合わせ、四分子解析したところ5株で合成致死性が確認された。また、Congo redに対する感受性、グルコース・マンノース・グルコサミンの3種の糖組成、欠損細胞壁の補償機構の一つである細胞壁蛋白質Cwp1pの発現量増加、の3点について検討した。Congo redには3株が感受性を示し、マンノース/グルコース比が野生株より高いものと低いものとに分類出来た。ウェスタン解析により、6株でCwp1pの発現量増加が認められ、細胞壁の何らかの欠損が示唆された。

 第2章では、KEX2の細胞壁合成における役割の解析について述べられている。取得した遺伝子のうち、KEX2はゴルジ体に局在するdi-basicな配列を認識するプロセシングプロテアーゼをコードしており、取得した変異alleleばかりでなく遺伝子破壊もgas1遺伝子破壊と合成致死を示した。また、kex2破壊株はCongo red感受性で、Cwp1pの発現量が増加し、細胞壁の欠損が示唆された。kex2破壊株はβ1,6-グルカン欠損株が耐性を示すK1 killer toxinに対して感受性であった。kex2破壊株の低温感受性のマルチコピーサプレッサーとして取得されたMkc7pとYAP3pはmono-basicな部位を認識するGPI-anchor型aspartyl proteaseであるが、MKC7とYAP3はマルチコピーでkex2破壊株のCongo red感受性を抑制した。このことはKex2pが細胞壁合成に関与するタンパク質前駆体をプロセシングしていることを強く示唆する。以上を考慮して、分泌経路に入りKex2pの基質となりうるタンパク質をデータベースから抽出し、各々についての詳細な検討を開始した。

 以上、本論文は、酵母細胞壁合成に関わる遺伝子をgas1との合成致死性で多数取得し、その性質を明らかにした。分泌系のプロセシング酵素Kex2pが壁合成酵素の活性化に関わるという新展開はきわめて興味深く、これらの研究成果は、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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