学位論文要旨



No 117417
著者(漢字) 山崎,真五
著者(英字)
著者(カナ) ヤマサキ,シンゴ
標題(和) 多段階促進触媒の開発と不斉化 : オレフィンからの直接的なトランスβ置換アルコールの合成
標題(洋)
報告番号 117417
報告番号 甲17417
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第981号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 講師 眞鍋,敬
 東京大学 講師 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

 有機合成化学における反応工程の短縮は、合成の効率化という点だけでなく、環境面、及び経済面においても重要な役割を担っている。トランスβ置換アルコールには生理活性を有する化合物が多く知られ、その光学活性体は重要なキラルビルディングブロックである。しかしながらそれらをオレフィンから直接合成する方法はハロヒドリン、1,2−ジオール類縁体を除いて報告例がなく、一般的にオレフィンの酸化、続くエポキシドの求核剤による開環反応の2工程を必要とした。これまでに当研究室において、酸化スズ触媒を用いたクロロヒドリン、1,2−ジオール類縁体、アジドヒドリンのオレフィンからの直接的な合成法を報告している。これらの反応はエポキシド中間体を経由しない新規な反応ではあるものの、クロロヒドリンを除いて化学収率が中程度であるという問題を残していた。一方、一度に結合の形成および切断を行う事のできるタンデム反応はエネルギーの削減、および廃棄物の軽減を可能とし、これからの有機化学に一つの解答を与えている。そこで筆者はオレフィンの酸化とエポキシドの開環反応を同時に促進する多段階促進触媒を創製することで、トランスβ置換アルコールのオレフィンから直接的な合成法を確立する事を目指し研究を行った(Scheme 1)

1.オレフィンからの直接的なトランス1,2−ジオール類縁体の合成

 まず初めに酸素求核剤を用いて、トランス1,2−ジオール類縁体の合成の検討を行うこととした。求核剤としてTMSOAc、酸化剤としては比較的安全性の高いビストリメチルシリルパーオキシド(BTSP)を用いて、様々なルイス酸触媒存在下検討を行った。その結果、ジルコニウムアルコキシドが良好な結果を与えることが分かった。なかでもZr(OiPr)4が最もよい結果を与え、シクロヘキセンを基質とした場合には6.5時間で化学収率78%にて相当するトランスβアセトキシアルコールを与えた。またその他の基質にも適用したところ、様々なオレフィンにて高収率でトランスβアセトキシアルコールを得ることに成功した(Scheme 2)。本反応の立体選択性は高く、置換基とトランスの水酸基を有する生成物を単一ジアステレオマーとして与えた(entry 4)。また本反応における副反応として最も考えられうるBaeyer-Villiger反応は、本条件において進行しなかった(entry 8)。本反応は反応溶液のNMRからエポキシド中間体を経て進行し、1)オレフィンのエポキシ化、2)エポキシドの開環反応の2段階からなることが明らかになった。実際、トランスオレフィンを用いた場合にはエポキシドの開環反応は起こらずエポキシドを主生成物として与えた(entry 7)。各反応は触媒非存在下では進行しないことから、本反応においてジルコニウムは両反応を触媒する多段階促進触媒であるといえる。

2.オレフィンからの直接的なトランスβシアノヒドリンの合成

 続いて、本反応をより有用な炭素−炭素結合形成反応へ展開することとした。トランスβシアノヒドリンはアルドール等価体であり有機合成上有用な化合物である。しかしながらそれらのオレフィンからの直接的な合成法はこれまで全く報告例がなかった。そこで同条件下TMSOAcにかわりTMSCNを用いて検討を行った。先の反応と同様の条件にて反応を行ったところ、目的物はわずかしか生成しなかった。そこで様々な検討を行ったところ、ジルコニウムの配位子として立体的にかさ高いジオールを、また添加剤としてトリフェニルホスフィンオキシドを用いることで反応が著しく加速され、オレフィンからβシアノヒドリンを極めて高収率で得ることに成功した(Scheme 3)。本反応は中員環のオレフィンからも目的物を高収率で与え(entry 4)、また立体選択性も高いことが分かった(entry 5)。立体特異性についてはエナミン型のオレフィンを除いて(entry 9)、完全にトランス体を与えた。特にentry 6に示すようにジヒドロピランを用いた場合にも立体特異的に進行し、本反応は将来的には糖のCグリコシル化反応への展開が期待できる。さらに位置選択性においては3置換オレフィンでは一部低い選択性を示したものの(entry 8)、末端オレフィン(entry 12,13)、および非対称オレフィン(entry 6,9,14)においては完全な選択性で進行した。このように本反応はトランスβシアノヒドリンをオレフィンから直接合成する全くの新規反応であり、高い基質一般性に加え、立体選択性、立体特異性、および位置選択性も高く、有機合成的有用性が高い。

 本反応の反応機構を明らかにすべく、各種分光学的手法を用いて解析を行ったところ、エポキシド中間体を経由して反応が進行していることが明らかとなった。つまり本反応においてもジルコニウムは多段階促進触媒として機能していると考えられる。またさらに詳細な解析をおこなった結果、1)ジオール配位子とZr(OtBu)4との配位子交換、2)ホスフィンオキシドのジルコニウムへの配位、3)ジルコニウムシアニドの生成が確認された。また、反応の速度論的解析からエポキシ化の反応速度は触媒に関して1次、エポキシドの開環反応においては2次であった。つまり、本反応においてジルコニウムは目的とする反応によってその反応様式を変化させ、エポキシ化においては単金属中心で、開環反応においては2つの金属中心で反応を促進していると考えられる。以上の解析および先例に基づいた考察からScheme 4のような反応機構であることが推測される。本反応機構に従えば、ジルコニウムは系中で、酸化剤、求核剤、ルイス酸と多様な機能を果たしていると考えられ、このような多様な機能が本反応を可能にする鍵であると考えられる。

3.触媒的不斉反応への応用

 一方、以上の反応はどれも原則として不斉反応への応用が可能であり、それらについても検討した。本反応は2段階からなる反応であるため、その不斉化にはいくつかの戦略が考えられる。非対称なオレフィンを用いた場合には、エポキシ化の段階で不斉点が生じるため、その不斉化は不斉エポキシ化もしくはラセミ体エポキシドの速度論的分割を用いる方法が考えられる。一方対称なオレフィンの場合にはエポキシ化によってメソエポキシドを与えるため、その不斉化は不斉開環反応によって行わなければならない。そこで、以上すべての可能性について検討した。

 まず、非対称なオレフィンを用いた触媒的不斉反応を検討した。(4H)-Chromeneを基質として検討を行った結果、TADDOLが良い結果を与えることが分かった(Scheme 5)。そこで、その構造修飾を行ったところ、アリール基の電子的要因によって大きく不斉収率が変化することが分かった。また同様に立体的要因によっても不斉収率が向上することがわかり、最終的にアリール基として1ナフチル基を有するTADDOLを用い、-40℃にて反応を行うことで41% eeにて成績体を得ることに成功した。

 続き対称オレフィンを用いた触媒的不斉反応を検討した。シクロヘキセンを基質として検討を行った結果、僅かながらでも不斉が誘起されたのはTADDOLのみであった(Scheme 6)。そこでTADDOL骨格を母核として検討を行ったところ、オルト位に置換基を有するフェニル基を導入し(entry 2-4)、ケタール部位をよりかさ高いエチル基をすることで不斉収率の向上が見られた(entry 5)。さらに、触媒に対して1当量の水を添加することでさらに不斉収率が向上し(entry 6)、また反応溶液を希釈することで、最終的にシクロヘキセンから相当するシアノヒドリンを68%eeにて得ることができた(entry 7)。このような水および希釈の効果を明らかにすべく触媒のX線結晶構造解析を行った結果、本触媒は水分子由来の酸素原子によって架橋された3核錯体であることが明らかとなった。この錯体は結晶構造学的な観点からだけでなく、先に示した反応機構を支持するものとして興味深い。本不斉反応はエナンチオ選択性においていまだ改良の余地を残すもののオレフィンからのトランスシアノヒドリンの触媒的不斉合成の可能性を示唆している。以上の結果を踏まえ、今後は生理活性天然物合成への応用を行う予定である。

[文献](a) Sakurada, I.; Yamasaki, S.; Iida, T.; Gottlich, R.; Kanai, M.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2000, 122, 1245-1246.: (b) Yamasaki, S.; Kanai, M.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2001, 123, 1256-1257.: (c) Yamasaki, S.; Kanai, M.; Shibasaki, M. Chem. Eur. J. 2001, 7, 4066-4073.

Scheme 1

Scheme 2

a)4 equiv. of (CH3)3SiOOSi(CH3)3 were used.

Scheme 3

a)4eq of TMSCN were used. b)20 mol % of diol were used. c)4eq of TMSCN and BTSP were used. d)Ph3AsO was used instead of Ph3PO. e)Hf(OiPr)4 was used instead of Zr(OtBu)4.

Scheme 4

Scheme 5

a)carried out at -20℃.

Scheme 6

審査要旨 要旨を表示する

 有機合成化学における反応工程の短縮は、合成の効率化という点だけでなく、環境面、及び経済面においても重要な役割を担っている。一度に結合の形成および切断を行う事のできるタンデム反応はエネルギーの削減、および廃棄物の軽減を可能とし、将来の有機化学に一つの解答を与えている。この課題に対し、山崎真五はオレフィンの酸化とエポキシドの開環反応を同時に促進する多段階促進触媒を創製することで、生物活性化合物の重要ビルディングブロックであるトランスβ−置換アルコールのオレフィンからの直接的な合成法を確立した(Scheme 1)。

 本論文において達成されたのは以下の点である。

1.オレフィンからの直接的なトランス1,2−ジオール類縁体の合成

 当研究室ではすでに酸化スズ触媒を用いたオレフィンからの直接的クロロヒドリン、1,2−ジオール類縁体、アジドヒドリンの合成を報告している。これらを背景に、求核剤としてTMSOAc (4)、酸化剤としては比較的安全性の高いビストリメチルシリルパーオキシド(BTSP, 5)を用いて、オレフィン1からの直接的なトランス1,2−ジオール類縁体2の合成について様々なルイス酸触媒存在下検討を行った。その結果、Zr(OiPr)43が最もよい結果を与え、様々なオレフィンにて高収率でトランスβ−アセトキシアルコール2を得ることに成功した(Scheme 2)。本反応の特徴は、1)立体選択性が高く、置換基とトランスの水酸基を有する生成物を単一ジアステレオマーとして与える;2)副反応として最も考えられうるBaeyer-Villiger反応は、本条件において進行しない;3)反応溶液のNMRから、本反応はエポキシド中間体を経て進行し、1)オレフィンのエポキシ化、2)エポキシドの開環反応の2段階からなることが明らかになった。実際、トランスオレフィンを用いた場合にはエポキシドの開環反応は起こらずエポキシドを主生成物として与えた。

2.オレフィンからの直接的なトランスβ−シアノヒドリンの合成

 続いて、本反応をより有用な炭素−炭素結合形成反応へ展開することとした。トランスβ−シアノヒドリン9はアルドール等価体であり有機合成上有用な化合物である。しかしながらそれらのオレフィンからの直接的な合成法はこれまで全く報告例がなかった。そこでTMSOAcにかわりTMSCN (6)を用いて検討を行ったところ、ジルコニウムの配位子として7のような立体的にかさ高いジオールを、また添加剤としてトリフェニルホスフィンオキシド8を用いることで反応が著しく加速され、オレフィン1からβ−シアノヒドリン9を極めて高収率で得ることに成功した(Scheme 3)。本反応は中員環のオレフィンからも目的物を高収率で与え、また立体選択性、立体特異性も高いことが分かった。特にテトラヒドロピランを用いた場合にも立体特異的に反応が進行することから、本反応は将来的には糖のCグリコシル化反応への展開が期待できる。さらに位置選択性においては3置換オレフィンでは一部低い選択性を示したものの、末端オレフィン、および非対称オレフィンにおいては完全な選択性で進行した。このように本反応はトランスβ−シアノヒドリンをオレフィンから直接合成する全くの新規反応であり、高い基質一般性に加え、立体選択性、立体特異性、および位置選択性も高く、有機合成的有用性が高い。

3.反応機構解析

 本反応の反応機構を明らかにすべく、各種分光学的手法を用いて解析を行ったところ、1)ジオール配位子とZr(OtBu)1との配位子交換、2)ホスフィンオキシドのジルコニウムへの配位、3)ジルコニウムシアニドの生成が確認された。また、反応の速度論的解析からエポキシ化の反応速度は触媒に関して1次、エポキシドの開環反応においては2次であった。つまり、本反応においてジルコニウムは目的とする反応によってその反応様式を変化させ、エポキシ化においては単金属中心で、開環反応においては2つの金属中心で反応を促進していると考えられる。以上の解析および先例に基づいた考察からScheme 4のような反応機構であることが推測される。本反応機構に従えば、ジルコニウムは系中で、酸化剤、求核剤、ルイス酸と多様な機能を果たしていると考えられ、このような多様な機能が本反応を可能にする鍵であると考えられる。

4.触媒的不斉反応への応用

 以上の反応はどれも原則として不斉反応への応用が可能であり、それらについても検討した。その結果TADDOL類縁体10を配位子として用い、触媒に対して1当量の水を添加することで、シクロヘキセン11から相当するシアノヒドリン12を68%eeにて得ることができた。反応活性種を明らかにすべく触媒のX線結晶構造解析を行った結果、本触媒は水分子由来の酸素原子によって架橋された3核錯体13であることが明らかとなった。本不斉反応はエナンチオ選択性においていまだ改良の余地を残すもののオレフィンからのトランスシアノヒドリンの触媒的不斉合成の可能性を示唆している。

以上の研究成果は、有機合成化学、触媒化学、薬学の分野に広く貢献するものであり、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

Scheme 1

Scheme 2

Scheme 3

Scheme 4

Scheme 5

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