学位論文要旨



No 117452
著者(漢字) 加藤,整
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,セイ
標題(和) 乱流の統計性質と不安定周期解
標題(洋)
報告番号 117452
報告番号 甲17452
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第196号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山田,道夫
 東京大学 教授 薩摩,順吉
 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 教授 俣野,博
 東京大学 助教授 石岡,圭一
 京都大学 助教授 大木谷,耕司
内容要旨 要旨を表示する

 非圧縮流体の乱流はナヴィエ・ストークス方程式に支配される巨大自由度カオス系と考えられる。この観点からは、従来のコルモゴロフの現象論的描像や間欠性といった統計性質はアトラクタの構造として解釈されるべきであるが、流体乱流の巨大自由度が数値的研究の大きな障害となることもあって、伝統的乱流描像の力学系的な解釈には依然として困難が残されている。この事態への一つの対処法として、ナヴィエ・ストークス乱流と良く似た統計性質を持つ少数自由度の乱流モデルを設定し、そのカオス理論的性質を詳細に調べることで本来の流体乱流への足掛かりをつかもうとする提案がなされている。本論文の前半では、このようなモデルの一つとして山田・大木谷によって導入されたGOYシェルモデル(Yamada and Ohkitani, 1987)

をとりあげ(各ujは複素変数)、乱流の統計性質、特にエネルギーカスケードの間欠性と不安定周期解の関係について議論する。本論文の後半では、このモデルおよびナヴィエ・ストークス方程式の乱流解について、そのリヤプノフベクトルの統計性質を調べる。

 最近、河原・木田(Kawahara and Kida, 2001)は、比較的低いレイノルズ数の平面クエット乱流中において、不安定周期解を求め、乱流の平均流が不安定周期解の平均流と良く一致することを発見した。この結果は、壁乱流の壁付近における一連の振舞いを記述する周期解が存在することを示し、工学的にも大変興味あるものである。一方、これとは別に、発達した一様等方乱流においては、エネルギーカスケード現象に伴う普遍的性質が存在することが古くから知られており、特に近年は従来のコルモゴロフ描像からのずれの存在が注目され、その原因と考えられるエネルギーカスケードの間欠性の多様な記述が試みられている。本論文では、この本来非常に大きな次元を持つエネルギーカスケード過程を不安定周期解の観点から議論するため、少数次元の乱流モデル(GOYシェルモデル)をとりあげ、まず、その不安定周期解の検出を試みた。

 この乱流モデルは、波数空間におけるナヴィエ・ストークス方程式に似せて作られたもので、2次の非線形性を持ち、非粘性の場合、エネルギーおよびヘリシティを保存する。また詳細な数値計算により、この乱流モデルは、数十次元のカオス解において、エネルギースペクトルの時間平均が波数の-5/3乗に従う波数領域(慣性領域)を持つこと、速度場の構造関数のスケーリング指数ζpにはコルモゴロフスケーリングζp=p/3からのずれ(乱流の間欠性)が見られること、速度の確率密度関数が高波数領域ほど正規分布からずれること、などナヴィエ・ストークス乱流と良く似た統計性質を示すことが知られている。

 乱流モデルの不安定周期軌道を反復法によって数値的に検出するため、モデルの粘性νと非線形項の形に関するパラメータδ(本来のモデルではδ=1/2)を変化させ、得られる極限軌道と固定点を初期予想として採用した。これらの解を、パラメータを変化させながら、不安定化するまで追跡して(δ=1/2の場合の)不安定周期解を得る。ここで周期解の検出には、周期も変数として解くMessの方法を用いた。

 この反復法の結果、一つの不安定定常解と二つの不安定周期解が得られた。数値解の相対誤差は、不安定定常解については10-17程度、二つの不安定周期軌道のうち、一方(コルモゴロフ解、以下参照)は10-7程度、他方(間欠解、以下参照)は10-5程度、である。

 まず、不安定定常解は、コルモゴロフスペクトルに近いスペクトル形を持つ定常解であり、従来非粘性で外力が無い場合に方程式(1)の解として見出されていた厳密なコルモゴロフスペクトルを持つ定常解に対応するものである。本論文で見出された定常解は、外力および粘性の存在する場合の定常解であり、これらの効果によってスペクトル形がやや変形しているものの、3つの連続するシェル変数の位相の和は3π/2となってエネルギーカスケードに最適なコヒーレンスを持っている。

 一方、二つの不安定周期解のうちの一つ(以下コルモゴロフ解と呼ぶ)は、単純な軌道形(各シェル変数の軌道は点または円)を持つ周期解であり、高波数側へのエネルギー流束(およびヘリシティ流速)は時間的に一定となり、エネルギー(およびヘリシティ)のカスケードは間欠性を示さない。また一周期平均で求めた速度場の構造関数のスケーリング指数ζpはコルモゴロフスケーリングζp=p/3と一致する、従ってスケーリング指数の意味でも間欠性を示さない。

 もう一つの不安定周期解(以下間欠解と呼ぶ)は、複雑な軌道形を持ち、低波数領域では比較的滑らかな振る舞いをするものの、高波数の速度成分は間欠的に大きな値となる。この解における高波数側へのエネルギー流束は、低波数では一周期に2つのピークを持つが、高波数ではピークの数が増し、最高波数では8つのピークを持つようになる。即ち、この周期解は枝分かれ型のエネルギーカスケードを表している。エネルギーに束の変動により、エネルギーカスケードは間欠的であり、特に、枝分かれ型のカスケードによってエネルギー流速の変動、即ち間欠性は高波数ほど激しくなる(ヘリシティ流速についても同様)。また速度場の構造関数のスケーリング指数ζpはコルモゴロフスケーリングζp=p/3からのずれを示し、この意味でも間欠的である。

 なおこれらのコルモゴロフ解と間欠解は、共に、一周期分の時間平均をとるだけで波数空間における慣性領域が見出される、という特徴を持っている。これは、乱流解において慣性領域を見出すためには、はるかに長い長時間平均をとらなくてはならないのと対照的である。

 次に、これらのコルモゴロフ解と間欠解について速度場の構造関数のスケーリング指数ζpを求めた。本論文の数値計算は、スケーリング指数を直接直線回帰で求めるにはやや大きすぎる粘性値を用いている。そこでここでは、Benziらによって提案されたESS(Extended Self-Similarity)を用いて、スケーリング指数をp次の構造関数と3次の構造関数の比として求めた。フィッティングに用いた領域は、前述のエネルギー流束の時間平均が一定と見做せる領域を使用した。先に述べたように、コルモゴロフ解ではスケーリング指数が厳密にコルモゴロフのスケーリングに従うことが見出されるが、これは不安定周期解自身が間欠的な構造を持たないためで当然の帰結である。これに対し、間欠解のスケーリング指数は、同じ粘性値の乱流解にほぼ近い値を示すことが見出される。さらに、これらの不安定周期解と乱流解における変数の確率密度分布を見ると、コルモゴロフ解では不安定周期解と乱流解では全く異なる分布を呈するのに対し、間欠解の確率密度分布は、細部は異なるものの、乱流解の確率密度分布の概形を与えていることが見出される。これらのことは、この間欠解が乱流のいわば骨格を与えていることを示している。またこのことから、ナヴィエ・ストークス乱流においても、このような間欠的な解が存在しその軌道の統計性質が間欠的な流れ場の統計性質を決めている可能性が想像される。

 以上のように、間欠解が乱流の統計性質を支配する骨格的なものであるとすれば、その軌道からのずれについても良い統計性質が得られることが期待される。そこで上で求まった不安定周期解のリャプノフ解析を行った結果、コルモゴロフ解と間欠解について、リヤプノフスペクトルを求めそれを用いて作成したカプラン・ヨーク次元は、それぞれ10.16および7.02であった。一方、これに対応する乱流解のカプラン・ヨーク次元はそれぞれ11.14および6.28であり、これは、リヤプノフスペクトルについても、乱流状態が間欠解によって良く表現されることを示している。実際、相空間の軌道形は、間欠解を位相対称変換で動かしたもの全体は、相空間のストレンジアトラクタを良く近似していることを示している。

 次に、乱流の不安定性を特徴づける最大リャプノフベクトルについて、ナヴィエ・ストークス乱流とシェルモデル乱流のリャプノフベクトルの構造を比較しつつ検討した。

 まず、ナヴィエ・ストークス乱流の最大リャプノフベクトルの空間構造を速度勾配テンソルの第2不変量を用いて詳細に調べ、撹乱場の高渦度領域の断面が、参照場のエネルギー散逸率の双極子構造と直交する双極子構造になるという従来の主張は、必ずしも成り立たないことを見出した。さらに、遠散逸領域において、参照場とリャプノフベクトルのエネルギースペクトルは同じオーダーで減衰することを見出した。この結果は、撹乱場の不安定性は散逸領域で不安定性で発達することをサポートしている。

審査要旨 要旨を表示する

 流体の3次元一様等方性乱流では、Reynolds数が増加し散逸波数が増加するにつれて普遍的統計性質を持つ波数領域(慣性領域)が増大することが知られている。この普遍的統計性質のうち代表的なものは、距離γだけ離れた2点の速度の差の統計性質であり、中でも速度差の縦成分△u(γ)の構造関数(p次モーメント)のスケーリング指数ζp(<(△u(γ))p>〜rζp)については多くの研究が行なわれてきた。特にKolmogorov(1941)は次元解析からζp=p/3(Kolmogorovスケーリング)を予想し、低次モーメント(ζ〓5)では実験と良く一致することが確認されたが、高次のモーメントについてはこの予想からのずれ(異常スケーリング)が見出された。

 現在、このずれの原因は、乱流の間欠性、すなわちエネルギーカスケードの空間的非一様性と考えられ、これに基づいて、対数正規分布モデル、ランダム乗法過程モデル、マルチフラクタルモデル、など多くのモデルが提案されている。これらのモデルは、何らかの現象論的仮定のもとにスケーリング指数の振舞いを説明するためのものであるが、このような間欠性の力学的な起源については、積極的提案は殆んどなされていない。

 一方、1980年代から乱流の普遍的統計性質を力学系理論的な観点から捉える試みが行なわれてきた。しかし乱流の次元が巨大であるため、力学系的手法が適用可能な対象は数値的にもごく少数の性質に限られており、乱流の最も顕著な性質である間欠的エネルギーカスケード過程を相空間の軌道の性質としてどのように解釈すべきかは現在も全く不明なままである。

 このような背景のもとに加藤氏は、巨大次元による困難を避けるためにNavier-Stokes乱流そのものではなく、間欠性を含む統計性質についてNavier-Stokes乱流に類似した統計性質を持つことが知られているシェルモデル(数十次元程度の常微分方程式による乱流モデル)を取り上げ、シェルモデルにおける乱流の統計性質、特に間欠性、について力学系的解釈を与えることを試みた。

 加藤氏は、このシェルモデルが乱流解をもつパラメータ領域において、まず、不安定定常解および不安定周期解を数値的に求め、それらの解の性質を調べた。これは24次元程度の力学系における不安定解を求める作業であり、数値的にも相当の困難を伴うものであるが、加藤氏は、非線形項に人為的なパラメータを導入しそのパラメータをも含む分岐図を作成して探索経路を決定することにより、1つの不安定定常解と2つの不安定周期解を求めることに成功した。

 このうち不安定定常解は、ほぼKolmogorovスケーリングを満たす解であり、もともとシェルモデルが非粘性のときにもつ定常解が粘性によって変形されたものと考えられる。また不安定周期解のうちの一つは、相空間における振舞いが非常に単純なもので、定常的なエネルギーカスケードを与え、数値誤差の範囲内で構造関数がKolmogorovスケーリングを満たすものである。これら2つの不安定解は、いずれも、Kolmogorovが提案したスケーリングを満たすものであり、従って、実際に実現される乱流解とは異なる統計性質を持っている。

 これに対しもう一つの不安定周期解は、高波数になるほど間欠的になるエネルギーカスケード過程を伴うものである(この理由で以下ではこの解を「間欠解」と呼ぶ)。さらに、この解による構造関数のスケーリング指数は、同じパラメータにおける乱流解の示すスケーリング指数と非常に良い一致を示すことを、加藤氏は見出した。この一致は、乱流の統計性質の基本的部分が、単一の不安定周期解の性質によって記述することができることを示しており、驚くべき結果である。

 さらに加藤氏は、乱流解を与えるアトラクターとこの間欠解の関係を調べ、間欠解をある位相変換で移したもの全体が、アトラクターを近似することを見出した。この位相変換は、シェルモデルにおける一つの解を別の解に変換するもので、Navier-Stokes方程式における空間並進変換に対応するものである。このようなアトラクターと間欠解の関係は、シェルモデル乱流の統計性質が単一の不安定周期解(間欠解)の性質によって記述されることの理由を与えている。

 このように加藤氏の結果は、シェルモデル乱流の統計性質について、従来とは全く異なる視点からの新しい描像を与えている点で高く評価できるものである。またこの描像は、Navier-Stokes乱流の統計性質の起源についても示唆を与えるものであり、今後の研究の一つの方向を与えている。

 よって、論文提出者加藤整は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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