学位論文要旨



No 117457
著者(漢字) 齋藤,夏雄
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,ナツオ
標題(和) ピカール数2の正標数ファノ3次元多様体について
標題(洋) Fano threefolds with Picard number 2 in positive characteristic
報告番号 117457
報告番号 甲17457
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第201号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桂,利行
 東京大学 教授 堀川,穎二
 東京大学 教授 宮岡,洋一
 東京大学 教授 川又,雄二郎
 東京大学 教授 織田,孝幸
 東京大学 助教授 寺杣,友秀
内容要旨 要旨を表示する

 3次元の多様体を分類するうえで中心的な役割を果たしている森プログラムと呼ばれる理論により,Fano多様体は代数幾何学における重要な研究対象となってきている.複素数体上において滑らかな3次元Fano多様体を分類する試みはIskovskih[Isk77, Isk78]によってその先鞭がつけられ,Shokurov[Sho79],藤田[Fuj90],森一向井[MM81, MM83, MM86],竹内[Tak89]などの仕事によって完成した.一方,定義体の標数が正の場合には小平の消滅定理やBertiniの定理など基本的な定理が成り立たないため,こうした分類をそのまま正標数に持ち込むことはできなかった.しかしShepherd-Barron [SB97]は最近こうした困難をうまく解決し,Picard数1のFano多様体について,双有理的な分類を与えることに成功した.またMegyesi[Meg98]はFano指数が2以上のFano多様体について調べ,標数0のときと同様に分類されることを示した.

 このような流れをふまえ,本論文では正標数の体上においてPicard数2のFano多様体について考察した.Kollarにより,森プログラムで基本的な役割を果たす端射線の収縮写像の分類は,任意の標数に拡張できることが知られており,これを用いて収縮写像のタイプごとにFano多様体を調べていく.正標数で考えるときに問題となるのは,Bertiniの定理が成り立たないことに起因する病理的な現象であり,その1つがwild conic bundleの存在である.

定義.〓:X→Sを滑らかな3次元多様体から2次元の滑らかな射影曲面への全射とする.Sの各点sに対し,〓-1(s)が二重直線であるとき,〓:X→Sをwild conic bundle という.

 当然ながら,このような特異な現象は標数2のときにのみ起こり得る.

 またBertiniの定理が成立しないために,与えられたFano多様体が(D)型の収縮写像を持つとき,その一般ファイバーが滑らかでない可能性がある.これについても,どのような場合にそのような現象が起こり得るかということは,興味深い問題である.

 本論文では以上の問題に対し,次のような結果を得た:

定理.Xをp(X)=2の3次元Fano多様体とする.このとき,以下のことが成り立つ:

(i)Xは36のクラスに分類される.これは標数2においていくつか注意すべき点があることを除けば,森一向井による分類と同じである.

(ii)Xがwild conic bundleの構造を持っているとする.このとき,Xは〓×〓においてbidegree(1,2)の因子として与えられるものに限る.また,このような例は実際に存在する.

(iii)Xがdel Pezzo surfaceをファイバーとするファイブレーションを持っているとする.このとき,一般ファイバーは正規である.

(iv)Xがdel Pezzo ファイブレーションを持ち,その一般ファイバーがP3内の2次のconeであるとする.このとき,XはP4内の2次超曲面をその中の2次曲線でブローアップしたものとして得られるものに限る.

 (i)の証明は,竹内[Tak89]の方法に倣い,反標準因子を数値的な議論によって決定することで行う.例えば,XをPicard数2のFano多様体とし,2つの収縮写像がそれぞれ(C1)と(D1)のタイプであったとする.2つの写像を〓, gとする:

〓上の直線の引き戻しを〓とし,〓の1点の引き戻しを〓とする.HとSは明らかに独立である.したがって,Picard数が2であるから,適当なx, y∈〓を用いて

H≡x(-Kx)-yS

と表せることが分かる.Sはdel Pezzo surfaceでその次数をdとすると,HとSに関する交点数が

H3=0,(-Kx).H2=2,S3=(-Kx).S2=0, (-Kx)2.S=d

と計算できる.これよりx, y, dの値が一意に定まり,Xは〓×〓の二重被覆で,(-Kx)3=6かつ−Kx≡H+Sを満たすことが分かる.このようにして,他の収縮写像の組み合わせに対しても同様にしてクラスを一意に決定することができる.

 (ii)-(iv)についても,各クラスに対してそれぞれwild conic bundleや非正規del Pezzoファイブレーションなどを持っていると仮定して矛盾を導く.証明の方法はそのクラスごとに異なる.例えば上で述べた,収縮写像のペアが(C1)-(D1)であるときのようにXが別のある多様体の二重被覆になっているような場合を考えると,もしXがwild conic bundleの構造を持つならば,この被覆は純非分離的でなければならない.一般に標数2における純非分離的な二重被覆h:X→Yに対し,あるY上の可逆層〓を用いて

と書け,層〓のある切断の零点の逆像がXの特異点を与えることが分かっている.そこで〓を計算してみるとこれが0でないことが分かり,したがってXが特異点を持ってしまうことが得られる.ある基本的な多様体の二重被覆としてXが与えられる場合は,すべてこのようにしてwild conic bundleの可能性を排除することができる.

 また,(iv)の系として,Picard数3のFano多様体で,〓×〓上にwild conic bundleの構造を持つものを構成することにも成功した.

謝辞.本論文を書くに当たっては,桂利行先生にいろいろとお世話になりました.暖かく励ましつづけてくださったことに深く感謝致します.また高木寛通氏,廣門正行氏には有益なコメントを数多くいただきました.深く感謝致します.

参考文献

[Fuj90] T. Fujita, Classification theories of polarized uarieties, Cambridge University Press, Cambridge, 1990.

[Isk77] V. A. Iskovskih, Fano threefolds. I, Izv. Akad. Nauk SSSR Ser. Mat. 41(1977), no.3, 516-562.

[Isk78] V. A. Iskovskih, Fano threefolds. II, Izv. Akad. Nauk SSSR Ser. Mat. 42(1978), no.3, 506-549.

[Meg98] G. Megyesi, Fano threefolds in positive characteristic, J. Algebraic Geom. 7(1998), no.2, 207-218.

[MM81] S. Mori and S. Mukai, Classification of Fano 3-folds with B2〓2, Manuscripta Math. 36(1981), no.2, 147-162.

[MM83] S. Mori and S. Mukai, On Fano 3-folds with B2〓2, Algebraic varieties and analytic varieties(Tokyo, 1981)(Amsterdam), North-Holland, Amsterdam, 1983, pp.101-129.

[MM86] S. Mori and S. Mukai, Classification of Fano 3-folds with B2〓2. I, Algebraic and topological theories (Kinosaki, 1984)(Tokyo), Kinokuniya, Tokyo, 1986, pp.496-545.

[SB97] N. I. Shepherd-Barron, Fano threefolds in positive characteristic, Compositio Math. 105(1997), no.3, 237-265.

[Sho79] V. V. Shokurov, The existence of a line on Fano varieties, Izv. Akad. Nauk SSSR Ser. Mat. 43(1979), no.4, 922-964.

[Tak89] K. Takeuchi, Some birational maps of Fano 3-folds, Compositio Math. 71(1989), no.3, 265-283.

審査要旨 要旨を表示する

 3次元の非特異完備代数多様体の分類理論において.Fano多様体は小平次元が−∞の位置にある重要な多様体である.複素数体上の3次元Fano多様体については.Iskovskih.森.向井などの仕事により、美しい理論が構築され.構造の解明がなされた,正標数においてもPicard数が1の3次元Fano多様体については.Shepherd-BarronおよびMegyesiによって研究され.双有理的な分類が与えられた.

 本論文において.斎藤夏雄は.正標数でPicard数が2の場合を扱った.正標数の場合にはwild conic bundleの存在やBertiniの定理が成立しないことによる困難が生じるが.Kollarの収縮写像の分類を用いることにより.次のような結果を得た.

 定理.XをPicard数が2の3次元Fano多様体とする.

(1)Xは、標数0の場合と同様に.36個のクラスに分類される.その中のいくつかのクラスにおいては、標数2に於いてwild conic bundleの構造が現われる.

(2)Xがwild conic bundleの構造を持てば,XはP2×P2において.bidegree (1,2)の因子で与えられるものに限る.また.このような構造を持つ3次元Fano多様体の例が存在する.

(3)Xがdel Pezzo曲面をファイバーとする構造を持てば.一般ファイバーは正規である.

(4)Xがdel Pezzo曲面のファイブレーションを持ち.その一般ファイバーがP3の2次のconeであるとする.このとき.XはP4内の2次超曲面をその中の2次曲線でブローアップしたものに限る.

 証明には、竹内が用い.森.向井によって認識されていた.反標準因子を交点理論によって計算する方法を用いる.計算はKollarによる収縮写像の分類すべてにわたって行われているが.その各々の場合に対して交点理論が有効に働いている.標数が2の場合には.wild conic bnndleが現われる場合があり.この現象はまったく新しいものでとくに興味深い.

 本論文は.Fano多様体という重要な代数多様体のクラスを扱い.正標数において.Picard数2の場合を分類したもので.その際.標数2において現れる特異な現象をも解析した興味深いものであり.この方面の研究に大きく貢献するものである.よって、論文提出者 斎藤 夏雄は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

審査委員

主査 東京大学(数理) 教授 桂 利行

(数理) 教授 織田 孝幸

(数理) 教授 川又 雄二郎

(数理) 教授 堀川 穎二

(数理) 教授 宮岡 洋一

(数理)助教授 寺杣 友秀

UTokyo Repositoryリンク