学位論文要旨



No 117458
著者(漢字) 坂川,博宣
著者(英字)
著者(カナ) サカガワ,ヒロノブ
標題(和) 相分離の確率平衡系モデルにおけるエントロピー的反発と大偏差原理
標題(洋)
報告番号 117458
報告番号 甲17458
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第202号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 舟木,直久
 東京大学 教授 俣野,博
 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 助教授 吉田,朋広
 東京大学 助教授 Weiss,Georg
内容要旨 要旨を表示する

 物理的な系を十分低温で観測すれば相転移が起き、それに伴って異なる相を分離する界面が現れる。そのような界面を表す微視的な数学モデルの一つとして∇φ界面モデルと呼ばれるモデルが考えられ、最近数多くの研究がなされている(cf. [2])。本論文ではこの∇φ界面モデルに関連して平衡系における以下の二つの問題

 1. Entropic repulsion for Gaussian field with finite range interaction

 2. Large deviations for ∇φ interface model with weak pinning and their applications

を取り上げ研究を行った。

Part 1. Entropic repulsion for Gaussian field with finite range interaction

 Zd上の共分散行列が離散Laplacianの多項式の逆行列で与えられるようなGauss場を考え、エントロピー的反発の問題について論じた。

 〓をK次の多項式とし、Zd上の離散Laplacian−Δ={(−Δ)(x,y)}x,y∈Zd

に対し〓と定義する。ただし〓に対しては

とする。J0(x,y)をJ(x,y)と書く。

 まず次の条件を仮定する。

 (i)〓ただしl=min{j;qj≠0}

 (ii)任意の〓に対し〓

この仮定の下で十分小さな任意の〓に対しJ-1εが存在し、正定値となる。従って共分散行列G≡J-1を持つようなZd上のGauss場が存在する。その〓上の分布をPと書くことにするとPは次のDLR方程式で無限領域Gibbs測度として特徴づけられる。

ここでF{x}c=σ(φy;y≠x)は{φy;y≠x}によって生成されるσ-fieldであり、N(m,σ2)は平均m,分散σ2の一次元正規分布を表す。

Remark 1.1. 形式的にはPは

と表せる。ただしajはjが奇数のとき1,偶数のとき0とする。これより〓をd+1次元空間内の異なる2相を分離する〓上の界面の高さを表す変数と考えると、Pはエネルギーが〓から定まるGibbs測度とみなせる。特にK=l=1の場合は∇φからエネルギーが決まるので∇φ界面モデルと呼ばれる。

続いてPの下でのFKG不等式を保証するような次の条件

 (iii)εk↓0なる実数列〓が存在し、任意の〓および〓に対し〓を満たすを仮定する。条件(i)-(iii)を満たすようなq(r)の例としては次のようなものがある。

Example. 〓ただし〓かつ任意の〓に対してαj,βj>0.

 エントロピー的反発とは高さ0のレベルに壁(hard-wall)を置くとき、Gibbs測度の持つランダムさによって自然に生ずる揺動力により界面が壁からどのくらい上方に押し上げられるかその高さを調べる問題であり、

に対し〓のN→∞での漸近挙動を調べることになる。この問題はエネルギーがH(φ)から定まるGibbs測度に対してはポテンシャルVが一般の場合も含め∇φ界面モデル、すなわちK=l=1の場合はいろいろと研究されている(cf. [2])。ここではZd上の共分散行列が離散Laplacianの多項式の逆行列で与えられるようなGauss場を考えることによって一般の相互作用を持つ界面モデルについてエントロピー的反発の問題を考えることが目的である。特にK=2の場合はこのモデルは細胞膜のモデルに対応することが知られている(cf. [3])。

 まず事象〓の確率の漸近挙動として次が成り立つ。

Theorem 1.1. あるC1,C2>0が存在して

が成り立つ。C1,C2は

で与えられる。ここで〓は〓上のLaplacian, (・,・)L2〓は〓内積を表し、〓はノルム〓から定まるSobolev空間とする。また〓とし、I1,I2は

で定義される。ただし〓でありI2は〓の取り方によらない。

これよりこのモデルでは〓の漸近挙動に影響するのは、多項式q(r)の最低次数lであり、多項式q(r)の最高次数K,すなわちエネルギーH(φ)における相互作用の最大距離ではないことがわかる。

 Therorem 1.1を用いることにより条件付き確率測度P(・|Ω+N)の下での高さ変数の局所的な標本平均に対する漸近挙動が得られる。

Theorem 1.2. 〓を固定する。このとき任意のa<2G(0,0){(−1+γ)d+2l}に対し

が成り立つ。またあるb>0が存在して

が成立する。ここでVR(z)=z+VRは中心z,幅2Rを持つ〓の立方体とし、〓は高さ変数φのVR(z)上の局所的な標本平均を表す。

この結果より界面がhard-wall条件により〓のオーダーで持ち上げられることがわかる。

Part 2. Large deviations for ∇φ interface model with weak pinning and their applications

 (舟木直久教授との共同研究)

 ∇φ界面モデルに対し、ピンニング効果と一般のDirichlet境界条件を加えた下での大偏差原理について考察した。特にその結果として大数の法則の極限がある種の自由境界を持つ変分問題によって特徴づけられることがわかる。

 〓の有界領域Dで境界∂DがLipschitz連続であるようなものに対し〓と定義しDN上の微視的なレベルでの界面を〓で表す。いま相互作用ポテンシャル〓,一体ポテンシャル〓に対し境界条件〓を持つDN上の界面φのエネルギーを

で定義する。ただしφ∨ψはDN上でφ, ∂+DN上でψに一致する〓上の界面の配置を表す。〓は〓内の向き付けられたボンド全体の集合とし、ボンドb=<x,y>に対し∇φ(b)=φ(x)−φ(y)と定める。ここで相互作用ポテンシャルVはC2,偶かつあるc−,c+>0が存在して任意の〓に対し〓を満たすと仮定する。また〓は、例えば界面を負の側に引き付ける力を表し、条件

(Q1)Qは非負、有界かつ区分的に連続

(W1)Wは有界かつ可測

(W2)あるα,β∈〓が存在して〓

を満たすものとする。相互作用の形からこのモデルは(ピンニングを持つ)∇φ界面モデルと呼ばれる。

 対応するDN上のGibbs測度は

で定義される。〓は正規化定数である。このとき、巨視的なランダムな高さ変数{hN(θ)}θ∈Dをx-方向とφ-方向ともに1/N倍にスケール変換して得られる

の多重線形補間(polilinear interpolation,一種の折れ線近似)として定義する。また〓に対しg|∂Dを巨視的な境界条件とし、〓と定義する。微視的レベルでの境界条件ψ∈R∂+DNに対しては次の条件を仮定する。

(ψ1)〓

(ψ2)あるp>2が存在して〓を満たす。

 以上の設定のもとで次が成り立つ。

Theorem 2.1. 巨視的な高さ変数{hN(θ)}θ∈Dに対し〓の下で〓上で速さNd,速度関数IU(h)を持つ大偏差原理が成立する。IU(h)は〓ならば〓ただし

〓ならばIU(h)=+∞で定義される。σ(ν)は表面張力と呼ばれる巨視的な量である。

Remark 2.1. U(θ,r)=QW(r),〓は定数のとき、ピンニングポテンシャルUがある場合とない場合の自由エネルギーの差は-|α−β|Qで与えられ、従って上の汎関数ΣU(h)は巨視的レベルでの界面hの総エネルギーを表している。ΣU(h)をで最小化する変分問題は、α>βでQ>0かつ境界条件gが正の場合は一般に領域Dの内部に自由境界を生成し、特にσ(u)=|u|2の場合は詳しく調べられている(cf. [1])。

Theorem 2.1 より次のことがわかる。

Corollary 2.1. ΣUがH1gでただ一つのminimizer〓をもつとすると任意のδ>0に対し

が成り立つ。

Remark 2.2. ピンニングポテンシャルUの一つとしていわゆる角井戸型ピンニング〓が∇φ界面モデルに関連する幾つかの問題で調べられているが(cf. [2]), Theorem 2.1より{hN(θ)}θ∈Dに対し〓の下では上で速度関数I(h)を持つ大偏差原理が成り立つ。ここでI(h)はh∈H1g(D)ならば〓ただし

〓ならばI(h)=+∞で定義される。これより角井戸型ピンニングは我々のスケール変換では大偏差原理に影響を与えないことがわかる。

 更に別の種類のピンニングとしてδ−ピンニングと呼ばれるものがある。これは

で定義されるもので、角井戸型ピンニングを加えたGibbs測度〓で2a(eb−1)=eJを保ちながらa→0,b→∞と極限を取った時の弱収束極限として得られるものである。δ−ピンニング〓に対する大偏差原理をd=1の場合について考える。いまD=(0,1),〓とし、境界条件を〓と取る。また

と定義する。このとき次が成り立つ。

Proposition 2.1. d=1とし〓を仮定する。このとき巨視的な高さ変数{hN(θ)}θ∈Dに対し〓の下でWa,b(D)上で速さN,速度関数IJ(h)を持つ大偏差原理が成立する。ここでIJ(h)は〓ならば〓ただし

h〓H1a,b(D)ならばIJ(h)=+∞で定義される。〓は

で定義される壁面自由エネルギーと呼ばれる巨視的な量である。

特にJが十分大きいときはτ(J)<0が成り立ち、この結果より角井戸型ピンニングのときと異なりδ−ピンニングではピンニングの影響が大偏差原理に現れることがわかる。

参考文献

[1] H.W. ALT AND L.A. CAFFARELLI, Existence and regularity for a minimum problem with free boundary, J. Reine Angew. Math., 325 (1981), pp. 105-144.

[2] G. GIACOMIN, Anharmonic Lattices, random walks and random interfaces, Preprint (2000).

[3] R. LIPOWSKY, From bunches of membranes to bundle of strings, Z. Phys. B 97 (1995) 193-203.

審査要旨 要旨を表示する

 物理的な系において相転移が起きる状況の下では、異なる相を分離する境界面いわゆる界面(interface)が現れる。近年、このような界面に対する解析が様々な手法により進められている。論文提出者坂川が論じたのは∇φ界面モデルとよばれる微視的レベルにおける界面の数学モデルである。∇φ界面モデルについては最近静的な観点から、あるいは時間発展の立場から数多くの研究がなされているが、坂川は静的観点から特に

 (1)一般の有限距離相互作用2次ポテンシャルをもつ場合のエントロピー的反発

 (2)弱いピンニング効果をもつ∇φ界面モデルの大偏差原理と大数の法則への応用という2つの問題を取り上げ考察を行った。

 通常の∇φ界面モデルでは、微視的な界面エネルギーはその表面積として定まる。ところが、たとえば細胞膜(membrane)を対象として取り上げ、それをモデル化する場合には、界面の表面積は一定であり、したがって界面の曲率といった第2次的な効果が支配的になり、エネルギーとしてそのようなものを採用する必要が生ずる。この違いを数学的にいえば、∇φ界面モデルでは最近接格子点間の相互作用を考慮すれば十分であるのに対して、細胞膜モデルではさらに遠くの点との間にも相互作用が存在するような系を考える必要があることを意味する。坂川は、ポテンシャルは2次と仮定して、一般の有限距離内の(finite range)相互作用をもつエネルギーを考えFKG不等式の成立を保証するような条件の下で、いわゆるエントロピー的反発の問題を考察した。即ち、領域のサイズ(一辺の長さ)をNとするとき、界面が常に正である確率は、N→∞とするとき漸近的にほぼexp{-Nd-2llogN}と振舞うことを示し、定数lを相互作用を定める差分作用素の特性量として決定した。続いて、界面が常に正であるという状況の下で、いいかえればそのような条件付確率の下で界面がどの程度の高さにまで押し上げられるのかを考察した。得られた結果は〓のオーダーであり、3次元以上の∇φ界面モデルの場合に知られている結果と基本的に同等であることが示された。以上が上記の問題(1)に対する結果である。

 問題(2)については、与えられた境界条件を巨視的レベルにおいて実現するようにスケーリングされた有界領域上の∇φ界面モデルを考え、そのエネルギーとして弱いピンニング効果を表す有界なポテンシャルを加えたものを採用する。このとき界面の巨視的高さ変数に対してNdのオーダーで大偏差原理が成立し、速さ関数として総表面張力に、負の側に界面が移動することによる優位性を表すエネルギー項を加えたものが現れることを証明した。また1次元の場合にδ−ピンニングとよばれる高さ0においてのみピンニング効果をもつようなモデルについても考察した。対応する結果は、境界条件が0でピンニング効果のない場合にはDeuschel, Giacomin, Ioffeによって示されていて、総表面張力が得られることは既知であったが、坂川の結果はそれを拡張したものである。大偏差原理の応用として、直ちに大数の法則を示すことができ、界面の極限における形状は速さ関数を最小にするプロフィールとして特徴付けられることがわかる。特にそれは変分問題の解であるが、そのような変分問題はAlt, Caffarelli, Friedmanらを始めとして偏微分方程式論の枠組み内において既に論じられていて、自由境界問題と深いつながりをもつことが知られている。ピンニング効果がない場合には変分問題の解は非線形楕円型偏微分方程式によって記述されるが自由境界は現れない。このように、坂川は特異性をもつ非線形問題を微視的レベルにおけるモデルの設定およびその解析を通して導くことに成功し、微視的界面モデルの平衡系について数々の新たな見地を開拓したのである。これらの諸結果は高く評価することができる。

 なお参考論文では、第1に確率格子気体モデルに対してその定常測度とカノニカルなGibbs分布の族が一致することを示し、第2に複数個の保存則をもつ相互作用拡散系の可逆測度の特徴付けを行っている。

 以上のような理由により、論文提出者坂川博宣は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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