学位論文要旨



No 117497
著者(漢字) 中川,貴司
著者(英字)
著者(カナ) ナカガワ,タカシ
標題(和) 複雑な不均質が伴ったマントル対流の数値モデリング : 物理・化学モデルの構築へ向けて
標題(洋) Numerical Modeling of Mantle Convection with a Complex Heterogeneity : Towards an Integrated Physical and Chemical Theory
報告番号 117497
報告番号 甲17497
学位授与日 2002.05.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4235号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 岩森,光
 東京大学 助教授 小河,正基
 広島大学 教授 本多,了
 東京大学 教授 瀬野,徹三
 東北大学 教授 藤本,博巳
 東京大学 教授 浜野,洋三
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 本論文において、地震波トモグラフィーによる地球内部構造と地球化学的分析によって得られている地球内部構造を同時に満たすことができるマントルダイナミクスモデルを提唱し、その熱化学進化への影響について議論を行う。

地震波速度構造と物質循環構造を同時に満たすマントルダイナミクスモデル

 ここでは、観測による地震波速度構造と地球化学的分析による物質循環構造を同時に満たすマントルダイナミクスモデルについて議論を行うため、マントル対流中における組成成層の安定性とその地震波速度構造への影響について研究を行った。さらに、D"層が地震波速度構造と物質循環構造に与える影響ついても研究を行った。

マントル対流中における組成成層の安定性と地震波速度構造への影響

 ここでは、初期に組成成層している状態の安定性について考えるために、初期組成成層している高密度物質と通常物質の密度差を表す無次元数である化学浮力パラメータと高密度物質に存在している放射性熱源の濃集度の2つのパラメータについて、初期組成成層が安定である領域を2次元極座標熱化学対流数値実験モデルを用いて調べた。また、その結果得られる2つのモード(初期成層安定と不安定)が作り出す地震波速度構造について、温度異常と組成異常の関数として定式化された地震波速度構造を調べた。

 まず、初期組成成層の安定性について述べる。初期成層をしている高密度物質に含まれる熱源の影響については、熱源の濃集度が通常物質と同じである場合には、化学浮力パラメータB(=�刄マc/ρ0α0�儺)が0.3(密度差2.7%)から0.5(密度差4.5%)の間に初期成層の安定状態と不安定状態の境界があると考えられる。初期組成成層をしている高密度物質に通常物質の10倍の放射性熱源が濃集しているときについては、初期組成成層の安定・不安定の境界が化学浮力パラメータが0.9以上であることが分かった。このことから、高密度物質に含まれる放射性熱源の濃集度が初期組成成層に対する安定・不安定の境界に大きくなっていることが考えられる。

 次に、この数値実験で得られた結果が地震波速度構造に与える影響について調べた。観測されている地震波速度構造の要請では、強い不均質構造が現われる領域は表面とコアーマントル境界付近であることが知られている。ここでは、地震波速度構造の計算に2つの定式化を用いた。1つは、速度を温度と組成の線形結合で近似する場合、もう一つは、詳細な高圧実験に基づき地震波速度構造の温度・組成に関する高次項を含む場合である。その結果、不安定成層の場合には地震波トモグラフィーモデルの要請について、コアーマントル境界における強い不均質構造を除いて、満たしていると考えられる。それに対して、安定成層の場合には、組成境界面を反映した強い不均質構造が下部マントルに現われるため、トモグラフィーモデルの結果を説明することができない。また、下部マントルの組成については、観測された地震波速度構造の比較の結果と高圧実験による制約によって、パイロライト組成であることが考えられる。

 以上の結果をまとめると、従来から提唱されていた下部マントルの深さ1600km付近における組成成層がマントル対流に存在している可能性は低いと考えられる。したがって、地震波トモグラフィーで観測された下部マントルの組成異常起源の不均質は、マントル中に浮かんでいる局所化された組成異常の一部を解像したに過ぎないと考えられる。

D"層の影響と海洋島玄武岩の起源

 前章では、化学組成が2成分であり、初期成層している場合についての熱化学対流の振舞とその地震波速度構造への影響を調べたが、ここではコアーマントル境界付近において地震波速度構造の不均質が強い領域を考えられているD"層を加えた3成分系における熱化学対流の数値実験を行う。

 コアーマントル境界に存在していると考えられている地震波速度が超低速度異常を示しているD"層とその上に存在している始原マントル物質のマントル対流中における振舞とその地震波速度構造への影響について前節と同じ方法で調べた。また、地球化学分析におけるマントルダイナミクスモデルで重要な鍵と考えられている海洋島玄武岩(OIB)の起源についても議論を行う。

 D"層はコアーマントル境界で確認されている強い地震波速度構造を実現していると確認できた。そのとき、D"層は全層にわたる成層構造ではなく、上昇流域に局所化された砂山状構造をしていることが分かった。また、D"層が作る砂山状構造の頂点から、長波長構造を持つ上昇流が、また660km相境界付近から、短波長構造を持つ上昇流がそれぞれ存在していることが分かった。

 地球化学的解析で知られている異なる時間スケールの対流場が存在していることと本研究で得られた結果を比較すると、コアーマントル境界付近から上昇して来るプリュームと遷移層付近から上昇するプリュームの2種類が同時に存在することは地球化学の結果とは矛盾しないことが分かった。また、滞留時間の比較的長いHIMU OIBについては、コアーマントル境界起源である可能性を示唆することができた。

 これらの結果から、観測された地震波速度構造と地球化学的分析結果の両方を満たすマントルダイナミクスモデルは、D"層が上昇流域に局所化した成層構造を持ち、始原マントル物質によって生じる組成異常については、マントル対流中を風船状構造をしながら存在しているイメージであることが分かった。

地球内部熱化学進化への影響

 これまでの議論で得られた地球化学的マントルダイナミクスモデルに従った場合の地球内部の熱化学進化について、コア冷却を含む熱化学対流数値実験モデルを用いて調べた。

 組成異常がない場合における熱進化の動力学モデルで提唱されているマントル対流のフラッシングが組成異常を考えた動力学モデルにおいても確認ができた。これは熱対流による場合と同様に相転移面の部分崩壊によって生じていることが考えられる。この相転移面の部分崩壊による下降流がD"層における不均質構造とコアーマントル境界における熱流量不均質を生み出す一つの可能性を示している。これは、コアのダイナミクス構造(内核の不均質成長や地球磁場の非双極子成分の生成)に大きな影響を与えることが示唆される。さらに、相転移面の部分崩壊によるマントル対流の層構造の変化は地球化学的な構造(脱ガス量の大きな時間変化など)にも大きな影響を与えていると考えられる。このモデルから計算できるマントルの現在の冷却率の範囲は表面熱流量から推定される地球内部からの熱放出量によって見積もられる現在の冷却率と調和的であることが分かった。これは下部マントルに存在している始原的物質が上部マントルと比べて大量の放射性熱源をもっていることが必要とされることが示唆される。コアの冷却率については、D"層に放射性熱源の濃集が小さな場合でないと、ダイナモモデリング等から得られているコアーマントル境界の冷却率をうまく説明することができないことが分かった。

まとめ

 本論文で得られたマントルダイナミクスモデルを図1に示す。このモデルの特徴は、異なった深さからの上昇流が存在するところである。一つはコアーマントル境界からD"層物質を取り込みながら上昇するものであり、もう一つは相境界から始原マントル物質を取り込みながら上昇する流れである。D"層物質は孤立パイルという形態で厚さの不均質を作りながら、コアーマントル境界付近に長時間存在することができる。始原マントル物質については、局所的に存在している風船状構造をしており、この構造は相境界に一旦トラップされている。これらを従来から提唱されているマントルダイナミクスモデル(図2)と比較すると、ブロッブモデル(図2c)と孤立パイルモデル(図2e)が混在していると考えることができる。つまり、これはマントル内部に少なくとも3つの特徴的な密度差をもつ物質が存在しないと、観測されている地震波速度構造や地球化学的制約条件をうまく説明することができないことを表している。

図1:Geochemical structure of mantle convection.

PB: Blob structure of primitive mantle. D": D" layer. UM: Upper mantle. LM: Lower mantle. SLAB: Subducting slab. CONTINENT: Continental lithosphere.

図2:Mantle convection model proposed by [Tackley,2000].

a: Traditional geodynamical model. b: Thaditional geochemical model. c: Primitivc blob mode. d: Complete recycling model. e: Isolated pile model. f: Global layering model.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、地球のマントルの熱-組成対流について数値モデルを構築し、地震波速度構造から推定される地球の内部構造を再現し、かつ地球化学的制約を満たす熱-組成対流モデルを提出するものである。

 地球内部および表層部での変動・対流の原動力と変遷は、地球全体のダイナミクスと歴史を理解する上で重要である。地球のマントル対流については、主に数値モデルによってその性質が調べられてきた。またモデルの検証は、(1)地震波速度構造から推定される地球の内部構造、あるいは(2)地球化学的制約(地球物質についてのマスバランスや同位体を使用しての対流の特性時間の検出)によって行われてきた。本論文では、これらを同時に考慮したモデルを構築し、種々の制約と同時に比較することで、より現実的なモデルを提出することを目的とする。

 第一章では、上述の問題点の整理が行われ、第二章ではモデルの設定・数値モデルの構築について述べられている。第三章では、数値モデルに基づき、下部マントルに存在すると予想される始源的高密度マントル物質の層としての安定性と流れの特徴について、また第四章では、下部マントルに存在すると予想される始源的高密度マントル物質に加え、コアーマントル境界付近に存在するD"層も考慮した構造の安定性と流れの特徴について述べられている。その結果、地震波速度構造から推定される地球の内部構造を満足するためには、始源的マントル物質からなる層が比較的不安定で対流によってマントル中に分散される必要があること(そのためには、通常のマントルに比べ、高密度とはいってもその増量が数パーセント以下であること)、逆にD"層は比較的安定に存在する必要があること(そのためには、通常のマントルに比べ、数パーセント以上高密度であり、あまり放射性元素に富まないこと)が要請される。

 これらの結果に基づき、より現実的な場を再現するために、第五章では、下部マントルに存在すると予想される始源的高密度マントル物質、コアーマントル境界付近に存在するD"層の成層構造に、地球中心核の冷却を考慮したモデルを構築しパラメタースタディを行った。地震波速度構造に加え、熱流量・マグマの生成条件も制約条件として、どのパラメター範囲が適当かを探ったところ、前章までと同様に、始源的マントル物質からなる層が比較的不安定で対流によってマントル中に分散される必要があること、逆にD"層は比較的安定に存在することが予想された。また、前者が分散する過程、および後者が部分的に不安定となり上昇流を形成する過程は、海洋島玄武岩に見られる幅広いリサイクリング時間と調和的であることも分かった。

 本研究では、熱-組成対流としてのマントルダイナミクスの一般的性質の理解を進め、これまで系統的に行われていなかった種々の観測量との対比を行ったという点で重要かつ独自性の高いものである。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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