学位論文要旨



No 117505
著者(漢字) 福島,康裕
著者(英字)
著者(カナ) フクシマ,ヤスヒロ
標題(和) シナリオ評価型ライフサイクルアセスメントのためのフレームワーク、知識集積、および情報システム
標題(洋) Methodological Framework, Knowledge Accumulation Strategy, and Information System for Scenario-Based Lifecycle Assessment
報告番号 117505
報告番号 甲17505
学位授与日 2002.06.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5299号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 平尾,雅彦
 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 飯塚,悦功
 東京大学 教授 迫田,章義
 東京大学 教授 花木,啓祐
内容要旨 要旨を表示する

 本研究では「シナリオ評価型ライフサイクルアセスメント(LCA)」手法を開発した。この手法は、新規技術やリサイクルシステム、同機能製品の比較といった、ライフサイクルを考慮した様々な種類・目的のシナリオ開発・評価に用いることができる。単位サービスあたりの環境負荷の計算が目的である従来の製品LCAの拡張であり、より広い場面での意思決定支援が可能になる。すでに、シナリオ評価を実施したLCAケーススタディーは数例報告されているが、まだ一般的枠組みは提案されておらず、充分にその実施環境が整っているとはいえない。本研究では新たにシナリオ評価型ライフサイクルアセスメント手法の枠組みを提案し、その実施を支援するソフトウエアと情報システムの設計と構築を行い、実施に必要な知識の集積方法を確立した。具体的成果としてはPETボトルのリサイクルプロセスの導入シナリオについてシナリオ評価型LCAの実施、シナリオ開発手法とライフサイクルアセスメント手法の統合による新たなフレームワークの提案、モデル記述言語LCMLの開発、LCMLを用いたソフトウエアの開発、知識集積メカニズムの提案、分散型情報システムDOLCEのプロトタイプとこれを用いたシナリオ評価型LCA支援システムの実装、が挙げられる。

フレームワークの提案

 シナリオ評価型LCAでは、シナリオを図2に示すように3種類のモデルによって表現されるものと定義した。ライフサイクルモデル、および影響評価モデルは連立方程式モデルである。製品ライフサイクルに関する変数(フローの量、プロセスにおける変換係数、様々な制約条件など)の間の関係を定義するのがライフサイクルモデルであり、環境の変化や価値観の変化などの影響評価に関する変数間の関係を定義するのが影響評価モデルである。シナリオモデルは、ライフサイクルモデルと影響評価モデルに対応して構築され、それぞれの方程式モデルに含まれる変数群のシナリオ変数、固定変数、およびこれらに従属な変数への分類と、それぞれに設定する値を持つ。あるひとつのシナリオは、ライフサイクルモデル、影響評価モデル、およびライフサイクルモデル用と影響評価モデル用の2種類のシナリオモデルの組合せによって表現される。図3にシナリオ評価型ライフサイクルアセスメントのフレームワークを示す。ライフサイクルインヴェントリ解析(LCI)、環境影響評価(LCIA)の二つの部分に分かれ、それぞれの部分でシナリオ開発がなされるような構成になっている。このフレームワークは、LCAのフレームワークと一般的なシナリオ開発のフレームワークをもとに統合したものとなっている。図2では、原料供給量変化を示すプロセスシナリオ、技術の進歩によるプロセスデータの変化を示す技術シナリオ、気候変動などの環境の変化を表現する環境シナリオ、そして資源の採掘可能年数などに従って変動する評価カテゴリ間の重み付けの変化を表現する価値シナリオについてのシナリオモデルの例が示されている。

モデル記述言語(LCML、Life Cycle Modeling Language)の開発

 シナリオ評価型LCAで構築される3種類のモデルの記述ツール(言語)としてLife Cycle Modeling Language(LCML)を開発した。LCMLは、グラフによる表現、オブジェクト指向プログラミング言語Javaのライブラリによる表現、データ記述言語XML(eXtensible Markup Language)による表現があり、これら3つの表現は同じモデルを表現するための異なった手段である。図4に車の置き換えシナリオのためのライフサイクルモデルの、LCMLグラフ表記による記述を示す。ボックスで表現されているユニットモデルとボックス矢印で表現されているフローモデル、制約条件などを記述するパラメータモデルを接続することでライフサイクルモデルを表現する。ユニットモデルは表現すべきアクティビティーに対応して複数の種類が用意されている。インプットとアウトプットの関係(方程式の種類)はユニットモデルの種類によって規定され、これらの連結が連立方程式モデルを構成している。このグラフ表記に加えて、オブジェクト指向言語Javaを用いて開発したライブラリを用いたライフサイクルモデルとシナリオモデルの記述を可能にしたことで、表記だけではなく、自動的に必要なフロー計算や自由度に応じた変数の決定計算が実行される計算モデルを構築することができる。また、汎用的なデータ記述言語であるXMLを用いたモデル記述方法を準備したことによって、特定のプログラム言語に拠らずにモデルを表現し、データの蓄積及び交換が促進される。XMLではタグを使ってデータを木構造に表現する。どのような木構造にするかはデータ構造の設計者が自由に設計できる。本研究ではライフサイクルモデル、シナリオモデル、そして影響評価モデルを表現するための木構造を設計した。この木構造の定義はXMLスキーマ定義言語Relaxによって厳密に記述されている。

支援ソフトウエア「Lifecycle Modeler」の開発

 LCMLを用いたシナリオ評価型LCAの実施を支援するためのソフトウエアを開発した。このソフトウエアではLCMLのグラフ表現を図5のようなGUI上で描くことによってライフサイクルモデルを構築することができる。また、グラフ表現をもとに対応するJava表現によるモデルを自動的に構築し、設定したシナリオモデルに対応したフロー計算(連立方程式計算)を実行できる。Lifecycle Modelerは図5のようにLCMLのグラフ表現とJava表現、そしてXML表現を可換にする。

シナリオ評価型LCAにおける知識集積メカニズム

 シナリオ評価型LCAの実施を支援する方法として、上記のようなツールの開発以外に、知識の蓄積方法および媒体について考察し、必要な機能を実装した。具体的にはモデル自体の再利用性を高めること、及びモデル化の方法や評価結果の解釈方法などに関する知識を集積することで実現できる。シナリオ評価型LCAのフレームワークでは、全体を3種類のモデルの組合せによって表現しライフサイクルモデルと影響評価モデルの再利用性の向上を図っている。また、事例の蓄積にLCMLのような共通言語を用いることで、蓄積された事例集の利用効率が高められる。さらに、LCMLおよびLifecycle Modelerには、複数のモデル間での命名の相違の吸収を実現する仕組みが実装されている。これによって、他の事例で蓄積された複数のモデルを組み合わせて利用する際に生じる不整合を解消できる。これらの仕組みによって再利用性の高まったライフサイクルモデル、および影響評価モデルを蓄積し、シナリオデータベースを構築することで、将来の解析における負荷を低減することが期待できる。また、個々のシナリオ評価型LCA事例のモデルから、より抽象的なレベルで共通するパターンを抽出することで、新たに構築するモデルにそれらのパターンを適用してモデルの新規開発コストを低減することができる。パターンは、LCMLのモデル要素(ユニット)追加による拡張と、パターンカタログ作成の2通りの方法によって蓄積される。多くのモデルの中で繰り返し用いられるようなユニットの組合せは、新たなユニットを定義することでそのパターンを簡潔化し、再利用性を高めることができる。このための新たなユニットの自己定義が可能な仕組みをLCMLは備えている。パターンカタログによる方法では、ライフサイクルモデル、影響評価モデルのモデル化に関するパターン、それから結果の解釈に関するパターンをカタログ化し、新たにシナリオ評価型LCAを実施する際にこのカタログを参照することで、モデル化および結果の解釈にかかる労力を低減できるようになる。ここまでに述べたシナリオ評価型LCAの手順、ツールおよび知識集積メカニズムをIDEF0アクティビティモデルを用いて記述し、シナリオ評価型LCAの実施の詳細と、付随して継続的に知識が集積されていく仕組みの全体像を示した。この記述の一部を図6に示す。

情報システム

 LCAでは組織の枠を越えたインヴェントリデータの取得が必要である。また、影響評価モデルの構築のために、様々な要素モデルを動的に組み合わせることが必要である。このような、データとツールの共有は、LCAのみならず様々な場面で必要とされるようになっている。本研究では、このような要求にこたえるライフサイクル工学のための情報基盤システムDOLCE(Distributed Object environment for Life Cycle Engineering)と、これを用いたシナリオ評価型LCAの支援システムを設計した(図7)。情報基盤には、モデルやデータベースの提供するサービスをネットワークを通じて利用し、それらを動的に追加し保守することが可能な分散オブジェクトシステムを採用した。但し、シナリオ評価型LCAで得られる時系列インヴェントリデータから環境影響評価を実行するような手法は現時点では確立されておらず、ダイナミズムを伴った評価を得るためにはインベントリデータそのものを用いる必要がある。

図2:ライフサイクルモデル、影響評価モデル、シナリオモデルの関係

図3:シナリオ評価型LCAのフレームワーク

図4 LCMLグラフ表記の例(車の置き換えシナリオ)

図5 ライフサイクルモデラーとLCMLの3つの表現形式

図6 シナリオ評価型LCAのIDEF0アクティビティモデルの例

図7 シナリオ評価型LCAのための情報システム

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は"Methodological Framework, Knowledge Accumulation Strategy, and Infomation System for Scenario-Based Lifecycle Assessment"(和題「シナリオ評価型ライフサイクルアセスメントのためのフレームワーク、知識集積、および情報システム」)と題し、シナリオを用いて環境負荷を考慮した意思決定を可能にすることを目的としたもので7章からなっている。

 第1章では、本研究の背景、目的および論文の構成とその概要が述べられている。本論文で提案されるシナリオ評価型ライフサイクルアセスメント手法をライフサイクル工学手法の一要素として位置付け、持続的社会システムを設計するために、製品ライフサイクル、プロジェクトライフサイクル、時間、価値の4つの軸に関して従来の工学の対象範囲を拡大するというライフサイクル工学の概念が説明されている。

 第2章では、ライフサイクル工学の研究例の概観と意思決定論の体系的解説が行われ、診断論的意思決定フレームワークの立場からライフサイクル工学手法の意思決定ツールとしての実用化への課題が列挙されている。環境影響に関しては意思決定の結果を検証することが不可能である場合が多いこと、他の意思決定場面への知識の再利用が本質的に困難であることが指摘されている。ここで挙げられた課題が以降の第3章から第5章において取り組まれる課題として位置付けられている。

 第3章では、シナリオ評価型ライフサイクルアセスメントのフレームワークを新たに提案している。まず、従来のライフサイクルアセスメント手法が概観され、その限界が示されている。つぎにシナリオ開発手法とライフサイクルアセスメント手法を統合した、シナリオ評価型ライフサイクルアセスメント手法が提案されている。この手法で開発されるシナリオはライフサイクルモデル、価値化モデル、およびシナリオモデルの組み合わせで表現される。つまり、シナリオ開発はこれらのモデルのモデル化作業として考えることができることを示している。このフレームワークのもとでモデルの記述・交換および計算を実行するための言語LCML(Lifecycle Modeling Language)の定義とそれを用いたソフトウェア(ライフサイクルモデラー)の開発を行っている。最後に、PETボトルのリサイクルシナリオと車の置き換えシナリオの開発に関するケーススタディを実施することで、この手法の例証を提示している。

 第4章では、前章で提案したシナリオ評価型ライフサイクルアセスメント手法を意思決定ツールとして用いる場合に必要となる、知識を集積するための仕組みがIDEF0アクティビティモデルを用いて解析されている。モデル化、あるいは結果の解析に関するパターンの抽出、パターンカタログ・シナリオデータベースヘの知識追加が個々のシナリオ開発と並行して実施され、これらの集積によってさらにシナリオ開発の支援が強化されるという学習サイクルが明示されている。また、フレームワーク、LCML、そしてライフサイクルモデラーに組み込まれた知識集積のための仕組みが述べられている。

 第5章では、ライフサイクル工学のための情報基盤システムの構築に関する考察が述べられている。ライフサイクル工学のためには手法の統合化、ツールやデータの統合利用が本質的に不可欠であり、またそれがコスト高であることが実施の障壁となっていて、それを解決するためには情報基盤システムの構築が必要であることが示されている。また、情報基盤システムの構築とライフサイクル工学の実施とは相補的な関係にあり、同時並行で進められていくべきであることが指摘されている。本章では、シナリオ評価型ライフサイクルアセスメントのための情報システムを設計し、プロトタイプの開発作業を通して得られたライフサイクル工学のための情報基盤システムの開発要件が列挙さ札、方針が示されている。

 第6章では、本論文で提案したシナリオ評価型ライフサイクルアセスメント手法とツールを用いて今後進められるべき研究開発の方向性が示されている。具体的には、提案されたシナリオ開発と知識集積のサイクルを実際に実行すること、その実行を支援するための情報システムの構築、そしてシナリオデータベース、パターンカタログの情報システムとしての実装を行うことなどが提案されている。

 第7章では、総括であり、本論文の内容をまとめている。

 以上要するに、本論文はシナリオ評価型ライフサイクルアセスメント手法を提案し、支援ツールの開発を行い、手法の意思決定ツールとしての実用化のための知識集積メカニズムを明らかにし、さらに今後のツールおよびシステムの深化の道筋を示したもので、化学システム工学およびライフサイクル工学に貢献するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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