学位論文要旨



No 117508
著者(漢字) 谷口,由紀
著者(英字)
著者(カナ) タニグチ,ユキ
標題(和) 回転球面上の円領域における2次元流体運動の数値的研究
標題(洋)
報告番号 117508
報告番号 甲17508
学位授与日 2002.06.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第212号
研究科 数理科学研究科
専攻 数理科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山田,道夫
 東京大学 教授 薩摩,順吉
 東京大学 教授 菊地,文雄
 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 助教授 石岡,圭一
内容要旨 要旨を表示する

 3次元流体乱流では,大スケールの渦から小スケールの渦へとエネルギーが伝達されるのに対し,2次元乱流では小さなスケールから大きなスケールに伝達され3次元乱流とは大きく異なる性質をもつことが知られている.さらに,2次元乱流は,大気海洋などの大規模運動の基本モデルでもあるため,系の回転が流体運動に及ぼす効果についても多大な興味が持たれてきた.1975年にRhinesは,ベータ平面上で2次元乱流実験を行い,東西に延る帯状構造が形成されることを指摘した.また,1978年にWilliamsは回転球面上の2次元非圧縮性流体運動で高い対称性を課した強制乱流の数値実験を行ない,球面上に縞状構造が出現することを報告した.その後,1993年にYoden and Yamadaは対称性を仮定しない数値実験を行ない,減衰乱流において自転角速度が十分に大きい場合,東風周極ジェットが形成されることや帯状の縞構造が出現することを示した.さらに1997年にはNozawa and Yodenは2次元強制乱流においても帯状縞構造が形成されることを確認している.最近では1999年に,石岡,山田,林,余田によって,減衰系で球自転角速度が大きい場合,東風周極ジェットが出現するのは初期条件に依存しないことが確認され,減衰乱流での帯状縞構造の出現と初期エネルギースペクトルの関係が論じられている.

 本研究では,このような研究を踏まえて,回転球面上の流体領域が境界を持つ場合,すなわち,回転球面上の「池」の中における2次元非圧縮性流体の流れのパターンを調べた.ここでは「池」の形状は円形のものに限定し数値実験を行ない,丸池内の流体運動について,流れ関数や渦度の時間発展について報告する.

 流れのパターンは球面上の丸い池の大きさと位置に依存する(丸池が球面の半分以上を占める場合もあり得る).そこで丸池の大きさと位置を任意に設定できるように,数値計算に当たっては,まず球面上の丸池の中心を基準とする立体射影によって丸池を平面単位円板に写し,この単位円板上でNavier-Stokes方程式を解いた.この変数変換の利点は,渦度方程式の非線形項とラプラシアンが類似の形式で変換され,写像後の方程式が流体方程式に近い形になることである.丸池の境界における境界条件はno slip条件を採用した.単位円板上で極座標を用いて,角度方向にフーリエ展開,動径方向にチェビシェフ多項式展開を行い選点法を用いた.このときの展開形は,境界条件を満し,中心(r=0)で特異性を持たないように決めている.時間積分についてはCrank-Nicolson法と2次のRunge-Kutta法を用いて行なった.

 本論文では,丸池の大きさが半球で,境界と経度線と一致する場合(縦半球),境界が赤道と45度の角をなす場合(南極を含む斜め半球),南半球の場合と,丸池の中心が南極にあり半球よりも大きい場合,及び,小さい場合について述べる.初期場は,流線が同心円状のものと,乱数によって生成した乱流場の2つを用いた.粘性係数は0.01,球自転角速度は400(木星相当)とした.

 丸池が縦半球で初期の流れ場が同心円状の場合,時間発展と共に,南北対称の流れのパターンが東から西へ移動していく様子が観察され,西岸強化流の形成が観察される.

 斜め半球の場合は,初期場によらず,十分に時間がたつと南極付近に周極流が形成されることが観察された.このとき初期の流れの向きを逆転させると,同心円状の初期場の場合,形成される周極流の向きも逆転する.これは流れ場がほぼ線形的に時間発展することを示すと考えられる.一方,初期場が乱流の場合は,初期の流れの向きを逆転したとき,形成される周極流の向きは初期スペクトルの形に依存することが見い出された.特に,スペクトルピークが低波数域にあるときは南極付近に西風周極流が形成される傾向が強く,これは領域が回転球面全体の場合の2次元非圧縮乱流場で東風周極流が形成されることと対照的である.

 南半球の場合,初期値として乱流場を与えたとき,十分に時間がたつと南極付近に西風周極流が形成された.初期速度場の向きを逆転した場合についても西風周極流が形成される.そこで,乱数を用いて生成された20種類の初期乱流場およびそれらの速度の向きを逆転した乱流場,合計40種類の乱流場を初期値として同様の数値実験を行った.各初期乱流場について経度方向速度の経度平均の緯度分布の時間変化を調べた結果,40種類全ての初期乱流場に対し,時間がたつにつれ,境界(赤道)付近で東風が,また南極付近で西風周極流が形成されることが観察された.また,初期エネルギースペクトル形をある程度変化させた場合も,境界付近で東風,南極付近で西風周極流が形成された.従って,本論文で行った数値実験に関する限り,南半球の場合は,南極付近に西風周極流が形成されることが見い出された.

 丸池の中心が南極にあり半球よりも大きい場合は,初期エネルギースペクトルのピーク波数が小さいと,境界付近の東風と南極付近の西風周極流が形成される傾向が強い.これに対し,エネルギースペクトルのピーク波数が大きいと,南極付近に形成される西風周極流の割合が減る傾向がある.また,半球よりも小さな丸池の場合は,本論文で行った数値実験に関する限り,初期値エネルギースペクトルの形によらず南極付近に西風周極流が形成された.ただし,初期乱流場で南極付近に一方向の大きな流れがある場合は,形成される周極流の向きは,初期の流れの向きと一致する.これは,本研究の初期乱流場は比較的大きな渦からできており,それに比べて領域が狭いためと考えられる.

 以上の数値実験の結果は,丸池の位置と大きさによらず,南極付近に西風周極流が形成される傾向が強いことを示している.そこで,この西風周極流の形成過程における(角)運動量輸送の状況を見るため,南半球の場合について,西風速度が最大となる緯度で(u,v)の分布密度を調べた.その結果,初期速度場の向きによらず(すなわち初期速度場を逆転させた場合も),(u,v)の第2象限における分布密度(東風運動量の北向き輸送)が増加している様子が観測された.またさらに,第1象限から第4象限それぞれにおいて積|uv|の総和を計算した結果,西風周極流の形成過程では,東風運動量の北向き輸送による運動量輸送が,全輸送量の中で最大の部分を占めていることが分かった.この結果は,南極付近の西風周極流の形成は,西風運動量の南向き輸送によるのではなく,東風運動量の北向き輸送によって東風成分が南極付近から逃げて行くためであることを示している.

 本論文では,丸池が南半球で境界条件をstress freeにした場合についても数値計算を行い,流線の時間発展を観測した.初期エネルギースペクトルのピーク波数がn0=10の初期乱流場を1ケース用いて数値計算を行った,その結果,十分に時間がたつと南極付近に西風周極流が形成された.これは,初期速度場の向きを逆転しても同じであった.これは,境界条件を変化させても,最終的に南極付近に西風周極流が形成されることを示唆している.

 以上の結果から,本研究で行った数値計算に関する限り,南極付近に西風周極流が形成される傾向が強いことが結論される.これは,領域が回転球面全体の場合,2次元非圧縮乱流場で東風周極流が形成されることと対照的な結果である.これは東風運動量成分がロスビー波によって輸送され粘性で散逸されるためだと考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

 流体運動に対する回転の効果は、地球科学的な興味もあって、さまざまな側面から研究されてきた。特に、薄い流体層の運動に対する回転効果は、大気や海洋の運動とも関連し流体力学的にも重要な問題である。このような系の、最も単純化されたモデルである回転球面上の2次元乱流運動は、領域形状からくる数値的困難もあり、近年になり詳細な研究が行なわれるようになった。

 回転球面上2次元非圧縮性Navier-Stokes乱流の数値実験は、1970年代の終りに、流れ場に人為的対称性を課すことによって行なわれた(Williams1978)。この計算では、経度方向に延びた帯状構造の出現が報告され木星との類似が指摘されたが、人為的対称性の影響の問題は未解明であった。対称性を仮定しない詳細な数値実験が初めて報告されたのは1990年代になってからである。以後いくつかの研究を経て、回転角速度が大きい時には、東西に延びた縞状構造が形成されること、また、極域に東風周極ジェットが形成されることが見出され、乱流からの流れパターン形成現象の存在が明らかになった。

 以上の結果は全球を流れ領域とするものであるが、このような背景のもとに、谷口氏は海洋をイメージし、回転球面上の部分領域における2次元流体乱流の振舞いについて詳細な数値的研究を行なった。全球の場合と異なり、境界を伴う場合の計算は数値的に複雑な処置を必要とするが、谷口氏は、境界が円形である領域(円領域)を流れ領域とし、立体写像によって平面単位円盤上の問題に帰着させた。これは、立体写像が等角写像であり、2次元Navier-Stokes方程式が等角写像に対して簡明に振舞うことを利用したもので、円領域の位置と大きさを可変にし、平面上の数値的技法の適用を可能にする利点を持っている。ここでは、平面円盤上において、偏角方向にはフーリエ・スペクトル法、動径方向にはチェビシェフ・スペクトル法を用いた計算が行なわれた。

 数値計算は、円領域についてさまざまの位置と大きさの場合に対して行なわれている。まず、境界が経度線と一致する場合(縦半球)には、層流的初期条件のもとに東から西に周期的に移動する流れパターンが観察された。これは、海洋におけるいわゆる西岸強化流とも関連するもので、従来、接平面近似(beta-面近似)で議論された周期解が、縦半球の場合にも存在することを示唆している。

 谷口氏の論文で最も注目されるものは、円領域が極域を含む場合の結果である。円領域を南半球全体とする場合、初期乱流場から出発し南極域に西風周極ジェットが形成されることが見出された。谷口氏は、速度場の向きを反転した場合を含む多数の乱流初期条件に対して数値計算を行ない西風周極ジェットの出現を結論している。この結果は、全球領域の場合において東風周極ジェットが出現することと対照的であり、回転球面上の流れの基本的特性を見出した重要な結果である。更に谷口氏は、円領域が南半球を含み境界が赤道と45度をなす場合(斜め半球)について、複数の初期乱流スペクトルと二百を越える乱流初期条件に対して数値実験を行ない、この場合は東風周極ジェットも出現し得るが、初期スペクトルピークの位置が低波数になるほど西風周極ジェットの出現頻度が増えることを見出している。この結果は、斜め半球の場合、西風周極ジェットの出現は統計的に優位であること、しかし必然的に出現するものではないこと、を意味しており、このような乱流からの流れパターン形成現象の複雑さを示唆している。実際、全球の場合でも、現在のところ、周極ジェット出現の十分な説明は得られていないが、谷口氏は、さらに角運動量輸送状態を調べることで、西風周極ジェットの出現は東風角運動量が運び去られるためであることを示しており、今後の研究の方向を示唆している。

 以上のように、谷口氏の結果は、回転球面上の円領域の2次元乱流の性質について、組織的な数値的研究を行ない、流れの基本的性質として、西風周極ジェットの出現を結論づけたものである。周極ジェット出現の理論的説明は今後の課題であるものの、困難な数値解析を実行し重要な意味を持つ結果を導いた点で価値の高い研究であると考えられる。

 よって、論文提出者谷口由紀は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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