No | 117516 | |
著者(漢字) | 高柳,匡 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タカヤナギ,タダシ | |
標題(和) | Melvin背景における超弦理論 | |
標題(洋) | Superstring Theory in Melvin Background | |
報告番号 | 117516 | |
報告番号 | 甲17516 | |
学位授与日 | 2002.06.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4237号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 超弦理論は、重力を含めた統一理論のなかで最も有力な候補と考えられていて、その研究は多方面に及び、めざましく進展している。最近の進展は超弦理論の双対性やD-braneの発見に始まり、ゲージ理論と重力理論の双対性(ホログラフィー)や超弦理論における非可換幾何の実現に及んでいる。このような研究から分かってきた興味深いことの一つは、超弦理論はその背景がどのようなものであるかによって、その性質を大きく変わる点である。今までに具体的な例としていろいろな背景が研究されてきたが、弦理論として解けるモデルは限られており、統一的な視点は得られていない。少なくとも分かっていることは、超弦理論が記述する幾何は、通常の数学で議論される幾何と必ずしも一致しないという興味深い事実である。この理由としてまず、弦理論は有限の長さスケール(弦の長さ〜α'1/2)を持っている点が挙げられる。もう一つ、特にこの論文で着目することは、超弦理論にはさまざまなゲージ場、例えばNSNSのB場やRR場などがあり、これらが非自明な値をとるとき通常の幾何と異なる幾何が観測される可能性があるという点である。よく知られている例として、定数のB場がD-brane上に存在すると、そのD-brane上のゲージ理論は非可換幾何で記述されることが挙げられる。 このような背景場がFlux(field strengthがゼロでない場合)を含むとき、重力と結合して、非自明な系となる。その良い例として、Einstein-Maxwell理論の古典解である、Melvin解が挙げられる。これは、Fluxtubeを記述する時空で、超弦理論に拡張することができる。本論文の趣旨はNSNSのB場とKaluza-Kleinのゲージ場によるMelvin背景における超弦理論をいくつかの視点で研究することである。 このMelvin背景における超弦理論が興味深いもう一つの理由が、それが超対称性を保たない点である。このとき理論が不安定となり、閉弦の励起にタキオンが一般に生じる。現在でも閉弦のタキオン凝縮はよく分かってないことが多く、ごく最近にオービフォールドについていくらか結果が得られているが、まだ研究が始まった状態と言える。したがってその意味でも興味深い例を提供するモデルと言える。 本論文の内容は大きく分けて2つに分かれ、前半がMelvin背景における閉弦の研究で、後半が、この理論におけるD-braneの性質についての研究である。この他に、RR場によるMelvin背景(Fluxbrane)についての最近の研究などのレビューも含めた。 はじめにMelvin背景における閉弦の研究について述べる。この理論はKaluza-Kleinのゲージ場とNSNSのB場のそれぞれのFluxの強さを表すパラメーターqとβと、コンパクト化の半径Rに依存している。超弦理論の10次元の時空のうち、3次元が非自明なMelvin解を表し、残りの時間を含む7次元は平坦な時空である。前者はM3=R2×S1のトポロジー(但し×はtwisted productを意味する)をもつ。R2方向の座標を(ρ,ψ)とし、S1方向をYとする。 まず、重要な事実としてこの理論は厳密に解けることが知られている。具体的には、本論文に詳しくフェルミオンを含めた議論で述べられているように、非自明な背景におけるT-dualiyを用いることによって、自由場に帰着することができる。これを用いると、分配関数が計算でき、質量スペクトラムも決定できる。 我々はまず、この理論と既知の理論、とくにオービフォールド理論の関係を調べた。結果としてqRとβα'/Rのうちどちらかが0で、もう一方が有理数(κ/Nと書く。但κとNは互いに素な整数)のときに、R→0もしくはR→∞の極限でオービフォールドC/ZNと等価であることを分配関数を用いて証明した。もっと正確には、κが偶数のときは通常のtype II理論のオービフォールドとなるが、κが奇数のときは、時空全体にタキオンが存在するtype 0理論と呼ばれる理論のそれになることが分かる。つまり、Melvin背景は、type IIやtype Oのオービフォールドの拡張と見なすことができ、両者が連続的につながることを意味している。これは、最近議論されている、type II理論とtype O理論の双対性の一例と思える。 このようなオービフォールドはすべて非超対称的であり、κが偶数なときでもtwisted sectorにタキオンが存在する。このようなタキオンの凝縮は最近議論されていてNが小さくなる方向に崩壊して行くと考えられている。我々の結果はタキオン凝縮以外にも、Melvin背景の変形つまり、on-shellの変形として崩壊する可能性があることを示唆している。 このようにMelvin背景は超対称性を破るが、高次元への拡張を考えるとその一部を保つことが可能である。我々は、高次元のMelvin背景における超弦理論を構成し、それが厳密に解けることを示した。また、分配関数を計算して、パラメーターの値を適切に選ぶと、一部の超対称性が保たれることを示した。この背景は、高次元オービフォールドの一般化とみなせ、実際、超対称的なALE空間C2/ZNを含んでいることが分かる。 さて、一般に未知の超弦理論の背景が与えられたとき、その時空を探るプローブとして主に考えられるのは、もともとの弦(fundamental string)とD-braneである。以上の議論から閉弦からみたMelvin背景の幾何学的構造がある程度理解できたので、そこで次に、この背景におけるD-braneについて述べたい。 D-braneは弦理論の開弦の端点として定義される時空の部分多様体であり、その上にゲージ場やスカラー場が存在することから力学的なソリトンとみなされる。弦理論を記述する共形場理論の立場で説明すると、共形対称性を保つ世界面(world-sheet)の境界といえる。その境界条件によってさまざまな種類のD-braneが構成される。この境界を閉弦の立場から見たものが境界状態(Boundary State)である。さて、今考えているモデルは厳密に解けるので、境界状態も厳密に求めることができる。したがってどのようなD-braneが存在できるか決定することができる。境界状態の満たすべき最も重要な条件としてCardy条件と呼ばれるものがある。これは、開弦の立場で計算した1-loop振幅と閉弦の立場つまり境界状態を用いて計算したものは一致すべきという要請である。我々はこの条件を構成した境界状態について確かめた。 特に、R2方向に局在する(つまりDirichlet境界条件をもつ)D-braneに最も興味があるので、以下ではその場合に注目することにする。自由場表現の立場でDp-braneを定義するとこの場合はD0-braneとD1-braneに相当する。両者はT-dualityで移りあう関係にある。 まずD0-braneであるが、パラメーターβα'/Rが有理数κ/Nのときは、オービフォールド理論におけるD-brane(fractional D-brane)と似た振る舞いをすることが分かる。つまり、単一のD0-braneは、R2の原点から動くことができないが、N個集まると動くことができる。半径が無限大の極限では実際に前述のようにオービフォールドに帰着されるので、無矛盾な結果である。有限の半径Rでは、普通のfractional D-braneとは違い、一見N種類のD-braneが存在するようにみえるが、実際にはS1方向を一周するとモノドロミーを受け種類が変わってしまうことが分かる。またκが奇数のときはtype 0理論に近づくことを既に見たが、D-braneのスペクトラムもそれに従うことが分かる。パラメーターβα'/Rが無理数のときは、Nが無限大に相当しD0-braneは有限個集めても、原点から動くことはできない。 さて、自由場表現の立場では以上のように見えるが、もともとのMelvin背景ではどのように見えるのだろうか?我々はこのことを、両者をつなげるT-dualityを詳しく調べることで解析した。結果として、原点(ρ≠0)から離れることができる前述のN個D0-braneは、κ個のD2-braneとN個のD0-braneの束縛状態で、その幾何学的構造は二次元トーラス(ρ=固定、(ψ,y)方向に巻きつく)と解釈されることが分かった。重要なのは、このような時空の部分多様体はトポロジー的に自明なサイクルであるという点である。したがって、何故このような多様体にD-braneが巻きついたものが存在できるのか一見不思議である。我々は、D-brane上の有効理論を与えるDBI作用をこの背景に応用してこの疑問を解決した。それによると、D2-brane上のゲージ場のFlux Fが特別な値をとるときのみ、そのFとBの効果で、系が安定化する。この特別な値が丁度、前述の束縛状態の場合と一致する。 このように、H=dBのFluxが存在する系では、D2-braneがD0-braneと束縛状態を作って膨らむという現象が起こりえることが分かった。似たような例がSU(2)WZWモデルのD-braneの場合に知られていて、このことはもっと一般に成り立つ可能がある。この場合、超弦理論では、Fluxの存在によって、幾何学のホモロジーの概念自体が変更を受けることを意味する。HFluxのある系のもう一つの重要な性質として、ディラトン(dilaton)場が空間に非自明に依存することである。結果として、D0-braneが存在できる場所は、ディラトン場の空間微分がゼロな点に限られる。これは今考えているMelvin背景では、原点に相当する。そこから動くにはN個のD0-braneを集めて、D2-braneの形に膨らませないとならないのである。 またこのトーラスに巻きついたD-brane上のゲージ理論自体も興味深い。B場とゲージFluxFの存在によって、その理論が非可換幾何で記述されるからである。その具体的な値から、トーラスを非可換トーラス。4θと同一視でき、非可換性パラメータはθ=βα'/R=κNで与えられる。 一方D1-braneは、B場の影響はほとんど受けないが、Kaluza-Kleinゲージ場の影響を時空の計量の歪みとして感知する。結果としてD1-braneは測地線に沿って螺旋上に存在すると考えられるが、実際に境界状態の解析からこのことが確かめられる。このとき興味深いことは、qRの値が有理数の場合は有限回S1に巻きつけば、元に戻り閉じた構造になるが、無理数のときは無限回巻きつくことになり閉じない。この事実は前述のD0-braneの結果とT-dualityで等価である。 両者に共通する興味深い事実として、背景の閉弦理論は超対称性を破るが、D-brane上の開弦理論にはBose-Fermi縮退が起こり、あたかも超対称性が存在するように見える場合があることが挙げられる。また、一般に閉弦理論にはタキオンが存在するが、開弦理論にはタキオンは一切存在しない。 以上のD-braneについての結果は、高次元の超対称性をもつMelvin背景に拡張できる。このときD-brane上に超対称性が存在しBPS状態となる。 | |
審査要旨 | いわゆる超弦理論は、重力を含めた相互作用の統一理論へ向けてほとんど唯一の手掛かりとみなされ、様々な観点から研究されてきた。特にここ5〜6年ほどのあいだに、超弦理論の捉え方自体に関してそれまでとは質的に異なった新しい段階に達しつつあると思わせるような数々の新知見が得られている。 このような発展のなかで目覚ましい発見として、重力理論とゲージ理論との新たな双対関係が判明したことがあげられる。もともと弦理論では、重力相互作用とゲージ相互作用が不可分のものとして一つの枠に包摂されている。これが弦理論の統一理論としての構造の反映であることは言うまでもないが、ここ数年の進展により、Dブレーンという弦理論の非摂動的な励起状態を用いてバルク時空の重力を直接超対称性なゲージ理論に基づき記述できることがほぼ明らかになった。また逆に、このゲージ理論はいわゆる大N極限でさらに強結合領域のゲージ理論であるが、それが実は重力理論と双対関係にあることから、これまで取り扱いが困難であったゲージ理論の非摂動的側面を半古典的な重力理論によって解くことができる可能性を示唆している。この意味で、種々の曲った時空での弦理論の構造を解明することはますます重要なテーマの一つになっている。 本論文では、これらの発展を動機として、通称Melvin時空(Melbin background)と呼ばれる特殊ではあるが時空構造とゲージ場のフラックスが絡み合った特徴的な背景時空のもとでの弦理論、なかでも特にDブレーンの性質を詳しく解析することにより、さらなる知見を得ることを主たる目標として、以下の3点に焦点を当てて論じた。 1.Melvin backgroundのもとでのII型閉弦理論を正確な取り扱いが可能なorbifold上の共形場理論との関係を明らかにすること。これに関しては、Russo-Tseytlinによる先行する研究に基づき、C/ZN orbifold共形場との関係を具体的な分配関数の計算により明らかにした。 2.通常のMelvin backgroundは、いわゆるNS-NS場やR-R場のフラックスチューブを伴ったDブレーンで超対称性を破るが、フラックスを高次元に拡張することにより超対称性を保った構成を与えた。 3.上で構成した自由共形場理論に基づき、Melvin backgroundのもとでの弦理論の構造をDブレーンをプローブとして調べた。特に、Dブレーン上に存在するゲージ場のフラックスにより、Dブレーンの複合状態が束縛状態として拡がりを得て安定化する新しい機構を解明した。項目2および3の結果は、本論文提出者の論文によって初めて明らかにされた結果である。 次に各章の概要を述べる。序論である第1章では、まず本論文の動機を最近の弦理論の発展と関係させて簡潔に論じた後、Melvin背景時空の特徴と、それに関してこれまで弦理論においてなされた主要な研究のうち本論文に直接関係する仕事が紹介されている。 第2章は、第3章以降への準備として、Melvin background計量が導入され、Dブレーン状態の構成、超対称性の破れ、また、そのことに基づいて予想されているtype IIとtype Oの弦理論の間の双対性の要点が議論されている。 第3章では、まず、NS-NS場を加えたMelvin backgroundのもとでの弦理論が正確に解けることを示したRusso-Tseytlinによる先行する結果をレビューし、T双対関係や粒子スペクトルの構造を論じた後、light-coneのGreen-Schwarz定式化により分配関数の精密な計算が行われている。 続いて第4章で、本論文の最初の主要結果である、C/ZN orbifold共形場による前章で導出された分配関数の解釈を論じる。フラックスの強さ(q)とコンパクト化の半径(R)が関係qR=κ/N(κ,Nは互いに素な整数)のときには、前章で導出した分配関数がC/ZN orbifold共形場のものとRがゼロや無限大の極限で正確に一致することが示されている。また、本章の最後では、超対称性の破れによって生ずる閉じた弦のタキオン状態、およびその凝縮機構に関する興味深い予想を展開している。 第5章では、前章で論じた通常のMelvin backgroundを高次元に拡張することによって導入されるパラメタの自由度を利用すれば、超対称性を保つことが可能であることが指摘され、その具体的な例が構成されている。さらに、前章までと同様にして、分配関数はALE多様体のorbifoldに対応する共形場の理論によって記述できることが示されている。さらに超対称性の存在を裏付ける事実として分配関数が恒等的にゼロであることが確かめられている。 これらの議論の後、第6章と第7章においてMelvin backgroundの性質をDブレーンをプローブとして調べるという主要テーマに進む。まずDブレーンの閉じた弦の状態(境界状態、boundary state)としての定式化を第6章で与える。具体的には、第3章で議論された自由共形場理論によりDブレーンの境界状態をいわゆるCardy条件を満たすという要請に基づき構成し、orbifoldの場合の境界状態との比較を行い、Dブレーンが前章で示されたorbifoldとの関係と調和する振る舞いをすることを確かめている。たとえば、D0ブレーンは単独では原点にしか静的には存在できないが、NS-NS場の強さに対応するパラメタβがβα'/R=κ/Nを満たすときには、D0がN個集まることにより原点から連続的に静的な意味で移動できることを示している。 続いて、自由場表現とMelvin計量との関係を用いて、もとのMelvin backgroundの立場からのDブレーンの解釈が論じられる。特に、自由場表現で得られた原点から移動できるN個の複合D0状態は、Melvin計量の座標に対応する時空的な解釈の立場では、N個のD0ブレーンとκ個のD2ブレーンの束縛状態とみなし得ることをT双対性を用いて示している。このとき、時空のトポロジー的な性質は自明であるので、系の安定性を保証する機構が何かは興味深い問題である。第7章において、この安定性の機構についての考察がなされている。Dブレーンの有効理論として知られているいわゆるDBI作用を用いた半古典的な解析により、安定化はDブレーン上のゲージ場のフラックスとNS-NSのB場のフラックス(H=dβ)の存在によることが示されている。最後に、この機構と他の非自明な背景のもとでのDブレーンの性質との比較や、高次元Melvin backgroundへの拡張を論じている。終章では、本論文の主要な結果を要約し閉弦のタキオン凝縮への応用等、今後の可能性を論じて論文を終えている。 以上のように、本論文はMelvin backgroundのもとでの弦理論の詳細な分析を行って、非自明な背景時空のもとでの弦理論のふるまい、特にDブレーンの性質に関して多くの有用な新知見を与え、博士論文として高水準の内容を備えている。 なお本論文の第3章以下の結果はいずれも上杉忠興氏との共同研究に基づいているが、論文提出者が主導的に行った研究であり、論文提出者の寄与が十分であると判断した。 よって、審査委員会は全員一致で本論文が博士(理学)の学位を授与するのにふさわしいものであると判定した。 | |
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