学位論文要旨



No 117563
著者(漢字) 弘畑,幹鐘
著者(英字) Hirohata,Mikikane
著者(カナ) ヒロハタ,ミキカネ
標題(和) 非予混合火炎のLESに関する基礎研究
標題(洋) Study for Large Eddy Simulation of Non-premixed Flames by flamelet approach
報告番号 117563
報告番号 甲17563
学位授与日 2002.09.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5305号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 谷口,伸行
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 助教授 大島,まり
 東海大学 教授 畔津,昭彦
内容要旨 要旨を表示する

1. 序論

 近年、環境排出物規制、燃焼機器の高効率化の観点から、燃焼現象の予測と制御の問題に対して実現象の乱流火炎に対する高精度の時間発展シミュレーション技法が求められている。工学的な乱流火炎では一般に火炎厚さが乱れの最小スケールより薄く、この場合、火炎面は層流火炎の集合(laminar flamelet)であると考えられる[1]。噴流拡散火炎や対向拡散火炎ならその火炎形状は混合分率の量論混合比における等値面で表現できる。乱流火炎の火炎面をスカラ量輸送で表現する手法をflamelet approachと呼ぶ。火炎面を表現するスカラ量を含む流れ場のシミュレーションと火炎モデルあるいは化学反応計算を分離できることがこの手法の利点で、流れのスケールと反応のスケールが大きく離れている実用燃焼場の解析において計算負荷や精度の観点から有用性がある。また、非定常火炎と渦の干渉など乱流火炎のDynamicsを再現するのに適している。本論文は実バーナ燃焼流れ解析手法開発の第一歩としてflamelet approachを用いた非予混合火炎LESの有用性を検証するものである。まず、既に検証例の存在する水素噴流拡散火炎における予測精度の確認を行い、さらに拡散火炎と予混合火炎の双方の特性を持つ複合火炎に対してTwo scalar flamelet approachを適用し噴流浮き上がり火炎の予測を試みた。

2. 拡散火炎LESによる予測精度の検証と可視化

 Fig.1に水素噴流拡散火炎(H3 FLAME)[2]の実験体系におけるLES計算の可視化を示す。LESにおける乱流火炎の粗視化(乱流火炎)モデルにはBeta PDFを用いたPresumed PDFモデルを採用した[3]。計算格子数は(流れ方向、半径方向、周方向)に200 x68 x32である。(a)には渦構造を捕らえる指標として∇2p=0.1の等値面の瞬時画像を余した。同軸噴流における渦輪の生成、合体、崩壊の様子が確認できる。(b)は瞬時の温度分布である。大規模な螺旋状渦運動により火炎がしわ状に変動する様子が観察できる。Fig.2にLESと実験結果の統計量の比較を示す。(a)は噴流中心軸における混合分率の軸方向分布、(b)は噴流軸直径Dに対して無次元距離X/D=20における温度と温度のrms変動成分の半径方向分布を示す。(a)を見るに本計算は噴流のコア領域の長さを若干短く予測しているため、(b)において中心軸温度に誤差が生じているが火炎面近傍において平均値、変動成分ともに実用上十分な予測精度を確保している。

3. Two-scalar flamelet approachによる複合火炎解析

 実火炎では噴流拡散火炎ではその浮き上がりと保炎の際に混合火炎と拡散火炎の双方の性質を持った火炎が存在し、これは部分予混合火炎ないし複合火炎と呼ばれる。Conserved scalar approachを用いたモデルは基本的に混合即燃焼を表現するため未燃混合領域と火炎基部に存在する部分予混合火炎を表現できない。近年、浮き上がり噴流拡散火炎の基部にはedge flameまたはtriple flameと呼ばれる複合火炎が形成されこれが保炎に寄与するという仮説が有力である[4][5]。これに基づき、2scalar flamelet approachを用いて浮き上がり噴流火炎モデル化と解析を行う。

3.1 Two-scalar flamelet approachによる複合火炎LESモデル

 以下にモデルの仮定を示す。

(1)濃度混合は混合分率ξで表現し、triple flameの伝播性をG方程式予混合火炎モデルで表現する。Fig.3にtriple flameとtwo scalar flamelet approachの概略図を示す。

(2)GをスイッチングパラメータとしてG=G0を火炎面とし、既燃ガス領域をG>G0、未燃ガス混合領域をG<G0で表現する。浮き上がり火炎基部における火炎厚みはGridスケールより薄いと仮定する。予混合火炎面以後の既燃ガス領域は拡散火炎として近似し、対向拡散火炎から得られる火炎データを用いて近似する。

(3)乱流燃焼速度のモデルはダムケラの仮定によるモデルを基礎とするがtriple flameの火炎伸張効果を付加する。またtriple flameはその火炎曲率による形状効果で見かけの燃焼速度(=伝播速度)が対向層流予混合火炎の燃焼速度に対し最大で〓(メタン空気火炎において約2.6)増加するとの知見[6]を元にこれがSubgridスケールで生じる現象と仮定する。今回乱流燃焼速度ST(Subgrid燃焼速度)を以下の様に定式化した。ここで〓は体積平均、〓はFavre体積平均を示す。αはSubgridスケールにおけるみかけの燃焼速度の増分、fqは火炎伸張による減速項、α1は拡散火炎内層流火炎片の火炎面曲率半径のスケールにおける歪み速度、Cpg Cqはモデル定数、αqは対向層流拡散火炎が消炎を起こす歪み速度で燃料と酸化剤により決まる。

3.2 浮き上がり噴流火炎LESによる浮き上がり距離の予測

 浮き上がり噴流火炎が2scalar flamelet approachによるLESで適切に表現されるかを確認する。検証計算はMunizら(1997)[5]の実験体系において周囲流一定条件と主流速度一定条件の変化を見るために3点(FLAME A、B、Cとする)取り、浮き上がり距離の予測を行った。計算格子数は(流れ方向、半径方向、周方向)に200 x78 x32である。浮き上がり距離の予測結果をFig.4に示す。本計算では周囲流速度一定条件の予測は出来ていないが、周囲流の違いによる浮き上がりの変化の傾向は再現出来ている。瞬時のGの分布についてFig.5(a)にFLAME B、Fig.5(b)にFLAME Cを示した。本計算ではFLAME A、Bは渦輪との干渉で火炎位置の平均値に対して±20〜30[mm]程度の幅で変動していることを確認している。この変動幅は剪断層における大規模渦のスケールに相当していると考えられ、FLAME Cでは計算では変動渦の大きさが小さいため火炎基部はほぼ固定されている。実験ではFLAME A、Bが火炎の平均位置に対して約±10[mm]程度、FLAME Cの変動幅は±5mm以下の幅で変動していることが観測されている。FLAME A、Bは本計算ではtriple flame領域での保炎[6]、FLAME CはEdge Flame領域[6]での保炎である。本計算では噴流拡散火炎の浮き上がりと保炎位置による形状の違いが再現できている。

4. 結論

 実バーナ燃焼流れへのflamelet approachを用いたLESの適用を目的としてPresumed PDFモデルを用いた噴流拡散火炎のLESを行い、その高い予測精度を確認した。また複合火炎に適用できるflamelet approachを噴流火炎の浮き上がりと保炎の問題に適用しその有用性を示し、Triple flameによる保炎機構を考慮した乱流燃焼速度モデルの提案を行った。浮き上がり距離の予測精度は現状では不十分であるが今後モデルの改良により将来的にこの浮き上がり火炎解析モデルを利用して火炎形状の制御など実用問題への展開も期待できる。本研究により非予混合火炎に対するflameletモデルの適用性がより広がったと考えられる。

参考文献

[1] Peters,N.: 21 th Symp. of Combustion (1986) 1231.

[2] EKT, Flame Data Base <http://www.tu=darmstadt.de/ib/mb/ekt/flamebase/Welcome.html>, 1997

[3] Cook,A.W. and Riley,J.J.: Combustion and Flame 112(1998)593

[4] Muller,C.M., Breibach,H., and Peters,N. : 25 th Symp. of Combustion (1994) 1099.

[5] Muniz,L. and Mungal,M.G: Combustion and Flame 111(1997)16.

[6] Chen,Y.C. and Bilger,R.W., Combustion and Flame 123,(2000),pp23-45

Fig. 1 Instantaneous distributions of hydrogen jet diffusion flame

(a) Vortex structure, (b) Temperature distribution

Fig.2 Ensemble mean profiles

(a) Mixture Fraction Distribution on The centerline, (b) Radial Profile of Mixture Fraction and Temperature at x/D=20

審査要旨 要旨を表示する

 本論文「非予混合火炎のLESに関する基礎研究」は、実用的な燃焼器に一般に見られる複雑な乱流非予混合火炎に対して有効な非定常数値解析法を新たに提案し、従来数値予測の困難であった吹き上がりバーナ火炎の流れ構造を予測した。

 本論文は以下の4章より成っている。

 まず、第1章において乱流火炎の数値予測の研究状況を概観し、特に、ラージ・エディ・シミュレーション(LES)法が汎用性の高い数値予測法として期待されること、および、実用的な燃焼火炎に対してのflamelet approachの有効性を述べて、これらの実用的解析モデルの構築と複合火炎への適用検証を本論文の目的として取り上げている。

 第2章では、燃焼反応の時間空間スケールが乱流変動スケールより十分小さい火炎に対して有効な近似として、乱流中における実際の燃焼反応が薄い火炎面にのみ存在すると考えるflamelet approachの概念を導入し、これに基づくの乱流火炎LES解析モデルを定式化する。まず、大きな温度変化、密度変化を伴う低マッハ数の燃焼流れの定式化と、そのLESモデルを導出する。次に、拡散火炎に対しては、flamelet approachに基づいて、保存スカラー(混合分率)により全ての燃焼反応を代表するものとしたモデル化を採用する。ここで、燃焼反応に対しては層流火炎データベースを適用するLaminar flamelet model(Peters、1986)を、SGS乱流変動の近似には時間平均モデルにも採用されているべータ関数による推定PDFモデルを導入してLES解析モデルを定式化した。さらに、吹き上がり火炎などに見られる部分予混合火炎をあらわす方法として、同じくflamelet approachに基づく予混合火炎LES解析モデルとして有効性の確認されているG-方程式を上記の拡散火炎モデルと連成して用いる解析法を新たに提案している。すなわち、1)濃度混合は混合分率で表現する、2)部分予混合の伝搬性をG-方程式で表現する、3)Gを指標パラメータとして、火炎面(G=G0)下流の既燃領域は混合分率のみの関数として拡散火炎表現する、4)局所消炎効果をG-方程式の火炎伝播項に導入する、ことによって浮き上がり火炎基部のtriplet flameがモデル化されている。これら結果として、複数の乱流火炎モデルの達成による汎用的なLES解析法が提案された。

 第3章においては、上記のflamelet approachに基づく乱流火炎LES解析を水素バーナ拡散火炎への適用して、その有効性を検証している。まず、乱流バーナ火炎のLES解析における具体的な数値計算法を示し、特に流入条件の変動成分の適切な評価方法を数値検証により明らかにした。数値予測結果は各種乱流統計分布予測において実験値との良好な一致が示された。さらに、従来実験などでは明瞭ではなかった噴流中の3次元渦構造と火炎変形との関連性が数値計算結果に基づく可視化により解析された。

 第4章では、典型的な複合火炎の例として、メタン-空気同軸バーナの吹き上がり火炎を対象として数値検証が示される。数値検証結果に基づいて上記モデルの未定係数を評価決定し、さらに、数値解析モデルの物理的解釈の妥当性、予測の有効性、および、改良されるべき課題が述べられている。特に、吹き上がり火炎基部の局所伝播速度に対してサブグリッドスケールのtriplet flame周囲の流れ構造を考慮した修正を行うことで単純予混合火炎でのモデル定数との整合性が保たれること、吹き上がり距離に対する各要素モデルの物理的効果として消炎モデルと乱流火炎伝播速度モデルがそれぞれCo-flowおよび主流速度の影響を支配していること、などが明らかにされた。火炎および流れ場の統計分布や可視化などから吹き上がりバーナ火炎の基本構造は本解析モデルによって予測されていると結論付けている。しかし、吹き上がり距離の主流速度による変化予測については実験との明らかな差異がみられることに対しては、拡散火炎モデルとG-方程式予混合火炎モデルの達成においてG分布のSGS変動を考慮した定式の必要性、あるいは、乱流燃焼速度モデルの影響次数の妥当性などを検討し、今後の火炎解析モデルの改良の可能性として指摘した。 以上の研究成果を審査するに、乱流LES法において吹き上がり火炎などの複合火炎に適用しうる乱流燃焼流れ解析モデルを新たに提案したことのオリジナリティと学術的価値は大きい。また、実機を想定したバーナ火炎の数値計算結果を示し、解析モデルの妥当性の検証と改良の指針を与えたことによる、燃焼流LES実用化へ向けての工学的寄与も評価できる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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