学位論文要旨



No 117570
著者(漢字) 金,瑢晋
著者(英字)
著者(カナ) キム,ヨンジン
標題(和) 日本の派生証券市場の計量経済分析
標題(洋) An Econometric Analysis of Japanese Derivatives Market
報告番号 117570
報告番号 甲17570
学位授与日 2002.09.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第157号
研究科 経済学研究科
専攻 企業・市場専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國友,直人
 東京大学 教授 矢島,美寛
 東京大学 教授 林,文夫
 東京大学 助教授 大森,裕浩
 東京大学 助教授 高橋,明彦
内容要旨 要旨を表示する

 Black-Scholes-Mertonのオプション価格付け理論に関する画期的な業績以来、この理論の拡張は常に計量経済学的検証を要求し、また投資家の意思決定の産物である市場データの分析は現実とより整合的な理論の改良を求めて来た。オリジナルなオプション価格モデルにおいて最も重要な仮定としてオプションの満期日まで金利と原資産のボラティリティが一定であることが考えられる。金利(利子率)は経済におけるエージェントの異時点間の最適消費配分と直接的な関係にあり、その水準は時間的に変化すると捉えるのが自然である。金利の期間構造は経済学の古典的なトピックでもある。また、オプション価格への影響力が一番大きい要素である原資産のボラティリティは,時間的に変動することが経験的に知られている。よってボラティリティの期間構造の分析はオプション価格付け理論の究明の上で不可欠である。実際、金融経済学において以上で言及した二つの仮定の緩和は大概の場合独立的に研究され、またその拡張の有用性が検証されてきた。

 他方、金利とボラティリティ・モデルの推定問題は実証金融経済学において中心的な話題でもある。金利(Instantaneous Spot Interest Rate)は代理変数として観測可能な短期金利データを用いることができるが(無論、厳密には金利も観測不可能である)、ボラティリティは潜在変数であり、そのモデル推定は容易とは言い難い。また、連続時間モデルの場合、実際推定においては離散化の必要があり、これに関する理論も発展しつつある。

 本研究の目的は金利と原資産のボラティリティが一般的な連続時間確率過程で記述されるとき、派生証券(あるいは条件付請求権)の理論価格を漸近的な近似式で求めることと、日本の証券市場においていくつかの確率的金利とボラティリティ過程の下でのオプション価格モデルの説明力を比較検証することである。本論文は第1部理論編、第2部実証編で構成されている。理論編は第2章から4章まで、実証編は5章と6章である。第1章は序論、第7章は結論である。

 まず、第2章では確率的金利とボラティリティの下でのオプションや先物の価格付け原理が議論できる経済学的な分析土台に関して考察を行った。派生証券の価格付け理論の分析枠組みは大きく無裁定均衡アプローチと消費基準資産価格付け理論アプローチに区分できる。消費・ポートフォリオ・モデルや一般均衡モデル(交換経済と生産経済)の枠組みで派生証券の価格付け理論を論じたあと、無裁定均衡アプローチの枠組みでの分析に関しても触れた。

 第3章では一般的な連続時間確率過程の金利とボラティリティの下で、小分散漸近展開理論(Small Disturbance Asymptotic Expansion Theory)を適用し、派生証券の理論価格に対する漸近解を導出したあと、その精度をシミュレーションによって確かめた。オプション理論の拡張として確率的な金利を考慮した研究はすでにMertonのオリジナル論文まで遡るが短期金利が正規仮定に従うなど特殊なケースを除けばオプション価格の解析解を求めるのは困難である。またボラティリティが確率的である場合のオプション価格付け理論についても1980年代後半以降活発な研究が行われてきたが、オプション価格の解析解が求められるのはボラティリティ過程のごく特殊なケースに限る。金利とボラティリティの局所分散関数のパラメータを各々ε、δとした場合、この小分散パラメータによる原資産価格の漸近展開を施すことによってオプションや先物の価格は金利とボラティリティが確定的な時のオプション価格と金利とボラティリティの変動性による調整項として分解された形で表現できる。たとえばヨーロピアン・コール・オプション価格の場合はBlack-Scholes価値+金利とボラティリティのトレンドのオプション価格への寄与分+金利とボラティリティ変動性のオプション価格への寄与分+ο(ε,δ)として表すことができる。このような分解表現はBlack-Scholes公式の自然な拡張であり、一般的な金利・ボラティリティ・モデルにおいて金利とボラティリティの変動性の影響を明示的に捉える利点がある。また、このような結果はアドホックなアプローチではなく厳密な数学的基礎付けに基づいている。

 第4章は確率的なボラティリティの下でのオプション価格を3章とは少し異なるアプローチで考察を行った。結果的には同じインプリケーションであるが、正規変数に関する一種のフーリエ逆変換の公式を用い、求められたオプションの価格がより見通しのよい形で小分散パラメータの2次オーダーまで表現できたこととヘッジ比率が言及された点が新しいと言える。

 次は、第2部の実証編である。第5章ではいくつかの代表的な金利モデルの下でのオプション価格付けモデルを取り上げ、日経225オプションのプライシング・パフォーマンスの比較分析を行った。まず、正規過程の金利モデルとしてはHo-Lee-MertonモデルとVasicekモデルを、局所分散関数がレベル依存型であるモデルとしてはCox-lngersoll-RossモデルとBrennan-Schwartzモデルを考慮した。検証方法としてはプライシング・パフォーマンス比較日の前一年間において金利モデルの推定を逐次的に行い、検証期間に渡って平均的なプライシング・エラーを比較するアプローチを取った。金利モデルのパラメータ推定方法としては有限標本性質に優れている局所線形化法(Local Linearization Method)による最尤推定法を用いた。短期金利の代理変数としてはコール・レート翌日物を採用し、オプションの価格データは1992年6月12日から1995年6月30日を利用した。分析の結果、取り上げた4つの金利モデルの下でのオプション価格のプライシング・パフォーマンスはほぼ同じで、さらにブラック・ショルーズのそれとも差が見られなかった。この結果は金利のオプションのプライシング・パフォーマンスヘの影響は大きくないという米国市場での研究結果とおおむね整合的である。

 第6章は二つの代表的な確率的なボラティリティ・モデル、すなわち対数ボラティリティと平方根ボラティリティの下でのオプション価格モデルのプライシング・パフォーマンスの比較分析を行った。二つのボラティリティ・モデルは1991年1月4日から1997年12月30日までの日経225指数の目次データを利用して推定した。検証期間としては1997年12月30日の前後6ヶ月を各々イン・サンプル期間とアウト・オブ・サンプル期間と設けた。ボラティリティの推定においてはボラティリティ過程を離散化し、Kitagawaのモンテ・カルロ・フィルター・アルゴリズムを適用した。結果としては確率的なボラティリティを取り入れたオプション・モデルがBlack-Scholesモデルよりプライシング・パフォーマンスに優れており、平方根ボラティリティ・モデルが対数ボラティリティ・モデルより説明力が高いことがわかった。確率的なボラティリティのプライシング・パフォーマンスヘの貢献は米国と他の国の市場でも確認されており、本研究の結果はこれらの研究結果と整合的である。

 既存の研究ではいくつかの金利とボラティリティ過程の下でのオプション価格モデル同士の比較分析は行われていないが、これは限られたクラスの金利・ボラティリティ過程を除けば閉じた形でのオプション価格の導出が困難であることに起因するところが多いからであろう。本研究ではオプション価格の漸近的近似解を用いることによってオプション・モデルの比較分析が可能であった。

 本研究にはいくつかの拡張が考えられる。まず、原資産価格(あるいは収益率)のジャンプ過程を顧慮したオプション・モデルの研究は歴史的にも浅くないが日本の市場での実証研究は皆無であり、これに関する研究が必要である。またジャンプ過程の推定方法自体も大きな研究課題であろう。第2に、オプション・データの時系列化方法およびそれに基づいたオプション・モデル・パラメータの推定もオプション・データの情報内容の活用という面から研究に値すると言える。第3に、離散時間のオプション・モデルの比較も興味深いテーマであると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 派生証券(デリバティブ)に関する価格理論はブラック・ショウルズ・マートン(Black=Scholes=Merton)の研究により画期的な理論的発展があったが、その後様々な方向で発展を遂げている。そうした研究の流れは、同時に新たな計量経済学的な研究を促し、さらに投資家の意思決定の結果が集約される金融市場のデータを統計的に分析することから、現実により整合的な方向で基本理論を改良しようとの努力もまた精力的に行われている。ブラック・ショウルズ理論と呼ばれる既によく知られているオプション価格に関する古典的モデルにおいては、オプション契約の満期日までの(短期)金利と原資産のボラティリティの水準が一定であることが仮定されている。ここで、金利(利子率)は経済における経済主体の異時点間の最適消費配分問題と密接な関係があり、金利の水準は時間的に変化するとみなすことが経済学的にも、あるいは実証的にも自然であろう。例えば金利の期間構造の分析は今でも金融論における重要な話題であり続けている。また、オプション契約の価格決定においては原資産のボラティリティは通常は未知のパラメターとして扱われるが、派生証券に関する理論そのものからはその水準を導くことは出来ないので、統計的方法により観察されるデータから推定する必要(ヒストリカル・ボラティリティと呼ばれている)がある。実際に金融市場で観察されるデータからはボラティリティが一定とは見なせないことが多いが、ボラティリティが一定でなければその統計的分析はオプション価格理論の展開においても重要な意味を持つことになる。既にこれまでファイナンスの計量分析では、こうした金利とボラティリティの役割について様々な研究が行われてきているが、二つの要素についてそれぞれ個別に基本的モデルを拡張する試みが多いことに注意しておく。

 ここで金利(より具体的には"instantaneous spot interest rate")はその代理変数として、観測可能な短期金利データを用いることができるが、ボラティリティ自体は潜在変数と考えられるので、ボラティリティが確率的に変動していると見なしたときにはその確率法則を統計的に推定ことには困難な統計的問題が少なくない。特に資産価格が連続時間の確率過程モデルにしたがっていると見なすと、離散時間に観察されるデータを用いて統計的に推定する際には、連続時間の確率過程モデルを離散化により統計的時系列モデルに変換することが必要となる。この研究で報告している実証分析では、こうした確率過程の離散化問題について近年の統計的時系列解析における発展を積極的に取り入れて実証分析を行っている。

 この研究の主な目的の第一は、金利と原資産のボラティリティが一般的な連続時間の確率過程で表現されるとき、派生証券(あるいは条件付請求権)の理論価格を検討することである。この点に関連して、特に統計的な漸近理論を用いてある種の漸近的な近似式で求めた所に本研究の特長があると云ってよい。第二の(そしてより重要な)目的は、日本の金融市場のデータを使って、幾つかの確率的金利とボラティリティの確率過程モデルの下でのオプション契約の価格モデルの説明力を比較・検証することである。本論文は理論編の第一部、実証編の第2部から構成され、理論編の第2章〜第4章で得られた理論的結果を説明し、実証編の第5章・第6章で実証結果を報告している。また説明の便宜上、第1章(序論)と第7章(結論)を付け加えている。各章の内容は次のようにまとめられよう。

 第2章では確率的金利モデルと確率的ボラティリティ・モデルの下でのオプション契約や先物の理論価格について主に経済学的に考察し、これまでの研究のサーベイを行っている。これまでに研究されてきている派生証券の価格理論の分析枠組みは、数理ファイナンス的な無裁定理論アプローチと経済学的な消費・資産価格付け理論アプローチに区分することができよう。この章では消費とポートフォリオの数理モデルと経済学的な一般均衡モデル(交換経済と生産経済)の枠組みから派生証券の価格理論を説明し、これまでこの分野で行われてきた主要な研究を説明し、評価している。

 第3章では金利とボラティリティが一般的な連続時間の確率過程モデルにしたがう時、小分散漸近展開理論(small disturbance asymptotic expansion theory)を適用し、派生証券の理論価格に対する漸近解を導出し、さらにその精度をシミュレーションによって確かめている。既存のブラック・ショウルズによるオプション理論の拡張として確率的な金利まで考慮した研究は、Mertonの古典的研究にまで遡ることができる。しかしながら、短期金利が正規過程にしたがうなど特殊なケースを除けば、オプション契約の価格を解析的に求めることは困難であることが知られている。また、ボラティリティが確率過程にしたがう場合のオプション価格理論についても1980年代後半以降かなり研究が行われているが、オプション価格の解析解が求められるのはボラティリティ過程がごく特殊な確率過程にしたがうと仮定できる場合に限られることも知られている。この章では金利とボラティリティの確率過程を表現する局所分散関数のパラメータをそれぞれε,δとした上で、これらのパラメータが小さくなる状況で原資産価格の漸近展開を行っている。そしてオプション契約や先物の理論価格は金利とボラティリティが確定的な時のオプション価格と金利とボラティリティの変動性による調整項として分解された形で表現できることを導いている。例えば、ヨーロパ型コール・オプション契約の理論価格を例にとると(理論価格)=(Black=Scholes価格)+(金利とボラティリティのトレンド部分のオプション価格への寄与分)+(金利変動性のオプション価格への寄与分)+(ボラティリティ変動性のオプション価格への寄与分)+(より小さな寄与分)と表すことができる。このような分解表現はBlack=Scholes公式の自然な拡張と見なすことができるので、一般的な金利・ボラティリティ・モデルにおいて金利とボラティリティの変動性の影響を明示的に捉えられる利点がある。この種の展開はアド・ホックな近似アプローチではなく確率解析学におけるMalliavin解析と呼ばれている最新の数学的理論からの基礎付けもなされている。

 第4章は確率的ボラティリティの下でのオプション価格を3章とは少し異なるアプローチで考察している。正規確率変数に関する一種のフーリエ逆変換の公式を用いて、オプション契約の理論価格をより見通しのよい形で2次まで小分散パラメータによる展開表現を示したことがこの章でのオリジナルな貢献と言えるであろう。

 第2部は実証編であり、第5章ではいくつかの代表的な金利モデルの下でのオプション価格モデルを取り上げ、日経225オプションのプライシング・パフォーマンスの比較分析を行っている。まず、正規過程の金利モデルとしてはHo=Lee=MertonモデルとVasicekモデルを、局所分散関数がレベル依存型であるモデルとしてはCox=Ingersoll=RossモデルとBrennan=Schwartzモデルを取り上げて考察している。統計的検証方法としてはプライシング・パフォーマンスを比較する前の一年間のデータを利用して金利モデルの推定を逐次的に行い、検証期間に渡って平均的なプライシング・エラーを比較するアプローチを採用している。金利モデルのパラメータ推定方法としては優れた有限標本性質を持つ尾崎(Ozaki)の局所線形化法(local linearization method)による最尤推定法を利用している。なお、短期金利の代理変数としてはコール・レート翌日物を採用し、オプションの価格データは1992年6月12日から1995年6月30日を利用している。実証分析の結果としては、検討した4つの金利モデルの下でのオプション価格のプライシング・パフォーマンスはほぼ同じで、さらにブラック・ショルーズのそれとも差が見られなかったことが報告されている。この結果は金利のオプションのプライシング・パフオーマンスヘの影響は大きくないという米国市場に関するこれまでの研究結果と概ね整合的である。

 第6章は二つの代表的な確率的ボラティリティ・モデル、すなわち対数ボラティリティ・モデルと平方根ボラティリティ・モデルの下でのオプション価格のプライシング・パフォーマンスの比較分析を行っている。ボラティリティに関する二つの確率過程モデルを1991年1月4日から1997年12月30日までの日経225指数の日次データを利用して推定し、検証期間として1997年12月30日の前後6ヶ月を各々イン・サンプル期間とアウト・オブ・サンプル期間として分析している。ボラティリティの推定においては、ボラティリティの確率過程を離散化し、北川(Kitagawa)のモンテ・カルロ・フィルター・アルゴリズムを利用している。結果としては、確率的ボラティリティ・モデルを取り入れたオプションの価格モデルがBlack=Scholesモデルよりプライシング・パフォーマンスに優れており、特に平方根ボラティリティ・モデルが対数ボラティリティ・モデルより説明力が高いことを報告している。確率的ボラティリティ・モデルを利用することによりプライシング・パフォーマンスが良くなることについては、米国や他の国における派正証券市場に関する研究でもかなり確認されており、本研究の結果はこれらの研究結果と整合的となった。

 なお、これまでに報告されている既存の研究では、金利とボラティリティの確率過程の下でのオプション価格モデル同士の比較分析はほとんど行われていないようである。その理由としては、限られたクラスの金利・ボラティリティの確率過程モデルを除けば、閉じた形でのオプション価格の導出が困難であることに起因するところが多いからであろう。本研究ではオプション価格の漸近的近似解を用いることによってこの厄介な実証的問題を解決したので、さらにオプション・モデルの比較分析が可能となっている。

講評:

 第I部は主としてデリバリブを巡る理論的問題を扱っているが、その内で第1章は序論、第7章はまとめであり審査委員からは特にコメントはなかった。

 第2章は本論文の為に書かれた派生証券(デリバティブ)を巡る最近の研究のサーベイであるが、ブラック・ショウルズによる研究成果以降の米国のファイナンス分野の研究を中心に、かなりの数の研究を網羅している価値あるサーベイになっている。特に、デリバティブについてはその問題に対して経済学的アプローチと工学的(あるいは数理ファイナンス的)アプローチの違いやその結果の関係が必ずしも十分に関係者の間でも理解されているとは云えないので、関連するサーベイとして十分に価値があろう。ただし、連続時間の確率過程に基づく派生証券の理論展開と離散時間の確率過程に基づく理論展開が互いにどのように数理的に関わるかは正確には必ずしもなおはっきりしていない点があることなどが今後の課題であろう。

 第3章と第4章において確率的金利と確率的ボラティリティの下でのデリバティブの評価理論はかなりなオリジナルな内容を含むと思われる。これらの章で用いられている分析方法はTakahashi(1999)やKunitomo=Takahashi(2001)で開発された確率解析学におけるマリアバン解析(Malliavin Analysis)の応用をさらに拡張したものになっている。特に連続時間の確率過程の漸近的極限が確率変数(幾何ブラウン運動)となる場合の新しい理論展開と付随する結果はオリジナルな貢献と思われる。ただし、理論的な結果を裏付けるような数値例としては、かなり限定された数例のみが示されているので、二つの章で展開された理論的結果がはたしてどの程度現実的に応用可能か否かをもう少し検討する必要が感じられた。

 本論文の主たるオリジナルな貢献は第二部の日本における金融派生証券市場をめぐる実証的な研究結果であろう。従来の日本の市場についての研究はかなり断片的であったことに対して、本論文の5章では金利が変動する影響を本格的に考察したと評価できよう。ここでは主要な実証結果として金利のデリバティブ価格変動への影響は比較的小さいことを報告している。この実証結果自体は以前から直感的議論として市場関係者などの間でも云われてきているので、それほど意外性はない。しかしながら、これまで市場関係者が直感的に述べている議論を厳密な計量分析の枠組みで日本のデータに基づいて結論を導いたことの意味は小さくないと評価できよう。ここで報告されている実証結果についてのコメントとしては、この間の日本経済では短期的な金利変動は世界でも稀に見る事態が続いているので、より本格的な他の先進国における実証結果との整合性等が望まれることであろう。特に日本における短期金利の変動を説明する確率過程としてはどのようなものを考察すればよいか、より建設的な貢献が今後に望まれよう。

 第6章はボラティリティのデリバティブ市場価格への影響を実証的に分析した我が国最初の本格的な研究と評価できるであろう。金氏が発見した結果、すなわちボラティリティ変動モデルとしては連続時間の平方根過程が実証的に優れてとの主張は特に興味深いものである。ただし、この実証結果を導いたモデル選択の基準値を見ると、必ずしも他のボラティリティに関する確率過程モデルとの差がそれほど大きいものとは判断されにくい。したがって、第6章で得られた結果が、他のデータや時期の選び方、あるいはモデル推定の方法等について統計的有意性を含めどれほどまで結果が頑健(ロバスト)であるのかを検討し、より説得性を高める努力が必要であろう。

論文審査の結論:

 以上の講評では金氏の論文の各章における分析について、審査委員が気がついた問題点や改善の可能性などについて比較的細かな点を指摘した。もろん、本論文の全体的な内容そのものはオリジナルな内容が多く含まれているだけにとどまらず、既に完成度も高く、本研究科が要求する博士論文の基準を十分に満たしていると考えられる。したがって、この審査委員会は、本論文を博士(経済学)の学位を授与するにふさわしいと全員一致で判断した。

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