学位論文要旨



No 117681
著者(漢字) 小内(小幡),亜矢
著者(英字)
著者(カナ) オナイ(オバタ),アヤ
標題(和) SAGE法を用いたヒトナチュラルキラー細胞及びCD8+Tリンパ球の包括的な遺伝子発現解析
標題(洋)
報告番号 117681
報告番号 甲17681
学位授与日 2003.01.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2046号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 吉田,謙一
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 横山,和仁
 東京大学 助教授 小野木,雄三
内容要旨 要旨を表示する

I背景

 リンパ球による細胞傷害性は、癌細胞、ウイルス感染細胞及び細胞内病原体を排除する主要な免疫反応である。この過程は、主にNK細胞及びCD8+T細胞によって担われている。NK細胞はIgレセプターやT細胞レセプターなど抗原特異的なレセプターを発現していないが、最近NK細胞が正常細胞と癌細胞を見分けるメカニズムが、分子レベルで明らかにされつつある。正常細胞においては、NK細胞が細胞表面上の主要組織適合抗原(MHC)を認識し、それによって抑制性のシグナルが伝達され、NK細胞の機能が抑制される。一方、癌細胞やウイルス感染細胞などの様に、MHCの発現が低下または欠如している細胞では、抑制性シグナルは伝達されず、NK細胞は標的細胞を傷害し、さらにサイトカインやケモカインを産生することで、免疫反応、炎症及び造血を制御している。CD8+T細胞は、抗原特異的な反応を引き起こす獲得性免疫の重要なメデイエーターの一つである。抗原提示細胞により、病原体由来の抗原に特異的なTCRをもつCD8+T細胞が選択される。このエフェクターCD8+T細胞は病原体の排除に貢献し、その後一部はメモリー細胞となり維持される。この様に、NK細胞とCD8+T細胞は、異なったリンパ球系列に属するが、細胞傷害性を示すという共通の特徴を持っている。本研究で用いたSAGE(Serial Analysis of Gene Expression)法は、様々な細胞や組織での包括的遺伝子発現を解析するために確立された方法である。個々の遺伝子のtagと呼ばれる配列を解析することで、未知の遺伝子を含め、遺伝子発現プロファイルを得る事ができる。私はこのSAGE法を用いて、NK細胞及びCD8+T細胞の遺伝子プロファイルを解析し、それぞれの細胞群に発現する遺伝子を多数同定した。さらにその結果から、NK細胞においてα-defensin 1が特異的に発現していることを同定した。defensinは抗菌ペプチドの一種だが、ヒトナイーブCD4+T細胞及び未熟樹状細胞を遊走させる活性をもっている。本研究では、in vitroで、α-defensin 1のナイーブCD8+T細胞に対する選択的な遊走活性を証明した。またNK細胞の発生、分化、増殖、活性化及び生存に重要なサイトカインであるIL-15が、NK細胞のα-defensin 1の発現を増強することを証明した。

II材料と方法

1.ヒト末梢血からのNK細胞及びCD8+T細胞の精製

 健常人末梢血からヒト末梢血単核球を分離し、ハプテンが結合した抗CD3、抗CD4、抗CD19、抗CD36及び抗IgEモノクローナル抗体の混合物とインキュベー卜した後、抗ハプテン抗体でコートされた磁気ビーズとインキュベートし、磁力を利用したカラムによる分離にて、ネガティブフラクションをNK細胞として分離した。CD8+T細胞は、NK細胞と同様の方法で末梢血単核球を分離後、抗CD8モノクローナル抗体でコートされた磁気ビーズとインキュベートし、同様のカラムに結合した細胞を分離しCD8+T細胞とした。

2.SAGEプロトコール

 NK細胞及びCD8+T細胞から精製したpoly(A)+mRNAを用いて、5'端をビオチン化したオリゴd(T)18をプライマーとしてcDNAを合成した。この後NIaIIIで消化し、3'側のフラグメントをストレプトアビジンでコートしたビーズに結合させた。これを2つに分け、それぞれに異なるリンカーをライゲーションした。リンカーには制限酵素BsmFIの認識部位が含まれており、この制限酵素によりcDNAを切り離した。cDNAを平滑末端化しお互いにライゲーションさせた後、それぞれのリンカーに含まれる配列をプライマーとして、PCRによりライゲーション産物を増幅した。これを再びNIaIIIで消化し、tagが2つつながったditagを得た。T4リガーゼでditagが数珠つなぎ状になったコンカテマーを作製し、ベクターpZero-1にサブクローニングした。この後シークエンサーを用いてtagの配列を決定した。この結果から、NK細胞及びCD8+T細胞のライブラリー間の統計的有意差を評価した。また異なるライブラリー間の類似性を解析するため、NK細胞、CD8+T細胞、Th1、Th2、単球、マクロフアージ、未熟樹状細胞及び成熟樹状細胞のライブラリー間の相関係数を求めた。

3.RT-PCR

 PCR反応は逆転写反応後の反応液をテンプレートとして用い、15μMプライマー、125μMdNTP、50mMKCl、10mM Tris-HCl(pH8.3)、1.5 mM MgCl2及び4U Amplitaqを用いて行なった。4.CD45RA+D27+ナイーブ、CD45RA-CD27+メモリー及びCD45RA+CD27-エフェクターCD8+T細胞の精製

 CD8+T細胞を抗CD45RA及び抗CD27モノクローナル抗体で染色し、cell sorterにてCD45RA+CD27+ナイーブCD8+T細胞、CD45RA- CDZ7+メモリーCD8+T細胞及びCD45RA+CD27-エフェクターCD8+T細胞を精製した。

5.ケモタキシスアッセイ

 ナイーブ、メモリー及びエフェクターCD8+T細胞をRPMI1640倍地に懸濁した。細胞懸濁液をケモタキシスチャンバーの上層に加え、下層には希釈したα-defensin 1を加え、下層に遊走した細胞の数をカウントすることで評価した。

6.NK細胞の精製と培養

 NK細胞を精製後、IL-2またはIL-15の存在下で培養し、total RNAを調製した。ferritin heavy chain及びα-defensin 1の発現レベルを調べるため、RT-PCRを行なった。

III結果

1.NK細胞において発現頻度が高かった遺伝子は、β-2-microgloblin、MHC class I,C、RANTES、thymosin β10及びprofilinなどだった。一方CD8+T細胞はNK細胞に比べ、リボゾームタンパクの発現が上位をしめており、他にはβ-2-microgloblin、MHC class I, C及びferittin, heavy polypeptide 1の発現頻度が高かった。

2.大部分の遺伝子は両細胞群での発現頻度が等しかったが、どちらか一方の細胞で発現している遺伝子も検出された。NK細胞において発現頻度が高かったのは、Ksp37、cystatin F、killer cell Ig like receptor、及びα-defensin 1などだった。CD8+T細胞では、v-jun avian sarcomavirus 17 oncogene homologue(c-jun)、interleukin 8、TRAIL及びchemokine receptor CCR7などが発現頻度が高かった。

3.NK細胞は、granulysin、granzyme B、α-defensin 1、perforin、DNAX activatingprotein(DAP)10及びNK receptorなどの、細胞傷害性に関与する遺伝子を発現していた。サイトカイン、ケモカインとそのレセプターに関しては、NK細胞はIL-2Rβ及びCX3C receptor 1、CD8+T細胞はinterleukin 8、CCR7、IL-4R、IL-7R及びLARCなどを発現していた。またアポトーシスに関与する分子では、NK細胞はapoptosis-associated speck like proteins containing CARD、CD8+T細胞はTRAIL、TNF receptor associated factor; TRAF 4、apoptosis-related cystain protease; caspase 8及びTRAF 5などを選択的に発現していた。シグナル伝達に関与する分子では、STAT 6の発現がCD8+T細胞において発現していた。この結果からNK細胞においてgalectin 1の発現が、CD8+T細胞においてLARCの発現が明らかとなった。

4.NK細胞のCD8+T細胞に対する相関係数は0.779であり、高い類似性を示した。一方CD8+T細胞は、Th2細胞に対して最も高い相関係数(0.806)を示した。

5.SAGEの結果において、ドナーによる差がないことを確認するために、両細胞群で発現に差がある遺伝子についてRT-PCRを行なった。granulysin、perforin、granzyme B、α-defensin 1、prostaglandin D2 synthase、CX3CR1、及び4つの新規遺伝子はNK細胞において高く発現していた。一方CCR7とLARCは、CD8+T細胞において発現が高かった。それぞれの相対的な遺伝子発現はSAGEによる結果にほぼ一致していた。

 同様に、CD8+T細胞の3つのサブセットにおける発現をRT-PCRにより検討した。Perforin、granzyme B及びCX3CR1はエフェクターCD8+T細胞において強く発現していたが、CCR7はナイーブ及びメモリーCD8+T細胞において特異的に発現していた。またhypothetical protein FLJ12443及びMGC915も、メモリー及びエフェクターCD8+T細胞において発現が認められた。

6.α-defensin 1は、ヒトナイーブCD4+T細胞及び未熟樹状細胞を遊走させることが報告されている。そこでCD8+T細胞サブセットに対するα-defensin 1の遊走活性を検討した。α-defensin 1はナイーブCD8+T細胞を濃度に依存して遊走させた。またIL-15存在下で培養したNK細胞において、α-defensin 1の発現は培養開始後すぐに増強されたが、時間が経過するに従い徐々に低下した。

IV考察

 細胞傷害性に関与する遺伝子は、NK細胞で顕著に発現が認められた。一方CD8+T細胞は、未刺激の状態では、細胞傷害性に関与する分子は殆ど発現していなかった。CD8+T細胞は樹状細胞などの抗原提示細胞によるプライミングを受けた後、抗原により再度活性化されエフェクター細胞として機能するので、未刺激の細胞では細胞傷害性に関与する分子を発現していないというSAGEの結果は、生物学的に理にかなった結果だと考えられる。以上からNK細胞はCD8+T細胞と比較して、抗原刺激がない状態で既にある程度活性化状態にあり、ウイルス感染などにおいて、抗原刺激に依存せずにCD8+T細胞よりも早期に反応する細胞である可能性が考えられた。

 本研究において、NK細胞がα-defensin 1を発現し、さらにIL-15刺激によりα-defensin1の発現が増強されることが明らかとなり、NK細胞の機能におけるIL-15の役割の一つが示された。また、α-defensin 1はナイーブCD8+T細胞に対して特異的に遊走活性を示すことが明らかとなった。α-defensin 1のレセプターは現在まで明らかになっていないが、メモリー及びエフェクターCD8+T細胞ではなく、ナイーブCD8+T細胞のみがそのレセプターを発現している可能性が考えられる。この結果から私は、NK細胞が産生するα-defensin 1がナイーブCD8+T細胞と樹状細胞をリクルートさせることによって、自然免疫と獲得性免疫を仲介するシグナルを供給すると推測する。本研究で得られた結果は、細胞傷害性を持つ細胞の機能を明らかにするために役立つと共に、癌及びウイルス感染などの疾患治療の新たな標的分子の発見につながることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、細胞傷害性という共通の機能をもつ、ヒトNK細胞及びCD8+T細胞の機能を分子レベルで明らかにするために、SAGE(Serial Analysis of Gene Expression)法を用いてこれらの細胞が発現する遺伝子を包括的に解析し、下記の結果を得ている。

1.大部分の遺伝子はNK細胞及びCD8+T細胞での発現頻度が等しかったが、どちらか一方の細胞で発現している遺伝子も検出された。NK細胞において発現頻度が高かったのは、Ksp37、cystatin F、actin related protein 2/3 complex, subunit 1A*、killer cell Ig like receptor、hypothetical protein FLJ10688*、protein phosphatase 1, regulatory (inhibitor) subunit 16B*、likely ortholog of mouse SH3 gene SLY*、LIM and SH3 protein 1*、serine/threonin kinase 10*及びα-defensin 1だった。一方CD8+T細胞では、v-jun avian sarcoma virus 17 oncogene homologue (c-jun)、interleukin 8、unknown gene* (EST)、B cell translocation gene 1, anti proliferative*、hypothetical protein FLJ14058*、PHD finger protein (contains a zinc finger-like PHD finger)*、TRAIL、dual specificity phosphatase 1*、human T cell receptor active alpha-chain mRNA from JM cell line, complete cds*及びchemokine receptor CCR7の発現が高かった。それぞれの細胞群において、*印のついた遺伝子はSAGEの結果発現が明らかとなった。

2.NK細胞は、granulysin, granzyme B、α-defensin 1、Perforin、DNAX activating protein (DAP) 10及びNK receptorなど、細胞傷害性に関与する遺伝子を発現していた。サイトカイン、ケモカインとそのレセプターに関しては、NK細胞はIL-2Rβ及びCX3Creceptor 1、CD8+T細胞はinterleukin 8、CCR7、IL-4R、IL-7R及びLARCなどを発現していた。またアポトーシスに関与する分子では、NK細胞はapoptosis-associated speck like proteins containing CARD、CD8+T細胞はTRAIL、TNF receptor associated factor;TRAF4、apoptosis-related cystain protease; caspase 8及びTRAF5などを選択的に発現していた。シグナル伝達に関与する分子では、CD8+T細胞においてSTAT6の発現が認められた。接着分子では、NK細胞において、galectin 1、integrin β2、integrin αLが発現していた。この結果からNK細胞においてgalectin 1の発現が、CD8+T細胞においてLARCの発現が明らかとなった。

3.NK細胞のCD8+T細胞に対する相関係数は0.779であり、高い類似性を示した。一方CD8+T細胞は、Th2細胞に対して最も高い相関(相関係数:0.806)があることが示された。

4.本研究で解析したSAGEの結果において、ドナーによる差がないことを確認するために、両細胞群で発現に差がある遺伝子についてRT-PCRを行なった。RT-PCRの結果はSAGEから得られた結果にほぼ一致しており、SAGEの結果が細胞傷害性をもつリンパ球の遺伝子発現プロファイルとして、信頼できることが示された。

5.CD8+T細胞と比較して、NK細胞で高く発現していた遺伝子について、CD8+T細胞の3つのサブセットにおける発現をRT-PCRにより検討した。NK細胞で発現していたperforin、granzyme B及びCX3CR1はエフェクターCD8+T細胞において強く発現していたが、CD8+T細胞で発現していたCCR7は、ナイーブ及びメモリーCD8+T細胞において発現していた。またNK細胞において発現していた新規遺伝子の候補であるhypothetical protein FLJ12443及びMGC915は、メモリー及びエフェクターCD8+T細胞において発現しており、これらの遺伝子がNK細胞、メモリー及びエフェクターCD8+T細胞における共通の機能に関与する可能性が示された。

6.NK細胞で発現していたα-defensin 1の、CD8+T細胞サブセットに対する遊走活性を検討した。α-defensin 1はナイーブCD8+T細胞を濃度に依存して遊走させた。またIL-15存在下で培養したNK細胞において、α-defensin 1の発現が増強され、IL-15のNK細胞に対する新しい機能が示された。またα-defensin 1がナイーブCD8+T細胞を特異的に遊走させることで、自然免疫から獲得性免疫へのシグナルを供給する可能性が示された。

 以上、本論文はヒトNK細胞及びCD8+T細胞が発現する遺伝子を包括的に解析し、NK細胞は活性化する前からある程度その機能に関与する遺伝子を発現しており、一方CD8+T細胞は、活性化前には細胞傷害性に関与する遺伝子はほとんど発現しておらず、restingの状態を保つのに重要な遺伝子を発現している可能性を示した。これまでのNK細胞及びCD8+T細胞の研究では、既存の遺伝子に関する限られた情報しか得られていなかったが、本研究では、これらの細胞において定量的かつ包括的に多量の転写産物を解析することで、両細胞の機能を分子レベルで明らかにする上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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