学位論文要旨



No 117694
著者(漢字) 孫,任章
著者(英字)
著者(カナ) ソン,ニンショウ
標題(和) 非線形構造問題の最適化における統合化手法に関する研究
標題(洋) Integrated Method in Optimization of Nonlinear Structural Problems
報告番号 117694
報告番号 甲17694
学位授与日 2003.02.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5363号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久田,俊明
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 助教授 吉川,暢宏
 東京大学 助教授 陳,献
 東京大学 講師 泉,聡志
内容要旨 要旨を表示する

本研究は非線形有限要素解析(FEA)をベースにした構造最適化理論をテーマとしている。即ち、本研究の目的は、線形構造の最適化理論において誕生した統合化手法(Integrated Method)を非線形構造問題の最適化へ適用する場合の可能性と有効性について検討することにある。

非線形構造問題は経路非依存型問題と経路依存型問題とに分類できる。従来、統合化手法に関する研究は経路非依存型非線形問題のみに対して行われてきており、penalty function、generalized reduced gradient、projected Lagrangian法などについて検討されて来た。本研究では、先ず、経路非依存型非線形問題に対してLagrange乗数法を利用し、有限要素法で離散化された平衡方程式を付帯条件としてLagrange汎関数に導入する。これにより設計評価時刻の変位自由度、平衡条件導入のためのLagrange乗数、設計変数、設計制約条件導入のためのLagrange乗数、の四者を全て独立変数とみなす。これらの変数により構成される空間を経路非依存型問題の拡大空間(Augmented Space)と定義する。そして、これらの独立変数に対してLagrange汎関数の停留条件式を導く。更にもう一回変数で微分することによりNewton型の反復計算式のマトリックス方程式が導かれる。このマトリックス方程式に静的縮約(static condensation)を行ない変位自由度と平衡条件導入のためのLagrange乗数を消去する。これにより末知変数が設計変数ならびに設計制約条件導入のためのLagrange乗数の二者に縮退された簡潔な方程式が導かれる。この方程式を基に統合化手法の有効性と効率を検討する。

一方、経路依存型非線形問題に対する統合化手法の応用は現在まで検討されてこなかった。そこで、本研究ではその可能性について理論的、数値的検討を加える。本論文では二つの定式化を提案する。

定式化Iでは過去の増分における変位を総て設計変数の陰的な関数とみなし、設計の評価時刻での平衡条件のみを付帯条件としてLagrange汎関数に導入する。そうすることにより経路非依存型問題と同様のLagrange汎関数ならびに拡大空間を使用することが可能となるが、経路依存性の性質から、設計変数に対する微分は条件付微分となる。即ち、設計変数に関する微分は、現時刻の変位のみ固定するという条件下で、過去の全ての増分における変位の摂動を考慮する。この条件付き微分の評価は、過去の増分における変位感度の評価が必要であることを意味する。またこのように変位感度を評価するためには、まず全経路に沿っての平衡条件を満たすように解析を行なわれなければならない。次に静的縮約については経路非依存型非線形問題と同様の手順を経て、設計変数ならびに設計制約条件導入のためのLagrange乗数のみに縮退された簡潔な方程式が得られる。更に式展開を進めると、この縮役された方程式は、最終的にNested Approachと呼ばれる古典的なNewton型反復計算のマトリックス方程式のある成分に新たな一つの項を追加した形に変形できることを見い出せる。この興味深い結果は、統合化手法により拡大された空間内での探索が、実は設計変数のみの空間における古典的なNewton法による探索方向を修正したものになっていることを意味している。なおこの知見を踏まえると、本研究における一連の手法をAugmented Newton Methodと呼ぶことが適切であると考えられる。

定式化IIでは過去の全ての変位を独立変数とみなし、各増分での平衡条件を総て付帯条件としてLagrange汎関数に導入する。経路依存性の性質は過去の変位の摂動を通じて評価される。この概念に基づき、総ての変位履歴、これに対応した各時刻での平衡条件導入のためのLagrange乗数、そして設計変数と設計制約条件導入のためのLagrange乗数の四者から構成される空間を定式化IIの拡大空問と定義する。先ずこれらの変数に対してLagrange汎関数の停留条件を導く。更にもう一回変数で微分することによりNewton型反復のためのマトリックス方程式が導かれる。更に定式化を工夫すると、このマトリックス方程式においても各増分での変位自由度ならびに平衡条件導入のためのLagrange乗数を総て消去することが可能となり、最終的に設計変数ならびに設計制約条件導入のためのLagrange乗数のみを変数とする縮退された簡潔な方程式が導かれる。これを基に定式化IIの有効性と効率を検討する。

本理論の検証問題として、最適化問題のベンチマークテストの一つとして知られるTen-Bar Trussをとりあげ、線形弾性材料、超弾性材料、全ひずみ理論弾塑性材料、Bilinear弾塑性材料を仮定し、数値計算を行なった。その結果、線形弾性材料モデルについて公表されている幾つかの解と良く一致していることを確認できた。また定式化1のポテンシャルを示すために、Two-Bar Truss問題を設定し、古典的Newton法では到達できない最小点にも本手法では到達できることを実証した。更に形状の最適化問題として、6面体ソリッド要素によるblock modelを設定し、線形弾性材料と弾塑性材料をそれぞれ仮定し、変位と応力の制約のもとで重量最小化を目的関数として形状の最適化を行なった。

本研究の結論は以下のように要約される。

 [1]経路非依存型非線形問題に対して、提案した手法、即ちAugmented Newton Methodは従来のNewton Methodより効率が遥かに高い。その理由としては次の三点が挙げられる:

1.経路非依存型非線形問題では最適化過程において負荷履歴を改めて追跡した解析を行なう必要がない。

2.最終的な負荷状態に対する平衡条件は付帯条件としてLagrange汎関数に導入されているので、停留点で力学的釣り合いは自動的に保証される。

3.Augmented Newton Methodでは設計変数と変位を同時に独立変数とみなしているので、それらの変数に対する二次の偏微分は評価する必要があるが、二次変位感度の評価は不要である。

 [2]経路非依存型非線形問題に対して、二つの定式化を提案した。

定式化I

1.定式化Iは統合化手法の概念と条件付き微分の概念に基づき発案されたものと言える。方程式の縮退を行なっているが実質的には拡大された空間で最適解を探索しているため従来のNewton法では探索できない解が得られる可能性がある。その実例は簡単な弾塑性truss問題で示すことが出来た。

2.定式化Iは設計変数に対して条件付き微分を応用しているので、最適化過程における設計変更のたびに、負荷経路に沿って、増分ごとに構造解析と一次、二次の感度解析を行なう必要がある。従って計算コストとしては従来のNewton法に相当する程度のものになる。

定式化II

1.定式化IIは統合化手法の枠組みで定式化Iの設計変数に対する条件付き微分の"条件"を取り除いたものである。つまり定式化IIでは設計変数に対する微分はあくまで偏微分として、即ち過去の変位は固定して、実行する。経路依存性の性質は過去の変位に直接摂動を与える事により導入される。定式化IIでは定式化1に較べ更に拡大されたスペースで最適解を探索している。

2.経路依存性の性質から負荷経路に沿って解析しなければならないことに変わりはないが、定式化IIでは次の二つの理由により各増分での釣り合いは求める必要がない。

2.1.各増分における平衡条件を付帯条件としてLagrange汎関数に導入した。

2.2.経路依存性は過去の変位に直接摂動を与える事で考慮した。従って停留点に収束すれば全ての時点での釣り合い条件も自動的に保証されることになる。

3.定式化IIでは設計変数と全変位履歴を同時に独立変数としてみなしているので、それらの変数に対する二次の偏微分は評価するが、二次の変位感度は必要ない。

 今後の展望として、定式化IIでは過去の全ての配置での釣り合いを独立変数として同時に考慮しているので、多数の分岐の持った座屈後解析(post-buckling)問題の最適化に適していると考えられる。このように従来不可能と考えられていた挑戦的問題を解析できる可能性がある。

 更に研究を続ける必要があるが、将来的には以下の二つの方向で開発を進めることにより、設計実務の高度化に貢献できると考えられる:

 1.摩擦を考慮した接触問題への応用。

 2.有限ひずみと経路依存性を考慮した他の構成則への応用。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はIntegrated Method in Optimization of Nonlinear Structural Problems(非線形構造問題の最適化における統合化手法に関する研究)と題し、非線形有限要素解析(Nonlinear FEA)をベースにした構造最適化理論をテーマとして行ったものである。本研究の目的は、線形構造の最適化理論において誕生した統合化手法(Integrated Method)を非線形構造問題の最適化へ適用する場合の可能性と有効性について検討することにある。

本論文は以下の5章より構成される。

第1章では従来考案されて来た構造最適化問題に対する各種手法を紹介している。構造問題としては線形問題と非線形問題があり、また非線形問題は負荷経路非依存型問題と負荷経路依存問題に分類されること、最適解探索の為の手法の主流は構造応答の設計変数に対する勾配を基にして行う、いわゆる「勾配法」であり、そのために各種力学問題に対する感度解析法がこれまで研究されてきたこと、等を紹介している。また冒頭で記述した本研究の目的を述べている。

第2章では、最適化手法においては、特に構造解析と最適化探索手法を分離して反復的に実行する'nested approach'がこれまでの主流を占めるが、一方両者を統合し設計変数のみならず構造の未知変位ベクトルも探索空間に含め、この拡大された空間で最適解を求める'integrated approach(統合化手法)'も最近試られつつあること、しかしながら統合化手法に関する研究は主として線形問題について試みられており、非線形問題に関しては非線形弾性問題について極く僅かの研究が行われているにすぎないこと、さらに弾塑性問題のように負荷経路依存型問題についての統合手法に関する研究は全く試みられていないことを紹介している。

第3章では統合化手法に対する数学的アプローチとして、penalty function法、generalized reduced gradient法、projected Lagrangian法など従来検討されて来た手法を吟味した後、まず負荷経路非依存型非線形問題に対してLagrange乗数法を利用し、有限要素法で離散化された平衡方程式を付帯条件としてLagrange汎関数に導入する手法を採用することとした。したがってここでは、設計評価時刻の変位自由度、平衡条件導入のためのLagrange乗数、設計変数、設計制約条件導入のためのLagrange乗数、の四者を全て独立変数とみなすことになる。これらの変数により構成される空間を経路非依存型問題の拡大空間(Augmented Space)と定義する。そして、これらの独立変数に対してLagrange汎関数の停留条件式を導く。更にもう一回変数で微分することによりNewton型の反復計算式のマトリックス方程式が導かれる。このマトリックス方程式に静的縮約(static condensation)を行ない変位自由度と平衡条件導入のためのLagrange乗数を消去する。これにより未知変数が、設計変数ならびに設計制約条件導入のためのLagrange乗数の二者に縮退された簡潔な方程式が導かれる。この方程式を基にten-bar truss構造の線形問題、超弾性問題を解析し良好な結果を得た。また6面体要素による片持ちブロックの解析も行い最適形状を求めた。

第4章では、まず、これまで検討されてこなかった経路依存型非線形問題に対する統合化手法に対する基礎的検討を行った。その結果本論文では二つの定式化を提案することが出来た。

定式化Iでは過去の増分における変位を総て設計変数の陰的な関数とみなし、設計の評価時刻での平衡条件のみを付帯条件としてLagrange汎関数に導入する。そうすることにより経路非依存型問題と同様、Lagrange汎関数ならびに拡大空間を使用することが可能となる。ただし経路依存性の性質から、設計変数に対する微分は条件付微分となる。即ち、設計変数に関する微分は、現時刻の変位のみ固定するという条件下で、過去の全ての増分における変位の摂動を考慮する。この条件付き微分の評価は、過去の増分における変位感度の評価が必要であることを意味する。またこのように変位感度を評価するためには、まず全経路に沿っての平衡条件を満たすように解析を行なわれなければならない。次に静的縮約については経路非依存型非線形問題と同様の手順を経て、設計変数ならびに設計制約条件導入のためのLagrange乗数のみに縮退された簡潔な方程式が得られる。更に式展開を進めると、この縮役された方程式は、最終的にnested approachにおいて得られるNewton型反復計算のマトリックス方程式のある成分に新たな一つの項を追加した形に変形できることを見い出せた。この興味深い結果は、統合化手法により拡大された空間内での探索が、実は設計変数のみの空間における古典的なNewton法による探索方向を修正したものになっていることを意味している。なおこのように発見された事実から本研究における一連の手法をAugmented Newton Methodと呼んでいる。

定式化IIでは過去の全ての変位を独立変数とみなし、各増分での平衡条件を総て付帯条件としてLagrange汎関数に導入する。経路依存性の性質は過去の変位の摂動を通じて評価される。この概念に基づき、過去の総ての変位履歴、これに対応した各時刻での平衡条件導入のためのLagrange乗数、そして設計変数と設計制約条件導入のためのLagrange乗数の四者から構成される空間を定式化IIの拡大空間と定義する。更に以上の場合と同様に定式化を工夫すると、マトリックス方程式の縮退を経て簡潔な方程式が導かれる。

本理論の検証問題として、bilinear弾塑性材料を仮定し、two-bar truss,ten-bar truss問題の数値計算を行なった。そして拡大された空間を導入することで古典的Newton法では到達できない最小点にも本手法によれば到達できることを実証した。更に形状の最適化問題として、6面体ソリッド要素による片持ちブロックの弾塑性解析もおこない良好な結果を得た。

以上を要するに、本研究は、多数の分岐の持った座屈後解析(post-buckling)問題や摩擦を考慮した接触問題、更に高度な有限ひずみ問題等あらゆる構造非線形問題の最適化に対する一つの基礎理論を提供するものであり、工学的、工業的貢献度が高いと認められる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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