学位論文要旨



No 117750
著者(漢字) 大塚,みゆき
著者(英字)
著者(カナ) オオツカ,ミユキ
標題(和) Streptomyces carzinostaticus由来新規ポリケタイド合成酵素遺伝子のクローニング及び機能解析
標題(洋)
報告番号 117750
報告番号 甲17750
学位授与日 2003.03.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1011号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 教授 柴�ア,正勝
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 助教授 藤井,勲
 東京大学 助教授 菊地,和也
内容要旨 要旨を表示する

 ポリケタイド合成酵素(polyketide synthase;PKS)は酢酸などの低級脂肪酸のCoAエステルを基質として、さまざまな天然物の基本骨格を生合成する重要な酵素群である。マクロライド化合物・芳香族化合物を生成するPKSを中心に、遺伝子、酵素レベルでの詳細な解析が進められており、近年ではその産物が高度に構造修飾を受けた様々な化合物の生合成に関わるPKS遺伝子がクローニングされており、天然物生合成におけるPKSの重要性が再認識されている。遺伝子改変による新規化合物のデザインの可能性を広げるためにも、今後さらに新たな炭素骨格の生合成に関わるPKS遺伝子のクローニングが期待されている。

 放線菌Streptomyces carzinostaticusはエンジイン系抗生物質であるネオカルチノスタチンを生産することで知られているが、この他にもネオカルジリン類、ピンクラマイシンといった生理活性物質を生産する(Figure. 1)。そこで本研究ではこれら化合物の生合成に関わる新規PKS遺伝子のクローニング、及び機能解析を試みた。

【S. carzinostaticus由来タイプI型PKS遺伝子クラスター】

 このクラスター中には3個のタイプI型PKSを含む計14個のORFが確認された(Figure 2、Table 1)。これらのタイプI型PKS(ORF4、5、6)には通常のPKSにみられるスターターユニットを活性化するローディングモジュールが欠失しており、また生合成されたポリケタイド鎖を加水分解して切り出すチオエステラーゼドメインが独立して存在する (ORF7)などの特徴がみられた。3つのタイプI型PKSには計4個のモジュールが存在し、それぞれに既知PKSと高い相同性を示すKSドメインが確認できる。しかし2つのモジュールではポリケタイド生合成に必須であると考えられるAT(acyltransferase)ドメインが、確認されなかった。さらにこれらPKS遺伝子の前後にはハロゲナーゼ(ORF3)、ノンリボゾーマルペプチド合成酵素のアデニレーションドメイン(ORF9)に相同性を示すORFが存在する。特にORF3はテトラサイクリンやトリプトファンに塩素を導入するFADH2型ハロゲナーゼと高い相同性を示した。芳香環にハロゲンを導入するFADH2型ハロゲナーゼはまだ報告例が少なく、このORF3産物の酵素機能について興味が持たれる。

【タイプI型PKS遺伝子クラスターの発現】

 クローニングしたPKS遺伝子クラスターの機能を解析するために、異種放線菌をホストとした発現系を用い、遺伝子クラスターの発現、その生産物の同定を試みた。

 遺伝子クラスターのうち基本的なポリケタイド骨格を生合成するために必要と思われるORF4〜12を含むEcoRV断片、ハロゲナーゼを含むEcoRI-SpeI断片、クラスター全体を含むXbaI-SpeI断片をそれぞれチオストレプトン誘導性tipAプロモーターの下流に組み込んだ発現プラスミドを構築し、放線菌ホストStreptomyces lividans K4-114株及びStreptomyces coelicolor CH999株を形質転換、attPサイトを介してホストゲノムに組み込んだ。形質転換体を誘導培養後、培地上清成分及び細胞抽出物をHPLCで分析したところ、EcoRV断片形質転換体においてコントロールにはみられないいくつかの成分が大量に生産されることを見出した。

 培地上清中に見られた複数の成分はいずれも300nmに吸収極大を持つ同じUV吸収パターンを示すことから共通するクロモフォアをもつことが予想された。これらの成分のうち成分A、Bが培養初期に主成分となるが、時間の経過とともにしだいにこれらのピークが小さくなり、代わって他の同様なUV吸収をもつ複数のピークが現れた。

 また細胞抽出物には成分A、BのUV吸収パターンが長波長側にシフトし、360nmに吸収極大を持つ四つの成分D、D'、E、E'が検出された。

【PKS産物の単離・構造決定】

 成分A、Bを単離し、各種NMRを測定し構造を決定した(Figure 3)結果、この二つの成分はすでにS.carzinostaticusから単離されているネオカルジリンA、Bそれぞれの末端の構造に一致する構造を有していた。これはネオカルジリンのケトエノール部分が開裂し、培地上清に分泌されたもの、または生合成中間体と考えられた。

 また細胞抽出物のGC-MS分析の結果成分D、D'及びE、E'はそれぞれ同様のMSパターンを示し、分子量がネオカルジリンA、Bのデクロロ体に一致したためそれぞれデクロロネオカルジリンのケト型(D')、エノール型 (D)、B のケト型 (E')、エノール型(E)であることが予想された。さらに成分D、Eを単離、NMRで構造解析を行いこの二つの成分がデクロロネオカルジリンであることを確認した。

【遺伝子破壊】

 クローニングしたPKS遺伝子の発現の結果から、この遺伝子クラスターがネオカルジリン生合成遺伝子であることが強く示唆された。これをさらに確認するために遺伝子破壊実験を行った。相同性組み換えによりORF5(PKS)及びORF3(ハロゲナーゼ)の破壊株を作成し、その菌体抽出物をHPLCで分析した。S. carzinostataicus野生株では検出されたネオカルジリン類のピークが検出されず、これらのORFがネオカルジリン生合成に関与することが証明された。

【[2-13C]酢酸ナトリウムの投与実験】

 ネオカルジリンの生合成経路としてはisobutyryl-CoA、(S)-2-methylbutyryl-CoAをスターターとしてmalonyl-CoAが4回縮合して合成されたポリケタイド鎖にC1ユニットが導入されて生合成される経路(ルートA)とmalonyl-CoAが5回縮合して脱炭酸する経路(ルートB)の2種類の可能性がある(Figure 5)。どちらの経路で生合成されるかを推定するために[2-13C]酢酸ナトリウムの投与実験を行った。この結果デクロロネオカルジリンA、BともにC1、3、5、7、9位に13Cの同レベルでの取り込みが観測され、ルートBを経て生合成されることが支持された(Figure 4)。

【ネオカルジリン生合成経路】

 以上の実験からネオカルジリン生合成経路とクローニングした遺伝子クラスター中の各ORFの機能を考察した。ネオカルジリンはisobutyryl-CoA、(S)-2-methylbutyryl-CoAをスターターとしてORF4、5、6がコードするPKSによるmalonyl-CoAの5回の縮合を経て生合成されたデクロロネオカルジリンがORF3にコードされるハロゲナーゼによってハロゲン化され生合成されると考えられる(Figure 5)。

【まとめ】

 様々な生理活性物質を生産する放線菌S. carzinostaticusよりネオカルジリンを生合成する新規ポリケタイド合成酵素遺伝子をクローニングした。

 この遺伝子クラスター中に存在するPKSは四つのKSドメインしかもたないのにもかかわらず、5回のアシルユニットの縮合を触媒する。これはこのPKSがモジュラー型と繰り返し型のハイブリッドPKSであることを示唆しており貴重な知見である。このようなPKSはこのネオカルジリン生合成遺伝子の他にはまだ一例しか報告例がない。このような新しい型のPKS遺伝子のクローニングは、遺伝子改変による新規ポリケタイド化合物のデザインの幅を広げるものである。

 またハロゲナーゼORF3はネオカルジリンのトリクロロメチル基の生成に関与すると考えられる。このORFが相同性を示すFADH2型ハロゲナーゼは主に芳香環へのハロゲン導入を触媒することが報告されており、ネオカルジリンのようなaliphaticな炭素へのハロゲン導入はこの型の酵素としては初めての基質特異性である。この遺伝子のクローニングが天然に広く存在するハロゲン含有天然物生合成メカニズムの解明の一助となることが期待される。

Figure 1. Products of S. carzinostaticus

Figure 2. Type I PKS gene cluster from S. carzinostaticus

Table 1. Deduced function of each ORFs

Figure 3. Structures of PKS products

Figure 4.Labelling pattern of labelled dechloroneocarzilins by [2-13C]acetate

Figure 5. Proposed pathway for neoarzilin biosynthesis

審査要旨 要旨を表示する

 ポリケタイド合成酵素(polyketide synthase;PKS)は酢酸などの低級脂肪酸のCoAエステルを基質として、さまざまな天然物の基本骨格を生合成する重要な酵素群である。このPKS遺伝子を中心に遺伝子改変による新規化合物の生産が試みられコンビナトリアル生合成として注目されているが、この技術の可能性を広げるためにも、今後さらに新たな炭素骨格の生合成に関わるPKS遺伝子のクローニングが期待されている。

 本論文では、異なる骨格を持つ複数の生理活性物質を生産する放線菌Streptomycescarzinostaticusから新規PKS遺伝子のクローニングを行い、遺伝子発現、遺伝子破壊によりこの遺伝子の機能をネオカルジリン生合成遺伝子クラスターであると同定し、さらにその生合成経路について考察を行っている。

【PKS遺伝子のクローニング】

 本論文の著者は、既知放線菌由来モジュール型(Type I)PKS遺伝子において高い相同性を示すketosynthase(KS)領域から縮重プライマーをデザインし、S.carzinostaticusゲノムDNAを鋳型としたPCRを行った。このPCR産物をプローブとしてゲノムライブラリーをスクリーニングし互いにオーバーラップしている2種類のコスミドクローンを得た。これらのクローンのインサート、約33kbpについて配列を決定し、マクロライドを与える既知PKS遺伝子とは異なる特徴を有するタイプI型PKS遺伝子クラスターのクローニングに成功している。このクラスター中に3個のタイプI型PKSを含む計14個のORFを確認した(Fig.1,Table1)。これらのタイプI型PKS(ORF4,5,6)には通常のPKSにみられるスターターユニットを活性化するローディングモジュールが欠失しており、また生合成されたポリケタイド鎖を加水分解して切り出すチオエステラーゼドメインが独立して存在する(ORF7)などの特徴を見出した。さらにこれらPKS遺伝子の前後にはハロゲナーゼ(ORF3)、ノンリボゾーマルペプチド合成酵素のアデニレーションドメイン(ORF9)に相同性を示すORFが存在することを明らかにした。このように既知PKS遺伝子とは異なる特徴を有する遺伝子クラスターの発見は、PKSとその生産物の構造を解析する上で重要な知見である。

【PKS遺伝子クラスターの発現】

 クローニングしたPKS遺伝子クラスターの機能を解析するために、異種放線菌をホストとした発現系を用い、遺伝子クラスターの発現、その生産物の同定を行っている。遺伝子クラスターのうち基本的なポリケタイド骨格を生合成するために必要と考えられるORF4〜12を含む発現プラスミドを構築し、放線菌ホストStreptomyces lividans K4-114株及びStreptomyces coelicolor CH999株に形質転換した。形質転換体を誘導培養後、培地上清成分及び細胞抽出物をHPLCで分析し、コントロールにはみられないいくつかの成分が大量に生産されることを見出した。これらの成分の内、培地上清から成分A、Bを、細胞抽出物から成分D、Eをそれぞれ単離し各種NMRにより構造解析を行った。その結果成分A、BはすでにS.carzinostaticusから単離されているネオカルジリンA、Bそれぞれの末端の構造に一致する構造を有する化合物であることを明らかにし(Fig.2)、これはネオカルジリンのケトエノール部分が開裂し、培地上清に分泌されたもの、または生合成中間体と考察している。さらに成分D、EがネオカルジリンA、生合成遺伝子クラスターであると推測している。

【遺伝子破壊】

 さらにこの遺伝子クラスターがネオカルジリン生合成遺伝子であることを確認するために遺伝子破壊実験を行っている。相同性組み換えによりORF5(PKS)及びORF3(ハロゲナーゼ)の破壊株を作成し、その菌体抽出物をHPLCで分析した。S.carzinostataicus野生株で検出されるネオカルジリン類のピークが検出されず、これらのORFがネオカルジリン生合成に関与することを明らかにしている。

【ネオカルジリン生合成経路】

 ネオカルジリンの生合成経路としてアシルユニットが4回縮合してC1ユニットが導入される経路(ルートA)と5回縮合して脱炭酸する経路(ルートB)の2種類の可能性を考え(Fig.3)、どちらの経路で生合成されるかを推定するため[2-13C]酢酸ナトリウムの投与実験を行っている。その結果ルートBを経る生合成経路に適合する標識パターンを確認し、このPKSが一部繰り返し型として機能すると考察している。

 最後に本論文の著者はネオカルジリン生合成経路とクローニングした遺伝子クラスター中の各ORFの機能についてFig.3のように結論している。

 以上本研究は、様々な生理活性物質を生産する放線菌S.carzinostaticusよりネオカルジリンを生合成する新規ポリケタイド合成酵素遺伝子をクローニングし、このPKS遺伝子がモジュラー型と繰り返し型のハイブリッドPKSであることを明らかにしたものである。またこのクラスター中に存在するハロゲナーゼORF3がすでに報告されているハロゲナーゼとは異なる基質特異性を持つ酵素である可能性を示している。このように本研究で得られた知見は新たなポリケタイド炭素骨格生合成、ハロゲン含有天然物生合成メカニズムの解明に寄与し、生合成遺伝子改変による新規ポリケタイド化合物のデザインの幅を広げるものであり、天然物化学、応用微生物学の進展に寄与するところが大きく、博士(薬学)の学位に相応しいものと認めた。

Fig.1 Type I PKS gene cluster from S. carzinostaticus

Table 1. Deduced function of each ORFs

Fig.2 Structures of PKS products

Fig.3 Proposed pathway for neoarzilin biosynthesis

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