学位論文要旨



No 117766
著者(漢字) 李,軍考斯
著者(英字)
著者(カナ) リ,グンコーサー
標題(和) 学校効果研究におけるベイズアプローチ : 新しく開発された階層的共分散構造モデルに基づいて
標題(洋) A Bayesian Approach to School Effectiveness Research : Based on a Newly Developed Multilevel Covariance Structure Model
報告番号 117766
報告番号 甲17766
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 博教育第91号
研究科 教育学研究科
専攻 総合教育科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡部,洋
 東京大学 教授 市川,伸一
 東京大学 教授 南風原,朝和
 東京大学 教授 苅谷,剛彦
 東京大学 教授 山本,義春
 東京工業大学 教授 前川,眞一
内容要旨 要旨を表示する

 学校が教育機関の基本単位の一つであることから,学校評価が教育評価における一つの重要な研究領域となっている.また,学校効果の比較研究が,学校評価の一つの側面として注目されている.特に,学校に所属する学生の認知結果を中心にして,学校効果の概念が定義されている.しかし,このような学校効果を比較するのは,統計分析と測定方法に関係するだけではなく,教育方針と教育政策にも関係があり,教育研究において,大きな論争となっている.

 本論文では,量的分析の視点から,学校効果を測定する新しいモデルを提案した.この新しいモデルに対して,ベイズアプローチによる数値推定法(Markov Chain Monte Carlo)を用いてパラメータ推定を行った.また,学生の学習効果に基づいて,学校効果を学校学習効果に位置づけ,中国の高等学校を研究対象として,教育理念分析と測定方法との結合から,実証的な研究を行った.

 第1章では,まず,学校効果についての先行研究を紹介した.特に,1980年代から,アメリカとイギリスを始め,オーストラリア,オランダ,ニュージーランドなどの国の研究者は伝統的な回帰分析方法を変化させ,マルチレベル分析(multilevel analysis)方法を用いて学校効果研究に焦点を集めている.マルチレベル分析が学校にネストされた学生データの本質を反映し,学校層のランダム効果をモデリングする特徴を持っていることから,学校効果研究に応用されている.次に,学校効果の概念と測定方法の複雑さについて論述した.主に,組織分析の角度から,目標モデル(goal model),システム資源モデル(system-resource model),学内プロセスモデル(internal process model)等のモデルを紹介した.

 第2章では,中国の高等学校を研究対象として,学校効果に関わる中国の教育システムと教育政策を説明し,目標モデル,評価指標と統計方法の三つの側面から,中国に関する学校効果の評価理論の構成を提案した.また,中国での学校効果の評価理論の操作形式と実行可能性について論述した.

 第3章では,学校効果研究における統計方法の発展から,回帰分析及び構造方程モデル,マルチレベル分析などの統計方法について述べた.また,それぞれの推定方法について紹介した.

 第4章では,まず,学校効果を測定するマルチレベル分析のモデルを分類説明した.

 ここで,yjkは学校kの学生jの輸出指標(outcome indicators),或いは結果変量ベクトルである.xjkは学校kの学生jの輸入指標(intake indicators),或いは修正変量ベクトルである.ukは学校層のランダム効果,或いは学校層の残差を表す(学校効果研究において学校効果と考えられる).ejkは学生層の残差を表す.次に,このマルチレベルモデルにおけるランダム効果に因子構造を組み入れ,新しい共分散構造モデルを開発した.ここで,dkは学校層の残差である.ΛΨΛ'は学校層の潜在因子fkを用いて説明できる学校効果の変動を表す.このモデルでは,多変量の指標を用いるため,学校効果の妥当性を高めることができる.また,潜在因子を利用しているため,多変量でも学校効果の解釈が可能になる.また,モデル上で,学校効果と残差効果を区別し,潜在因子の共通変動で説明することができる.更に,学校層と学生層の変量をモデルに自由に組み込むことで,パフォーマンス指標を十分に利用することができる.

 第5章では,ベイズアプローチにより,新しい共分散構造モデルのパラメータ推定を行った.まず,理論的にモデルの記述と識別を論述した後,共分散構造モデルの尤度関数を導いた.次に,一般化共役事前分布の考え方を利用して,パラメータの事前分布として,正規分布と逆ウィッシャート分布を仮定した.次に,ベイズ理論に基づいて,全パラメータの同時事後分布を導出した.

 この同時事後分布から,各パラメータの周辺事後分布を直接積分することができないので,数値的MCMC法のGibbs samplingアルゴリズムを用いて,パラメータ推定を行った.また,二つの収束診断指標(Geweke's spectral density diagnosticとGelman and Rubin's convergence diagnostic)を用いてGibbs samplingアルゴリズムの収束診断を確認し,事後予測P値とdeviance検定を利用して,モデルチェックとモデル比較を行った.

 第6章では,本論文のモデルに対して,SAS/IMLソフトウェアを使ってプログラムを開発した.Gibbs samplingアルゴリズムのパラメータ推定の確認と収束状況の観測のために,二つのシミューレション研究を行った.その結果は図表に示された.

 第7章では,中国北京市の高等学校を研究対象として,2001年度に調査収集した卒業成績データと,その3年前の高校入学時の成績データに基づいて,学校(学習)効果研究を実証的に実施した.まず,生データを記述的に分析し,その結果とマルチレベルモデルでの分析結果を比較した.次に,共分散構造モデルを使って,有意な結果が示された.また,学校層潜在因子得点を用いて,より適切な学校効果のランキングを示した.

 最後に,第8章では,本論文の結論と今後の研究課題について述べた.

Table:Parameter Recovery in the first simulation study

Figure:The trace of two chains Gibbs sampler of λ1

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、最近欧米において活発に論議されている統計的学校効果研究を踏まえ、学校効果を測定するためのベイズ流共分散分析モデルを提案し、その有用性を実証することによって、教育測定・評価における統計的技術の発展を図ろうとするものである。

 本論文は、序論と8章から成り、序論において本論文の主旨が学校効果研究のための新しいモデルの提案と、そのモデルによる実際的なデータ解析の例示にあることが述べられており、第1章では統計学的な側面における学校効果研究のレビューが行なわれ、第2章では中国における学校効果研究の必要性が述べられている。第3章では学校効果研究における統計的分析法について概観し、第4章では学校効果を測定するためのモデルについての基本的説明を行っている。この章において、モデルの中に因子分析モデルを組み込むことを提案し、そのモデルによって多変量データを集約することを同時的に行ないながら学校効果を分析し、結果の解釈をより明確化・容易化することが期待できるとしている。因子分析は、歴史的にも教育測定・評価の領域においてはもっとも多用されている多変量解析の技術であり、これをモデルに組み込むことに成功している。第5章においては、そのモデルのもとでのパラメータの推定にベイズアプローチを用いることが提案され、パラメータの事後分布を求めるための手法としてギブス・サンプリングとよばれる最新の数値解析技術が活用され、この数値解を求める過程でモデルの適合度についての吟味も容易に行ない得ることが示されている。新しいモデルのもとでの多数のパラメータの同時推定にはしばしば困難が伴うが、それを最新のアルゴリズムを応用することによって解決している。第6章ではシミュレーションデータを用いての数値例が示され、第7章では北京で実際に得られたデータにモデルを適用し分析を行った結果が示されている。第7章では提案されたベイズ流階層的共分散分析の結果と記述統計学的手法による結果や他のモデルのもとでの分析結果等が比較検討され、少なくとも北京市のデータについては、共変量によって修正された一因子階層モデルが結果の解釈において最も適切であることが示された。なおここにおいてはベイズ流アプローチをとることによって事前情報をデータ解析に取り入れることができる利点も強調された。第8章では、以上の結果を踏まえ今後の研究の展望が行われている。

 以上のように、本研究はモデルの提案とアルゴリズムの応用に独自性が認められるものであり、今後の統計的学校効果研究に寄与するものと認められた。よって本論文は博士(教育学)の学位を授与するにふさわしいものと判断された。

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