学位論文要旨



No 117802
著者(漢字) 村松,哲行
著者(英字)
著者(カナ) ムラマツ,テツユキ
標題(和) 11次元超重力子の量子ダイナミックスにおける超対称性の研究
標題(洋) Study of Supersymmetry in Quantum Dynamics of Eleven-dimensional Supergraviton
報告番号 117802
報告番号 甲17802
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第438号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松尾,泰
 東京大学 教授 米谷,民明
 東京大学 助教授 加藤,光裕
 東京大学 講師 和田,純夫
 東京大学 助教授 清水,明
内容要旨 要旨を表示する

1論序

 M-theoryの明確な作用に基づく定式化は、現在までのところ、Banks達[1]によって提唱されたMatrix theoryのみである。提案以来、11次元における超重力子であるD-particleの散乱を始めとして、様々な検証が行われて数々の成功を収めてきたが、なぜMatrix theoryがM-theoryあるいはその低エネルギー極限である11次元超重力理論の記述に成功しているのかという基本的な疑問には明確に答えられないままである。

 Matrix theoryの持つ高い超対称性(SUSY)は、これに答える重要な示唆を与えると考えられているが、D-particle散乱における超対称性を論じた研究[2、3]はeikonal近似(D-particleの軌跡を直線軌道にする)を用いているために不完全であり、超対称性の役割が完全に理解されたとは言い難い。完全な解析のためには、eikonal近似を用いずに、off-shell、つまりD-particleの軌跡を任意の時間依存としなくてはならない。この点に注意しながら、この博士論文ではsource-probe系におけるD-particle散乱に関して、

 ・有効作用の計算を進め、超重力理論と比較してMatrix theoryを検証する

 ・Matrix theoryのSUSYWiard恒等式を導出し、超対称性による制限を明らかにする

 ・Martix theoryの作用を用いることなく、超対称性の要求のみから有効作用をどの程度決定できるかを、超対称性のoff-shellの構造に注目して解析することを行った。なお、この博士論文は風間洋一教授との共同研究に基づいている[4、5、6、7、8]。

2 D-particle散乱と有効作用

 Matrix theoryは次の作用で定義されている(ここでは計算の便宜のためEuclid化した):

 ここで、Dτは共変微分Dτ〓∂τ-igAであり、X〓(m=1,…,9)、〓(α=1、…16)は(N+1)×(N+1)のHermite行列で、それぞれの対角成分はD-particleのtransverse方向の位置とspinを表す。

 Source-probe系とは、原点にSourceのD-particleがN個あり、probeのD-particleがそれらと相互作用しながら運動する系である。この系に対応するbackgroundを入れて、gauge固定をして、このbackgroundのまわりの揺らぎを積分するとprobeの有効作用〓[rm,θα]が得られる。有効作用はloopとorderの二重展開になっており、order展開とは微分∂に1、spinθαに1/2を割り当て、それの偶数次での展開である:

 まず手始めに、1-loop order4ではoff-shell有効作用が一部しか知られていなかったため、それをspinの自由度まで含めて完全に求めた[5].1-loopの有効作用なので一見簡単にみえるが、off-shellであるためにpropagatorの"質量項"が関数となることと、SO(9)γ-行列がふんだんに登場することなどにより、これらの計算は大変煩雑なものになる。SO(9)Fierz恒等式の生成など様々なアルゴリズムを開発してこの計算を完遂した。結果の一部の一部を以下に示す(Vm〓∂τrm、θα≡∂τθα、etc):これは超重力理論から計算された結果[9]とnaiveには一致しない。適当なfield redefinitionにより一致させることは可能だが、loop展開の高次の有効作用の形も変えてしまうため、loop展開の高次の比較に非自明に寄与する。この差違はoff-shellで計算したことによってはじめて得られた知見であり、この博士論文の重要な成果の一つである。

 O(θ4)以上の項は、超重力理論から計算されていないため比較ができないが、Matrix theoryと超重力理論の対応を認めれば、これはMatrix theoryによる超重力理論への予言であると解釈できる。

3 Matrix theoeyにおけるSUSY Ward恒等式

 続いて、これらの有効作用が超対称性からどの程度制限されるかを調べるために、SUSY Ward恒等式を導出して、それに基づく解析を行った。

3.1 SUSY Ward恒等式の導出

 先に指摘したように、対称性に基づいて議論をする際には、off-shellで議論しなくてはならない。しかしながら、maximalな超対称性を持つ理論ではoff-shellのunconstrained superfield形式が知られていないため、component形式で計算しなくてはならない。Component形式では超対称性とgauge対称性が複雑に絡み合っており、SUSY Ward恒等式の導出自体が非自明であったが、BRST Ward恒等式を用いることにより、量子補正を受けた超対称変換δεBm,i(τ)、δεθα,i(τ)を読み取れる形でSUSY Ward恒等式を得ることに成功した[4]:

 ここでは、δεBm,i(τ)とδεθα,i(τ)を明示しないが、相関関数を用いて定義されている。

3.2 Ward恒等式による有効作用への制限

1-loop order2

 このSUSY Ward恒等式を最も簡単な場合である1-loop order2の場合に適用した。有効作用の一般形をCPT対称性やSO(9)対称性を考慮して書き、SUSY Ward恒等式を方程式のようにして解くことによって、有効作用が完全に決まることが分かった[4]。

1-loop order4

 1-loop order4においても同様の解析を試みた。微分とspinが増えるため、有効作用の一般形の項数が飛躍的に増大する。特に、O(θ4)以上ではFierz恒等式によって関係する項があるので有効作用の独立な自由度を取り出すことが難しい。全てのFierz恒等式を生成するアルゴリズムなどを作ってこれらの問題を解決し、煩雑な計算を実行した末に有効作用が完全に決まるという結果を得た[6]。

一般的定理

 Order4での非自明な結果に促されてさらに高次に研究を進めたところ、この一意性はloop展開とorder展開の全ての次数で成立しているという次の定理の証明に成功した[7]。

 定理δを量子効果を含めた超対称変換のoperatorとして、結合定数gについてδ=Σn≧0g2nδ(n)のように展開可能であるとする。ここでδ(O)tree-levelの超対称変換のoperator。このとき、SUSY Ward恒等式δr=0から有効作用〓は摂動論の任意の次数においてoverall constantを除いて一意に定まる。ただし、〓はSO(9)対称性を保つと仮定した。

 次の命題から定理の証明は容易である:

 命題の証明:δ(o)X=0はGrassmann変数を含む複雑な汎関数偏微分方程式である。これを直接取り扱うのは難しいので、"積分可能条件"(δε(O)δλ(O)-δλ(O)δε(O))X=0を書き換えてより取り扱いやすい式を得ることで解析を行った。これは一見ただの必要条件に過ぎないが、off-shellであるために交換関係に運動方程式に比例した項が存在して非自明な条件となる。

 Xの中で最も高階微分のspinを含む項に注目して、それらがこの条件を満たすかどうかを調べて可能な解を制限することで、Xがtree-levelの有効作用でなくてはならないことを示して、命題の証明が完結する。

 定理の証明:ward恒等式を満たす有効作用が二つ存在したと仮定すると、それらの差△〓はδ△〓=0を満たす。この式を結合定数について展開して命題を用いると容易に△〓=0が得られ、解は一意となる。

4 Kinematical argument

 この一意性の定理は、次の点で不十分であった:

(i)具体的にδを決める処方を与えていない。ward恒等式から求めるとすると、相関関数を必要とするため、完全にkinematicalな議論とは言えない。

(ii)非摂動的な証明ではない。

 そこで、続く解析ではこれらの点を次のように改めた:

(i)δが超対称変換であるという性質に基づいて、δを次のclosure relationで定義した:

 ここで、A、B、C、Dは未知の係数関数。

(ii)Orderについては展開するが、loopについては展開しない。

 Closure relationとWord恒等式δ〓=0を連立して解いて、δと〓が決まるかを次の手順で調べた:

1.〓、δなどをorderに関して必要な次数まで展開して、各orderにおける最も一般的なstructureを、δεrm,δεθα,〓に対して具体的に書き下す。

2.超対称変換、あるいは有効作用からfield redefinitionで消すことができる項を除く。

3.超対称変換と有効作用をclosure relationとWard恒等式に代入して解く。

 実際の計算はFierz等式をふんだんに使う大変なものとなるが、order4の解析では項の効果的な分類を行うことで、計算を大幅に簡略化した。得られた結果は次の通り[8]:

・Order2の有効作用は適当なfield redefinitionの下で、非摂動的にもtree-level exact。

・Order4の有効作用は適当なfield redefinitionの下で、非摂動的にもl-loop exact:

 ここで、b、oは定数。なお、b=0、0=-15/16と選べば、適当なfield redefinitionで、これらと(1)は一致する。Order2の結果と合わせて、Matrix theoryの意味で解釈すれば(Matrix theoryの作用は一切使っていないけれども)、これらは非くりこみ定理の完全な証明である。

・超対称変換およびAαβγδなどを、この次数まで決定した:

 これらはこれまでの解析[2、3]では決して得られない、今回の解析によって新しく得られた結果である。

5 まとめと今後の課題

 一意性および非くりこみ定理により、source-probe系という限られた配位に関してではあるが、超対称性はD-particle散乱のダイナミックスを統制できるほど強力であることを示したことになる。非くりこみ定理がどの次数まで成立するか確かめるのは今後の課題の一つである。

 また、重力理論の特徴の一つである非線形相互作用は多体系ではじめて非自明な寄与をする。そのため、一意性および非くりこみ定理の多体系への拡張は、重力理論のダイナミックスと超対称性の関係の理解につながる重要な試みであり、今後の研究で明らかにしたい。

References

[1]T.Banks,W.Fischler,S.H.Shenker and L.Susskind,Phys.Rev.D55(1997)5112;LSusskind,hep-th/9704080.

[2]S.Paban,S.Sethi1 and M.Stem,Nucl.Phys.B534(1998)137.

[3]S.Hyun,Y.Kiem and H.Shin,Nucl.Phys.B558(1999)349.

[4]Y.Kazama and T.Muramatsu,Nucl.Phys.B584(2000)171.

[5]Y.Kazama and T.Muramatsu,Class.Quant.Grav.18,2277(2001).

[6]Y.Kazama and T.Muramatsu,Class.Quant.Grav.18,5545(2001).

[7]Y.Kazama.and T.Muramatsu,Nucl.Phys.B613(2001)17.

[8]Y.Kazama and T.Muramatsu,arXiv:hep-th/0210133.

[9]S.Hyun,Y.Kiem and H.Shin,Phys.Rev.D60(1999)084024-1.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は7章からなり、第一章は導入と本論文の概説、第二章は背景となっているM理論・行列模型、D-particle散乱などについての基本的な知識をまとめている。第三章から第六章までが本論文の中心をなす部分であり、超対称性によるD-particle散乱の力学系の解析が述べられている。第七章では結論が述べられている。

 M理論とは五種類ある矛盾がない超弦理論を極限として包括する、重力を含んだ統一理論として有力視されている体系である。ただ今のところそれが11次元で定義され、超対称性を持ちMembrane(膜)理論と関連しているといった、漠然とした特徴付けは存在しているが、作用がどのように与えられているか、量子化がどのように行われるのかなどといった、具体的な定義が今のところはっきりしていない。そのような中にあって行列模型は特定のゲージ固定を仮定しているという欠点は持つものの、定量的な議論が可能な数少ない定式化になっている。

 この模型を通じてD-particleと呼ばれる弦模型のソリトンの散乱問題が定量的に議論可能であり、超重力理論との比較を通じてM理論に対する理解が進展してきた。問題は作用や力学変数が異なっているのにもかかわらず、行列模型と超重力理論がなぜ矛盾のない結果を与えるのかという問いであり、重力理論と非可換ゲージ理論の双対性という弦理論の根本的な課題とも深く関わる重要なテーマになっている。

 本論文では超対称性というM理論の対称性に注目し、対称性に対する不変性のみから、どの程度D-particleの有効作用が制限を受けるのかということについての包括的な研究である。

 本論文ではまず第3章で行列模型の定義とそれが持つ基本的な対称性(超対称性、ゲージ対称性、SO(9)不変性、CPT不変性など)を列挙している。超対称性は本論文の根幹をなす対称性であるが、その他の対称性も有効作用を決定する上で補佐的な役割を果たす。次にこの模型でD-particleの散乱問題を取り扱うときの基本的な設定、重力のソースとなる粒子とそれをプローブとして計測するD-particleがなす系のラグランジアンと、これまでこの系を解析する際行われてきたEikonal近似についての解説がなされている。本論文では「微分展開」(Derivative expansion)という展開法を用いて理論を近似していく。これはD-particleの固有時間に関する微分に1、fermionの自由度について1/2という値を与えて有効作用をこの値について低い方から決定していくという考え方である。本論文では4次までの計算があからさまに議論されている。

 4章では3章で与えた設定の元に1-loopの量子補正を入れた微分展開の4次までのD-particle散乱の有効作用を具体的に計算しその超対称性に対する不変性を議論している。これまでに他のグループによって4次までの有効作用のうちボゾンだけで書かれている部分については計算されていたが、本論文ではフェルミオンが入った項も含めて完全に決定している。この計算は大規模なものであって数式処理などのコンピュータプログラムを用いて膨大な数の項の処理がおこなわれている。次に超対称性の変換則(Ward恒等式)を決定しているが、この変換則自身の中に量子補正が入っており非自明な相関関数の計算を含むものである。最後に1-loop、分展開4次までの有効作用にたいして、こうして得られた超対称性の変換則を施し、有効作用の不変性を確認している。

 第5章では逆に超対称性のみから有効作用がどこまで決定可能であるのかという問い対して答えを与えている。具体的には第4章で決定した超対称変換を用いて、この変換に対する不変性を持つ作用が1-loop、微分展開4次のレベルで、第4章で与えた有効作用が唯一の解であることを証明している。またさらに一般に超対称変換が与えられたとして(ただしその初項が第4章で与えた超対称変換の初項と一致しているとする)、超対称性に対する不変な作用が微分展開の各次数でユニークに決定されていくことを証明している。ただしこの議論を行うためには超対称変換自身を別の方法で決定する必要があり、その意味では議論が完結していない。

 第6章では、この議論の不満足であった点を解決するため超対称変換自身がどこまで代数的な枠組みのみから定まるのかという問題に取り組んでいる。そのため議論の出発点では作用関数などの具体形を仮定せず、一般的な超対称変換の形を仮定する。この状況で場の再定義などを用いて超対称変換の形を簡単化していくことが可能である。本論文では上で述べた近似の範囲内で超対称変換の一般形が実は4章で与えた超対称変換に帰結することを証明している。

 以上の議論により、D-particleの散乱問題においては、超対称性が決定的な役割を果たすことが、詳細に明らかにされた。M理論における超対称性の果たす大きな役割を示したという点で、高く評価すべき仕事である。

 なお、本論文の内容は、風間洋一教授との共同研究であるが、論文の提出者が主体となって解析を行った点が多く、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められた。

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