学位論文要旨



No 117884
著者(漢字) 山田,真実
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,マミ
標題(和) 多段階レドックス分子修飾金属ナノ微粒子の電気化学的凝集現象 : 機構と薄膜化
標題(洋) Electrochemical Deposition of Metal Nanoparticles Functionalized with Multiple Redox Molecules : Mechanistic Analysis and Film Formation
報告番号 117884
報告番号 甲17884
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4355号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 太田,俊明
 東京大学 教授 塩谷,光彦
 東京大学 助教授 島田,敏宏
 東京大学 講師 小澤,岳昌
内容要旨 要旨を表示する

 ナノメートルの金属超微粒子は、触媒作用やSET(Single Electron Tunneling)のような量子サイズ効果に基づくバルク金属とも原子とも異なる化学/物理的性質を有し、更にその性質がサイズに依存し顕著に変化する興味深い物質群である。単一サイズ微粒子の合成、それらの規則固定化および新物性の探索からの研究アプローチが重要である。本研究は、金属ナノ微粒子に、光活性やレドックス応答性を持つ機能分子を融合した超分子を創製し、更にそれらを集積化したネットワーク構造による、隣接した分子間の相互作用から導かれるマトリックス全体としての物性解明を目的としている。当研究室では、多段階レドックス分子であるビフェロセン誘導体を、アルキルチオールで保護した金ナノ微粒子表面に導入することにより、合成から界面固定化および新規物性に至る有益な実験系が見出されていた。すなわち、金コア表面に存在するビフェロセン部位の2電子酸化により、電極上にレドックス活性な金ナノ微粒子薄膜の作製が可能であった。修士過程においては、ビフェロセンに対し2電子還元を受けるアントラキノン修飾金ナノ微粒子を合成し、その還元凝集を明らかにした。しかし、それらレドックス分子由来の多段階酸化/還元反応による金ナノ微粒子凝集現象は、詳細に説明されていなかった。本実験では、ビフェロセン修飾金ナノ微粒子について種々の測定からその特異な電析メカニズムを明らかにすると共に、コア原子(M=Au, Pd)およびコアサイズを変化させ、多彩なレドックス応答性・金属超微粒子薄膜の作製法および物性を見出した。

【ビフェロセン修飾金ナノ微粒子の電析メカニズム】 ビフェロセンチオール誘導体(BFcS〉とオクタンチオール安定化金ナノ微粒子Aun-〇TをCH2Cl2中撹拌し、交換反応によりAun- BFcを調製した(Seheme 1)。TEM像の粒径測定と1H-NMRスペクトル各々から、Aun-BFcの平均粒子径d=2.3±05nm、Aun-BFc一分子当りのオクタンチオール数約95本に対するビフェロセン修飾数θBFc(7.5および15)を算出した。Aun-BFcのCH2Cl2電解質溶液中、作用電極にHOPGを用いて多重電位掃引で作製したAun-BFc薄膜のSTM像は、粒子間距離約7.5nmのAun-BFcに由来する突起が多数観察され、単分子レベルで平坦であり、更にAun-BFcが寄り集まった直径70-80nmの幅広いドメインの存在が示唆された。同試料のAFM表面観察により、Aun- BFc微粒子が電極基板上への酸化凝集により、直径約80nmの自己組織化構造を構築することが明らかとなった。また、Aun- BFc薄膜のPGA(中性子捕獲即発ガンマ線分析〉およびICP測定から、Aun-BFc/アニオン存在比は9.4と算出され、薄膜内の粒子間には電解質が存在し、電解質アニオンとAun-BFc表面BFc(2+)ユニット間の静電的相互作用により凝集体を生成することを示唆した。これは、電析速度の電解質アニオンサイズ依存性および電析中のEQCM測定からも指示され、Aun-BFcの凝集過程は、電極上への吸着、脱着、および電着の3過程から成立することがわかった(Fig.1)。更に、Aun-BFc薄膜の電解質溶液中での周波数変化(ΔF)-電位曲線から、E02を越えた電位においてAun-BFc薄膜内の化学種、主に溶媒分子(CH2Cl2)が溶液内に排除されることを明らかにした(Fig.2)。Toluene/MeCN混合溶媒[1:2(v/v)]およびTHF中でもAun-BFcの凝集現象は観察され、凝集速度はTHF > Toluene/MeCN > CH2Cl2であった。Aun-BFc薄膜のモルホロジーとEQCM測定から、各溶媒において凝集メカニズムが異なる結果が示唆された。

【ビフェロセン修飾パラジウムナノ微粒子】 オクタンチオール修飾パラジウム微粒子Pdn-OTを用いて、Scheme 1と同様ビフェロセン修飾パラジウム微粒子Pdn-BFc(d=3.8±0.8nm)を調整した。金属コアが球形であると仮定した際のマジックナンバーは、Pd原子2406個であり、オクタンチオール326個が結合していると算出された。1H-NMRスペクトルでは、Aun-BFc同様spin-spin緩和によるシグナルのブロードニングが確認され、BFcSのパラジウム微粒子表面上への吸着が示唆された(θBFc=26.3)。Pdn-BFcのサイクリックボルタンメトリー(CV)測定において、ピーク電位差は40mVと通常の拡散律速より小さく、ビフェロセン部位の酸化により電極基板上にPdn-BFc薄膜が生成した(Fig.3)。ITO電極上に作製したPdn-BFc薄膜のUV-Visスペクトルから、薄膜作製時の掃引回数増加に伴い、吸収強度が増大、すなわち凝集量の増加が確認された。電析量が増すほどビフェロセン由来のピーク電位差ΔEが増加し、電場応答性は低下した(Fig.3, inset)。CVおよびUV-Visスペクトル各々から算出したITO電極上のPdn-BFc被覆率は両者でほぼ一致し、Pdn-BFcの積層が最密構造と仮定すると、最も被覆率が高い試料で膜厚約30nm、30層程度が集積していると推算された。この範囲において掃引回数を変化させることにより任意の膜厚を持つ、ビフェロセン活性な酸化電析Pdn-BFc薄膜を作製できることを示した。以上から、ビフェロセン分子修飾金属クラスターの電析凝集は、コア原子に関わらず進行し、その駆動力は、金属表面に存在するビフェロセン分子の酸化/還元による静電容量増加であることを明らかにした。また、Pdn-BFc薄膜のSTM測定により、単分子層でtetragonal構造を有する傾向が見出された(Fig.4)。EQCM測定よりPdn-BFcの電析過程は、Aun-BFc(d=2.3±0.5nm)と同様であることが確認された。

【電析のコアサイズ依存性】 Scheme 1と同様な方法により調製した粒子径の異なるAun-BFc(d=1.7±0.5, 2.2±0.5, 2.9±0.8, 4.3±1.1, 6.4±0.8nm)を用い.コアサイズの異なったAun-BFc薄膜の作成も可能であることが示された。Aun-BFc(d=1.7±0.5nm)以外は、膜厚の増加に伴い、微粒子間のdipole-dipole相互作用により長波長移動したブロードな表面プラズモン吸収が約550-600nmに現れた。粒子径の増加に伴い、ビフェロセン分解由来の酸化還元反応が減少することから、薄膜内における金コア割合増加により金属を介した電子授受が優勢となり、BFcユニット間の電子移動反応が抑制されることが示唆された。また、Aun-BFc(d=2.2±0.5, 4.3±1.1, 6.4±0.8nm)薄膜の分光電気化学測定において、プラズモン吸収変化を観察したところ、0Vから-1.6Vで10-70nm低波長側にシフトし、粒子径が大きいほど変化量が増大した(Fig.5)。この変化量は、単一微粒子のシフトと比較して非常に大きく、微粒子間相互作用による影響を受けているものと考えられる、また、誘電率の異なる種々の溶媒を用いたAun-BFc薄膜のUV-Visスペクトルにおいても、単一粒子では説明できない特徴的な波形変化を示した。Aun-BFc(d=2.9±0.8nm)のSTM観察では、Pdn-BFc同様一部がtetragonal構造を有していることを見出した。

【異種金属ナノ微粒子の交互積層薄膜】Pdn-BFcおよびAun- BFc(d=2.9±0.8nm)各々の電解質溶液を用いて交互に電気化学的酸化を行うことにより、ITO電極上にPdn-BFc/Aun-BFc多重積層薄膜を作製した。Aun-BFc層の電析により、表面プラズモンによる約550nmの幅広い吸収が現れ、更にPdn-BFc層の生成によりXPSスペクトルのAu4f5/2(87.5eV)およびAu4f7/2(83.9eV)のピークは遮蔽されることから、電析過程を繰り返すことにより交互多層薄膜が成長し、Pdn-BFcおよびAun-BFcのlayer構造を有していることが示唆された(Fig.6)。Pdn-BFc/Aun-BFc薄膜の被服率は、Pdn-BFcが2.69×10-11mol cm-2(約12層)、Aun-BFcが1.32×10-11mol cm-2(約5層)であり、第二層のAun- BFcは第一層のPdn-BFcにより電子移動が阻まれ電析量が減少するが、その後も電析成長を続けるのに十分な電子伝導がPdn-BFc/Aun-BFcヘテロ界面間に存在し、各平均5層の微粒子薄膜が積層することがわかった。作製したPdn-BFc/Aun-BFc薄膜の酸性水溶液中におけるCVは、Pdn-BFcおよびAun-BFc両者を合わせた酸化波が約1.3Vに出現するが、還元波はAun-BFc由来の約0.8Vが抑制され、Pdn-BFc由来の約0.3Vのみ観測された。更に、酸化電流に比較して還元電流が非常に小さいことから、酸化状態を有するPdn-BFc/Aun-BFc間の電子移動は中性状態のものに比べて非常に遅いことが示唆された。

【結論】 ビフェロセン修飾金属ナノ微粒子の多電子酸化反応による凝集現象および電析メカニズムの詳細を明らかにした。その特異な電析現象を利用し、多彩な金属超微粒子薄膜の作製が可能であることを示し、単一粒子には見られない微粒子間の相互作用により生起する物性を見出した。

Scheme 1

Fig. 1:The illustration of the electrodeposition process in Aun-BFc solution at the electrode interface.

i) Two-electron oxidation of the BFC sites, ii) set back to the neutral state by two-electron reduction, and iii) repeating the potential sweep.

Fig. 2 Cyclic voltammograms (top) and ΔF-potential curves (bottom) of a Aun-BFc (θBFc = 7.5) film on a gold electrode in 0.1 M Bu4NPF6-CH2Cl2 at 30 mV/s in the positive direction with the 1st (solid) and 2nd (dotted) scans.

Fig. 3:UV-Vis spectra and cyclic voltammograms (inset) of electrodeposited Pdn-BFc films prepared with consecutive potential scans between-0.3 and 0.9 V in a solution of 1.9 μM Pdn-BFc in 0.1 M Bu4NClO4-CH2Cl2 at an ITO electrode (2.5 cm2) at 100 mV/s vs. Ag/Ag+.

Numbers in the figure refer to those of cyclic scans.

Fig. 4:The STM image of the Pdn-BFc film on HOPG electrodeposited in CH2Cl2 with 0.1 M Bu4NClO4 at 100 mV/s between -0.3 and 0.9 V vs Ag/Ag+ by 5 cyclic potential scans.

Fig. 5:(Left) UV-Vis spectra of the Aun-BFc (d = 6.4±0.8 nm) film on ITO at given potentials of 0, -0.4, -0.8, -1.2, and -1.6 V vs. Ag/Ag+ in 0.1 M Bu4NClO4-H2Cl2 in the negative direction. (Right) The plots of the absorption maximum (λmax) of the Aun-BFc [d = 2.2±0.5 (triangles), 4.3±1,1 (squares) and 6.4±0.8 nm (circles)] film vs. the applied potential.

Fig. 6 (A) The UV-Vis spectrum, (inset) the cyclic voltammogram, and (B) the XPS spectrum of a) Pdn-BFc, b) Pdn-BFc/Aun-BFc, c) Pdn-BFC/Aun-BFc/Pdn-BFc, d) [Pdn-BFc/Aun-BFc]2, e) [Pdn-BFc/Aun-BFc]2Pdn-BFc (for Fig. 6A. only) films, as shown from the bottom of the figure to the top.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は7章からなり、第1章は研究の背景と目的、第2章はビフェロセン修飾金ナノ微粒子の酸化電析メカニズム、第3章から第6章はビフェロセン修飾金属ナノ微粒子の特異な電析現象を利用したレドックス応答性・金属超微粒子薄膜の作製法および新規物性の探索、第7章は研究成果のまとめと展望について述べられている。以下に各章の概要を記す。

 第1章では研究の背景として、金属超微粒子の物性の特殊性、合成法、配列法などを述べ、本研究主題にかかわる電気化学的な金属ナノ微粒子の界面凝集現象について興味の所在とこれまでの研究経緯について述べている。

 第2章では、ビフェロセン修飾金ナノ微粒子Aun-BFcの凝集メカニズムの解析について述べている。ビフェロセン修飾金属微粒子・Aun-BFc(平均コア粒子径2.3±05nmのオクタンチオール安定化金ナノ微粒子に、ビフェロセンチオール誘導体を作用させ合成したAun-BFc一個当りのビフェロセン修飾数θが、オクタンチオール数92本に対し、3.6, 7.5および15本のサンプル)の薄膜は、テトラブチルアンモニウム塩-CH2Cl2電解質溶夜中、多重電位掃引で作製した。STMによる粒子間距離解析、PGAおよびICP測定による薄膜内における電解質の存在の確認EQCMによる電析中の酸化還元に伴う質量変化解析により、溶液中のAun-BFcは、ビフェロセン部位の2電子酸化によりアニオンを伴いながら電極上へ吸着し、続いてビフェロセンの再還元により大部分は脱着を起こしながらも、一部は溶液内のカチオンを取りこむ形で電極上に不可逆凝集し、その過程を繰り返すことで電極表面上に一定のドメインを有する微粒子薄膜が成長するするメカニズムを提案した。さらに、Aun-BFc薄膜自身の電解質中におけるEQCMを測定により、Aun-BFc薄膜内のビフェロセン部位の一電子酸化状態では、溶液内のアニオンを取りこむが、さらに2電子酸化状態にすると、微粒子間の電解質カチオンを放出すると共に、更に微粒子周りの極性が増大することにより、膜内の溶媒分子を放出する現象を見出した。

 第3章ではAun-BFcの電析現象における溶媒効果について述べている。電析溶媒として塩化メチレンのほかTHFおよびトルエン-アセトニトリル混合溶媒を用いても、Aun-BFc薄膜が作製できることを示し、その電析速度およびSTMで観測されるAun-BFc薄膜の表面モルホロジーから、Aun-BFcの電析メカニズムの溶媒依存性を考察した。

 第4章では、Aun-BFcの電析現象および電析薄膜の金コア粒子径依存性について述べている。1.7-6.4nmの範囲のコア粒子径をもつAun-BFcの電析反応を行った結果、粒子径に関わらず酸化凝集現象が発現することを示した。更に薄膜物性として、凝集量の増加と共に微粒子間相互作用による長波長側にシフトした表面プラズモン吸収が観測されること、および電位および溶媒の屈性率と吸収極大波長の特異な関係を見出し、その理由を考察した。

 第5章では、金属コア元素の電析依存性として、ビフェロセン修飾パラジウム微粒子Pdn-BFcの合成およびその電気化学的凝集現象について述べている。合成は、THFミセルー層系で塩化パラジウム錯体の還元により調製した平均粒子径3.8nmのオクタンチオール安定化パラジウム微粒子と、ビフェロセンチオール誘導体とのチオール交換反応により行った。Pdn-BFcの塩化メチレン電解質溶液中、電位多重掃引を行ったところ、Pdn-BFcの電極上における凝集量の増加が確認され、コアメタルを変化させても電析現象が起こることを示した。またSTMによりHOPG上作製したPdn-BFc薄膜のドメイン構造を明らかにした。

 第6章では、パラジウムおよび金ナノ微粒子の交互積層薄膜の作製について述べている。具体的には、Pdn-BFcおよびAun-BFcの交互に酸化凝集を繰り返すことで、ITO電極上に交互積層薄膜が生成することをUV-VISスペクトル、XPSスペクトルより明らかにした。パラジウム・金微粒子交互積層薄膜の酸性溶液中における電気化学挙動においては、パラジウムと金微粒子両者を合わせた酸化が起こるが、再還元においてはパラジウムの還元のみが起こることから、中性状態のパラジウム・金微粒子間の酸化電子移動反応は速やかに進行するが、還元反応は、パラジウムにより金の還元反応は抑制されることを考察した。

 第7章では、以上の結果を総括し、今後の研究展望を述べている。

 以上、本論文は、微粒子の電気化学的凝集という新しい現象について論文提出者が検討した詳細な結果を記述しており、機能界面化学、コロイド科学、錯体化学の開発研究におおきなインパクトを与えたオリジナルな研究として評価できる。なお、本論文第2-5章は西原 寛、久保謙哉、水谷 淳、田寺多門、Ignacio Quirosとの共同研究であり、一部は既に学術雑誌として出版されたものであるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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