学位論文要旨



No 117978
著者(漢字) 今村,太郎
著者(英字)
著者(カナ) イマムラ,タロウ
標題(和) 一般座標系格子ボルツマン法による非圧縮流体解析コードの構築
標題(洋) Incompressible Flow Simulation using Generalized Interpolation-based Lattice Boltzmann Method
報告番号 117978
報告番号 甲17978
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5436号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 藤井,孝藏
 東京大学 講師 寺本,進
内容要旨 要旨を表示する

 近年,格子ボルツマン法(Lattice Boltzmann Method:LBM)が,従来の数値流体力学(Computational Fluid Dynamics:CFD)の解法とは異なる計算手法として注目を集めている.格子ボルツマン法は,流体を有限個の速度をもつ多数の仮想粒子の集合体と近似し,各粒子の並進と衝突とを粒子の分布関数を用いて逐次計算することで,巨視的流れ場をシミュレートする計算方法である.格子ボルツマン法の中で最も一般的なモデルは,衝突演算にBhatnagar-Gross-Krook(BGK)衝突モデルを用いる,Lattice BGK(LBGK)モデルである.LBGKモデルは非圧縮流解析を行う計算法である.

 これまでのCFD解析のほとんどはNavier-Stokes方程式を支配方程式としている.マクロな物理量(圧力や流体の速度)を変数とし偏微分方程式で記述されたNavier-Stokes方程式は非線形方程式であり,計算機を用いて解析する際,差分法や有限体積法等を用いて離散化する.従ってCFDの基礎研究は離散化に伴う数値誤差を押さえ,物理的に正しい解を高精度かつ高効率に求める計算手法の開発に重点がおかれてきた.しかし,非圧縮Navier-Stokes方程式を差分化して計算する場合,圧力方程式がポアソン方程式の形に変形され,速度の発散が0になることを満たすように反復計算が必要となり,一般的に演算量が増大する.

 一方,格子ボルツマン法の支配方程式は,ミクロな物理量(分布関数)を変数とした時間発展方程式である.支配方程式はボルツマン方程式から導出され,離散化された形で記述される,完全陽解法であるとともに離散化された式の等方性が満たされている.また,分布関数の速度モーメントとして速度や圧力が計算されるため,反復計算は必要ない.これまでの研究から,特に並列計算機を用いた計算で性能を発揮することが知られている.

 これらの長所を持つLBGKモデルは,非圧縮流体解析法として優れているが,実用問題を取り扱うにはいくつかの障害がある.そのひとつは,計算格子が等間隔直交格子のような等方的な格子に限られる点である.1時間ステップで隣接する格子点に到達する,という物理モデルで分布関数の並進演算を表すため,格子点は計算領域全体に均一に配置する必要がある.従って,工学的な問題でしばしば現れるレイノルズ数が高い流れの計算を十分な空間解像度で行うことは全空間を高精度の格子点で覆う必要があり,困難であった.

 本論文では,レイノルズ数が高い流れ場について,効率的に計算できる非圧縮流体解析コードを格子ボルツマン法で構築することを目的とする.

 まず,効果的に格子点を計算空間に配置するため,一般座標系への拡張法として,Generalized Interpolation-Based Lattice Boltzmann Method(GILBM)を提案する.メトリックスを利用し,一般座標系への座標変換を施すことで,任意の構造格子での計算が可能になる.これまでの格子ボルツマン法は直交座標系で用いられてきたため,物体適合座標系に適した境界条件の設定法がなかった.一般座標系に適した境界条件の設定法についても提案する.

 更にGILBMの適用範囲を広げる計算手法を2つ提案する.一つはレイノルズ平均Navier-Stokes解析で用いられる乱流モデルをGILBMに適用する手法,もうひとつは定常解への収束を加速させる局所時間刻み法とGILBMを組み合わせる手法である.これらの手法を用いることで,航空機周りのような複雑形状かつ高レイノルズ数流れの計算が実用的な計算時間で可能になる.

 本論文第一章では,格子ボルツマン法が従来の数値計算手法とは異なる計算手法であることを解説し,一般的な工学問題へ適用するための改善方法について考察する.これまでにも壁近傍で格子解像度を向上させる計算方法について研究されており,それらの研究を概観する.格子ボルツマン法を一般座標系に拡張することで,高レイノルズ数流れの解析に適用可能な手法を構築する,という目的を明らかにする.

 第二章ではこれまで一般的に用いられている格子ボルツマン法,LBGKモデルについて解説する.支配方程式と計算格子が密接な関係にあることを示し,この点が一般座標系への拡張を阻んでいることを明確にする.また,従来の境界条件などの設定法とその問題点について解説する.

 第三章では,レイノルズ数が高い流れ場について,効率的に計算できる非圧縮流体解析コードを格子ボルツマン法で構築するための,いくつかの計算手法を提案する.

 はじめに,格子ボルツマン法が持ち合せる長所を損なうことなく,一般座標系での定式化を行う.Heらによって提案されたInterpolation-Supplemented LBM(ISLBM)の考えを更に推し進め,任意の格子形状で計算可能な,GILBMの定式化を行う.この際,用いられるアルゴリズムの空間精度を二次精度以上に保つことが,新たな数値粘性を押さえる上で重要であることを示す.あわせて,一般座標系に適した境界条件の導出を行う.壁面上での境界条件は,マクロな物理量を用いて定義される.与えられたマクロな物理量を分布関数に変換する時,分布関数の一次の非平衡量まで考える.分布関数の一次の非平衡量はChapman-Enskog展開を格子ボルツマン方程式に適用し,導出する.一次の非平衡量の評価には,壁面の勾配も含まれるため,形状が精度良く表現されることになる。また外部境界条件としては,無反射境界条件を導出する.従来の非圧縮Navier-Stokes解析では,流入流出を区別し設定する必要があったが,本法ではそれが統一的に設定できる.

 以上に述べたGILBMの適用範囲を更に広げる方法についても二つ提案する.一つはレイノルズ平均Navier-Stokes解析で用いられる乱流モデルをGILBMに適用する手法である.本論文では,Baldwin-Lomaxモデルと組み合わせる方法を示す.もうひとつは定常流れについて計算時間を短縮する手法についてである.GILBMを用いた計算では,従来のNavier-Stokes方程式の差分解法(MAC法等)と比べて,数倍長い計算時間を要する.そこで格子サイズによって決まる並進演算の安定性(CFL条件)から,各格子点で異なる時間刻み幅を用いる方法,局所時間刻み法をGILBMと組み合わせる.

 第四章では二次元計算により本手法の有効性の検証を行う.Couette流れ,キャビティ流れ,円柱周り流れ,翼周り流れの解析を幅広いレイノルズ数に対して行う.実験結果や差分法による計算結果との比較を行い,本計算手法でこれまでの差分法と同様の精度で計算できることが示される.特に翼周り計算のように,境界層を正確に計算しなければならない形状については,直交座標系で高精度な計算を行うことは困難であった.しかし,一般座標系を導入し,Chapman-Enskog境界条件を用いたことで,従来のNavier-Stokes解析と同等の結果が得られることが示される.

 また,乱流モデルとGILBMを組み合わせたコードの評価も行った.高いレイノルズ数での剥離を伴う翼周り流れの計算結果は,乱流モデルを用いたNavier・Stokes解析とよく一致し,GILBMにおいても乱流モデルが正しく機能することがわかる.

 局所時間刻み法を導入することの有効性についても計算例を通じ,計算時間短縮の効果を実証する.局所時間刻み法を用いた収束解は時間刻み一定で計算した収束解と一致し,計算時間は四分の一から六分の一程度に短縮することから,本手法は有効であることが示される.GILBMと局所時間刻み法の組み合わせにより,Navier-Stokes解析などとほぼ同程度の計算時間で定常解が得られる,

 第五章では三次元計算についてはキャビティ流れで検証を行う.Delta Wing周りの計算では,実験結果およびNavier・Stokes解析結果との比較を行い,複雑形状にも適用可能であることを示す.迎角が大きくなった時にDelta Wing上面側で発生するVortex Breakdownを格子ボルツマン法で計算した例を示す(図1参照).

 第六章では,本計算手法の数値流体力学における位置付けが考察される.LBGKモデルと同様に,本計算手法が並列計算機に適したアルゴリズムであることを示す.本計算手法を航空宇宙分野(主に離着陸時の空力特性に関する機体周りの低速流れの数値シミュレーション)に適用するという目的のもと,超音速旅客機(Supersonic Transport:SST)周りの計算例を示す.風洞実験との比較を行い,三次元SST風試模型周りの解析のような実用計算においてその有効性を確認する(図2参照).MAC法を用い,同じ計算条件で計算を行った結果から,計算時間はほぼ同程度であることを示す.GILBMは並列計算に適した計算コードであるので,より大規模な計算を並列計算で行う場合,MAC法より優れた計算手法であると考えられる.

 第七章は結論であり,本論文で構築した一般座標系格子ボルツマン法と,それに付随した計算手法の有効性についてまとめる.以上より,格子ボルツマン法をベースに改良を加えることで,航空宇宙分野へも適用できる実用的な非圧縮流体解析手法が構築されたと言える.

図1:デルタ翼周りの流れの計算例(Re=9×105AOA=50[deg])

図2:Supersonic Transport周りの計算(Re=3.45×106AOA=5.16[deg])

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)今村太郎提出の論文は、「Incompressible Flow Simulation using General Interpolation-based Lattice Boltzmann Method(一般座標系格子ボルツマン法による非圧縮流体解析コードの構築)」と題し、本文7章および付録3項から成っている。

 航空機や宇宙機の離着陸をはじめとする様々な問題において低速流中における空力特性解明の必要性は高く、そのための非圧縮性流れ数値解析コードの高性能化が望まれている。これまでの数値流体力学では、ナヴィエ・ストークス方程式を支配方程式とし、それを差分法などによって離散化して解く手法がとられてきた。特に、非圧縮性流れについては圧力に対するポアソン方程式を導き、速度場と交互に解くMaker-And-Cell(MAC)法が代表的手法として用いられている。しかし、解析対象の形状が複雑になると圧力場の収束解を得るために多くの反復計算が必要となり、計算時間が増大する等の問題が指摘されており、より優れた非圧縮性流体解析法の開発が望まれている。近年、気体分子運動論の視点から定式化された手法として、格子ボルツマン法(Lattice Boltzmann Method)が注目されている。これは、流体を有限種類の速度をもつ多数の仮想粒子の集合体と近似し、各粒子の並進と衝突とを粒子の分布関数を用いて逐次計算することで巨視的流れ場をシミュレートするものである。分布関数の時間発展は隣接する格子点の情報から陽的に解かれ、マクロな物理量である速度や圧力は分布関数のモーメントとして算出される。この方法では反復計算や遠方格子点とのデータのやりとりがないため、大型並列計算機に適している。しかし、計算格子が等間隔直交格子等の等方的なものに限られるため、高レイノルズ数流れや複雑物体周り流れなど、実用問題への適用には問題があった。

 このような背景から筆者は格子ボルツマン法に着目し、一般座標系への拡張をはじめとする各種計算手法を開発することで、その欠点の克服に成功している。多くの検証問題を解き、結果を詳細に検討することで、ここで改良された格子ボルツマン法が従来のナヴィエ・ストークス解析に匹敵する精度と計算効率を持つことを示している。本論文は非圧縮性流れ数値解析の高性能化に際し有用な知見をもたらすものである。

 第1章は序論で、非圧縮性流体解析法および格子ボルツマン法に関するこれまでの研究を概観し、本論文の目的と意義を明確にしている。

 第2章では、従来型の格子ボルツマン法、特に衝突演算にBhatnagar-Gross-Krook(BGK)衝突モデルを用いたLattice BGK(LBGK)モデルについて解説している。LBGKモデルが非圧縮性ナヴィエ・ストークス方程式と等価であることを示すと同時に、計算格子への制約や境界条件の設定法など、その問題点を指摘している。

 第3章では、格子ボルツマン法を任意形状周りの高レイノルズ数流れ問題に適用するための計算手法が提案され、その詳細が述べられている。まず、任意形状に適用させるために一般座標系に拡張された手法としてGeneralized Interpolation-based Lattice Boltzmann Method(GILBM)の定式化を示し、移流計算における空間精度を二次以上に保つことが数値粘性を押さえる上で重要であると指摘している。壁面上での境界条件としては、Chapman-Enskog展開を用い、粒子の分布関数について一次の非平衡量までを考慮したモデルを導出し、物体形状表現の精度を向上させている。また、Baldwin-Lomax乱流モデルを例にとり、乱流解析への適用方法についても説明されている。さらに、定常問題に対し局所時間刻み法を用いて収束までの計算時間を短縮する方法についても、その詳細が述べられている。

 第4章では、二次元流れ問題を解くことで、提案する手法の検証を行っている。キャビティ流れや円柱周り流れ等の解析を幅広いレイノルズ数に対して行い、実験結果や他の計算結果との定性的かつ定量的比較から、この計算手法による結果がナヴィエ・ストークス方程式の差分法による解析と同等の精度を持つことが示されている。また、定常問題に対して局所時間刻み法を導入した計算が行われ、計算時間の大幅な短縮が得られることを実証している。

 第5章は、三次元流れ問題における手法の検証であり、キャビティ流れおよび、大迎角デルタ翼周りの流れが解析されている。後者では翼背面の縦渦とその崩壊が捉えられており、提案する手法がこのような複雑な三次元流れ場解析に適用可能であることを示している。

 第6章では、提案する計算手法の数値流体力学における位置付けが考察されている。並列計算機を用いた場合、プロセッサ数にほぼ比例して計算速度の向上が得られることから、提案する手法は並列計算機に適していることを明らかにしている。次に、実用問題への適用性を実証するために、超音速旅客機周り低速流れの計算例が示されている。その結果、ここで提案された手法は並列計算機を用いた大規模計算において、精度と計算速度の点で特に優れた手法であると結論づけている。

 第7章は結論であり、本研究で得られた知見をまとめている。

 付録は3項から成り、三次元計算に用いる15速度(3D-15V)モデルの導出法、三次元計算における内挿関数の定式化、一次の非平衛を考慮した粒子の分布関数の導出法、に関する説明がなされている。

 以上要するに、本論文は格子ボルツマン法を一般座標系に拡張し、それに付随した各種計算手法を開発することで、任意形状、高レイノルズ数流れに適用可能で、高い計算精度と並列計算機への適用性をもつ非圧縮性流体解析法の構築を行ったものであり、数値流体力学に新しい知見をもたらすとともに、飛行体周りの低速流れ解析への適用を示した点で、航空宇宙工学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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