学位論文要旨



No 118035
著者(漢字) 岩沢,こころ
著者(英字)
著者(カナ) イワサワ,ココロ
標題(和) 灰処理プロセスにおける塩化反応の熱力学
標題(洋)
報告番号 118035
報告番号 甲18035
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5493号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 教授 前田,正史
 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 助教授 森田,一樹
 東京大学 助教授 岡部,徹
内容要旨 要旨を表示する

 廃棄物の焼却処分の際に発生する焼却灰及び飛灰は、低密度であり、また有害成分を含むため、減容化と無害か処理を行う必要があり、両者を混合して溶融処理し固化する減容化灰処理施設の建設が進められている。焼却灰及び飛灰はアルカリ金属、重金属、SiO2、CaO、Al2O3らの酸化物と塩化物、炭酸塩、硫酸塩が混合する物質である。これらを溶融する際に溶融飛灰と呼ばれる二次飛灰が発生するが、この溶融飛灰には重金属が凝縮されて珪酸塩、塩化物、酸化物と共に混合して存在しており。この複雑な系の生成メカニズムと熱力学的特性の解析が必要となっている。

 本研究は溶融飛灰の発生と重金属等が塩化揮発し蒸発後集塵機において凝縮するメカニズムを明確にし、実プロセスにおける問題を解決し、さらに有効で効率的な新規プロセスを提案することを目的とした。まずは灰処理プロセスにおいて酸化物と塩化物の間の反応に関して解析を行い、塩化反応を促進する要因を明らかにする。灰処理プロセス中に生成していることが確認されている溶融塩の基本組成であるNaCl-Na2CO3系、Na2CO3-Na2SO4系の熱力学データを調査した。さらに擬三元系のパラメータを二元系データより計算し、その信頼性を確認したうえで、得られたデータからポテンシャル状態図を作成し、それらを元に、実際に操業中のプロセスにおける問題点解決を行った。

灰処理における塩化揮発のメカニズム

 飛灰の乾式処理において、Pb、Znなどの重金属類酸化物もしくは塩化物として存在している。酸化物・塩化物平衡をlog(PHcl2/PH2O)を縦軸、温度の逆数を横軸にとりFig.1に示す。これらの線上では各金属の酸化物と塩化物が平衡しており、これらの線を比較することにより2元素間の塩化反応においてどちらが塩化剤となるかの考察が可能である。すなわち、その平衡線が上に位置する金属の塩化物が塩化剤として作用し、平衡線が下に位置する金属の酸化物を塩化する。Fig.1よりCaCl2が一つの強力な塩化剤として挙げられるが、実際のプロセスにはこのCaCl2がほとんど含まれないにも関わらず塩化反応は盛んに生じることが知られている。それ以外の塩化剤の存在が考えられる。Na2Oの活量が低下した場合平衡線は上に移動し、Pb、Znのそれよりも上に位置するので、NaClが塩化剤として作用することがわかる。実プロセスにおいてNa2O活量を下げる酸性酸化物成分としてCO2、SO3、SiO2、P2O5が挙げられる。そこで各温度においてNa2CO3、Na2SO4、Na2O-SiO2、Na2O-P2O5の純成分中のNa2Oの活量を計算した。それぞれのNa2Oの活量は1300℃程度の高温域でほぼ同程度の活量の値を示すが、600〜900℃の比較的低温域においては特にNa2SO4中のNa2O活量が10-8〜10-15以下に及ぶ。すなわちNa2SO4はNa2Oの活量を下げ塩化揮発の駆動力として働くことがわかった。

 NaCl-Na2CO3系、Na2CO3-Na2SO4系の状態図と熱力学諸量

 ホットフィラメント法を用いNaCl-Na2CO3系の状態図中の各相変化温度の測定を行ったうえで、β-Al2O3を固体電解質として用いた起電力法によりNa2CO3の活量測定を行った。ホットフィラメント法により得られた液相線温度や共晶温度は既存の研究による値とよく一致した。また起電力法により得られた結果をFig.2に示す。起電力の直線・曲線の屈曲点はそれぞれ状態図上の相変化温度とよく一致し、またその値はDessureaultら1)によって状態図データの最適化により求められた過剰エンタルピーの値より計算した起電力値とよく一致した。また本系の起電力測定の際に正の起電力が検出されることは、Na2CO3の各生成が抑制されて過飽和状態が生じることから説明され、このように起電力法によって非平衡状態の考察も可能であることを示した。

 Na2CO3-Na2SO4系のNa2CO3の起電力測定の結果をFig.3に示す。これらも同様に計算による値2)とよい一致を示した。よって計算によるパラメータの信頼性を確認した。NaCl-Na2CO3系の実測によるNa2CO3活量は本研究により初めて報告されるものである。

 アルカリ金属塩化物-炭酸塩-硫酸塩系の計算状態図と活量

 NaCl-Na2CO3系、NaCl-Na2SO4系、Na2CO3-Na2SO4系とこれらのK系の二元系のパラメータは報告されている。しかしNaCl-Na2CO3-Na2SO4,KCl-K2CO3-K2SO4擬三元系の熱力学諸量に関する報告は無い。そこでこれら二元形データを用いてNaCl-Na2CO3-Na2SO4、KCl-K2CO3-K2SO4擬三元系のパラメータ計算を行った。各二元系の液相は理想溶液からほとんど差が見られなかったためMuggianuの式を用いて三元系の過剰モル自由エネルギーを得た。この値は理想溶液のそれから少し偏倚したものであることが明らかになった。得られた値を用いて、各相関係よりNaCl-Na2CO3-Na2SO4、KC1-K2CO3-K2SO4の二系の状態図計算を行った。その結果得られた状態図をFig.4とFig.5に示す。両系共に2つの液相面からなり、塩化物と炭酸塩-硫酸塩の固溶体をそれぞれ初晶とする固液共存領域より低温側に液相と固溶体と塩化物の三相共存相が存在することがわかった。これに加えてNaCl-Na2CO3-Na2SO4系の起電力法による活量測定を行った結果、計算値とよく一致し、本研究により行われた計算が信頼できることがわかった。

実存の灰処理プロセスにおける反応解析と新規プロセスの提案

 実プロセスにおける反応を理解し問題点を解決するためには、スラグ-溶融塩-ガス相間の反応を統括的に捉えて表現し、それにより考察を行う必要がある。そこでまずは固体スラグ中のNa2Oの活量に着目し、Na2O-Al2O3-SiO2系の固相における各領域におけるNa2Oの活量の計算を行った。その結果、SiO2に近い組成域でNa2O:Al2O3=1:1よりAl2O3例の組成ある組成においてはNa2Oの活量が1.0×10-16まで著しく下がることがわかった。

 またガス相の主要成分であるHCl、SOx、CO2等の関数としてのポテンシャル状態図上にNaCl-Na2CO3-Na2SO4、KCl-K2CO3-K2SO4擬三元系の各相関係、等組成線と等蒸気圧線を示した。またNaとKのシリケートの相関係を重ねて示すことにより、スラグ-溶融塩-ガス相間の反応の考察を可能にした。以上をもとに、電気式灰溶融炉の一例として電気抵抗式溶融炉、燃料燃焼式灰溶融炉の一つとしてロータリーキルン式灰溶融炉における問題点の解析、解決法の提案を行った。いずれもAl2O3の添加により固体スラグの組成制御を行い、反応時間を延長することにより当面の問題解決につながることを明らかにした。しかし依然不完全である資源回収などの目的を満たすプロセスとして、灰混合物を比較的低温に保持して含まれる重金属類を塩化物として蒸発凝縮相に移行させ、その後の残渣を高温に保持し溶融塩類を十分に分解させて化学的機械的安定性をもつスラグ及びペレットを得るという新規プロセスに向けての指針を示した。

結言

 灰の溶融処理において重金属やアルカリ金属の塩化揮発が活発に生じるが、これはアルカリ金属酸化物の活量低下に大きく起因しており、活量低下の要因となるのは溶融塩中に含まれる硫酸塩と、ある組成におけるNa2O-Al2O3-SiO2系化合物であることがわかった。NaCl-Na2CO3-Na2SO4、KCl-K2CO3-K2SO4擬三元系の計算により得られたパラメータを用いて作成した各ポテンシャル状態図を用い、実際の灰処理炉内で生じている反応解析が可能であり、操業中の処理炉の問題解決を行ったうえで以下のような要因が灰処理プロセスの問題解決において重要であり、かつ、灰からの資源回収と、効率よく有効利用可能な無害物を得ることを可能とする新規プロセスの指針を与えた。

1.1000℃程度の比較的低温と1300℃程度における高温における反応は異なり、低温では溶融塩中への硫酸塩の生成と共に塩化反応が活発に生じ、高温では溶融塩の分解反応、直接揮発反応が生じる。

2.固体スラグ-溶融塩間の反応は固体スラグ中の組成をAl2O3の添加により制御しスラグ中アルカリ金属酸化物活量を低下させることにより、NaClやKClによる塩化反応や溶融塩の分解反応を促進することが可能である。

3.気相中の各成分のポテンシャルを制御することで特に溶融塩-ガス相間の反応を制御することが容易である。

Reference:

1) Y. Dessureault, J. Sangster, and A. D. Pelton, J. Phys. Chem. Ref. Data, Vol. 19 5(1990)1149.

2) Y. Dessureault, J. Sangster, and A. D. Pelton, J. Electrochem. Soc., 137(1990) 2941.

Fig.1 MCl-MO equilibrium as a function of pHCl/pH2O and reciprocal temperature. B is the boiling point of PbCl2.

Fig.2 EMF values measured for the composition of XNa2CO3 = 0.2 and 0.4. The upper figure indicates the phase diagram for the present system.

Fig.3 EMF values measured for the various compositions of the Na2CO3-Na2SO4 system.

Fig.4 The composition phase diagram for the NaCl-Na2CO3-Na2SO4 system.

Fig.5 The composition phase diagram for the KCl-K2CO3-K2SO4 system.

審査要旨 要旨を表示する

 近年、最終処分場の不足に伴いごみ焼却灰等のさらなる減容化プロセスの開発が期待されている。これらのプロセスのほとんどが高温の乾式プロセスを利用するものであるが、有害不純物の分解・無害化、有価資源の回収、エネルギー・資源消費と処理コストなど多くの問題が未解決の状態にある。本論文は廃棄物の焼却処理の際に発生する焼却灰・飛灰の高温減容化プロセスにおける各種成分の挙動を熱力学的計算により解明するとともに、その結果に基づく現行プロセス解析による改善や新たなプロセス設計の指針を得ることを目的としている。その内容は反応プロセス中に存在するガス相-混合溶融塩-複合酸化物相の熱力学的諸量を計算状態図的手法により解明し、各種成分の塩化・脱塩素化反応を詳細に検討したものであり、全6章から構成されている。

 第1章では、序論として我が国における廃棄物処理の現状と、現行の飛灰処理プロセスについて述べ、"ごみの減容化"と"有価資源の回収"、そして"無害化・安定化処理"の3つの観点からごみの最終処分の問題を解決する必要があること、その実現には焼却処理の際に発生する焼却灰・飛灰の溶融減容化処理が有効であることを示している。また現在までに実用化または試験段階にある溶融減容化処理を概観するとともに問題点を明らかにして、灰処理プロセスにおける塩化反応の重要性を明らかにした。

 第2章では、灰処理プロセスにおける塩化物生成による塩化物からの塩素放出反応と、その逆反応である塩化反応について、純物質系に対する熱力学的考察を温度-ポテンシャル状態図をもとに考察している。従来より塩素源として知られているCaCl2に加えて、アルカリ金属塩化物においてもその酸化物の活量が極端に低下する条件では塩素放出反応が生じる可能性があり、雰囲気中にSO3が存在して硫酸塩が生成する条件では塩素源として作用することを明らかにした。実機プロセス雰囲気にはSO3が存在するため、硫酸塩を主成分とする混合溶融塩が生成することが報告されており、雰囲気ガス-混合溶融塩-複合酸化物相間の反応を溶体モデルを用いて検討することが必要であることを示した。

 第3章では灰処理プロセスにおいて生じる混合溶融塩の熱力学データを実験的に求めている。溶融塩の基本組成のひとつであるNaCl-Na2CO3擬二元系の液相線と共晶温度をホットフィラメント法により測定し、組成-温度状態図を作成した。またβ-Al2O3固体電解質を用いた起電力法により同系中のNa2CO3の活量測定を行い、その結果から混合の部分モルエンタルピーと部分モルエントロピーを求めている。状態図をもとにして推定した本系の熱力学諸量と本測定結果は良い一致を示した。さらに試料冷却時に観察された異常な起電力について、固体Na2CO3の核生成抑制による非平衡状態を仮定したモデルを用いて考察した。また同様の起電力法を用いてNa2CO3-Na2SO4系におけるNa2CO3の活量を測定し、同系の熱力学諸量を求め、報告されている混合の熱力学パラメータの推定値が妥当であることを確認した。

 第4章では、各擬二元系(MCl-M2CO3系、MCl-M2SO4系とM2CO3-M2SO4系(M:Na、K))のデータを用いて、MCl-M2CO3-M2SO4擬三元系の相互作用パラメータの計算を行った。得られたパラメータを用いてNaCl-Na2CO3-Na2SO4系、KCl-K2CO3-K2SO4系の状態図を得た。両系ともにMClを初晶とする液相面とM2CO3-M2SO各系固溶体を初晶とする液相面から成り、その2つの固液共存領域の低温側に液相とM2CO3-M2SO4系固溶体とMClの三相共存領域が存在する。また、NaCl-Na2CO3-Na2SO4系中のNa2CO3活量を起電力法により測定し、状態図計算により推定した活量と良く一致することを確認した。

 第5章では、状態図計算によって求められた各成分の化学ポテンシャルを用い、雰囲気中のlogpSO、log(p2HCl、/PH2O)をパラメータとしてMCl-M2CO3・M2SO4(M:Na、K)系のポテンシャル状態図と等M2O活量線より計算したM2O-SiO2(M:Na、K)のポテンシャル状態図を種々の温度において描き、溶融塩相と酸化物(スラグ)相間の反応について考察を加えた。

 以上のポテンシャル状態図を用い、雰囲気ガス分圧、温度をパラメータとして、現在稼動している電気抵抗式とロータリーキルン方式の2種類の実機プロセスについて検討を行い、(1)1000℃以下においては硫酸塩の生成による塩化物分解が生じていること、(2)1200℃以上においてはアルカリ硫酸塩がSiO2等の酸化物と反応してスラグ相を形成すること、(3)Al2O3の添加によってこれらの2段反応が促進されることを明らかにした。

 第6章において、以上の研究成果を総括している。

 本論文は、高温乾式灰処理プロセスにおける塩化反応のメカニズムとそれを支配するガス-溶融塩-酸化物相間の反応について、計算状態図的手法を用いた熱力学的解析と炉内反応の解析を行い、より効率的に有害物を除去して有価資源の回収を可能にするプロセス開発のための指針を与えたものと総括することができる。この成果はマテリアルプロセシングおよびマテリアルリサイクル工学への貢献が著しい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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