学位論文要旨



No 118189
著者(漢字) 伊藤,創平
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ソウヘイ
標題(和) 超好熱性古細菌由来ADP依存性グルコキナーゼのX線結晶構造解析
標題(洋)
報告番号 118189
報告番号 甲18189
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2578号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 助教授 西山,真
 東京大学 助教授 中村,周吾
 東京大学 助教授 若木,高善
内容要旨 要旨を表示する

 真核生物や多くの嫌気性真正細菌の解糖系では、最も普遍的で進化的にも起源が古いとされているEmbden-Meyerhof(EM)経路が使われており、最初にグルコースがATPによりリン酸化されて代謝が開始される。しかし古細菌のグルコース代謝は特殊であり、超好熱性古細菌であるThermococcus litoralisおよびPyrococcus furiosusの変形EM経路では、既知のキナーゼとは全く相同性を持たないADP依存性(リン酸供与体がATPでなくADP)のグルコキナーゼ(ADPGK)とフォスホフルクトキナーゼ(ADPPFK)の存在がわかっており、その特殊な反応機構を解明する上で立体構造に興味がもたれた。また、ADPGKとADPPFKには相同性がありADP依存性キナーゼ(ADPK)ファミリーを形成しているが、興味深いことにMethanococcus jannaschii由来のADP依存性キナーゼはグルコース、フルクトース-6-リン酸双方をリン酸化できるbifunctionalなADPGK/PFKであることが報告されている。本研究室では、T.litoralisとP.furiosus由来ADP依存性グルコキナーゼ(tlGK/pfGK)のX線結晶構造解析を行った。

1:【tlGKのX線結晶構造解析】

 大腸菌にて大量発現したtlGKを、沈殿剤に塩化ナトリウムを用いADP存在下で結晶化を行った。位相決定はH2PtCl4、Xe、HgCl2、の3種の重原子置換体を用いた多重重原子同形置換法により行った。tlGKの最終モデルは2.3Åの分解能で、R値20.4%、Rfree25.2%でADPを一分子含んでいる。またback soakingによりADPを除いたアポ酵素についても解析した。

 tlGK結晶構造はその一次配列の相同性から予測されたように、構造既知のATP依存性ヘキソキナーゼ・グルコキナーゼとは全く異なるフォールドを持ち、活性部位にも保存性は見られなかった。類似フォールドをもつ蛋白質の探索を行ったところ、ATP依存性である大腸菌由来リボキナーゼ(RK)、ヒト由来アデノシンキナーゼ(AK)と立体構造上の相同性があった。RK、AKとtlGKの立体構造の重ね合わせをおこなったところ、活性中心を含め1argeドメイン中央のβシートとsmallドメインのβシートさらにそれを取り囲むαヘリックスの一部の主鎖のトレースが類似していた。しかし立体構造に基づく一次構造のアライメントにおいても3者は非常に低い相同性しか示さなかった。またRKではリボースとの複合体、アポ酵素等幾つかの結晶構造が報告されているが、tlGKは開いた構造をとっているリボキナーゼとより類似していた。また1argedomainにADPが結合していた。

 活性部位の構造の詳細な比較を行ったところ、RKとAKを含めたリボキナーゼファミリーで保存されているATPアデノシン部分の認識機構は、tlGKでは全く保存されておらず、結果としてヌクレオチドの認識部位がリン酸一つ分ずれていた(下図)。また反応の際リン酸を求核攻撃するために糖の水酸基(RK、AKではリボースC5位、tlGKではグルコースC6位)から水素を引き抜くcatalytic baseであるアスパラギン酸を含め、リン酸(ATPではγリン酸とβリン酸、ADPではβリン酸とαリン酸)を認識しているグリシンとアスパラギン等の残基が保存されていた。つまり、RK、AKでATPγリン酸が結合する所に、tlGKではADPのβリン酸が位置しているこという単純な機構により、その極めて稀なADP依存性という性質を獲得していた。これらの結果から、これらキナーゼはリン酸転位反応を行うピロリン酸結合中心のみを保存しその触媒能を失うことなく広く多彩な基質特異性を獲得、進化してきたものと考えられた。

2:【pfGKのX線結晶構造解析】

 pfGKの位相計算は分子置換法によって行い、サーチモデルとしてtlGKのlarge domainを用いた。pfGKの最終モデルは1.9Åの分解能、R値16.8%、Rfree20.5%でグルコースとAMPを含んでいる。

 pfGKには二つのCys残基(Cys94とCys174)があるが、Cys94同士がジスルフィド結合をすることでホモダイマーを形成いた(下左図)。pfGKの全体的な構造はtlGKと類似していたが、tlGKに比べsmall domainが約20°閉じた構造になっていた(下右図)。このようにドメインが閉じることにより、グルコースとAMP分子は完全に覆われており、さらに多数の水分子も閉じこめられクラスターを形成していた。特にsmall domainのβ11ストランドは、活性中心を直接覆う重要な領域であり、Glu195、Arg197、Ile199といった保存性の高い残基を含んでいる。Ile199はグルコース6員環の真上に近づき、グルコースを安定化させる働きがあると考えられた。またArg197はヌクレオチドの末端リン酸に近づき、リン酸ジエステル結合を解離させ、リン酸転移反応を起こす引き金となると考えられる。Glu195はAMPのアデニン環のN6と水素結合していた。tlGKとpfGKはリン酸供与体としてADPよりむしろCDPを好むが(ADPの活性に対して110-120%)、GDPを使うことができない。一方、ADPPFKの多くはGDPを基質とすることができるが、このような違いは、Glu195がADPGKでは保存されているがADPPFKではSerに置き換わっている事で説明できる。

 またpfGKのグルコースの場所にF6Pを組み入れて比較を行ったところ、ADPGKで保存されているGlu88、His176、Asp203がADPPFKではAla、Asn、Argに置き換わっており、これらの残基が基質の識別に重要であることが予想された。Hisに比べて小さいAspと正電荷をもつArg側鎖がF6Pの結合に必要であると考えられる。

 興味深いことに、ADPKと相同性を持つ真核生物由来の機能未知遺伝子がいくつか見つかってきている。tlGKとpfGK、RKの構造情報を元に、これら機能未知遺伝子とのアライソメントを行った結果、全体的な相同性は極めて低いが、機能的に重要な残基の多くが保存されており、また糖基質結合サイト付近のアミノ酸残基はADPGKにより類似していることが明らかになった。

Ito,S.,Fushinobu,S.,Yoshioka,I.,Koga,S.,Matsuzawa,H.,Wakagi,T.(2001)."Structural Basisfor the ADP-Specificity of a Novel Glucokinase from a Hyperthermophilic Archaeon."Structure9(3):205-214.

Active site of tlGK,RK and AK

Overall structure of pfGK

Superposed structure of pfGK and tlGK

審査要旨 要旨を表示する

 真核生物や多くの嫌気性真正細菌の解糖系では、最も普遍的で進化的にも起源が古いとされているEmbden-Meyerhof(EM)経路が使われており、最初にグルコースがATPによりリン酸化されて代謝が開始される。しかし古細菌のグルコース代謝は特殊であり、超好熱性古細菌であるThermococcus litoralisおよびPyrococcus furiosusの変形EM経路では、既知のキナーゼとは全く相同性を持たないADP依存性(リン酸供与体がATPでなくADP)のグルコキナーゼ(ADPGK)とフォスホフルクトキナーゼ(ADPPFK)の存在がわかっており、その特殊な反応機構を解明する上で立体構造に興味がもたれる。また、ADPGKとADPPFKには相同性がありADP依存性キナーゼ(ADPK)ファミリーを形成しているが、興味深いことにMethanococcus jannaschii由来のADP依存性キナーゼはグルコース、フルクトース-6-リン酸双方をリン酸化できるbifunctionalなADPGK/PFKであることが報告されている。本研は、T.litoralisおよびP.furiosus由来ADP依存性グルコキナーゼ(tlGK/pfGK)と基質との複合体の結晶構造を明らかにしたものであり、全二章で構成される。

 第一章では、tlGKとADPの複合体のX線結晶構造解析について述べられている。大腸菌にて大量発現したtlGKを沈殿剤に塩化ナトリウムを用いADPを加えた系で結晶化を行い、その位相決定はH2PtCl4、Xe、HgCl2、の3種の重原子置換体を用いた多重重原子同形置換法により行い、tlGKの最終モデルを2.3Åの分解能で決定している。tlGK結晶構造はその一次配列の相同性から予測されたように、構造既知のATP依存性ヘキソキナーゼ・グルコキナーゼとは全く異なるフォールドを持ち、活性部位にも保存性が無いことを明らかにした。また類似フォールドをもつ蛋白質の探索を行い、ATP依存性である大腸菌由来リボキナーゼ(RK)、ヒト由来アデノシンキナーゼ(AK)と立体構造上の相同性をもち、またRK、AKとtlGKの立体構造の重ね合わせにより、活性中心を含めlargeドメイン中央のβシートとsmallドメインのβシートさらにそれを取り囲むαヘリックスの一部の主鎖のトレースが類似していることを明らかにした。そして、その活性部位の構造の詳細な比較により、RKとAKを含めたリボキナーゼファミリーで保存されているATPアデノシン部分の認識機構は、tlGKでは全く保存されておらず、結果としてヌクレオチドの認識部位がリン酸一つ分ずれていること、つまり、RK、AKでATPγリン酸が結合する所に、tlGKではADPのβリン酸が位置しているこという単純な機構により、その極めて稀なADP依存性という性質を獲得していたことを明らかにした。これらの結果から、これらキナーはリン酸転位反応を行うピロリン酸結合中心のみを保存しその触媒能を失うことなく広く多彩な基質特異性を獲得、進化してきたものと考えられた。

 第二章では、pfGKとグルコース、AMPの複合体のX線結晶構造解析について述べられている。pfGKの位相計算をtlGKのlargeドメインをサーチモデルとした分子置換法によって行い、最終モデルを1.9Åの分解能で決定している。pfGKのCys94同士がジスルフィド結合をすることでホモダイマーを形成し、pfGKの全体的な構造はtlGKと類似していたが、tlGKに比べsmall domainが約20°閉じた構造であることを明らかにした。特にsmall domainのβ11ストランドは、活性中心を直接覆う重要な領域であり、Glu195、Arg197、Ile199といった保存性の高い残基を含み、Ile199はグルコース6員環の真上に近づき、グルコースを安定化、Arg197はヌクレオチドの末端リン酸に近づき、リン酸ジエステル結合を解離させ、リン酸転移反応を起こす引き金であり、Glu195はAMPのアデニン環のN6と水素結合していることを明らかにした。tlGKとpfGKはリン酸供与体としてADPよりむしろCDPを好むが(ADPの活性に対して110-120%)、GDPを使うことができないが、一方、ADPPFKの多くはGDPを基質とすることができる。このような違いは、Glu195がADPGKでは保存されているがADPPFKではSerに置き換わっている事で説明できると推測している。またpfGKのグルコースの場所にF6Pを組み入れて比較を行い、ADPGKで保存されているGlu88、His176、Asp203がADPPFKではAla、Asn、Argに置き換わっており、これらの残基が基質の識別に重要であることを明らかにした。また興味深いことに、ADPKと相同性を持つ真核生物由来の機能未知遺伝子とtlGKとpfGK、RKfamilyの一次配列のアラインメントを行い、全体的な相同性は極めて低いが、機能的に重要な残基の多くが保存されており、また糖基質結合サイト付近のアミノ酸残基はADPGKにより類似していることが明らかにした。

 以上、本論文はADP依存性グルコキナーゼの立体構造をX結晶構造解析により明らかにした。また種々の基質との複合体の立体構造も明らかにし、その基質結合部位の詳細と変異体作成による活性中心の同定、および糖基質によるドメインの開閉機構を明らかにした。特にADP依存性のキナーゼの立体構造を明らかにしたのは本研究が初めてであり、当該分野に新知見を与えたものとして学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと判断した。

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