学位論文要旨



No 118380
著者(漢字) 市川,英子
著者(英字)
著者(カナ) イチカワ,エイコ
標題(和) ディスコハブディンCの合成研究
標題(洋)
報告番号 118380
報告番号 甲18380
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1013号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 柴�ア,正勝
 東京大学 教授 夏刈,英昭
 東京大学 助教授 金井,求
 東京大学 助教授 徳山,英利
内容要旨 要旨を表示する

[序論]ディスコハブディンC(1)は1986年にニュージーランド産スポンジより単離構造決定された抗腫瘍性アルカロイドであり、その構造はピロロイミノキノン環、スピロジエノン環を有する複雑な骨格となっている1)。これまでに1の全合成は3例報告されているが、どれもインドール環をもとにした合成法である2)。今回筆者は、芳香環アミノ化反応を利用した新しい合成法を検討したのでここに報告する。

[本論]まず1の逆合成解析を検討した。スピロジエノン環は合成の最終段階にフェノラートパラ位からのアルキル化により構築することとし、エタノールアミンユニットはイミノキノン3上の脱離基Xに対する付加脱離反応により導入することとした。また、イミノキノン3は4の酸化による変換を考え、4の三環性部位は分子内芳香環アミノ化反応3〕により合成することとした。そして、その前駆体5はビフェニル骨格を有するジブ口モヨウ素体6とニトロオレフィン7の付加反応により得られると考えた4)。

 はじめにビフェニル骨格を有するジブロモヨウ素体の合成を行った。2-アミノ-4-ニトロフェノールをSandmeyer反応でヨウ素体へと変換し、フェノール性水酸基をメシル化した。つづいて、ヨウ素が脱離しない条件にてニトロ基を還元してアニリン8を得た。これをベンゼンーエタノール混合溶媒中、鈴木-宮浦反応を行い目的のビフェニル体9を高収率で得ることができた。つづいて臭素によりアニリンをジブロモ化し、Sandmeyer反応によりヨウ素体10へと変換した。最後にメシル基を加水分解し、ベンジル基で保護してジブロモヨウ素体11を合成した(Scheme2)。

 次に、ニトロオレフィンを合成した。エチルビニルエーテルを触媒量の酸化水銀(黄色)、三フッ化ホウ素酸エーテル錯体存在下に二量化し、得られたオレフィン12の末端二重結合をオゾン酸化により切断した。生じたアルデヒド13は、塩基としてフッ化カリウムを用いてニトロメタンとHenry反応を行ってニトロアルコール14とし、最後に水酸基をメシル化し、つづくメシラートの脱離反応により目的のニトロオレフィン15を得た(Scheme3)。

 つづいて、合成したジブロモヨウ素体11とニトロオレフィン15の付加反応を行い、三環性部位構築に向けた変換を行った。11はトルエン中、-78℃にて1当量のブチルリチウムを加えると、ヨウ素のみ選択的にリチオ化され、つづいてニトロオレフィン15を加えると速やかに共役付加反応が進行し、付加体16を良好な収率で与えた。16のジエチルアセタールは系内で発生させたヨウ化トリメチルシランによりアルデヒドへと変換し、精製することなく水素化ホウ素ナトリウムを用いて還元し、アルコールを得た。つづいて、酸性条件下、鉄粉と塩化鉄を用いて脂肪属ニトロ基を還元してアミノアルコール17を得た。このアミノアルコール17を、当研究室で開発したヨウ化銅を用いる新規芳香環アミノ化条件にふしたところ室温下にて速やかに環化反応が進行し、望むインドリン体を与えた3b)。

 尚、環化はすいている側からのみ選択的に進行し、単一生成物であった。インドリンの2級アミンはSchotten-Baumann反応にてCbz基で保護し、化合物18を得た。つづいて、6員環形成にむけて18の1級アルコールを、それぞれノシルアミド19、1級アミン20、ベンジルアミン21へと変換した。しかしこれらをヨウ化銅による新規アミノ化反応、またはパラジウム触媒による従来のアミノ化反応にふしたが、目的の環化体22は得られなかった。

 環化が進行しなかった原因として、芳香環の立体障害が考えられた。そこで、この芳香環は三環性骨格を構築した後に導入することとし、新たな合成計画を検討した(Scheme5)。合成中間体4は、三環性化合物23に位置選択的にハロゲン化した後に鈴木-宮浦反応により芳香環を導入して合成することとした。そして、23は環化前駆体24に対して、パラジウム触媒を用いた分子内タンデムアミノ化反応を行い構築することとした。2つの分子内芳香環アミノ化反応を、このように一段階で行った例はないので反応が進行するかどうか興味深い。また、24は先程と同様にジブロモヨウ素体25とニトロオレフィン26の付加反応によって得ることができると考えた。

 パラニトロフェノールより6段階の変換の後得たヨウ素体27、または2,6-ジブロモ4-フルオロアニリンをSandmeyer反応に供して得たヨウ素体28を先程と同様にニトロアルケン15、または29と反応させて、付加体30、31をそれぞれ良好な収率で得た。つづいて付加体30、31をニトロ基の還元、窒素官能基の導入等をへてそれぞれ環化前駆体32、33へと変換した。

 このとき、2つのアミンの保護基は環化が進行しやすいBn基とBoc基を用いることとした。分子内芳香環アミノ化反応はBuchwaldらによって詳細な検討がなされている3a)。そこで、彼らの条件を参考にタンデム環化反応を検討したところ、それぞれ目的の三環性化合物34、35を得ることができた。よって、2つの分子内芳香環アミノ化反応を一段階で行うタンデム環化反応に成功した。尚、タンデム環化反応の収率、再現性ともに芳香環上にメトキシ基を有する化合物の方が良い結果を与えた(Scheme6)。

 つづいて、三環性化合物34、35の位置選択的官能基化を検討した。その結果、まず、34に対しては芳香環求電子置換反応によるヨウ素化が良い結果を与えた。すなわち、-78℃にてN-ヨウ化こはく酸イミドを反応させたところ、望みのヨウ素体のみが選択的に得られた。また、35に対してはオルトルチオ化によるヨウ素化が良い結果を与えた。すなわち、-78℃にて8-BuLiを反応させた後にジヨードエタンを加えたところ、望みのヨウ素体のみが選択的に得られた。これは、Boc基とフッ素原子はどちらもオルトリチオ化を誘導する効果を有するため、両官能基に挟まれた位置でのリチオ化がより進行しやすいためであると考えられる。これらのヨウ素体を用いてそれぞれ鈴木-宮浦反応を行った。その結果、種々検討を行ったが、芳香環上にメトキシ基を有する基質36では中程度の収率にとどまった。反対に、芳香環上にフッ素原子を有する基質37では良好な収率でカップリング体を得ることができた。これは、基質36では芳香環上に2つの電子供与基が置換されているためヨウ素体の反応性が低下していること、また、反応点の周囲が混み合っていることが低収率の原因であると考えられた(Scheme7)。

 目的化合物1の基本骨格を構築することができたので、次の検討事項は酸化度をあげてピロロイミノキノン体3へと導くことである。種々検討の結果、Boc基とフッ素原子を利用したオルトリチオ化でのみ芳香環上に新たな官能基を導入することができた。カップリング体39のBn基を水素雰囲気下に除去し、新たにBoc基で保護した。この40を-42℃にてt-BuLiを反応させて芳香環上をリチオ化し、ホウ酸トリメチルを加えてホウ酸誘導体とした。これを塩基性条件下、過酸化水素で酸化することでフェノール体40を得た。今後、40から41への変換を検討する予定である(Scheme8)。

 また、本研究中に得られた知見をもとに、1の近縁化合物であるダミロンA(43)の全合成を達成した(Scheme9)。

[結論]筆者は等博士論文研究においてDiscorhabdihC(1)の合成研究を行い、以下の結果を得た。

1)Buchwaldの分子内芳香環アミノ化反応によるタンデム環化反応を行い、三環性化合物を効率良く得ることに成功した。

2)DiscorhabdinC(1)全合成の中間体40を独自の方法で合成した。

3)DiscorhabdinC(1)の合成研究において得られた知見をもとに、天然物DamironeA(43)の全合成を達成した。

References:

1)Perry,N.B.;Blunt,J.W.;McCombs,J.W.;Munro,MH.G.J.0rg.Chem,1986,51,5476.

2)(a)Nishiyama,S.;Cheng,J.-F;Tao,X.L;Yamamura,S.Tetrahedron,Lett.1991,32,4151.(b)Kita,Y;Tohma,H.;Inagaki,M.;Hatanaka,K.;Yakura,T.j.Am,Chem,Soc.1992,114,2175.(c)Aubart,K.M.;Heathcock,C.H.J.Org.Chem,1999,64,16.

3)パラジウム触媒を用いた芳香環アミノ化反応に関する総説:Yang,B.H.;Buchwald,S.L.J.Orgamomet.Chem.1999,576,125.(b)Yamada,K,;Kubo,T;Tokuyama,H.;Fukuyama,T.Synlett,2002,231.

4)第31回複素環化学討論会要旨集p135.

Scheme1

Scheme2

Reagents and conditions:a)NaNO2,concd H2SO4,CH3CN/H2O;KI,H2O,71%;b)MsCl,Et3N,CH2Cl2,0℃;c)Fe,FeCl2,1 N aq HCl,EtOH,reflux;d)Pd(PPh3)4,2M aq Na2CO3,p-methoxy-phenylboronic acid,PhH/EtOH,reflux,94%;e)Br2,CH2Cl2/MeOH,97%;f)NaNO2,concd H2SO4,CH3CN/H2O;KI,H2O,78%;g)1 N aq NaOH,MeOH,80℃;h)BnBr,K2CO3,DMF,60℃,79%.

Scheme3

Reagents and conditions:a)HgO(1 mol%),BF3・OEt2(0.3 mol%),acetone,0℃;Et3N,66%;b)O3,MeOH,-78℃;Me2S,-78℃to rt;c)CH3NO2,KF,i-PrOH,67%(2 steps);d)MsCl,Et3N,CH2Cl2,O℃,95%.

Scheme4

Reagents and conditions: a) n-BuLi (1 eq), toluene, -78℃; 15, 70%; b) TMSCl, NaI, CH3CN; c)NaBH4, MeOH; d) Fe, FeCl2, 1 N aq HCl, EtOH, reflux; e) CuI, CsOAc, DMSO, 73%; f) CbzCl, aq NaHCO3, CH2Cl2, 80%; g) DEAD, PPh3, H2NNs, toluene, 49%; h) MsCl, Et3N, CH2Cl2, 0℃, 80%;i) NaN3, DMF, 80℃, 94%; j) PPh3, THF/H2O, 60℃; k) Swern oxidn, 70%; l) BnNH2, TFA,NaBH3CN, MeOH, 41%; m) Cul, CsOAc, DMSO, 100℃; n) Pd(PPh3)4, Cs2CO3, DMF, 110℃.

Scheme5

Scheme6

Reagents and conditions: a) n-BuLi (1 eq), toluene, -78℃; 29, 73%; b) n-BuLi (1 eq), toluene,-78℃; 15, 86%; c) Fe, FeCl2, 1 N aq HCl, EtOH, reflux; NsCl, aq NaHCO3, 0℃, quant; d) BnBr,K2CO3, DMF, 60℃, 99%; e) BCl3, CH2Cl2, -78℃, 85%; f) DEAD, PPh3, HNNsBoc, toluene, 83%;g) PhSH, K2CO3, DMF, 96%; h) TMSCl, NaI, CH3CN; i) NaBH4, MeOH, 70% (2 steps); j)Pd(PPh3)4 (30 mol%), NaOt-Bu, K2CO3, toluene, 110℃, 78%; k) Pd(PPh3)4, NaOt-Bu, C6H5CF3,110℃, 59%.

Scheme7

Reagents and conditions: a) NIS, CH2Cl2/MeOH, -78℃, 85%; b) s-BuLi, THE, -78℃; ICH2CH2I,73%; c) Pd2(dba)3 (30 mol%), AsPh3 (60 mol%), p-methoxyphenylboronic acid, 2 M aq NaHCO3,1,4-dioxane,80℃,54%; d) Pd(PPh3)4 (20 mol%), p-methoxyphenylboronic acid, K3PO4, DMF, 80℃, 88%.

Scheme8

Scheme9

審査要旨 要旨を表示する

 ディスコハブディンC(1)は、1986年に単離構造決定された抗腫瘍性アルカロイドであり、ピロロイミノキノン環、スピロジエノン環を有する酸化度の高い複雑な骨格を形成している。市川は博士論文研究において、当研究室で開発された手法を鍵反応の一つとして用いたScheme1のような新規合成計画を立案した。スピロジエノン環は合成最終段階にフェノラートパラ位からのアルキル化によって構築することとし、ピロロイミノキノン環は三環性ジアミン3の酸化によって得ることとした。また、ビフェニル体3は三環性化合物4を位置選択的にハロゲン化した後に鈴木カップリング反応に供することで得ることを考えた。そして三環性化合物4は、環化前駆体5に対するパラジウム触媒を用いた2つの分子内アミノ化反応を同時に行うことで、速やかに構築することを計面した。この環化前駆体5の合成には2,6-ジブロモヨードベンゼン誘導体6に一当量のブチルリチウムを反応させてヨウ素選択的リチオ化を行った後にニトロオレフィン7と反応させることで5へと誘導可能な付加体を得ることができると考えた。

 市川はScheme2に示したように、まずヨウ素体8の選択的リチオ化とつづくニトロオレフィンへの共役付加反応により、付加体10を良好な収率で得た。これを6段階の変換により環化前駆体11へと導いた。つづいて、パラジウム触媒による分子内アミノ化反応を行い、目的の三環性化合物12を効率よく得ることができた。このように、パラジウム触媒による複数の分子内アミノ化反応を同時に行って多環性化合物を合成したのは、これが初めての例である。12に対する位置選択的官能基化を種々検討した結果、市川はフッ素原子とBoc基を足掛かりとしたオルトリチオ化がよい結果を与えることを見いだした。そこで、三環性化合物12のオルトリチオ化を利用して位置選択的にヨウ素化し、得られたヨウ素体13は鈴木カップリング反応によりビフェニル体14へと変換した。ビフェニル体14は保護基の変換の後、再びオリトリチオ化を行い、ホウ酸誘導体経由でフェノール体15へと導いた。15は1の合成における新規な中間体であり、Scheme1に示す合成計画に従い1へと変換可能であると期待される。

 また、市川は1の合成研究において見出された知見をもとに、近縁海洋天然物であるダミロンA(18)の全合成を達成した(Scheme3)。

 以上のように、市川はディスコハブディンC(1)の全合成を目的として検討を行い、新しい手法による1の全合成および類縁体合成への道を開いた。従って、薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

Scheme1

Scheme2

Scheme3

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