学位論文要旨



No 118386
著者(漢字) 坂野,勇一
著者(英字)
著者(カナ) サカノ,ユウイチ
標題(和) ラノステロール合成酵素阻害活性を持つ菌類代謝産物の探索研究
標題(洋)
報告番号 118386
報告番号 甲18386
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1019号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 教授 柴�ア,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 渋谷,雅明
内容要旨 要旨を表示する

【序】

 高脂血症は、動脈硬化性疾患に至らしめる危険因子であり、生活習慣病の一つとして認識されている。その治療にはHMG-CoA還元酵素阻害剤によるコレステロール生合成の抑制が広くとられている。しかし、同酵素はコレステロール生合成経路の上流に位置しているため、その阻害によって、生合成的に前駆体を共有するドリコール、ユビキノン、プレニル化蛋白質等の生理的に必須なイソプレノイド類の生合成も同時に抑制してしまうことから、長期投与による副作用が危惧されている。そこで、コレステロール生合成により選択的な標的酵素として、スクアレン合成酵素、スクアレンエポキシダーゼ、ラノステロール合成酵素に対する阻害剤の開発が待望されている。本研究では、標的酵素としてステロイド骨格形成直前に位置するラノステロール合成酵素に着目した(Fig.1)。尚、同酵素に対する阻害剤は天然物としては報告されておらず、新たなタイプの高脂血症治療薬の開発を視野に据え、菌類を対象に同阻害物質のスクリーニング、単離・構造解析を行った。

【実験及び結果】

(1)ヒト由来ラノステロール合成酵素阻害活性の一次スクリーニング

 当研究室でクローニングされたヒト由来ラノステロール合成酵素cDNAをラノステロール合成酵素欠損酵母GIL77株で発現させた。その無細胞抽出液と[14C]オキシドスクアレンを、0.1Mカリウム-リン酸緩衝液(pH 7.4)中で反応させたところ、ラノステロール変換活性が検出された。またその活性は既知の阻害剤lauryldimethylamine N-oxide(LDAO)によって阻害され、IC50は0.84μMであった。

 上記in vitroアッセイ系により、放線菌1,031株、糸状菌280株(合計1,311株)の培養液のエタノール抽出物につき、同酵素阻害活性の一次スクリーニングを行ったところ、放線菌4株、糸状菌1株に強い阻害活性が検出された。それらの株由来のものにつき、シリカゲルカラムクロマトグラフィーで分画、活性測定したところ、放線菌K98-5285、K99-5041株、糸状菌FKI-0929株由来のものにおいて、順相及び逆相TLC上の単一スポットに阻害活性が濃縮されることが判明した。これら3株を候補株として、以下、活性物質の単離・構造解析を進めた。

(2)放線菌由来新規ラノステロール合成酵素阻害活性物質

 まず、放線菌K98-5285株を20Lスケールで27°C、6日間撹拌培養し、その全培養液を酢酸エチルで抽出することにより粗抽出物を11.2g得た。その一部をシリカゲルカラムクロマトグラフィーで分画し、CHCl3/MeOH(19/1)で展開した順相TLC上Rf〜0.4の単一スポットを含有する活性フラクションIを得た。

 上記フラクションIをLC-APCIMS分析(TSKgel ODS-80TM)したところ、10本のピークが検出され(Fig. 2)、それらはいずれもUV 235nmに吸収極大を示した。また、それらのマススペクトルから、分子量は、保持時間の短い方から順に317、317、331、331、345、345、359、359、373、373と考えられ、14マスユニットの差があることが判明し、フラクションIには2種の異性体からなる同族体が5組存在しているものと推定し、保持時間の短い方のピークから順にA1、A2、B1、B2、C1、C2、D1、D2、E1、E2と命名した(Fig.2)。

 上記フラクションIにつき、RP-(HP)LC(Lobar column→TSKgel ODS-80TM)による精製を丹念に繰り返し、ピークB1、C1、C2、D1を分離した。それらのIC50はそれぞれ1.6、3.1、8.5、5.8μg/mLと、ほぼ同等であった。それらのNMRを測定したところ、δH 5.35、2.01ppm、δC 129.9、27.2ppmに積分値が小数で表されるシグナルが観測され、この段階ではまだ混合物と考えられた。

 そこで、活性フラクションIのLC-APCIMSのデータをより詳細に解析した。上記10本のピーク(A1〜E2)のマススペクトルにおいて分子イオンの他に26マスユニット分4だけ小さいシグナルが観測された。更に、ピークC1、C2のマススペクトルにおいて観測されたイオンピーク m/z 320及び346におけるマスクロマトグラムを注意深く観察すると、各々のピーク頂点が保持時間として0.1分程度ずれていることが認められ(Fig.2)、他のピークにおいても同様のマスクロマトグラムの時間差が観測された。この事実は、上記10本のピーク(A1〜E2)はそれぞれ、単一成分から成るのではなく、分子量が26マスユニット異なる2種の化合物から成っていることを示しており、同フラクションは20種の同族体を含んでいることになる。以下、ピークC1、C2に含まれる、分子量319に相当する化合物をC1x、C2x、分子量345に相当する化合物をC1y、C2yと命名した(Fig.2)。

 一方、放線菌K99-5041株を20 Lスケールで27°C、6日間撹拌培養し、その全培養液を酢酸エチルで抽出することにより粗抽出物を15.7g得た。そのうちの5.5gをシリカゲルカラムクロマトグラフィーで分画し、CHCl3/MeOH(19/1)で展開した順相TLC上Rf〜0.4の単一スポットを含有する活性フラクションを得た。同フラクションをLCAPCIMS分析したところ、驚いたことにさきに述べたK98-5285株由来のフラクションIとほぼ同一のパターンが観測された。同フラクション(以下、フラクションI'と称する)より同様にしてピークC1、C2を分離精製し、同様にNMRを測定したところ、上記の積分値が小数で表されるシグナルが観測され、その強度はフラクションI由来のものよりも弱かった。これらのことから、化合物の分離精製にはフラクションI'のほうがより適していると判断した。HPLCのカラムをTSKgel ODS-120Tに替えることにより精製し、フラクションI'由来のロットC1よりC1x、C1yを3.5mg、0.6mg、同ロットC2よりC2x、C2yを2.3mg、0.5mgそれぞれ単離した。それらのIC50はそれぞれ15、33、18、41μMと、ほぼ同等であった。

 単離した化合物のそれぞれにつき、各種スペクトルデータに基づき構造解析を行った。その結果、化合物C1x、C2xはいずれも(3E)-methylidene-2-methyl-1-pyrrolineを基本骨格とする新規化合物で、それぞれ(3E)-isohexadecylmethylidene-2-methyl-1-pyrroline、(3E)-hexadecylmethylidene-2-methyl-1-pyrrolineであると決定した。また、化合物C1y、C2yは、それぞれ化合物C1x、C2xの側鎖の途中に二重結合が1個(C2H2=26マスユニット)挿入された化合物で、その幾何的配置は、隣接メチレンのδCの値(27.2ppm)から、cisと決定し、更にその位置は、EIMSのフラグメンテーションパターンを解析することにより、11'、12'位の間であると推定された(Fig.3)。

 また、フラクションI及びI'に含まれる残り16種の同族体の化学構造については、NMR、LC-APCIMSでの検討結果から、それらC系列の化合物に対して側鎖の炭素数が異なるものと推定している。

(3)糸状菌由来新規ラノステロール合成酵素阻害活性物質

 糸状菌FKI-0929株を3.24Lスケールで27°C、14日間静置培養し、その全培養塊を50%エタノール、続いてクロロホルムで抽出することにより粗抽出物を8.9g得た。そのうちの4.0gを、シリカゲルカラムクロマトグラフィーで分画し、CHCl3/MeOH/AcOH(60/10/1)で展開した順相TLC上Rf〜0.3の単一スポットを含有する活性フラクションIIを得た。

 上記フラクションIIをLC-APCIMS分析したところ、ピークが2本検出され、それらのマススペクトルから、分子量はいずれも293であった。それらの化合物(以下、保持時間の短い方からII-1、II-2と称する)を、RP-(HP)LCによりそれぞれ1.5、2.9mg単離した。それらのIC50はそれぞれ10、6.0μMとほぼ同等であった。

 それらの化合物につき、各種スペクトルデータに基づき構造解析を行った。その結果、いずれもα、β-不飽和ケトンをもつ直鎖状の側鎖がヘテロ環状骨格に結合した、不斉点を3箇所(2、4、5位)有する新規同一平面構造4,5-epoxy-2-(4'-oxoundec-(5'E)-enyl)-heptamethylenamine(以下、EHMA-1、EHMA-2と称する)を与えることが判明した。両化合物の環状骨格部分におけるNMRスペクトルが互いに異なっていることから、両化合物はジアステレオマーの関係にあるものと考えられた。それぞれにつき結合定数及びNOEを解析したところ、化合物II-1(EHMA-1)については(2R、4R、5R)あるいは(2S、4S、5S)、化合物II-2(EHMA-2)については(2R、4S、5R)あるいは(2S、4R、5S)の絶対配置であると推定した。

【まとめ】

 はじめに、ヒト由来ラノステロール合成酵素をラノステロール合成酵素欠損酵母GIL77株で発現させ、その無細胞抽出液と[14C]オキシドスクアレンを用いたin vitroアッセイ系を確立し、放線菌及び糸状菌を対象に阻害活性のスクリーニングを行った。

 そして、得られた活性株のうち、放線菌K99-5041株よりラノステロール合成酵素阻害物質として、(3E)-methylidene-2-methyl-1-pyrroline骨格をもつ4種の新規化合物C1x、C2x、C1y、C2yを単離・構造解析し、それらの同族体の化学構造を推定した。また、糸状菌FKI-0929株より同阻害物質として、4,5-epoxyheptamethylenamine骨格をもつ互いにジアステレオマーの関係にある2種の新規化合物EHMA-1、EHMA-2を単離・構造解析した。それらの化合物は、ラノステロール合成酵素阻害活性を持つ天然物として初めての例である。

 また、細胞レベルでのコレステロール生合成阻害活性は、化合物個々については未検討であるが、放線菌K99-5041株由来の活性フラクションI'につき、Chang肝細胞において用量依存的な阻害が確認され、ED50は51μg/mLであった。

 今回、単離・構造解析した天然由来の化合物には、薬剤開発のためのリード化合物としてのみならず、オキシドスクアレン閉環酵素の反応機構研究用のプローブとしての応用も期待される。

Fig.1 Biosynthetic pathway of cholesterol

Fig.2 LC-APCIMS analysis of Fr. I from an Actinomycete strain K98-5285

Fig.3 Isolated compounds from an Actinomycete strain K99-5041

Fig.4 Isolated compounds from a fungal strain FKI-0929

審査要旨 要旨を表示する

 高脂血症は、動脈硬化性疾患に至らしめる危険因子であり、生活習慣病の一つとして認識されている。その治療にはHMG-CoA還元酵素阻害剤によるコレステロール生合成の抑制が広くとられている。しかし、同酵素はコレステロール生合成経路の上流に位置しているため、その阻害によって、生合成的に前駆体を共有するドリコール、ユビキノン、プレニル化蛋白質等の生理的に必須なイソプレノイド類の生合成も同時に抑制してしまうことから、長期投与による副作用が危惧されている。ラノステロール合成酵素は、コレステロール生合成経路中ステロイド骨格形成直前に位置し、標的酵素としてコレステロール生合成により選択的であるが、これまで天然物を対象とした同酵素阻害物質のスクリーニングは行われていなかった。本論文の著者は、修士課程で確立したヒト由来ラノステロール合成酵素のin vitroアッセイ系を利用し、菌類(放線菌及び糸状菌)約1,300株を対象に同酵素阻害活性の一次スクリーニングを行い、(1)放線菌由来新規ラノステロール合成酵素阻害物質、(2)糸状菌由来新規ラノステロール合成酵素阻害物質、を単離・構造解析した結果について記載している。

(1)放線菌由来新規ラノステロール合成酵素阻害物質

 放線菌K99-5041株の培養粗抽出物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより分画し、TLC上の単一スポットに相当する活性フラクションIを得た。同フラクションをLC-APCIMSで解析し、側鎖を異にする同族体が少なくとも20種含まれているものと推測した(Fig.1)。それらの同族体のうち、4種の化合物C1x、C2x、C1y、C2yを、高速液体クロマトグラフィーを繰り返すことにより単離した。それらのIC50はそれぞれ15、33、18、41μMと、ほぼ同等であった。

 単離した化合物のそれぞれにつき、各種スペクトルデータに基づき構造解析を行った。その結果、化合物C1x、C2xはいずれも(3E)-methylidene-2-methyl-1-pyrrolineを基本骨格とする新規化合物で、それぞれ(3E)-isohexadecylmethylidene-2-methyl-1-pyrroline、(3E)-hexadecylmethylidene-2-methyl-1-pyrrolineであると決定した。また、化合物C1y、C2yは、それぞれ化合物C1x、C2xの側鎖の途中に二重結合が1個(C2H2=26マスユニット)挿入された化合物で、その幾何的配置を隣接メチレンのδC値(27.2ppm)からcisと決定し、更にその位置を、EIMSのフラグメンテーションパターンを解析することにより、11'、12'位の間であると推定した(Fig.2)。

 また、上記活性フラクションIに含まれる残り16種の同族体の化学構造については、NMR、LCAPCIMSでの検討結果から、それらC系列の化合物に対して側鎖の炭素数が異なるものと推定している。

(2)糸状菌由来新規ラノステロール合成酵素阻害物質

 糸状菌FKI-0929株の培養粗抽出物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより分画し、TLC上の単一スポットに相当する活性フラクションIIを得た。同フラクションより、2種の化合物II-1、II-2を、高速液体クロマトグラフィーを繰り返すことにより単離した。それらのIC50はそれぞれ10、6.0μMとほぼ同等であった。

 それらの化合物につき、各種スペクトルデータに基づき構造解析を行った。その結果、いずれも新規同一平面構造4,5-epoxy-2-(4'-oxoundec-(5'E)-enyl)-heptamethylenamine(以下、EHMA-1、EHMA-2と称する)を与えることが判明した。両化合物の環状骨格部分におけるNMRスペクトルが互いに異なっていることから、両化合物はジアステレオマーの関係にあるものと考えられた。それぞれにつき結合定数及びNOEを解析したところ、化合物II-1(EHMA-1)については(2R、4R、5R)あるいは(2S、4S、5S)、化合物II-2(EHMA-2)については(2R、4S、5R)あるいは(2S、4R、5S)の絶対配置であると推定した(Fig.3)。

 以上本研究は、ラノステロール合成酵素阻害活性を持つ天然物を初めて単離・構造解析したものである。本研究で単離・構造解析された新規化合物は、(3E)-methylidene-2-methyl-1-pyrroline、4,5-epoxyheptamethylenamine両骨格自体天然物として初めての例であり、薬剤開発のためのリード化合物としてのみならず、生化学・酵素化学研究用プローブとしての応用の可能性を秘めており、天然物化学、医薬品化学の進展に寄与するところが大きく、博士(薬学)の学位に相応しいものと認めた。

Fig.1 LC-APCIMS analysis of Fr.I from an Actinomycete strain K99-5041

Fig.2 Isolated compounds from an Actinomycete strain K99-5041

Fig.3 Isolated compounds from a fungal strain FKI-0929

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