学位論文要旨



No 118389
著者(漢字) 藤本,哲平
著者(英字)
著者(カナ) フジモト,テッペイ
標題(和) UCS1025Aの合成研究
標題(洋)
報告番号 118389
報告番号 甲18389
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1022号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 助教授 菊地,和也
 東京大学 助教授 長澤,和夫
 東京大学 助教授 徳山,英利
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】

 UCS1025A(1)は2000年、協和醗酵工業のグループにより糸状菌Acremonium sp.KY4917株より単離された、抗菌・抗腫瘍活性を有する化合物である(Figre1)1)。UCS1025A(1)は、β-ケトアミド構造を有しているため、エノール体1aとケト体1bの平衡混合物として存在する。また、活性なエンジオン構造を分子内のカルボキシル基がマスクした構造を有しているため、リン酸緩衝水溶液中ではラクトン構造が開環したカルボキシ体1cの存在も確認されている。このようにβ-ケトアミド構造、エンジオン構造及びヘミアミナール構造が、それぞれ連続する炭素上に存在する左セグメントと、オクタリン骨格を有する右セグメントの2つのセグメントからUCS1025A(1)は構成されている。特に、これまでにない新規な構造を有する左セグメントの合成は興味深く、また不安定なヘミアミナール構造を有しているため天然物からの誘導体化が困難であることから、より強力な活性を有する化合物の探索には全合成による供給が必要不可欠である。このように特異な構造と興味深い生理活性を有するUCS1025A(1)であるが、これまでに全合成の報告例はまだ無い。今回私は、構造活性相関の解明を視野に入れたUCS1025A(1)の合成研究を行ったので以下に報告する。

【逆合成解析】

 UCS1025A(1)を左右2つのセグメントに分けてそれぞれ光学活性体として合成し、終盤で連結する収束的な合成戦略をとった(Scheme1)。新規な骨格である左セグメント2に関しては、以下の3つの経路によりその合成研究を行った。すなわち、Iの位置で切断し、ピロール4の一重項酸素との環化付加反応を鍵反応とした合成経路、IIの位置で切断し、光学活性なイミド5の分子内aldol型環化反応を鍵反応とした合成経路、IIIの位置で切断し、8員環ラクタム6のアミド窒素からの分子内カルボニル基に対する渡環反応を鍵反応とした合成経路、の3つである。8員環ラクタム6の合成においては、アミンとカルボン酸の分子内縮合による中員環ラクタムの構築は困難が予想されたため、アミノ基及びカルボキシル基が空間的に近傍に位置するようにその立体配座を固定した前駆体7を設定した。右セグメントのオクタリン骨格はトリエン8の分子内不斉Diels-Alder反応により構築することとした。前駆体となるトリエン8は、既知のジアルデヒド等価体9より簡便に合成することを試みた。

【結果・考察】

・ピロールを原料とした合成研究(I)

 既知のピロール10より4位へのヨウ素化、続くカルボニル挿入反応により合成した12のケトン部位を、ヨウ素とトリフェニルホスフィンを用いた条件により還元し13とした(Scheme2)。13のアセトキシ基をヨウ素へと変換後、得られた14をLHMDSで処理しピロール15を合成した。ここで、鍵となる一重項酸素との環化付加反応を検討したところ、低収率ながら環化付加体16の生成を確認した。

・イミドを出発原料とした合成研究(II)

 L-酒石酸より合成される酸無水物17に対し、γ-アミノ酪酸エチルエステルとの脱水縮合と保護基の変換を経て合成したイミド18は、LHMDSで処理したところ速やか分子内aldol型反応が進行し、ジアステレオマー混合物19を与えた(Scheme3)。この反応は18に特異的で、リンゴ酸由来のイミド24やアルキル側鎖に不斉補助基を有する25を同様の条件に付しても全く環化体は得られなかった。その理由として、18では2つのかさ高いTBSオキシ基により、イミドカルボニル基の側ではなくエステルの側に選択的にエノラートが発生したためだと考えている。得られた19は、中性条件下アリル基を除去した後、生じたカルボン酸を還元しアルコール20とした。ここで得られた化合物は単一のジアステレオマーであり、ヘミアミナール水酸基の水素結合が観測されたことからその立体化学を図のように決定した。20の1級水酸基をBz基で保護した後、酢酸存在下TBAFで処理すると、水素結合により活性化された水酸基のTBS基のみが選択的に除去され、続いてCDIにより炭酸エステル21とした。21の残ったTBS基を除去した後、遊離の水酸基をトリフラートへと変換したところ、同時に脱炭酸が進行しエノールトリフラート22が得られた。ここで、22を用いた右セグメントとのカップリング反応について種々検討を行ったが、望みの23は得られずこの合成経路を断念した。

・8員環ラクタムを原料とした左セグメントの合成(III)

 オキサゾリジノン型不斉補助基を有する26とtrans-4-フェニルペンテナールとのaldol反応は立体選択的に進行し、得られたアルコールのTES化により27を合成した(Scheme4)2)。27に対しアジド基の導入の後、不斉補助基の除去を試みたが立体障害により困難であった。しかしながら、TES基を除去した28とすることで、おそらくは遊離の水酸基が還元に関与することで高い選択性を発現し、29を得ることができた。続いてパラメトキシベンジリデンアセタールにより2つの水酸基を束ねた30とし、オゾン分解と続くKraus酸化の後、ペンタフルオロフェノールと縮合し活性エステル31を合成した。31のアジド基を高希釈条件下、水素添加により還元すると、生じた1級アミンと活性エステルとの間で速やかな分子内アミド化が進行し、8員環ラクタム32を与えた。この反応では、比較的安定で単離・精製も可能な活性エステルを用いたことで、通常用いられる扱いが困難なアミノ酸自身を用いることなく分子内アミド化反応を行うことができた。また2つの水酸基をアセタールによって束ねていない33を同様の条件に付しても、低収率の環化体しか得られなかったことから、アミノ基と活性エステルとが近傍に位置するようにその立体配座を固定したことが、速やかな分子内アミド化に有効に働いたものと考えている。

 続いてピロリジジノン骨格の構築を行った(Scheme5)。まず32のベンジリデンアセタールを酸処理により除去した。生じるジオールが高極性であり単離・精製することが困難であったため、ここでは固相の酸を用いることとした。続いてジオールの1級水酸基のみを選択的にTBDPS化し34とした。さらに遊離の2級水酸基を酸化すると、ケトンの生成と同時にラクタムの窒素からの分子内カルボニル基に対する渡環反応が進行し、ヘミアミナール部分のジアステレオマー混合物35を与えた。35は酸に対し不安定であったが、溶媒量のアルコール存在下ではヘミアミナールとアルコールとの間で置換反応が進行し、さらに、低温下ではその置換反応が立体選択的に進行しヘミアミナール保護体36、37を単一のジアステレオマーとして与えることを見いだした。ここで得られた36のヘミアミナール構造の立体化学は明らかでなかったが、4段階の変換により環化体38へと導くことで図に示す天然物と同一の立体化学であることを確認した。続いて全合成の最終段階でヘミアミナールの脱保護を行うことを考慮し、その保護基について種々検討を行った。その結果、唯一ジメトキシベンジルオキシプロピル基を保護基として用いた37のみが、DMB基の酸化的な除去の後、遊離の水酸基の酸化、エナミン中間体を経由していると考えられる形式的retro-Michael反応により、ヘミアミナール部分を損なうことなく脱保護できることを見いだした。以上のようにして左セグメントの合成を完了した。

・右セグメントの合成

 続いて右セグメントの合成は、Oppolzerらのスルタムを不斉補助基として用いたジアステレオ選択的分子内Diels-Alder反応により行った(Scheme6)3)。文献既知のアルデヒド94)に対しWittig反応・アセタールの加水分解、Horner-Emmons反応により得たトリエン41は二重結合の立体化学について約1:1の混合物であった。しかしこの混合物はジフェニルジスルフィド存在下加熱することにより約5:1の比で安定なtrans体42へと収束させることができた。トリエン42は二塩化エチルアルミニウム存在下、立体選択的にDiels-Alder反応が進行し高収率で43を与えた。43の不斉補助基を除去し、左セグメントとの連結に用いる酸クロリド45へと導いた。以上のようにして右セグメントの合成を完了した。

・両セグメントの連結およびUCS1025Aの全合成に向けて

 左右のセグメントのカップリング反応は、LDAにより発生させた37のエノラートと酸クロリド45との間で速やかに進行し、良好な収率で47を与えた(Scheme7)。47に対しまずエンジオン構造を構築する足がかりとなるフェニルセレニル基を導入した。続いて温和な条件下TBDPS基を除去し、さらにDess-Martin酸化によりフェニルセレニル基を損なうことなくアルデヒド48を合成した。現在、アルデヒドからカルボン酸への酸化、続くセレノキシド脱離とそれに伴うラクトン化について検討中であり、さらにヘミアミナールの脱保護を行うことでUCS1025A(1)の全合成を達成できるものと考えている。

【参考文献】

1)(a)Nakai,R.;Ogawa,H.;Asai,A.;Ando,K.;Agatsuma,T.;Matsumiya,S.;Akinaga,S.;Yamashita,Y;Mizukami,T.J.Antibiot.2000,53,294.(b)Agatsuma,T.;Akama,T.;Nara,S.;Matsumiya,S.;Nakai,R.;Ogawa,H.;Otaki,S.;Ikeda,S.;Saitoh,Y; Kanda,Y.Org.Leit 2002,4, 4387.

2) Gage,J.R;Evans,D.A.Org.Synth.,Coil.Vol.VIII,339.

3) Oppolzer,W;Dupuis,D.Tetrahedron Lett.1985,26,5437.

4) Claus,R.E.;Schreiber,S.L,Org.Synth,Coll.Vol.VII,168.

Figure1

Scheme1

Scheme2

reagents and yields: a) lCl. CH2Cl2, 96%; b) Co (1 atm), PdCl2(PPh3)2, Et3N, EtOH/DMF, 100℃,91%; C) i) NaBH4,EtOH, 0 ℃;ii) 2, Ph3P, PhH, 60℃℃ 53% (2 steps); d) l)K2CO3, MeOH; ii) MsCl, Et3N, CH2Cl2, 0℃; iii) Nal, DMF, 90 ℃,67% (3 steps): e) LHMDS, THF,-78℃ 80%; f) O2, rose bengal, hv, MeOH, 0 ℃, <10%.

Scheme3

reagents and yields: a) i) EtO2C(CH2)3NH2・HCl, Et3N, THF, 50℃; AcCl, 50℃; ii) AcCl, EtOH, 50℃, 63% (2 steps); iii)TBSOTf, 2,6-lutidine, CH2Cl2; iv) Ti(O-/-Pr)4, allyl alcohol, 100℃; b) LHMDS, THF, -78 to 0℃,73% (3 steps); c) i) Pd(PPh3)4,pyrrolidine, CH2Cl2; II) ClCO2Et, Et3N, THF, 0℃; NaBH4, H2O, 0℃, 31% (2 steps); d) i) BzCl, Et3N, CH2Cl2, 0℃,59%; ii)TBAF, AcOH, THF, 61%; iii) CDl, CH2Cl2, 81%; e) i) HF・NH4F, DMF, 60℃,63%; ii) Tf2O, 2,6-di-t-butylpyridine, CH2Cl2, 0℃

Scheme4

reagents and yields: a) I) Bu2BOTf, Et3N; (E)-PhCH=CH(0H2)2CHO, CH2Cl2, 0 ℃; ii) TESCl, imidazole, DMF, 85% (2 steps);b) I) NaN3, DME, 80℃, 84%; ii) TBAF, AcOH, THF, 66%; c) LiBH4, THF, 0 ℃; d) MPCH(OMe)2, CSA, DME, 43% (2 steps); e)i) O3, MeOH/CH2Cl2; Et3N, Me2S,-78 to 40℃, 80%; ii) NaClO2, NaH2PO4・2H2O, Me2C=CHMe,t-BuOH/H2O; iii) PFPOH,WSCD.HCl, CH2Cl2; f) H2, Lindlar cat., EtOAc, syringe pump, 54% (3 steps). MP=4-MeOC6H4, PEP=C6E5

Scheme5

reagents and yields: a) i) Amberlyst 1 5E, MeOH; ii) TBDPSCl, Et3N, DMAP, CH2Cl2, 87% (2 steps); b) TPAP, NMO, CH2Cl2;C) i) ROH, CSA, toluene, 0℃, R =PMB or (CH2)3ODMB; ii) Ac2O, Py, 75-90% (3 steps); d) i) LDA; cyclohexanecarbonyl chloride, THF, -78 ℃, 61%; ii) LHMDS; PhSeCl, THF, 0℃, 86%; iii) eq. H2O2, THF, 50℃, 86%; iv) TBAF, THF, 80%; e) i)DDQ, CH2Cl12/H2O, 66%; ii) Dess-Martin periodinane,CH2Cl2; iii) pyrrolidine, toluene, 45% (2 steps). MP=4-MeOC6H4,PMB=4-MeOC8H4CH2, DMB=3,4-(MeO)2C6H3CH2

Scheme6

reagents and yields: a) i) (E)-MeCH=CHCH2PPh3Br, KHMDS, THE, 85% (trans/cis=ca.1:1); b) i) aq. 1 M HCl, THF; ii) 46,LiCI, Et3N, CH3CN, 59% (2 steps); c) PhSSPh, THF, 65℃ 88% (trans/cis=ca.5:1); d) EtAlCl2, CH2Cl2,CH2Cl2,0℃, 82%; e) i)LAH, THF, 0℃ 88%; ii) Jones reagent, acetone, 0 ℃ 76%; f) (COCl)2, DMF, CH2Cl2

Scheme7

reagents and yields: a) LDA; 45, THF, -78℃, 76%; b) i) LHMDS, PhSeCl, THF, 88%, ii) TBAF, AcOH, THF, 80%; iii) Dess-Martin periodinane, CH2Cl2, 96%. DMB=3,4-(MeO)2C6H3CH2

審査要旨 要旨を表示する

 UCS1025A(1)は、協和醗酵工業のグループにより単離された抗菌・抗腫瘍活性を有する化合物である(Figure1)。また最近、テロメラーゼの阻害活性を有することも明らかとなり、今後ますます注目を集めると考えられる化合物である。1の構造上の特徴として、ラクトン構造およびヘミアミナール構造を有する左セグメントと、オクタリン骨格からなる右セグメントの2つのセグメントが、β-ケトアミド構造を介して連結していることが挙げられる。そのため、1はエノール体1aとケト体1bの平衡混合物として存在し、またラクトン部が開環したカルボキシ体1cの存在も確認されている。藤本は、この新規な構造および興味深い生理活性を有する天然物の初の全合成を目指し研究を行った。

 UCS1025A(1)の合成研究において、藤本は左右のセグメントをそれぞれ光学活性体として合成し、終盤に連結する収束的な合成戦略を採った。左セグメントの合成においては、種々の合成経路を検討した結果、8員環ラクタムのアミド窒素からの分子内カルボニル基に対する渡環反応が有効であることを見出した(Scheme1)。まず、ジアステレオ選択的アルドール反応により得た2より8段階で3を合成した。続く環化反応において、藤本はアジド基と活性エステル基とが近傍に位置するよう、ベンジリデンアセタールを用いてジオキサン環の立体配座を固定することで、困難な中員環の構築を行った。得られたラクタム4は3段階の変換によりケトン5とし、分子内での渡環反応を進行させることでヘミアミナール6とした。6はジアステレオマーの混合物であったが、藤本は6を大過剰のアルコール存在下酸処理すると、立体選択的な置換反応が進行し、ヘミアミナール保護体7が単一生成物として得られることを見出した。ここでは用いるアルコールを種々検討することで、ヘミアミナールの保護基の開発にも成功した。

 一方、右セグメントの合成においては、既知のアルデヒド8を出発原料とし、二重結合の異性化反応を経たトリエン9の簡便な合成法を確立した(Scheme2)。さらにオクタリン骨格の構築には、スルタム型不斉補助基を用いた分子内Diels-Alder反応が有効であることを見いだした。得られた10より3段階の変換を経て酸クロリド11とし、右セグメントの合成を完了した。

 藤本は、このようにして合成した左右のセグメント7、11を連結し、UCS1025A(1)の全ての炭素骨格、および全合成に必要な官能基の全てを有する中間体12の合成に成功した(Scheme3)。またその後数工程の変換も既に行っており、本合成法によりUCS1025A(1)の全合成が達成されることを確信している。

 以上のように、藤本はUCS1025Aの全合成を目的として研究を行い、初の全合成および類縁体合成への道を開いた。従って、薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

Figure1

Scheme1

Scheme2

Scheme3

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