学位論文要旨



No 118393
著者(漢字) 楊,金瑋
著者(英字)
著者(カナ) ヨウ,キンイ
標題(和) 植物組織培養によるジテルペンの生合成研究
標題(洋)
報告番号 118393
報告番号 甲18393
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1026号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 折原,裕
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 藤井,勲
内容要旨 要旨を表示する

 植物が生産する二次代謝産物は医薬、香料、色素などとして人間に広く利用されているため、植物体内での生合成が注目されている。植物成分の生合成研究の材料として、植物組織培養は環境制御、材料の入手及び投与物質の吸収性などの点で原植物より優れ、植物成分の生合成研究によく利用されている。一方、ジテルペンは四つのisopentenyl diphosphate(IPP)ユニットからなるgeranylgeranyldiphosphate(GGPP)を共通の前駆体として生合成される炭素数20の化合物群であり、植物界に広く分布している。ジテルペンの多くは環状化合物として存在し、多種類の閉環反応はその環状骨格の多様性に寄与している。そこで、私はA環とB環が5a-H、10b-CH3になるよう環化されたnormal typeジテルペンと5b-H、10a-CH3になるよう環化されたent typeジテルペンに注目し、チャボガヤとヤマトリカブトの培養組織を用い、アビエタン型とアコナン型のジテルペンの生合成研究を行った。

第1部 チャボガヤ(Torreya nucifera var. radicans)組織培養によるアビエタン型ジテルペンの生合成研究

 アビエタン型ジテルペンはA環とB環が5a-H、10b-CH3になるよう環化された3環性でisopropyl基を持つことを特徴とするジテルペンであり、樹脂の主成分としてよく知られている。一方、チャボガヤはイチイ科カヤ属に分類される裸子植物で、カヤ(Torreya nucifera)の変種である。チャボガヤの葉からカルスを誘導し、誘導されたカルスをD10CCM-NH4+液体培地で培養し、その液体培養細胞はhinokiolを代表とする七つのアビエタン型ジテルペンを生産することを明らかにした。

 Hinokiolを例とすると、一般にアビエタン型ジテルペンの生合成はFig.1に示すように考えられている。すなわち、IPPとその異性体DMAPPの縮合によりGGPPを生成した後、末端二重結合のプロトネーションにより、最初のA環とB環が5a-H、10b-CH3になるよう環化した(+)-CDPを経て、さらに脱リン酸によるC環の環化の後、メチル基がシフトすることにより生合成される。しかし、そのIPP単位の生合成由来及びアビエタジエン閉環酵素の反応機構などについてはまだ明らかにされていない。

構成単位IPPの生合成

 IPP構成単位の由来:IPPは従来メバロン酸経路(MP)により生合成されると考えられてきたが、近年メバロン酸の代わりにMEPを経由する、いわゆる非メバロン酸経路(NMP)が真菌などのバクテリアに発見された。一方、高等植物においては、MPとNMPがともに存在するが、それぞれ色素体と細胞質に局在すると考えられ、色素体で生成されるジテルペンのIPPがMPではなく、NMP由来である例も報告されている。なお、この二つの経路は13Cラベルのグルコースと酢酸ナトリウムの投与実験により、IPPへの13Cの取込みパターンの違いから区別することができる。

 チャボガヤ培養細胞に13Cラベルのグルコースと酢酸ナトリウムを投与したところ、hinokiolの四つのIPP単位にはMPとNMPの両方に由来する取込みパターンを示し、MPとNMPがともに関与することが明らかになった。さらに、4番目のIPP(終端IPP)は前の三つのIPP(farnesyl diphosphate、FPP)と比べて、NMP由来の割合が高く、MP由来の割合が低いため、GGPPの生合成において終端IPPとFPP部分が異なっていると考えられる(Fig.2)。

Abietane synthase(AS)のcDNAクローニング

 GGPPからアビエタン骨格までの一連の生成反応がオオモミとイチョウにおいては一つの酵素(AgASとGbAS)で触媒され、さらに脱プロトンの位置の違いにより多種類の生産物を与えると報告されている。そこで、私はAgASとGbASのアミノ酸配列よりプライマーをデザインし、チャボガヤ培養細胞からASのcDNAクローニングを試みた。クローニングされたcDNA(TnX)のORFは2586bpであり、アミノ酸レベルでAgAS、GbASとそれぞれ65%、57%の高い相同性を示し、ASをコードしていることが示唆された。

結果及び考察

 チャボガヤ培養細胞におけるアビエタン型ジテルペンを構成するIPP単位の生合成にはメバロン酸経路と非メバロン酸経路の両方が関与することを明らかにした。さらに、末端IPPはFPP部分と比べ、メバロン酸経路由来の割合が少なく、非メバロン酸経路由来の割合が多く、末端IPPとFPP部分が生合成上異なっていると考えられた。この結果から、細胞質でメバロン酸経路により生合成されるIPP及びFPPの色素体への移行速度の違いが示唆された。一方、チャボガヤ培養細胞からクローニングされたTnXは既知のASと高いいアミノ酸相同性を示したため、ASをコードすると考えられる。今後、TnXの機能同定に伴って、アミノ酸残基の役割及びアビエタン型ジテルペンの生合成経路のさらなる解明が期待される。

第2部 ヤマトリカブト(Aconitum japonicum)組織培養によるアコナン型ジテルペンアルカロイドの生合成研究

 アコナン型ジテルペンアルカロイドはジテルペンの20個の炭素のうち1個が失われた19個の炭素を基本骨格とし、A、B環が5b-H、11a-CH3になるよう環化され、七員環1個、五員環2個と六員環3個よりなる六環式の構造を持つアルカロイド群である。一方、ヤマトリカブトはキンポウゲ科に属する多年草であり、その毒性はアコナン型ジテルペンアルカロイド由来である。ヤマトリカブトの葉から培養根を誘導し、誘導された培養根をNK液体培地で培養し、その培養根からtransaconitine Aが主なアコナン型ジテルペンアルカロイドとして単離された。アコナン型ジテルペンアルカロイドは毒成分としてよく知られているが、その生合成については炭素骨格の転位によるアコナン骨格の生成、Nの由来及び閉環反応酵素などを含めて、まだ明らかにされていない。

ジテルペン骨格及び置換基の生合成: 

(1)アコナン骨格の転位:[1-13C]グルコースを投与したところ、アコナン骨格を構成するIPP単位にはNMP由来の13Cの取込パターンが観測され、さらにこの取込みパターンからFig.3に示したGGPPからアコナン骨格までの炭素転位を推測することができる。

(2)置換基の生合成:13Cラベルのグルコース、酢酸ナトリウム及びメチオニンの投与実験から、14-COCH3基はCH3CO-S-CoA由来、1-、16-と18-OCH3基はメチオニン由来、8-benzoyl基はシキミ酸経路由来であることを明らかにした。

(3)N-CH2-CH3の生合成:13Cラベルのアラニンの投与実験ではN-CH2-CH3への13Cの取込みが観測されず、アラニン由来ではないと分かった。一方、13Cラベルのグルコースの投与実験ではN-CH2-CH3の中の-CH3のみが13Cにラベルされ、さらに[methyl-13C]メチオニンの投与実験よりこの-CH3がメチオニン由来であることを明らかにした。この結果より、N-CH2-CH3は炭素骨格にN-CH3の付加とその後のメチル化により生合成されると考えられ、今後ラベル体のグリシンを投与し、N-CH3の起源を解明する予定である。

GGPPからアコナン骨格までの閉環反応に関わる酵素のcDNAクローニング

 アコナン型ジテルペンアルカロイドのアコナン炭素骨格は植物ホルモンジベレリンの前駆体entkaureneと同じように、最初のAとB環が5b-Hと10a-CH3になるよう環化されているため、GGPPから末端二重結合のプロトネーションにより(-)-CDPを生成する反応までは共通であると考えられる(Fig.4)。ヤマトリカブト培養根からRT-PCRによりCPSのcDNAをクローニングしたところ、それぞれ792と783アミノ酸をコードする2種類のcDNA、AJXとAJYを得た。AJXとAJYはそれぞれLactuca sativaのCPSと44%、47%、Zea mays由来のCPSと38%、40%のアミノ酸の相同性を示しており、いずれもプロトネーションによる閉環反応のDXDDモチーフが保存されていたため、AJXとAJYが両方ともCPSをコードすると考えられる。AJXを大腸菌で発現させ、in vitro assayによりCPSであると同定できたが、AJYの酵素活性について現在検討中である。

結果及び考察

 アコナン骨格を構成するIPP単位の生合成には非メバロン酸経路が関与することを明らかにした。さらにその取り込みパターンより、GGPPからアコナン骨格までの炭素骨格の複雑な転位反応を推測することができた。次に、transaconitine Aのアセチル基、メトキシル基及びベンゾイル基はそれぞれアセチルCoA、メチオニン及びシキミ酸経路由来であることを明らかにした。また、その窒素の由来についてはアコナン骨格にN-CH3の導入とその後のメチル化により生合成されると考えられ、今後、ラベル体のグリシンの投与実験を行い、N-CH3の生合成由来を解明する予定である。 一方、ヤマトリカブトの培養根からクローニングされたAJXとAJYはアミノ酸レベルで既知のCPSと高い相同性を示し、両者はCPSをコードすると考えられる。大腸菌での発現及びin vitro酵素活性の検討から、AJXがヤマトリカブトのCPSであると同定できたが、AJYについては現在検討中である。なお、GGPPから(-)-CDPまでの閉環反応は植物ホルモンジベレリンと共通であり、ジベレリンの生合成に関わるCPSは発現の量、部位及び時期などが厳しくコントロールされていると考えられ、二つのCPSの存在によりアコナン型ジテルペンアルカロイドとジベレリンの生合成が別々のCPSにより触媒されると考えられる。

Fig.1.

Biosynthetic pathway of hinokiol. The numbers in italic represent the carbon positions in IPP; the numbers in roman represent the carbon positions in hinokiol.

Fig.2.

13C labelling patterns of hinokiol from [1-13C] glucose (a)、 CH313COOH and 13CH313COOH (b)via MP and NMP. %: 13C-coupled satellite signal intensity relative to the overall 13C intensity.

Fig.3.

Prosposed biosynthetic pathway and labelling pattern of transaconitine A from [1-13C] glucose. The numbers initalic represent the carbon positions in IPP; the numbers in roman represent the carbon positions in transaconitine A.

Fig.4.

(-)-CDP is a common intermediate to gibberellin and aconane-type alkaloids

審査要旨 要旨を表示する

 植物二次代謝産物の生合成研究の材料として、植物培養組織はその実験再現性および投与物質のとりこみなどの点で原植物より優れている。一方、ジテルペンは四つのisopentenyl diphosphate(IPP)ユニットからなるgeranylgeranyl diphosphate(GGPP)を共通の前駆体として生合成される炭素数20の化合物群であり、植物界に広く分布している。ジテルペンの多くは環状化合物として存在し、多種類の閉環反応はその環状骨格の多様性に寄与している。楊はA環とB環の閉環様式が5a-H、10b-CH3であるnormal typeジテルペンとしてチャボガヤ培養細胞より得られるアビエタン型ジテルペンに、A環とB環の閉環様式が5b-H、10a-CH3であるent typeジテルペンとしてトリカブト培養根より得られるアコナン型ジテルペンアルカロイドにそれぞれ着目し、その生合成研究を行った。論文はこの2種類の化合物について第1部と第2部に分けて記述されている。

第1部 チャボガヤ(Torreya nucifera var. radicans)組織培養によるアビエタン型ジテルペンの生合成研究

 まず、チャボガヤの葉から誘導された培養細胞がhinokiolを代表とする七つのアビエタン型ジテルペンを生産することを明らかにした。この培養細胞に13Cラベルのグルコースと酢酸ナトリウムを投与することにより、得られたhinokiolへの13Cラベルの取り込みからその生合成経路を推定することができる。

構成単位IPPの生合成

 IPPは従来メバロン酸経路(MP)により生合成されると考えられてきたが、近年メバロン酸の代わりにMEPを経由する、いわゆる非メバロン酸経路(NMP)が真菌などのバクテリアに発見された。一方、高等植物においては、MPとNMPがともに存在するが、それぞれ色素体と細胞質に局在すると考えられ、色素体で生成されるジテルペンのIPPがMPではなく、NMP由来である例も報告されている。

 チャボガヤ培養細胞に13Cラベルのグルコースと酢酸ナトリウムを投与したところ、hinokiolの四つのIPP単位はMPとNMPの両方に由来する取込みパターンを示し、MPとNMPがともに関与することが明らかになった。さらに、4番目のIPP(終端IPP)は前の三つのIPP (farnesyl diphosphate、FPP)と比べて、NMP由来の割合が高く、MP由来の割合が低いため、GGPPの生合成において終端IPPとFPP部分が異なっていると考えられた。

Abietane synthase (AS)のcDNAクローニング

 GGPPからアビエタン骨格までの一連の生成反応がオオモミとイチョウにおいては一つの酵素(AgASとGbAS)で触媒され、さらに脱プロトンの位置の違いにより多種類の生産物を与えると報告されている。そこで、AgASとGbASのアミノ酸配列よりプライマーをデザインし、チャボガヤ培養細胞からASのcDNAクローニングを試みた。クローニングされたcDNA(TnX)のORFは2586bpであり、アミノ酸レベルでAgAS、GbASとそれぞれ65%、57%の高い相同性を示し、ASをコードしていることが示唆された。

第2部 ヤマトリカブト(Aconitum japonicum)組織培養によるアコナン型ジテルペンアルカロイドの生合成研究

 アコナン型ジテルペンアルカロイドはジテルペンの20個の炭素のうち1個が失われた19個の炭素を基本骨格とし、A、B環が5b-H、11a-CH3になるよう環化され、七員環1個、五員環2個と六員環3個よりなる六環式の構造を持つアルカロイド群である。ヤマトリカブトの葉から培養根を誘導し、誘導された培養根をNK液体培地で培養し、transaconitine Aを主なアコナン型ジテルペンアルカロイドとして単離した。トリカブト属植物より多種類のアコナン型ジテルペンアルカロイドが単離・構造決定されているが、その生合成については炭素骨格の転位によるアコナン骨格の生成、Nの由来及び閉環反応酵素などを含めて、まったく明らかにされていない。

ジテルペン骨格及び置換基の生合成

 [1-13C]グルコース投与実験より、アコナン骨格を構成するIPP単位はNMP由来の13Cの取込パターンが観測された。さらに、この取込みパターンよりGGPPからアコナン骨格までの骨格転位を推測することができた。

 各種13Cラベル前駆体の投与実験から、14-位アセチル基はアセチルCoA由来、1-、16-と18-位メトキシル基はメチオニン由来、8-位ベンゾイル基はシキミ酸経路由来であることを明らかにした。

 N-CH2-CH3の生合成については13Cラベルのアラニンが取り込まれないこと、13Cラベルグルコース、[methyl-13C]メチオニンの投与実験よりN-CH2-CH3の中の-CH3のみが13Cにラベルされること等より、N-CH2-CH3は炭素骨格にN-CH3の付加とその後のメチル化により生合成されると考えられた。

GGPPからアコナン骨格までの閉環反応に関わる酵素のcDNAクローニング

 アコナン型ジテルペンアルカロイドのアコナン炭素骨格は植物ホルモンジベレリンの前駆体ent-kaureneと同じように、A環とB環が5b-Hと10a-CH3になるよう環化されているため、GGPPから末端二重結合のプロトネーションにより(-)-copalyl diphosphate(CDP)を生成する反応までは共通であると考えられる。ヤマトリカブト培養根からRT-PCRにより(-)-copalyl diphosphate synthase(CPS)のcDNAをクローニングしたところ、それぞれ792と783アミノ酸をコードする2種類のcDNA、AJXとAJYを得た。AJXとAJYはそれぞれレタスのCPSと44%、47%、トウモロコシ由来のCPSと38%、40%のアミノ酸の相同性を示しており、いずれもプロトネーションによる閉環反応のDXDDモチーフが保存されていたため、AJXとAJYが両方ともCPSをコードすると考えられた。AJXを大腸菌で発現させ、in vitro assayによりCPSであると同定した。なお、GGPPから(-)-CDPまでの閉環反応は植物ホルモンジベレリンと共通であり、ジベレリンの生合成に関わるCPSは発現の量、部位及び時期などが厳しくコントロールされていると考えられ、二つのCPSの存在によりアコナン型ジテルペンアルカロイドとジベレリンの生合成が別々のCPSにより触媒されると考えられる。

 以上まとめると、楊は閉環様式の異なる2種類のジテルペン化合物に着目し、その生合成を安定同位体標識前駆体投与実験により明らかにした。また、それぞれの生合成初期段階である閉環反応を触媒する酵素遺伝子のクローニングに成功し、その一部については遺子産物のin vitro での酵素活性も検出し、機能を同定した。とくに、アコナン型ジテルペンアルカロイドの生合成研究は多くの研究者の試行・断念が繰り返されており、これらの点からも薬用植物学への貢献も大きく、博士(薬学)に相応しいものと判定した。

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