学位論文要旨



No 118397
著者(漢字) 小林,哲夫
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,テツオ
標題(和) 翻訳終結とmRNA分解を制御するGタンパク質GSPT/eRF3のGTP依存性と共役機構の解析
標題(洋)
報告番号 118397
報告番号 甲18397
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1030号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 真核細胞でのタンパク質生合成における翻訳の開始及びポリペプチド鎖の伸長過程には、それぞれeIF2及びEF1α、EF2と呼ばれるGタンパク質が介在するが、翻訳の終結過程にその関与が推定されていた別種のGタンパク質GSPT/eRF3は、近年当研究室において同定された。リボソームから新生ポリペプチド鎖を解離させる終結反応は、終止コドンを認識してそれと結合するeRF1がGSPTと複合体を形成することによって進行すると考えられる。さらに当研究室では、GSPTの新たな相互作用分子として、mRNAの3'-poly(A)鎖を覆ってmRNAを安定化するポリ(A)結合タンパク質Pab1pを同定し、両者の結合が通常のmRNA分解の第一段階であるポリ(A)鎖の短縮化を惹起することを明らかにした。一方、ナンセンス変異を含むmRNAは、NMD(Nonsense-mediated mRNA decay)経路で分解されるが、このNMD経路においてはポリ(A)鎖の短縮を伴わずにmRNAが分解される。最近、NMD経路に必須な因子であるUpf1pもGSPTと結合することが示された。このように、GSPTは翻訳終結反応と2種のmRNA分解経路を制御する多機能性の因子と考えられるが(Fig.1)、それらの機能がGタンパク質であるGSPTのGTP/GDP結合型のコンホメーション転換を介してどのように調節されるか、また終結反応とmRNA分解の関連については不明な点が多い。本研究において私は、出芽酵母をモデル系に、翻訳終結反応とmRNA分解におけるGSPTの役割について解析したので報告する。

1.GSPTとeRF1、Pab1p、Upf1pとの結合におけるグアニンヌクレオチド要求性

 GSPTはeRF1、Pab1p、Upf1pと相互作用するが、GSPTへのグアニンヌクレオチドの結合によって相互作用分子との会合がどのような影響を受けるかを先ず検討した。酵母染色体上への相同組み替えにより、GSPTとeRF1のC末端にepitope tag配列を付加した酵母から細胞抽出液を調製し、免疫沈降を行った。GSPTとeRF1の結合量はGTP及びその類似体のGTPγSを添加した時に増加したが、GDP及び他のヌクレオチド添加時には減少した(Fig.2A)。この結合の特性を種々の条件下で検討した結果、生理的な濃度のMg2+及びGTPが必要であった(Fig.2B、C)。さらに、GTP結合ドメインに変異(N406I、D409N)を導入してグアニンヌクレオチドとの結合親和性を低下させたGSPTは、in vitroの結合実験系において、eRF1との結合能が著しく低下した。

 一方、GTPを要求したeRF1との結合とは対照的に、GSPTとPab1p及びGSPTとUpf1pの相互作用については、グアニンヌクレオチドの添加及びGTP結合ドメインの変異による影響が認められなかった。以上の結果から、GSPTとeRF1の結合はGSPTへのGTPの結合が必要であるが、GSPTとPab1p及びUpf1pの結合はGSPTに結合するグアニンヌクレオチドの種類に依存しないことが示された。

2.GSPTのGTPとの結合親和性が低下する変異(N406I)は、翻訳終結反応の異常(終止コドンの読み飛ばし:read-through)を引き起こす

 GSPTのGTP結合ドメイン変異体N406Iにおいては、eRF1との結合能が低下したことから、酵母にこの変異体を導入して翻訳終結反応への影響を検討した。GSPT温度感受性変異株(gst1)に、Fig.3Aに示すレポーター遺伝子及びGSPTを導入し、37°Cにおけるルシフェラーゼ活性を測定した。終止コドン入りのレポーター(CSIF)のルシフェラーゼは、正常に終結反応が進行した場合は発現しないが、終結反応に異常が生じて終止コドンをread-throughした場合には発現する。Fig.3に見られるように、野生型GSPT/wtを導入した株では翻訳終結反応が進行したが、変異型GSPT/N406Iを導入した株では著しくread-throughが増加した。この結果から、翻訳終結反応にはGSPTへのGTP結合が必要であることが示された。

3.GSPT/N406IによりmRNA分解は異常をきたす

 先に当研究室では、GSPTがPab1pとの相互作用を介してmRNAの分解を制御することを見出した。そこで、GSPTの変異(N406I)に伴うmRNA分解への影響を検討した。転写停止後のPGK1 mRNA量の経時変化をNorthern blotにより解析した結果、変異型GSPT/N406Iは、gst1のnull表現型(mRNAの分解異常)を相補することが出来ず、mRNAの分解は抑制されたままであった(Fig.4A)。次に、Upf1pとの結合を介してGSPTが関与することが示唆されているNMD経路についても、同様にGSPTのN406I変異体導入の影響を検討した。NMD経路で分解されることが知られているCYH2 pre-mRNAの蓄積をNorthern blotにより解析した結果、gst1株においてはCYH2 premRNAが蓄積しNMD経路に異常があることが確認できた。この異常は野生型GSPT/wtによって相補されたが、変異型GSPT/N406Iでは相補されなかった(Fig.4B)。これらの結果から、GSPTのGTP結合ドメインの変異は、通常のmRNA分解経路とNMD経路の両者において異常を引き起こすことが示された。GSPTとPab1p及びUpf1pとの結合はGSPTへのグアニンヌクレオチド結合に非依存的であるにも関わらず、mRNA分解に異常が見られたことから、両者のmRNA分解経路は共に翻訳終結反応に依存して進行すると考えられる。

4.GSPT非依存的な翻訳終結反応はmRNA分解を引き起こさない

 GSPTの温度感受性変異株であるgst1株の37°Cにおける増殖停止は、終止コドンを認識するeRF1の過剰発現により抑圧されることを見出した。翻訳終結反応について解析した結果、eRF1の過剰発現によってgst1株のread-throughはほぼ改善されたことから、eRF1の過剰発現株においてはGSPTが存在しなくても翻訳終結反応が進行すると考えられた。そこで、翻訳終結反応に依存することが示されたmRNAの分解がGSPTを要求するかどうかを探る目的で、このeRF1過剰発現株におけるmRNA動態を検討したところ、Fig.5に見られるように、通常のmRNA分解経路(上段)及びNMD経路(下段)の両者において、mRNA分解抑制のeRF1過剰発現による回復は認められなかった。この結果から、翻訳終結反応依存的なmRNA分解には、翻訳終結反応だけでなくGSPTが必要であることが明らかとなった。

まとめ

 本研究において私は、1)GSPTはグアニンヌクレオチド型の変換によりeRF1との結合を介して翻訳終結反応を制御すること、2)mRNA分解が翻訳終結反応依存的に進行すること、さらに(3)翻訳終結反応依存的なmRNA分解を引き起こすにはGSPTが必要であること、を示した。これらの結果から、翻訳終結反応とそれに共役したmRNAの分解の機構として、1)GTP型のGSPTとeRF1の複合体が終止コドンを認識してリボソームのAサイトに入り、2)GSPTのGTPaseの作用によって新生ポリペプチド鎖とeRF1が解離した後、3)翻訳終結のシグナルがGSPTのコンホメーション変換を介してPab1pやUpf1pに伝わることでmRNAが分解される、というモデルが想定された(Fig.6)。

Fig.1 GSPT and its interaction molecules.

Fig.2 GTP- and Mg2+- dependent interaction of GSPT with eRF1.

Fig.3 Mutation in GTP-binding motif of GSPTinduces nonsense suppression.

Fig.4 Mutation in GTP-binding motif of GSPT inhibits decay of(A) wild-type mRNA and (B) nonsense-containing mRNA.

Fig.5 eRF1 overexpression does not suppressthe mRNA decay defect in the gst1 mutant.

Fig.6 A proposed model for the processes from translationtermination to mRNA degradation mediated through GSPT.

審査要旨 要旨を表示する

 真核細胞における翻訳の開始及びポリペプチド鎖の伸長過程には、eIF2及びEF1αとEF2というGタンパク質が介在するが、終結過程にその関与が推定されていた別種のGタンパク質GSPT/eRF3は、最近になって同定された。リボソームから新生ポリペプチド鎖を解離させる終結反応は、終止コドンを認識してそれと結合するeRF1がGSPTと複合体を形成して進行すると考えられる。さらに、GSPTの新たな相互作用分子として、mRNAの3'-poly(A)鎖を覆ってmRNAを安定化するポリ(A)結合タンパク質Pab1pが同定され、両者の結合が通常のmRNA分解の第一段階であるポリ(A)鎖の短縮化を惹起することが明らかにされた。一方、ナンセンス変異を含むmRNAは、NMD(Nonsense-mediated mRNAdecay)経路で分解されるが、最近NMD経路に必須な因子であるUpf1pもGSPTと結合することが示された。このように、GSPTは翻訳終結反応と2種のmRNA分解経路を制御する多機能性の因子と考えられるが、それらの機能がGタンパク質であるGSPTのGTP/GDP結合型のコンホメーション転換を介してどのように調節されるか、また終結反応とmRNA分解の関連については不明な点が多い。「翻訳終結とmRNA分解を制御するGタンパク質GSPT/eRF3のGTP依存性と共役機構の解析」と題する本論文においては、出芽酵母をモデル系に、翻訳終結とmRNA分解を共役させるGSPT/eRF3の新しい役割について解析している。

1.GSPTとeRF1、Pab1p、Upf1pとの結合におけるグアニンヌクレオチド要求性

 GSPTはeRF1、Pab1p、Upf1pと直接結合するが、GSPTへのグアニンヌクレオチドの結合によってそれらの会合がどのような影響を受けるかを先ず検討した。酵母染色体上への相同組み替えによってGSPTとeRF1のC末端にepitope tag配列を付加した酵母株を作製し、細胞抽出液を調製して免疫沈降を行った。GSPTとeRF1の結合量はGTP及びその類似体のGTPγSを添加した時に増加したが、GDP及び他のヌクレオチド添加時には減少した。この結合特性を種々の条件下で検討した結果、生理的な濃度のMg2+及びGTPが必要であった。さらに、GTP結合ドメインに点変異(N406I、D409N)を導入してグアニンヌクレオチドとの結合親和性を低下させたGSPTは、in vitroの結合実験系において、eRF1との結合能が著しく低下した。

 一方、GTPを要求したeRF1との結合とは対照的に、GSPTとPab1p及びGSPTとUpf1pの結合については、グアニンヌクレオチドの添加及びGTP結合ドメインの変異による影響が認められなかった。以上の結果から、GSPTとeRF1の結合はGSPTへのGTPの結合を必要とするが、GSPTとPab1p及びUpf1pの結合はGSPTに結合するグアニンヌクレオチドの種類に依存しないことが示された。

2.GSPTへのGTP結合を要求する翻訳終結反応

 GTP結合ドメインに変異をもつGSPT/N406IはeRF1との結合能が低下したことから、酵母にこの変異体を導入して翻訳終結反応への影響を検討した。GSPT温度感受性変異株(gst1)にレポーター遺伝子及びGSPTを導入して翻訳終結能を観察した結果、野生型GSPT/wtを導入した株では翻訳終結反応が進行したが、変異型GSPT/N406Iを導入した株では翻訳終結能が著しく低下し、翻訳終結反応にはGSPTへのGTP結合が必要であることが示された。

3.GSPTへのGTP結合を要求するmRNA分解反応

 GSPTはPab1pとの相互作用を介してmRNAの分解を制御することが見出されている。そこで、GSPTへの変異(N406I)導入によるmRNA分解への影響を検討した。転写停止後のPGK1 mRNA量の経時変化をNorthern blotにより解析した結果、変異型GSPT/N406Iは、gst1のmRNAの分解遅延というnull表現型を相補することが出来ず、mRNAの分解は抑制されたままであった。次に、Upf1pとの結合を介してGSPTが関与することが示唆されているNMD経路についても、同様にGSPTへの変異(N406I)導入の影響を検討した。NMD経路で分解されることが知られているCYH2 pre-mRNAの蓄積をNorthern blotにより解析した結果、gst1株においてはCYH2 pre-mRNAが蓄積しNMD経路に異常があることが確認できた。この異常は野生型GSPT/wtによって相補されたが、変異型GSPT/N406Iでは相補されなかった。これらの結果から、GSPTのGTP結合ドメインの変異は、通常のmRNA分解経路とNMD経路の両者において異常を引き起こすことが示された。Pab1p及びUpf1pとの結合がGSPTへのグアニンヌクレオチドの結合に非依存的であるにも関わらず、mRNA分解が異常となることは、mRNA分解に関わる両経路が共に翻訳終結反応に依存して進行することを意味している。

4.翻訳終結反応とmRNA分解の連関を仲介するGSPT

 終止コドンを認識するeRF1の過剰発現は、GSPTの温度感受性変異株であるgst1株の37°Cにおける増殖停止を抑圧し、さらにgst1株の翻訳終結不全をほぼ改善することが見出された。すなわち、eRF1の過剰発現株においてはGSPTの介在なしに翻訳終結が進行した。そこで、翻訳終結反応に依存すると考えられたmRNAの分解がGSPTを要求するかどうかを探る目的で、このeRF1過剰発現株におけるmRNA動態を検討した。その結果、通常のmRNA分解経路及びNMD経路の両者において、mRNA分解は抑制されたままであった。以上から、翻訳終結反応に依存するmRNAの分解は、翻訳終結という素反応だけでは進行せず、GSPTを必要とすることが示された。

 本研究は、翻訳終結反応に介在するGタンパク質GSPT/eRF3のヌクレオチド結合と相互作用分子との会合動態、及びmRNA分解との関連について解析し、1)GTP結合型のGSPTと終止コドンを認識するeRF1が複合体を形成してリボソームのAサイトに入り、2)GSPTのGTPase作用によって新生ポリペプチド鎖とeRF1が解離した後、3)翻訳終結のシグナルがGSPTのコンホメーション変換を介してPab1pやUpf1pに伝達されmRNAの分解が進行するという、翻訳終結反応と共役したmRNAの分解に関わる新しいモデルを提唱している。これらの研究成果は、真核生物における広義の遺伝子発現機構の理解にとって有用な知見を提供しており、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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